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恋愛小説発表会〜時にはノンジャンルで〜

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  • from: エリスさん

    2009年11月06日 15時35分30秒

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    阿修羅王さま御用心・1

     その日、その言葉は突然に降ってきた。
     「俺のリサイタルに出てもらうよ」
     北上郁子(きたがみ あやこ)はその一方的な決定事項に、当然の如く抗議した。
     「どうしていつも、勝手に決めてしまうの。私にだって舞台があるのよ!」
     「君以外のシンガーは考えられない」と、梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)は言った。「とにかく出てもらうから。曲はあれがいいな、メンデルスゾーンの……」
     「〈歌の翼に〉は確かに十八番(おはこ)ですけど! この時期にそんなこと言われても困るんです! またあの人が出てきちゃうじゃないですか!」
     そう、あの人は「今度こそ!」と出番を待ちに待って、二人がいつも練習しているこの部屋の前で、しっかり立ち聞きをしていたのであった。
     「音楽科声楽コースのトップである私を差し置いて、許せなァい!」
     その人――相沢唄子(あいざわ うたこ)は、いつものようにボーイフレンドの武道青年に電話をかけた。
     「そうか! 俺の出番だな!」
     彼――名前はまだ決めていない――は、同じ道場の仲間を連れて、郁子の前に立ちはだかった。
     「大梵天(ブラフマー)道場の阿修羅王(アスーラ)・北上郁子! 勝負だァ!」
     郁子は、もう毎度のことで嘆息をつくしかなかったのであった。


         芸術学院シリーズ 番外編
           阿修羅王さま御用心


     御茶ノ水は「とちのき通り」にある芸術学院――芸術家を志す者が集う所。旧校舎と新校舎を併せ持つ「本館」では高等部の美術科と文学科、大学部の美術科、演劇科、文芸創作科、写真科、音楽科声楽コース及びピアノコースの生徒が学び、坂を登りきったところにある新設校舎「別館」では、音楽科弦楽コース、管楽コース、パーカッション(打楽器)コース、服飾デザイン科、建築デザイン科、などの生徒たちがそれぞれに鎬(しのぎ)を削っている。――と言えば聞こえはいいが。早い話が「変わり者の集まり」なんである。
     

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コメント: 全35件

from: エリスさん

2010年05月21日 15時35分09秒

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「阿修羅王さま御用心  これにて終了」
 というわけで、終わりました。
 いかがでしたでしょうか? この作品から恋愛小説じゃなくなったんですけど、楽しんでもらえたでしょうか?


 登場人物の北上郁子は、「神話読書会」でお馴染みの片桐枝実子の親戚になります。
 そして鍋島玲子は、これまた「神話読書会」の「果たせない約束」に出てきた鍋島麗子(エリスの愛人・レシーナーが転生した姿)と従姉妹です。
 私の作品は、書いてるうちにいろんなのとリンクしていくので、それを探すのも楽しいですよ。


 さて来週からは........何を書こうかな? まったく決めておりません。いきあたりばったりで書き出してしまうかもしれません。

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from: エリスさん

2010年05月21日 15時27分06秒

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「阿修羅王さま御用心・35」
>  瑛彦は恭しくお辞儀をして言った。「理事長にそうまでおっしゃられては、異存など唱えられません。お言葉承りました」
>

 「そうですか、承知してくれますか。良かったですね、相沢さん」
 「ハイ! ありがとうございます、理事長先生!」
 「あなたの歌を楽しみにしていますよ……では、相沢さんと梶浦君はもう下がって結構です」
 「ハイ、ではさっそく曲目などを話し合いたいと思います」
 部屋から出た瑛彦は、ズラッと並ばされている生徒たちの中に自分の従弟を見つけて、クスッと笑った。そして歩み寄ると、
 「知らなかったな、君があんなに乱暴者だったなんてさ」
 「言ってろよ。おまえだって北上が同じ目にあったら、もっと凄いんじゃないか」
 「それはどうかな……あっ、見てみなよ、タッちゃん」
 「その呼び方は……」
 やめろよ、と言いつづけることが出来なかった。
 向こうから和服姿の女生徒が二人、歩いてきたからだ。そのうちの一人は……。
 「ちょうど出来上がっていて良かったわ。似合うでしょ?」
 玲子の言葉に、一緒に歩いてきた建は頬を真っ赤にした。
 青地に白い睡蓮をあしらった浴衣――それを、建は女らしく着こなしていたのだ。髪もロングストレートではなく、結い上げていた。
 永遠の風の面々も目を見張っていた。
 一番身近で見ていた龍弥は、自身も紅くなっていた。
 『こいつ、ちゃんと可愛くできるじゃんか…‥』
 すると、建が言った。「あ……あのさ……」
 「な、なんだよ……」
 「さっきは、ありがと、な……助かったよ」
 「ああ、いいよ。別にそんなこと」
 「でも……嬉しかった、から……」
 「………………………………え?」
 永遠の風の面々は、美夜が嫉妬しているのをなだめながら、少しだけ二人から離れてあげるのだった。

 一方、理事長室の中では、まだ会話が続いていた。
 「失礼ですが」と、真理子の連れが郁子に言った。「大梵天(だいぼんてん)道場の阿修羅王(あしゅらおう)殿でいらっしゃいますか?」
 すると郁子は答えた。
 「いいえ、大梵天(ブラフマー)道場の阿修羅王(アスーラ)です」
 なので真理子が突っ込んだ。「どっちも同じじゃないの」
 「いいのよ、真理子。確かに称号は正確に言わないとね。紹介が遅れました。私は武神(たけがみ)道場の師範をしております、武神莉菜(たけがみ りな)と申す者です」
 「やはりあなたが!? 真理子先生の幼馴染だとは伺っていたのですが……」
 「そう、それならば話が早いわ。このたびは我が道場の者がご迷惑をおかけしました。代わってお詫びいたします」
 「どうぞ頭をお上げください! 人間国宝のあなたに頭を下げさせたとあっては、私が師匠にお叱りを受けます!」
 郁子の言葉に、莉菜は笑顔を向けた。「大梵天様は我が亡き父(養父)と同じ歳と伺っておりますが、まだお元気とは羨ましいこと」
 「ねえ、ところで莉菜」と真理子は言った。「あなたの道場にも、アヤさんの道場みたいな秘術が伝わっているのは聞いてるけど……実際あなたが使ったのを見たこともあるし。でもそれって、相当修行を積んだ、道場でも上位の人たちしかできないはずよね? たとえばあなたの従姉の鳳凰(おおとり)さんとか」
 「そうね。最近はうちの娘にも出来るように修行させてるけど」
 「って、笑美(えみ)ちゃん? まだ十二歳じゃないの」
 「跡取り娘ですもの。それにうちの子には才能があるから」
 「ああ、そうかもね……で、あの刺客の二人もそれぐらい出来る奴なの?」
 「いいえ。あの二人は道場の三番隊(つまり一番隊というのはハッタリだった)の下っぱよ。剣の腕もたいしたことはないわ」
 なので郁子が聞いた。「では、あの技は?」
 「私が生まれ故郷から持ってきた物の中に、神酒と伝えられる物があるの。――私の実母がギリシャの人だってことは聞いてる?」
 「はい、真理子先生から聞いてます」
 「そう。母の家に古くから伝わるものでね、本当にすごい威力を発揮するのよ。危険だから宝物蔵に仕舞っておいたのに、夕べ何者かに盗み出されてね……案の定、その日見張り番だったあの二人が犯人だったわけだけど。――その知らせを聞いて、今までニューヨークで娘たちと一緒に武者修行の旅をしていたんだけど、急きょ帰国したのよ。それで、どうやら犯人らしい二人が、良く芸術学院に出入りしているって聞いて……」
 「それで私のところに相談に来た、と。私もその話を聞いて、アヤさんが変なのにつけ狙われているのは知ってたから、たぶんそいつらじゃないかって話してたところだったの」
 「そしたら、あの騒ぎが聞こえてきたから……話なんかそっちらけで喫茶店を飛び出してきちゃったのよね。――巻き込んじゃって、ごめんね、真理子」
 「別に莉菜は悪くないじゃない。そうよね? アヤさん」
 真理子がウィンクして見せたので、郁子もうなずいた。
 「どうぞお気になさらず、武神様。すべて納まったことです」
 「ありがとう、阿修羅王殿――いえ、郁子さん。ところで、その薙刀が阿修羅王の印(しるし)ですか?」
 「え? あっ、はい」
 郁子は秘術をかけて継ぎ目を消した上で、薙刀の柄の中央に彫られている、三面六臂(さんめんろっぴ。三つの顔と六本の腕)の阿修羅神を見せた。
 「興福寺(こうふくじ)の阿修羅神像をモデルにした彫刻ですね。素晴らしい……我が道場では、これが武神流正統の証です」
 莉菜は薙刀を郁子に返してから、胸の前で両手を菱形に合わせ、呼吸を落ち着けた。――合わせられた手の間から、銀色の炎が揺らめいた。……寿子と理事長はその時、腰が抜けそうになった。
 「私は養女ですが、このオーラの炎を出す能力があったために宗家の正統と認められました」と莉菜は言って、炎を消した。「そして、養父の親類の者を夫とし、今では四人の娘がいます。それでも、この力は失われていません」
 大梵天道場では考えられないことだ。大梵天では身体の純潔を保つことによって、体内に神の力を授かり、秘術を行うことができるとされている。だから、結婚はおろか、男女交渉も禁じられているのである。
 「あなたがどれほどの武道家、そして霊能力者であるかは、こうして接していればわかります。それを、結婚と同時に終わらせてしまうのはとても惜しい。……機会があれば、我が道場へいらっしゃいませんか?」
 「ありがとうございます……ですが」
 郁子はしっかりと相手の目を見て言った。「私をここまでにしてくださったのは大梵天です。私は、師匠以外の方から師事を仰ぐつもりはありません」
 郁子の言葉に気を悪くすることもなく、莉菜は言った。
 「大梵天様は良きお弟子を持たれましたね」
 こうして、今回の事件は幕を下ろし、以後郁子を付け狙う刺客は……やや減ったのであった。(他の道場からも闇討ちを受けていたりするのである)


 二日後、パリへ行っていた佐保山郁(さおやま かおる)が帰国した。郁子の家で、郁子と建からそれらの話を聞いた郁は、残念そうに言った。
 「私がいない間に、そんな楽しいことがあったなんて……」
 「姉様(^_^;) 私の身にもなってください」
 「そうだよ、姉御(あねご)。アヤ姉ちゃん大変だったんだから……俺もだけど」
 「ふうん……」と、郁は意地悪っぽい目をした。「それで? 黒田君とは、その後どうなったの?」
 「どうなったって……」
 何故か、建は物凄く不機嫌な表情をした。

郁子「なに? どうかしたの?」
建 「あいつさ……」
郁 「うんうん(楽しそう)」
建 「また女変えやがったんですゥ!!」
郁子「え? あのケバイ女じゃなくて?」
建 「あの女とはあの日だけらしくて、今度は隣の大学の年上の女なんです!」
郁子「あきれた……」
郁 「あいつ、そのうち……」
郁子(咄嗟に)「姉様! 表現をご自重くださいッ」
郁 「腰痛で立てなくなるかもね」
郁子「姉様ァ〜、お嬢様らしくないことを……」
建 「ああ、もう!! イライラするゥ!! やっぱり嫌いだ、あんな奴!」
郁子「すっきりする? 木刀貸すけど」
建 「いいの? それじゃ、一手ご指南願います!」

 ちょうどその時、北上家の門の前に、一台の車が止まった。
 子猫の茶々が一番に見つけて、駆け出していた。
 「まあまあ、いらっしゃい! アヤ! 祥さんがいらっしゃいましたよ!」
 祖母のその声は、庭で打ち合いをする二人の木刀の音でかき消されていた。

 さて、後日談。
 唄子がリタイタルの練習をしていた。
 それを見ていた瑛彦の隣に、龍弥も座っていた。
 「おまえが相沢唄子を嫌がっていたのって、この演歌調の歌い方のせい?」
 「俺のピアノにはどうも不釣り合いで……」
 その後、学院を卒業した唄子は、いくつものオペラ舞台のオーディションに落ちまくった挙句、四十歳近くになって大物演歌歌手に見いだされて、おじいちゃんおばあちゃんに「唄ちゃん」の愛称で慕われる人気演歌歌手として、演歌界で一花咲かせるのであった。
 めでたし、めでたし…………………だよね?

                              終

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from: エリスさん

2010年05月14日 14時46分22秒

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「阿修羅王さま御用心・34」

 「誰が校内でバトルをやっていいと、言いましたか!」

 お出かけしていた理事長の姪・藤村寿子(ふじわら ことこ)が帰ってきてしまったのだった。しかも、人と会っていた三原真理子講師も帰ってきて、その連れてきた女性が……。
 真理子の連れは倒れている刺客二人を叩き起して、自分の顔をよく見せた。
 意識朦朧だった二人は、驚きふためいて、その場に正座した。
 「お、お、お師匠様!」
 その言葉に驚いたのは郁子だった。「お師匠様って、まさか……」
 それには構わず、真理子の連れは言った。
 「やっぱりおまえたちが犯人のようですね。宝物殿の神酒を盗み、飲み干してしまったのは。この……うつけ者!!」
 その途端、刺客たち二人は宙を飛んで、高い木の枝に、どこから出てきたのかロープで逆さづりにされてしまった。
 すると真理子の連れは、右の方――花之江の神がいる方を向いて、言った。
 「そこの御方、どうぞお気の済むようになさってくださいませ」
 「へえ、私が見えるんだ……血筋がそっち系みたいだものね。いいわ。さっきから私も参加したくてムズムズしてたの」
 かくして、二人の刺客の上に小さな雨雲が現われて、冷たい雨を降り注ぎ続けたのであった。

 はてさて。
 理事長室の前の廊下には、永遠の風の面々と黒田龍弥が並んで立たされていた。校内暴力をしていた罰である。
 そして、理事長室には理事長の藤村氏と、寿子、真理子とその連れ、そして郁子に唄子に、梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)まで呼ばれていた。
 「もう!」と、寿子は怒り心頭だった。「職員はもちろん、叔父様までこの子たちの喧嘩を面白がって見ていたなんて、どういうことですか!」
 「まあまあ、コトちゃん。先生たちもそうだが、生徒たちも刺激を欲しがっているようだし。今回のことはちょっとした余興だと思えば……」
 という理事長の言葉に、
 「叔父様! この子たちの喧嘩はただの喧嘩じゃないんですのよ! 現にあの水浸しの校庭をどうなさるおつもり!」
 「それは問題ないだろうね。水はそのうちに乾くもの。幸い、この学院には水を司る土地神様がついていらっしゃるようだし」
 「またそのような迷信を!」
 「まあまあ……それより、梶浦君」
 「はい、理事長」
 理事長に呼ばれて、瑛彦は彼の方を向いた。
 「今回の発端は、この相沢さんが君のリサイタルに参加したいがために起こしたものだと聞いてるよ。どうだろう、そこまで望んでいる彼女の気持ちを汲んで、卒業の餞(はなむけ)に一曲だけでも歌わせてあげては。そうすれば彼女も満足してくれるだろう」
 言われて、唄子の顔がパッと明るくなった。
 瑛彦は恭しくお辞儀をして言った。「理事長にそうまでおっしゃられては、異存など唱えられません。お言葉承りました」

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from: エリスさん

2010年05月14日 14時14分34秒

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「阿修羅王さま御用心・33」
 郁子が沙耶の方へ行ってしまうと、建は手袋をはめて身構えた。
 「言っとくけどな、命が惜しいなんて思うなよ!」
 「それはこっちの台詞だァ!」
 刺客が竹刀を上段に構えて突進してきた。
 ……郁子は、沙耶の前に膝をつくと、先ず彼女を抱き寄せて、背中のファスナーを少しだけ下げた。
 「ちょっと! なにするのよッ」
 千鶴の抗議などお構いなく、沙耶のワンピースを胸元まで下ろす(辛うじて下着の肩ひもだけ見える程度)。そして……。
 ロビーのガラス扉から見ていた郁子のファン達が悲鳴をあげた。
 郁子のヒーリングは患部に直接、口を付けて生体エネルギーを送り込むことだから、当然、沙耶の胸元にキスしているように見えるのである。
 ファンクラブの二年生の一人が言った。「ちょっとちょっと! あのオンナ何者! 私の北上様にあそこまでさせるなんてェ!」
 「誰がアンタのよ!」と隣にいた生徒が言った。「ア〜ン(>_<) でも羨ましいィ〜」
 そこで、文芸創作科一年の一人(ちなみに東海林君子。「箱庭」参照)が言った。
 「知らないんですか? 先輩方。彼女、文芸創作科一年の紅藤沙耶(くどう さや)さんは、北上郁子(きたがみ あやこ)さんの再従姉妹(はとこ。祖母同士が姉妹)だそうですよ」
 「ハトコだろうが妹だろうがッ、羨ましいものは羨ましいのよ!」
 「女同士なんて、気色悪いだけなのに……」
 一方その頃、建はと言うと、初めの第一声の後は全くの無言で闘っていた。走っているのにその足音さえ立てない、飛び上っても空を切る音するしないのである。まさに忍者の闘い方だった。
 郁子の技を受けて気を失っていた刺客の一人も、相棒がまだ闘っている物音で目を覚まし、その対戦相手の凄さに圧倒されていた。
 『一切の音を禁じる動き……これじゃ背後から攻撃されたらひとたまりもないな』
 倒れ伏したまま、彼は建のことを観察していた。
 建が竹刀を避けるのに宙返りをする――その時、胸が張って形がくっきりと見えた。
 『あいつ、男だと思っていたが……』
 体はまだ動かないが、手だけなら少しだけ動かせる。しかも、まだ彼は必殺技を使っていないために「例の効き目」が切れていないのだ。
 彼は、建に気付かれないように唱文を唱え始めた。
 ――沙耶の服を直しながら、郁子は言った。
 「ごめんなさい、沙耶さん。あなたにまで苦しい思いをさせて」
 「私こそ、お邪魔をしてしまってごめんなさい。でも、もう大丈夫です」
 沙耶の微笑みに、郁子は元気づけられる思いだった。
 「危ないから、ロビーにいてね。私は負けたりしないから」
 「はい、アヤさん」
 沙耶の言葉にうなずいてから、郁子は床に置いていた薙刀(なぎなた)を手に取った――建に組み立ててもらっただけで、まだ秘法をかけていないために、継ぎ目が消えていなかった。
 『このままだと、竹刀より強度がないけど……』
 この際、そんなことは言っていられない。 
 郁子が立ち上がったその時だった。
 「破砕波!」
 しばらくして、女性たちの悲鳴と、男どもの感嘆の声が上がった。
 見れば、建の衣服が粉々になって剥がれようとしていた。咄嗟に胸元を隠しているが、建の胸は晒(さらし)で固めていないと両手で隠しきれないほどある。それに、丈夫なジーンズも膝から下は完全に崩れていて、そちらも隠さなければならなくなってくる。
 「あっ…‥いや……」
 建は完全にへ垂れこんで、素に戻ってしまった。
 唄子のボーイフレンドは自身の右腕の袖が無くなったのに対して、倒れている相棒に不平を言った。
 「ちゃんと狙えよ、おまえ」
 「馬鹿、文句言ってる間に攻撃しろ! 奴はもう身動きができねェ!」
 「タケル!」
 郁子はすぐさま駆け寄っていた。だが、彼女より早い脚力で追い抜いて行った男がいた。
 「どさんこパーンチ!!」
 そう、北海道出身、建LOVEの黒田龍弥だった。彼のパンチに唄子のボーイフレンドは後方へすっ飛び、旧校舎の壁に激突して、頭の周りにお星様をグルグル回転させるハメに……。
 龍弥は自分の着ていた黒いコートを脱いで、建の肩に掛けると、前から抱きしめるように、男たちの視線から彼女を守った。
 「黒田……」
 建が紅くなっているのも気づかずに、龍弥は二階に目をやって、鍋島玲子(なべしま れいこ)を見つけた。
 「鍋島! 着替え!」
 玲子はうなずいて、すぐに駈け出していた。
 「よし、草薙、よっくり立てよ。見えるからな……」
 「う、うん……」
 ジーンズは完全に短パンと化し、上半身の布はまったく何もなくなっていた。なので立ち上がらせるときに建の白い胸がチラリと見えて、龍弥はドキッとしたのだが……見なかったことにして、そのまま建を校舎の中へ連れて行った。
 すれ違いざまに、郁子にこう言われた。
 「格好いいじゃない」
 なので龍弥は言い返した。
 「俺はいつだってイケてるんだよ。それより、草薙の仇は頼むぜ」
 「まかせておきなさい」
 とは言うものの、郁子の出番はあまりないかもしれない。
 破砕波の技を放った刺客の周りを、永遠の風のメンバーが輪を描くように取り囲んでいたのである。

紀恵「大衆の面前で、女の子を脱がすなんて」
桜子「人間のクズのやることだわ」
美夜「いいえ! すでに人間ですらないわ!!(一番怒っている)」
洋子「こういう生き物は、ちょォっとお灸をすえてあげないと……」
智恵「(タップシューズに履きかえながら)そうね、あとあと示しが付かないわね」
有佐「(騒ぎを聞いて駆け付けた)タコ殴りにしておしまい!!」
メンバー一同「Yes, ma'am !」

 かくして、二十人近い女生徒たちに踏みつけられ、蹴られ、タコのように真っ赤になるまでボコボコにされたのであった……自業自得である。
 刺客の二人が再起不能と化した今、相沢唄子はワナワナと震えながら郁子を睨みつけた。
 「こうなったら……こうなったら……」
 唄子は転がっていた竹刀を手に取った。「私がやるわ!」
 「やめておきなさい」と諭すように郁子は言った。「素人に私は倒せない」
 「うるさい! うわァ―――――――――!!」
 唄子が突進してくる。郁子は仕方なく左手だけで薙刀を構えた。
 その時だった。

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from: エリスさん

2010年04月30日 15時37分31秒

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「阿修羅王さま御用心・32」
 水素に火を点けるとどうなるか――中学の理科の実験でやりましたよね? 読者諸君。

 “キ ュ ッ !

 あまりにも凄いその音は、御茶ノ水じゅうに響き渡ったにもかかわらず、花之江の神のアイディアで一般人への被害はなかったのであった。――かくして、津波も消えてなくなった。
 それを見て、真っ先に駆け寄ってきたのは沙耶だった。
 「アヤさん!」
 もう大丈夫、と周りの連中が油断していたのが甘かった。
 「真空波!」
 『え!?』
 次の瞬間、沙耶の胸元に強い風が吹き付けたかのように衣服がたなびいて、沙耶は後ろ向きに倒れていた。
 見れば、仰向けに倒れていた刺客の下から、もう一人の刺客――歌子のボーイフレンドが這い出してきた。
 「貴様ァ! 汚えぞ!! 仲間の後ろに隠れて技から逃げやがったな!」
 建の抗議に、
 「なんとでも言え!」と、そいつは高笑いして見せるのだから、腹が立つ<`〜´>
 千鶴がすぐさま駆け寄って、沙耶を抱き起した。
 「沙耶ッ、沙耶! しっかりして!」
 沙耶は、意識はあるものの、ショックで呼吸が出来なくなっていた。声すら出なくなっている。
 「ひどいわ! 沙耶は幼いころに小児喘息にかかって、今でも発作を起こすのよ!」
 千鶴が叫ぶと、
 「ヘェ、そうかい。それは好都合ってもんだなァ、北上さんよ。自分の女が心配でバトルどころじゃないってことか」
 「あなた達、そうまでして……」
 郁子がこぶしを硬く握って、今にも飛びかかろうとしているのを、建が制して彼女の前に立った。
 「勝負のためには一般ピーポーまで巻き込もうたァ、武道家の風上にも置けねェぜ。アヤ姉ちゃんが手を下すこともねェ。この一刀体術流正統後継者・草薙建が相手になってやる!」
 「イットウ……なんだって? 聞かねェ流派だな」
 「ウッセェ! どうせうちはマイナーだよ!」
 そこで郁子が口を挟んだ。「ちょっと、タケル!」
 「姉ちゃん」と建は小声で言った。「俺があいつの相手をしている間、紅藤ちゃんのヒーリングやっててくれ」
 見ると、智恵が背中を押したりして、どうにか呼吸はできるようになっていたが、呼吸困難はどうしようもできないでいた。確かに一刻を争う。
 「わかったわ」
 郁子は手袋を建に返した。「すぐに済むから、よろしくね」
 「まかせとけ」

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from: エリスさん

2010年04月30日 12時27分38秒

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「阿修羅王さま御用心・31」
 「大した奴らね。こんな技が使えるなんて、今まで見せもしなかったのに」
 津波はまだ止まらない――水素と酸素を気エネルギーで融合させて発生させているので、技を使う者のエネルギーが尽きない限り続くのである。……当然のことながら、水そのものも吸い寄せられてくる。
 おかげでこの御方は災難だった。
 「キャーッ!」
 この悲鳴を聞くことができる人間は、芸術学院の中でも少数だった。
 郁子と建は悲鳴の方向に視線を走らせた――講堂の窓が開いていて、そこから水流とともに花之江の神が流されて来たのである。(美夜はもうこの時、建が心配で新校舎へ来ていた)
 「タケル!」と咄嗟に郁子が叫ぶと、
 「分かってます!」と、建は狙いを定めて、流されてきた花之江をジャンプしてキャッチした。
 「もう! なんたること!」
 花之江は郁子の防御壁の後ろの安全エリアに入って、背中から思いっきり水流を吸い込みつつ、怒りの形相を露にした。
 「この水の神まで武器に使おうとは、なんたる無礼! 天災を降らして懲らしめてやろうかしら」
 「ダメだって! 花之江さんが本気になったら、東京が水没しちゃいますよ!」
 と建が言うと、
 「おだまり! 私は、お化けと間違われてホラー映画のネタにされた、馬鹿な妹とは違うのよ!」
 「それ、花之湖(はなのこ)さん怒るよォ〜〜……ところで、なんで水流を吸い込んでるの?」
 「馬鹿ね、私が吸い込んで水素と酸素に分解しとかないと、みんなが窒息しちゃうし、御茶の水じゅうが水浸しになるじゃない」
 「花之江さん、言ってることが矛盾してるよ」
 怒ってはいても、土地神としての役目は果たす花之江だった。
 なので郁子が言った。
 「花之江さん、その水素だけを集めて、奴らにぶつけられないかしら」
 「そりゃできるけど……アヤさん、あなた……」
 「向こうが超常力で来るなら、こっちもそうします」
 なので、建は言った。「姉ちゃん、それってヤバくない? 一般生徒が見守ってるんだからさ」
 「あいつらがこんな手段で来てるのに、正攻法で収まるはずがないでしょ? それに、あいつらのおかげで、おあつらえな密室ができてるのよ」
 「あっ!?」
 建も言われて気づいた。向こうから押し寄せてくる水流と、郁子の防御壁、そして花之江の吸引で、郁子たちがいるところは周りから見えなくなっているのだ。
 「だからタケル、今のうちに私の薙刀(なぎなた)を抜いてッ」
 「承知!」
 建は郁子の太腿のホルダーから、薙刀を抜いて組み立てた。
 「ハイよッ」
 建は郁子の左手にそれを渡してあげた。
 「結界、俺が代わるよ」
 建は人差し指を立てた形で両手を組み合わせ、念を唱え始めた。
 「臨(りん)、兵(ぴょう)、闘(とう)、者(しゃ)、皆(かい)、陣(じん)、裂(れつ)、在(ざい)、前(ぜん)! 出でよ、結界!」
 郁子が右手で防御壁を作っていた辺りに、建の両手が広げられる。それで、一神と二人の周りには球体の結界が張られた――郁子は防御壁を解いて……。
 「今から唱文を唱えます。唱え終わる瞬間に建は結界を解いて、花之江さんは水素を奴らにぶつけてください」
 「まかせて。ついでに他の人に被害が行かないように、二酸化炭素で包まれた球体の水素にしておきましょうね」
 それ聞いて建は言った。「花之江さん、そんなこともできたの(^_^;)」
 土地神様は偉大です<(_ _)>
 郁子は左手を胸の前に構えて唱え始めた。
 「ナウマクサンマンダ バザラダンカン ナウマクサンマンダ ボジソワカ!」
 絶妙なタイミングで建が結界を解き、花之江が水素を放つ――水流が押し分けられて、刺客の二人が見えてきた。
 「非天火炎弾(ひてんかえんだん)!」
 郁子の左手から、炎の球体が放たれた。

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from: エリスさん

2010年04月23日 14時20分39秒

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「阿修羅王さま御用心・30」
 新校舎側に郁子たち、旧校舎側に唄子と刺客たちが陣を取る形になった。
 郁子はキュキュッと音をたてながら手袋をはめて、身構えた。
 「さあ、いらっしゃい」
 すると唄子のボーイフレンドの方が怒鳴る。「そのお嬢様な態度が気に入らないんだよ!」
 奴らがちょうど襲いかかった時、今日はワンピース姿の紅藤沙耶が新校舎の入り口から走り出てきた――南条千鶴も後を追ってくる。
 「アヤさん!」
 今にも郁子に駆け寄ろうとするのを、智恵が捕まえる。
 「危ないわ、紅藤さん! 下がってッ」
 「でも、アヤさんが!?」
 「アヤは大丈夫だから。見ていて……」
 左右から同時に竹刀が振り下ろされた瞬間、郁子はバック転で避けて、ついでに右側の竹刀を蹴り飛ばしていた。
 郁子の動きは一つ一つがリズミカルで無駄がない。美しささえ感じられる。――あたりから感嘆の吐息があふれ出ていた。
 「ブを極めればブに通ず……って言葉、知ってる?」
 智恵に言われて、沙耶は首を左右に振った。
 「舞踊を極めれば武術に通じ、武術を極めれば舞踊に通じる。格闘技なんて野蛮なものでも、リズムと洗練された動きで美しく見えるものなの。アヤが通っている道場の基本的な教えらしいわ」
 「それでアヤさんは、武道を始めると同時に日本舞踊も……」
 「どちらもお師匠様が同じ人なんですって。けれど、武術を芸術にまで高められる人は稀だと思うわ。アヤはそれを簡単にやってのけてしまう。やっぱり、天性ってあるのね……アヤの武術って、まさに日舞の振りですものね」
 智恵と同意見であるその人物は、龍弥が立っている窓際まで来て、言った。
 「やっぱり綺麗だな……ミステリアスな魅力が堪らないよ」
 突然にこんなことを言われても、慣れっこになっている龍弥は半分あきれながら答えた。
 「おまえがあいつを自分のリサイタルのゲストに指定するのって、単にあれが見たいだけか? 瑛彦」
 そう言われて、梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)は不敵な笑みを浮かべた。
 「普段は見せてくれないからね」
 「そりゃ無理だろ? あいつ、一応この学校では“憧れのお嬢様”で通ってるんだから」
 「一応は余計だ。れっきとしたTOWAグループ前会長の御令嬢だ」
 「ヘイヘイ、そうですか」
 「……彼女が、その身分さえ隠していなかったら……」
 「ん?」
 「……いや、いいんだ」
 小・中学校時代、御令嬢ということで周りからチヤホヤされて育つことのないように、という亡き母親の教育方針で、自身の家柄を隠して登校していた郁子は、両親がいなかったことと、当時肥満気味だった体形からイジメにあっていた。そして、中学一年生の時の校内虐待事件――この事件をきっかけに、郁子は武道場へ通う決心をしたのである。
 もし、初めから家柄を明かしていれば、今の郁子はなかったのかもしれない。
 さて、戦闘の方であるが……先ほどから、唄子のボーイフレンドではない方だけが郁子と対戦し、ボーイフレンドの方は少し離れたところでそれを見ていた――いや、何かぶつぶつと呟きながら、両手で何かを形作っている。
 『あれは……指先に念を籠めているのか?』
 そう判断した建は、聴覚を研ぎ澄まし、彼が何をつぶやいているのかを読み取った。
 「大気よ、水よ、我に力を与えん。その大いなる御力をもって……」
 『この唱文は!』
 建は旧校舎側を指さしながら叫んだ。
 「そっち側! 校舎に入って窓を閉めろ! 窒息するぞ!!」
 建の声に、校庭の隅で見学していた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすようにワタワタと旧校舎の中へ入っていく。
 そして、今度は新校舎側にも怒鳴った。
 「こっち側も窓を閉めろ! そんで窓から離れるんだ! 圧力でガラスが割れるかもしれない!」
 なにがなんだか分らないが、新校舎の生徒も慌てふためく。
 心配で離れがたくなっている沙耶のことも、智恵と千鶴が強引に、一階のロビーまで引っ張って行った。
 建は郁子の至近距離に寄って、大急ぎで結界の印を結ぶ。
 「臨、兵、闘……」
 「邪悪なるものを滅せよ!」
 「うわッ、間に合わ……!」
 どこからともなく水流が沸き起こり、どでかい津波になって押し寄せてくる――だが、建は濡れなかった。
 「大丈夫?」
 郁子が右手だけで見えない防御壁(ぼうぎょへき)を作っていた。その後ろに建もいたのである。

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from: エリスさん

2010年04月16日 15時28分42秒

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「阿修羅王さま御用心・29」
>  額田王の長歌を暗唱してしまう。――その暗記力もさることながら、読む時の表現力、澄んだ声に、教室中の女子生徒がポワ〜ンとなってしまった。


 小声で囁く声が聞こえる。
 「やっぱり北上様よねェ〜。なんて素敵なお声(●^o^●)」
 「私達じゃあんなに感情豊かに、それでいてさらりと、なんて、万葉集相手に読めないもの」
 「この授業取ってて良かったァ……」
 こうなってしまうと、面白くないのは男子生徒である。たいして美人でもないのに、どうしてあんなに人気があるんだか……と、こう思ってしまう。(いやまあ、郁子の実力は認めてるんだけどね (^_^;) )
 特に面白くないのが、やっぱり黒田龍弥だった。
 「では、誰かに訳してもらいましょうか……」
 講師が言うと、
 「ハイッ」
 と龍弥が手を挙げた……いつもはそんなに積極的ではないので、講師も驚く。
 「では……ええっと、黒田君だったかしら?」
 「ハイ、文芸創作科1年 黒田龍弥です! 行きます!」
 ここまで意気込むと、本当にらしくない。それだけ郁子に闘争心を燃やしているのだろう。
 で、龍弥が口語訳を読もうとしたときだった。
 校庭からいきなり大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
 「北上郁子! 出てこォ―――――――い!」
 『この声は……』
 郁子がそいつらの姿を見に行くまでもなく、窓際の席の生徒が校庭を覗いて、講師に言った。
 「柔道着みたいなのを着た若い男が二人と、あと女の方は……」
 「声楽コースの相沢さんです」
 なので、立っていた龍弥は、斜め前に座っている郁子に言った。
 「とうとう所構わずになってきたな、あいつら」
 「他人事みたいに言わないでよ。元はと言えば、あなたの従兄弟……」
 そこで龍弥は咳ばらいをしたのだが、周りの人は誰一人として気づいていなかった。講師が窓のところへ行ったと同時に、他の生徒たちも窓際に寄ってしまったからだ。自分の席から動いていないのは、もはや郁子と龍弥だけ。
 そんなときだった。
 「貴様らァ! ええ加減にせェ!」
 『あら? この声は……』
 郁子が思っている間に、龍弥の方はもう体が動いていた。
 二階の教室には、直接校庭へ出られるようになっている、階段付きのベランダがある。建はそこで右手の拳を硬く握りしめながら立っていた。
 「週に一回しかない万作先生の貴重な授業を妨害しおってッ、貴様らは芸術を冒とくしている!」
 建の言葉に、
 「そうだそうだ!」
 「カッコイイぞ、草薙!」
 という声も上がったが、龍弥はちょっとだけ頭が痛くなった。「論点が違う……」
 観衆が騒ぎ立てる中、唄子のボーイフレンドは言った。
 「芸術なんか知るか! 俺たちはあの女に勝てればいいんだ。あの女を出せ!」
 「貴様ァ、授業中は手を出さないっていう公約はどうしたッ。もし破ったら、そこにいる相沢唄子が歌謡界に入るときに、我らが流田恵理先輩と、フィーバスの藤村社長が妨害するってことになってただろうが!」
 すると唄子が言った。
 「もうそんなことはどうでもいいわ! こうなったら意地よ。私はもうすぐ卒業よ、これが最後のチャンスなの! どうあっても梶浦君のリサイタルに出たいのよ!」
 「悪あがきも大概にしたら」
 この声に、建も唄子たちもびっくりした。――龍弥も今まで彼女が座っていたはずの席を振り返った。
 郁子が、校庭へ現われていた。――その上品な歩き方が、その場の演出効果をアップさせている。
 「アヤ姉ちゃん!」
 建は忍者さながらにベランダから飛び降りた。
 「こんなことをしたところで、梶浦瑛彦(かじうら あきひこ)という天才が、あなたを選ぶと思っているの? 確かにあなたの歌唱力は認めるわ。でも、こんな汚いやり方でステージを手に入れようとする、あなたの汚れた心では、瑛彦さんのピアノとハーモニーを醸し出すことはできないわ」
 「ウルサイ! とにかく、私はあなたが憎くて仕方ないの!!」
 「俺たちもだ。あんたみたいな一見か弱そうなお嬢様に、俺たちが負けたままでなんかいられないんだ!」
 そこで建が怒鳴った。「おまえらな! 武道家としての意地よりまず、男として考えろ! よってたかって姉ちゃん一人に暴力振るうたァ、恥ずかしいとは思わんのか!」
 その言葉に、観客たちも賛同する――しまいには職員室の講師たちまでが面白がって見物する始末。
 「外野は黙ってろ! さあ、北上郁子! 剣を抜いてもらおうか」
 郁子と建の周りには、永遠の風のメンバーが集まっていた。
 「郁子先輩……」
 今井洋子(いまい ひろこ)が心配そうに縋りつく。郁子はそんな彼女に微笑みかけた。
 「大丈夫よ」
 そして、ブレザーを脱ぐと、洋子に渡した。
 「やるのか? 姉ちゃん」と建が言うと、
 「ここまで来たら相手してあげないと、納まりがつかないじゃない?」
 「そうだけどさ……なんかあいつら、いつもより余裕の顔してない?」
 「してるわね。どうしてかしら?」
 「たぶんさ」と、智恵が言った。「昼間だし、人前だし、アヤが暗器を抜けないのを見越してるんじゃない?」
 そう、人に暗器(隠し武器)を抜いているところを見られては、暗器の意味がない。だが、先刻から奴らは「剣を抜け」と言っている。つまり、彼らの余裕の表情には別の意味があるのだ。
 「大丈夫よ。無手(武器を持たないこと)だからって、あいつらに負けたりしないから……タケル」
 郁子は建に向かって右手を出した。建はジーンズのポケットから黒革の手袋を出して、その手に渡した。
 「俺はここに居ていいだろ? 邪魔はしないから」
 「あなたの役目ですものね、いいわよ。でも、チャーリーたちは下がっていて」
 郁子の言葉に、ウィンクでOKサインを出した智恵は、後輩たちと一緒に後ろに下がった(有佐は別館の校舎で授業中だったため、まだこの騒ぎを知らない)

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from: エリスさん

2010年04月09日 15時52分12秒

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「阿修羅王さま御用心・28」


 午前中の芸術学院は穏やかだった。
 二限目の授業、郁子は日本文学演習の授業で、万葉集の講義を受けていた。
 ちょうどその頃、職員室に一本の電話が鳴った。小説ゼミナールの講師・三原真理子への電話だった。
 「莉菜! あなた、いつ日本に帰ってきたの?」
 真理子は驚きながらも嬉しそうだった。
 「今から? いいわよ。今日はこのあと三時からの授業しかないし……なによ、聞きたいことって。……そう。じゃあその時にね。駅ビルの喫茶店で待ってて」
 真理子は電話を切ってから、通路を隔てて隣にある大学部学長の藤村寿子(ふじむら ことこ)へ声を掛けようと顔を向けると……。
 「あら? 寿子先生は?」
 「ああ、学長なら」と、真理子の後ろの席にいる美術科講師が言った。「用があるって、出掛けたけど」
 「そうなの? それじゃ、伝言頼んでいい? 私、これから人に会うので外出しますけど、午後の授業までには戻りますので」
 「分りました……人に会うって、デートですか?」
 「いやね! 古い友人ですよ。私、デートは主人としかしませんもん」
 と、笑顔で答えながら、真理子はバッグとコートを手に職員室を出て行った。
 今思えば、真理子が外出さえしていなかったら、あんな騒ぎにはならなかったかもしれない。
 一方、講堂はその時間授業がないということもあって、この御方は朝から二階席で酒盛りをしていた――とは言っても……。
 「主食がお酒だなんて、大変ですよね」
 ようやく登場できた尾張美夜(おわり みや)は、「愛しいお兄様」こと草薙建(くさなぎ たける)に頼まれて、新潟名産「赤い酒」をこの御方に奉納しに来たのであった。
 さて、ではその御方とは……。
 「そんなこと……なかったのよね、昔は。信仰心が厚かったからね、姿が見えなくても土地神には御供物を供えるものだっていう習わしがあったじゃない? だから、お神酒なんて尽きることなく毎日飲めたんだけど、現代の人たちって見えないものは信じないから、おかげで御供物が減って……今はこうして、私たちが見える人たちに頼るしかないのよ」
 学校ならどこでも、その土地を守ってくれる神様が必ずいるものらしく、特にそういった神様は水の神様だったりするので、プールやトイレに住んでいる。この芸術学院を守ってくれている土地神様――花之江(はなのえ)は、講堂のトイレの個室のドアの上にいつも腰かけているのだが、講堂で授業がない時は客席で昼寝なんかをしていた。ちなみに、水の神様にとってお酒は主食だが、人間みたいに酔っぱらったりはしないとか。
 「ねえ? ところで美夜ちゃん。あなた、このごろ演劇の練習お休みしてない?」
 「うん……ちょっとね」
 「いいの? 公演があるんでしょ?」
 「私、そんなに大した役じゃないんです」
 「そんなこと言って。なにか事情があるんじゃないの? アヤさんず心配してたよ」
 美夜はそう言われて、少し悩んだものの、花之江に顔を近づけて小声で言った。
 「内緒にしてもらえますか?」
 「事と場合によりけりよ。さっきも言ったとおり、アヤさんが心配してるんだから……まあ、心配はしてても何もできない状況にいるけどね、彼女も」
 「大変そうですものね(^_^;)」
 美夜も郁子の今の状況は分かっている。だからこそ心配をかけたくなかったのだ。
 「あのね……建お兄様の誕生日が近いんです」
 「ああ! そうか、なにか贈り物をしようとしているのね」
 「ハイ。冬だし、マフラーを編んでるんですけど、なかなかできなくて」
 「それで、練習を休んで頑張ってるんだ」
 「はい……」
 実はその他にも、今回の舞台のために郁子が龍弥を出入りさせようとしていることも知っているので、それが嫌だったのだ。美夜はれっきとした建のガールフレンド。なのに、自分を差し置いて他の男を見ている建の姿など、見たくないのだ。建が本当に愛しているのが誰なのか、知っているだけに。
 もちろん、そのことは郁子も郁も分かっている。そのことで美夜が傷つくことも予測していた。けれど……。
 『私だって分かってるもん。いつか、私とお兄様は別れなくちゃならないって』
 別にレズだったわけではない。たまたま好きになった人が女性だっただけ。
 それでも――傷つくと分かっていても「好きです」と言わずにはいられなかった。
 建はその気持ちに応えてくれた――それで、十分なのかもしれない。
 ……さてその頃、モテモテの建クンはと言うと、郁子が授業を受けている真下の教室で、古典芸能の授業を受けていた。講師はなななァ〜んと、あの狂言師・野村万作先生でいらっしゃいます(ここだけ実話です!)
 郁子もこの授業は受けたかったのだが、その時間どうしても三年間の間に一年は履修しなければならない必修科目の授業(日本文学演習)があったので、泣く泣くそちらを受けている。
 「では次のところを……」
 日本文学演習の講師は、出席簿を覗きながら言った。「北上さん、読んでください」
 「はい」
 郁子は立ち上がって、分厚い万葉集の本を持ち上げようとしたが……。
 「あら、そんな謙遜はしなくていいのよ」と、講師は言った。「あなたの実力を見せてちょうだい」
 郁子はその言葉に微笑んで、本を閉じた。
 「冬ごもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ
  咲かざりし 花も咲けども 山を茂み 入りても取らず
  草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては
  黄葉(もみじ)をば 取りてぞしのぶ
  青きをば 起きてぞ歎く そこし恨めし
  秋山ぞわれは」
 額田王の長歌を暗唱してしまう。――その暗記力もさることながら、読む時の表現力、澄んだ声に、教室中の女子生徒がポワ〜ンとなってしまった。
 

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from: エリスさん

2010年04月02日 16時03分54秒

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「阿修羅王さま御用心・27」


 その日の夜、とある場所で、唄子が自分の雇った刺客どもに会っていた。
 「なんであの女、まだピンピンしてんのよォ〜!」
 「なんでと言われても……」
 沙耶を人質にする作戦は、どうしても実行に移せなかった。校内では手を出さない、という公約ができているため、授業が終わる頃を見計らって待ち伏せていたのだが、今日はずっと講堂で「永遠の風」の稽古を見学していたために、なかなか出てこず、そのうえ、ようやく現われたと思ったら、建の護衛付きで、すぐにタクシーで帰ってしまった。その腹いせをまたしても郁子に向けたら、案の定返り討ちにあってしまったのである。
 「勝とうなんて思うからいけないのよ! とりあえず舞台に立てないぐらいに打ちのめしてくれれば!」
 「いや、それがさ」と、友人の方が答えた。「怪我すらさせられないんだよ、俺たち」
 自分で言ってて、情けなくないか? 君。
 「力の差がありすぎるんだよなァ」
 「でも、勝ちたい!」
 「そりゃな。だけど、万策尽きた感じだよな……」
 「いや、一つだけまだ方法がある」
 「ホントか!?」
 「だからな……おまえ、共犯な」
 「え? (・・;)」
 「この際なんでもいいからッ、あの女をやっつけてェ!」
 その日の夜中、武神道場宝物殿に泥棒が入ったのだった……。


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from: エリスさん

2010年03月19日 13時52分27秒

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「阿修羅王さま御用心・26」
 「ところが! 片桐宗家と、分家である光影寺住職家、そして草薙家はね、昔から関わりが深くて、互いに嫁を貰いあったり、養子に貰ったりで、血が近いのよ。現に、タケルの曾祖母と私の曾祖父は兄妹なのよ」
 「マジか!?」
 「なァに? そんなに私と親戚になるのが嫌なの?」
 「やだね! もしおまえそっくりな子供が産まれたらどうする! 同性にしか好かれない子供になるじゃないか!」
 「失礼な男ね、本当に。第一、それって私に似なくても……そういえば、茶川はどうしたの?」
 茶川暹(ちゃがわ せん)――龍弥をこよなく愛する、文芸創作科きっての男色家である。一応、龍弥の友人の一人ではあるんだが……。
 「ああ、茶川さんなら、いま入院してます」
 と灰谷が言うと、

龍弥「アキラ、余計なことは言うな」
郁子「なに? どうかしたの?」
灰谷「それがですね、北上先輩」
龍弥「オイッ! アキラ!」
灰谷「茶川さん、龍弥さんに大事なところを蹴られまして。まあ、大した怪我じゃないんで、
   心配ないそうなんですが」
龍弥「アキラ!!」
郁子「なァに、黒田ったら、また茶川に押し倒されたの?」

 なので龍弥は渾身の力を込めて言った。「未遂だ、み・す・い!」
 黒田が一番いやなこと――それは、自分が男に好かれやすい容姿だということ。
 「あなた、いっそのこと男辞めて、女になったらどう? その容姿(華奢で小柄な美少年)なんだから」
 郁子のいうことはもっともだった。
 そんな時――講堂の扉が開いて、誰かが顔を出した。
 「あっ、いたいた。龍弥くゥ〜ん!」
 見れば、本当に学生か? と言いたくなるようなケバイ化粧と派手で露出の多い服を着た女が、龍弥に向かって手を振っていた。
 「オウッ! もうちょっとだから、アーチの下で待っててくれ」
 「ハァ〜イ! 早く来てね (^_-)-☆ 」
 それを見ていた「永遠の風」の面々は、茫然自失に陥った。(特に建が)
 郁子は一番近くで見ていただけにショックも大きかったが、すぐに自分を取り戻して、女が消えてから龍弥に言った。
 「昨日までの女と違うようだけど」
 「ああ、あいつとは別れたんだ」
 『捨てた、の間違いじゃないのかしら (;一_一) 』と郁子は思ったが、怒りを表情に出さないように努めて、
 「で? あれが新しい彼女?」
 「いや。それは今晩‘試して’から決める」
 「あんた、やっぱり顔出さなくていいわ <`ヘ´>他の会員に悪影響だから

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from: エリスさん

2010年03月19日 12時10分43秒

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「阿修羅王さま御用心・25」
 「佐保山さんの脚本、読ませてもらったよ。先ず、ストーリー構成に問題はない」
 と龍弥が言うので、郁子は、
 「当たり前でしょ? 姉様を誰だと思ってるのよ。高校生の時からプロの小説家である川村郁(筆名)よ」
 「そりゃそうなんだけど……でも、時代設定上の間違いって言うのもあるんだ」
 「姉様に間違い? 失礼な……」
 「おまえ、本当に俺の話を聞こうって気持ち、ないだろ?」
 「そんなことないけど、でも、姉様の方が信用できるもの」
 「つまり、俺は信用できないってことか!」
 そこで灰谷かせ仲裁に入る。「まあまあ、女性相手に熱くならないで」
 「そうだな、こいつも一応、女だからな」
 「一応だけ余計よ、黒田。――それで? 間違いってなに?」
 「今参りの局が、乳母なのに義政の子供を妊娠するんで、日野重子にこっぴどく叩かれるシーンがあるだろ? あれはありえないぞ」
 「ありえない?」
 「あの当時――いや、それ以前からかな。乳母っていうのは、全部が全部じゃないけど、自分が育てた子供が元服するとき、いわやゆる“手ほどき”をしてやる風習があるんだ。皇族の男子が元服する時、添い伏しっていうのがあるだろ?」
 「ああ、それなら知ってるわ。源氏物語に出てきたから……でも平安時代ではまだ、ただ添い寝するだけよね?」
 「時が室町に移ると、そうもいってられなくなったんだろ。実際、平安時代でも添い伏しに立った女性は皇子の妃になるじゃないか。つまり、責任を取らなきゃならない状況になっちまうんだろ、やっぱり」
 「これだから男っていやよね。節操無しで」
 「オイオイ、男だけのせいかよ (-.-)」
 「とにかく、そのシーンは書き換えか、もしくはカットが必要ってことになるわね……」
 郁子はその時、自分たちに向けられている視線に気付いていた。隠れるように、それでも強く向けられる視線……。
 それが誰の視線か分らぬはずもない。
 『これは使えるかも……』
 そう思った郁子は、「ねえ、黒田」と、グイッと彼に接近した。
 視線の主から殺気のようなものが発せられた。
 「なっ、なんだよ、いきなり!」
 びっくりしながら龍弥が言うと、
 「そのままの状態で、これを見て」
 郁子は手鏡を出して、黒田の遠く背後にいる視線の主の姿を映した。――それには、女子会員たちに混じって、建が映っていた。その表情を見て、
 「へェ……」と、龍弥は喜んだ。
 「俺たちに嫉妬してくれてるんだ……」
 「うれしい?」
 「オウ。あいつも可愛いとこあるじゃん」
 二人の会話が聞こえているわけではなかったが、自分のことを話していると気づいた建は、ツイッとどこかへいなくなってしまう。
 「あんた、これからもちょくちょく来なさいな。タケルのいい刺激になるから」
 「日野富子の心情か?……あっ、それであいつが主役に抜擢されたのか」
 「そう。私じゃ、昔の彼とよりが戻ったから、今はこんな気持ちになれないって、姉様が判断したの」
 「ふうん……じゃあ、来ようかな」
 龍弥が素直に喜んでいるのを見て、郁子も灰谷も微笑ましくなる。常日頃からそうしていれば、建ともうまく付き合っていけるだろうに、この二人は素直じゃない。
 「いっそのこともう、プロポーズしちゃったら? 龍弥さんがそこまで執着する女の子って、本当に珍しいよ」
 と灰谷が言うと、
 「それには色々と問題があるんだよ。してもいいけど。なァ。北上。本当におまえと彼女って親戚なのかよ」
 「そうよ。同じ片桐の血を汲んでいるの――江戸時代のころ、片桐宗家に三人の男児が生まれたの。そのうち長男は宗家を継いで、次男は幼いころに病気で失明したことから仏門へ入り、光影寺の娘と結婚して、寺を継いだの……それが私のおばあ様の実家で、私の先祖になるの。残る三男は、側室腹だったんだけど、武道に秀でていて、芸術的才能もあったので、片桐家の御庭番だった草薙家にちょうど男児がいなかったから、婿養子に出されたの。それが建の御先祖様よ」
 郁子の説明で、龍弥は安堵した。
 「なんだ、親戚って言ってもそんなに遠い親戚なのか。だったらあまり……」
 

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from: エリスさん

2010年03月12日 14時33分28秒

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「阿修羅王さま御用心・24」

 黒田龍弥が灰谷彰と一緒に講堂に入ってきた時、建は舞台の上にいた。
 「そうよ……御今(おいま)を憎んでいたわ」
 建は義政役の瑞穂と向き合っていた。
 「乳母の立場にありながら、あなたからのご寵愛をいただき、あなたを独占し、それに罪悪感すら持たない、清らかな心根の彼女を、ずっと……ずっと憎んできたわ! どうして! どうして彼女なの? 幼いころからあなたのことを想ってきた私ではなく、なぜ彼女ばかりを愛されるのです? その他にも大勢の側室たちをお抱えになったりして……私という者がずっと傍におりましたものを。……御今など見ないで、他の女なんて見ないで、私だけを愛して!! 私にはあなただけなのに!!」
 途端、あたりがシーンと静まり返った……。瑞穂など、次の自分の台詞すら忘れている。そのことを誰も指摘できないほど、一同、その迫真の演技に圧倒されてしまっていた。
 真に迫っている――無理もない。実際に建が最近感じている思いの丈を台詞に乗せて口にしているのだから。
 郁子はその出来に満足していた。
 「瑞穂、台詞忘れちゃ駄目でしょ?……しばらく休憩にするから、今のところまた始めるわよ」
 そこかしこから返事が戻ってくる。
 会員たちが動きだしたのにホッとした灰谷は、まだ少しボーッとしていた龍弥に耳元で言った。
 「耳が痛かったんじゃない? 龍弥さん」
 「うっ、うっさい(うるさい)な!」
 龍弥のその返答に、彰はおかしそうに殺し笑いをする。
 そこへ、舞台から降りてきた建が来て、二人に声をかけた。
 「なんでおまえ達がここにいるんだよ」
 先刻とは打って変わった男声である。
 「随分な御挨拶だな、草薙。今回は俺だって協賛者のはずだが」
 「協賛?」
 龍弥は一冊の分厚い本を差し出した――「日野富子伝記」著者・日野龍一郎。
 「俺の死んだ親父は、あの日野氏研究の第一人者にして日野氏の流れをくむ、小説家の日野龍一郎なのさ……知ってただろ?」(父親の死後、母親が再婚したので黒田姓になった)
 「だから」と灰谷が補足した。「佐保山さんに協力を頼まれたんだってさ。四月からは僕たちもサロンに入れてもらえることになったし」
 「そうなると、自動的に俺もこのサークルとは関わってくるようになるのさ。それともなにか? これ持ったまんま帰ってもいいのか? 知らねェぞォ、あとで佐保山さんに叱られても」
 建は言い返すことが出来なくなってしまった。
 「そォれ、欲しいか? 欲しいか?」
 龍弥がガキっぽい意地悪をしてみせるので、グググッと言葉が詰まった建は、歩み寄ってきた郁子に泣きついたのだった。

建「アヤ姉ちゃ〜ん 。。。(>_<)。。。」
郁子「ハイハイ、ヨシヨシ、泣くんじゃないの(と、背中をさすってやる)
  黒田、あんまりうちの妹分を泣かしてると、‘あのこと’バラすわよ」
龍弥「え!? ……あのことって、まさか……」
郁子「あのことで駄目なら、あのこととか、あのこととか、あのこととか!」
龍弥「待て! 俺が悪かったァ!」

 ……って、龍弥。おのれはそんなに郁子に弱みを握られてるのか?
 そんなこともあって、休憩時間は少し伸び、郁子は郁に代わって龍弥から話を聞くことにした。

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from: エリスさん

2010年03月05日 15時16分32秒

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「阿修羅王さま御用心・23」


 次の日の放課後
 沙耶は千鶴を連れて「永遠の風」の稽古を見学に来ていた。ついでとして……。
 「アヤさんが大変な時なので、おやつに困っていると聞いたものですから、作ってみたんですけど、お口に合うでしょうか?」
 沙耶は人数分の寒天ゼリーを持ってきてくれたのだった。その見た目の美しさと涼やかなこと、文句の言いようがなく、また食してみると味も最高に美味だったので、会員一同、いい人が知り合いになってくれて良かったと感謝するのだった。
 「紅藤ちゃん、これからもうちの稽古に来て来て☆」
 と建が言えば、瑞穂は、
 「いっそのこと、うちに入っちゃいなよ!」
 すると千鶴は言った。「冗談はよして! 沙耶はうちのスタッフなのよ!」
 「なによ、怒んなくったっていいでしょ? 第一、なんであんたまで来てるのよ。お呼びじゃない人は帰ったら」
 「なァんですってェ!」
 この二人の口喧嘩はいつものことなので、誰も止めに入らなかった。演劇科のライバル同士、切磋琢磨するのも悪くはない。

千鶴「いいこと! 夏季公演の〈春日局〉で、美少年の竹千代を演じるのは、
  私ですからね!」
瑞穂「何言ってんの。竹千代ったら未来の将軍様なのよ。ただ美少年に化けれ
  ばいいってもんじゃないの。幼い中にも威厳のある若者を演じられるのは
  この私だけよ!」

 そこへ、着替えを終えた郁子が楽屋から出てきた――白の長襦袢の上に青紫の着物をかさねている。郁子らしい気品ある‘稽古着’だった。
 「タケル、あなた、稽古着は? 今日から着物か浴衣で稽古してみて、立ち居振る舞いを教えるって言っておいたでしょ?」
 郁子が言うと、建は頭を掻きながら言った。
 「ゴメ〜ン、今日はちょっと……」
 そこで、舞台衣装スタッフの一人である鍋島玲子(なべしま れいこ)が言った。「すみません、私が悪いんです」
 「ん? なぜ?」
 「私が、今までのお詫びに草薙さんの稽古着にする浴衣、縫うって言ったんですけど……まだ出来上がってなくて」
 「仕方ないよ」と建は言った。「鍋島ちゃん、授業の課題も作らなきゃいけないんだろ? 別に急ぐことないから、気にしないで」
 急ぐことなんだけど……と郁子は思ったが、建の気持ちも分かるから黙っていた。
 「あの……」と、沙耶は口を開いた。「今、私が着てるやつ、お貸ししましょうか?」
 「え? 悪いよ。汚すといけないし」
 「いいんです。これ、自分のですから安いんです」
 その言葉に驚いたのは服飾デザイン科の智恵と玲子だった。――んなに質のいい着物を安いと言うなんて……凄いお嬢様だ。自覚がないんだろうか?――という具合に。そう、沙耶は自分がお嬢様であることを全く自覚していない。もちろん、物の価値はそれなりに分かってはいるのだが、「安い」と言える値段の範囲が凡人と違うのである。
 沙耶がちゃんとした物の価値を持てるようになるのは、自分が就職してからのことだった。
 建の目にも沙耶の着物が良い品であることは分かったが、郁子に、
 「座ったり、倒れたりっていう稽古はしないから、借りたら?」
 と言われ、ありがたく借りることにした。
 「それじゃ私、着付けを手伝うわ」
 玲子がそう申し出て、建と沙耶と三人で楽屋へ入っていくのを確認してから、有佐は口を開いた。
 「タケルと鍋島さんって、完全に誤解が解けたみたいね」
 なので、紀恵が説明した。
 「私たちも一安心してます。鍋島さんが黒田さんの親衛隊のNo.1だった時は、タケルったら、彼女と黒田さんが一緒にいるだけで沈み込んでたんですけど、それもこれも、鍋島さんがあのゲイの茶川に近づくために黒田さんが協力してあげてたんだと知った今は、あの通り仲良くなりまして」
 「だけど、茶川に因縁つけられてたタケルを見て、茶川の新しい‘ボーイフレンド’だと鍋島さんが誤解してたなんて、予想外でしたよね、あれは」
 と言ったのは桜子だった。
 なので郁子は言った。「それだけタケルが美少年に見えるってことなんだけどね」
 「それなんだけど……」と有佐は言った。「本当にタケルに女役ができるの? 確かに、本読みの段階では女らしい声でやってたけど。今回のカールの考えた配役には、どうも頷けない部分が多いのよね」
 「大丈夫ですよ、アーサさん。見ていれば分かりますよ」



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from: エリスさん

2010年02月26日 14時30分45秒

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「阿修羅王さま御用心・22」
 しばらく笑いあってから、郁子は祥の前に座った。
 「ねえ? どうして?」
 ――どうしてこんな遅くに訪ねてきたの? という思いを短めに問いかけると、祥は苦笑いを浮かべた。
 「実はさ……しばらく会えなくなるんだよ」
 「え? また?」
 一年半も会えなかったことを思い出した郁子は、その時の寂しさが蘇って切ない表情になった。それを見た祥は慌てて、
 「あっ! と言っても二週間ぐらいだよ。明後日から試験期間なんだよ。それで……ほら、俺、一年浪人してるから、絶対に恥ずかしくない成績で進級したいんだ」
 「ああ、そういうこと……」
 郁子は安堵の吐息をつくと、すぐに微笑んだ。
 「無理しないでね。ショオは今のままでも秀才なんだから、具合さえ悪くしなければ、落第なんてありえないんだし」
 「うん、大丈夫だよ」
 そもそも大学受験に落ちたのも、三十九度も熱があったのに無理に試験を受けに行ったからであった。
 「それでさ、なんかさっきみたいなこともあるし、心配だから利衣夜(りいや)を護衛に置いていこうと思うんだけど、どうかな?」
 「ホント? 助かるわ。私のためじゃなくて、おばあ様のために。私が学校へ行っている間に、おばあ様を狙われたら大変ですもの」
 「うん。じゃあ、そういうことで……」
 ……しばらくの沈黙。
 「……する?」
 と郁子が聞くと、祥は頭を掻きながらうなだれた。
 「……ごめん」
 「どうしたの? そのために来たんじゃ……」
 「いや、そうなんだけど……ごめん、忘れてきた」
 「忘れたって?」
 「キムナーラさんにもらったやつ」
 「ああ、あれ?」
 キムナーラ(緊那羅王)とは、大梵天道場青森支部にいる八部衆の一人で、郁子の同僚になる。本名は丈河哲(たけかわ さとる)といい、同じく大梵天道場の東京本部にいるガンダルヴァ(乾闥婆王)こと鏑木響子(かぶらぎ きょうこ)と婚約している。二人は正式に結婚するまでは道場を引退しないつもりで、そのため寝間では常に「貞操帯」を使用している。大梵天道場では「貞操帯」を着けるのは男性の方で、キムナーラと友人になった祥もそれを分けてもらったのだが……。
 「別に、なくても良くない?」と、郁子は言った。「私たちの初めての時って、そんなの使わなかったじゃない」
 「おかげで、その後が気まずかったけどね、俺が」
 「いつまでそんなの気にしてるの? そのうち結婚したら、毎回同じことで気にするつもり?」
 「そ、そうなんだけど……」
 「別にね、私はいいのよ。あなたに会えなくても、私を求めてくれる人は他にもいるから」
 言わずと知れた郁のことである――祥はちょっとだけムッとした。それに気づいていながら、郁子は祥にすり寄った。
 「でもあなたは……ここでスッキリさせとかないと、会えないでいる二週間が辛いから、来たのでしょ?」
 「挑発するなよ。どうなっても知らないよ」
 「あら、大丈夫よ。ちょっと待ってて」
 郁子は祥の肩に手を伸ばすと、彼を上半身だけ脱がしてしまった。そして、自分が着ている浴衣から腰ひもをはずして、そのひもで祥の腿を、腰から下に裏返して落ちてきた浴衣ごと縛り付けた。
 「これで、貞操帯と隠れているところは一緒でしょ?」
 「あはは、動きづらさも一緒だね。でも……」
 そのまま祥は郁子を押し倒した。
 「おかげで脱がしやすくなったけど」
 郁子の浴衣の襟元から手を滑らせると、すぐに白い胸と腕が露わになる……下着を一枚しか着けていなかったところを見ると、郁子もそのつもりだったらしい。
 郁子の左手に祥が右手を重ねただけで、彼女は甘い吐息を吐いた。
 右手にも同様に左手を重ねると、それだけで郁子の表情が夢見心地になっていく。
 そのままキスで郁子を愛していくと、ずっと声を堪えていた郁子がたまらずに言った。
 「左手を離して……口を塞がなきゃ……」
 「……離してあげるけど、塞ぐのは俺がするよ」
 祥は手を離してあげる代わりに、唇にキスをした。
 愛撫するたびに、郁子の口から祥の口に震動が伝わってくる。それがたまらずに愛しく思えて、ついつい手に力がこもってしまう。ちょうどその時、唇が離れてしまった。
 「あっ!」
 声を発してしまった途端、郁子は真っ赤になって手で顔を覆った。
 「我慢しなくていいのに」
 「だめよ。おばあ様に聞こえちゃう」
 「聞こえても構わないと思うけど……」
 「でも私が嫌なの!」
 「じゃあ……うつ伏せになってよ」
 「それは、ちょっと……」
 背中には無数の傷跡がある。そのことは祥も承知の上だが、それでもあまり見られたくはない。
 「私、枕で顔を隠してるから、このままの体勢でお願い」
 「それじゃ俺が襲ってるみたいだから!」
 「じゃあ、せめて横向きで……」
 「どっちにしても、枕で顔を覆いたいんだね。声を抑えるために」
 「うつぶせになったって、どうせそうなるのよ?」
 「……う〜ん……」
 祥は郁子の手から枕を取り上げると、遠くへ放り投げて、そのまま郁子に覆いかぶさった。
 「気をつけるから、枕で隠すのだけはやめてくれ」
 「うん……」
 郁子は祥に愛されている間、ずっと両手で声を抑えていた。それでも、郁としている時よりも祥との営みの方が三割増ぐらいに感じるので、やはり最後の最後には声が漏れてしまう……。
 恥ずかしさで涙が出てきた郁子に、祥はそっと囁いた。
 「俺だってこの後、恥ずかしい思いをするんだから……汚れた浴衣を洗濯するのはおばあ様だろ?」
 「それは……私が一足先に水洗いしてあげるから」
 「いや、水洗いしてある時点でバレバレだから (^_^;)」
 とりあえず祥が別の浴衣(郁子のを借りた)に着替えている間、郁子は乱れた布団を整えてあげた。
 「それにしてもさ、大変だよね」
 と祥が言うので、なにが? と郁子は答えた。
 「君の道場のしきたりだよ。キムナーラさん達も婚約してるのに、引退するまでは直接の関係を持ってはダメなんだろ?」
 「そうよ。うちは巫女武道だから、純潔でなければ神力を宿せなくなってしまうもの」
 「それで、あの帯を使うんだな……でもあれってさ」
 着替え終わった祥は、自分の方の布団ではなく、郁子のベッドに入って行って、郁子にも隣に横になるように言った。
 「腰から膝まで、完全に動かせなくなるんだよ。あれじゃ男はなんにも出来ないと思うんだけど」
 「そうよ、それが狙い」
 郁子は祥の腕を枕にして眠ることにした。
 「うちの道場の作法では、男が受け身になって、女が主導権を握るの」
 「作法って言っちゃうんだ(^_^;) じゃあ男は横になったまま、なにもしないんだ?」
 「基本はね。でもそれじゃ詰らないから、胸だけは触っててもらう――って、ガンダルバが言ってたけど」
 「……俺もいろいろと勉強しておくよ。あと、訪ねてくるタイミングも考える」
 「うん、そうしてね」
 これからもいろいろと障害はあるだろうが、この二人の場合それでもうまくやっていくようである。



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from: エリスさん

2010年02月19日 15時02分21秒

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「阿修羅王さま御用心・21」
 この経緯を聞いて、郁子の祖母・世津子は感激していた。
 「そうですか、祥さんが助けて下さったんですか。本当にありがとうございます。この子にもしものことがあったら、死んだこの子の両親に申し訳が立たないところでしたよ」
 「いえ、そんな……でも、今思えば、アヤならあんな二人ばかりの男ども、簡単にやっつけられたんですよね」
 祥は茶の間へ通されていた。その間、郁子は部屋で着替えていた。
 まさか祥がこんな時間に来るとは思っていなかったから、驚いた。おまけに、利衣夜と一緒に来易くなるために、車の免許まで取っていたとは……。
 『こんな時間に来てくれるのも、高校時代とは違う、本当の恋人になったから、よね?』
 自分で思ってみて、照れてしまう。
 その時、足の先に固い物が触れる――携帯用の薙刀だった。車に乗るときに咄嗟に真ん中だけ取り外したので、まだまっすぐなままだった。
 郁子はそれを拾って、両手に一本ずつ持ち、互いにぶつけ合わせることで「くの字」に折って、また大腿部のホルダーに戻そうとして、ためらった。
 『家の中なのに、我が身を守ろうとしてる』
 習慣というものは恐ろしい。七年以上も続けていると、どうしても手が勝手に動いてしまうのだ。
 郁子はガーターベルトごとホルダーを外して、薙刀も一緒にベッドの下へ置いた。
 部屋着として使っている浴衣に着替えた郁子は、別段急ぐ様子もなく茶の間へと行った。すると、入口のところで「あのとき……」と言う祖母の声が聞こえてきて、足が止まってしまった。
 「私があなたに、〈アヤには何事にも完璧な人を婿として選びたい〉などと言ったから、あなたに要らぬプレッシャーをかけてしまいましたね。そのためにあなたは大学入試に落ちてしまって……」
 「おばあ様、それはあなたの所為では……」
 「いいえ、あなたは気にしてくれていた筈ですよ。その証拠に、私がそう言った後のあなたは、学業でもクラブ活動でも、素晴らしい業績を残していらっしゃる。私は、アヤを差し上げられる方はあなたしかいない、そう思っていたんですよ」
 「ありがとうございます……けれどおばあ様、本当にもうあの事は、お気になさらないでください。僕が入試に落ちたのは、絶対に合格できるという慢心があったのだと思っています。それなのに、大学浪人になった自分を恥じて、芸術学院に進学することになったアヤを遠ざけてしまって、僕は本当に愚かでした。僕がそんなことをしなければ……彼女にその後降りかかった不幸は、すべて僕の責任です」
 「いいえ、いいえ! あれはあの佐保山っていう……」
 「アヤは武道家です。逃げようと思えば逃げられた……アヤが、佐保山郁に屈してしまったのは、僕が彼女を一人にして、寂しくさせてたからなんです。だから……彼女が、佐保山郁とどんなことをしていても、僕がとやかく言える資格はないんです。――構いません、別に。どんなことがあってもアヤはアヤですから。僕は、彼女のすべてが好きなんです」
 『ショオ……』
 郁子は――いや、世津子も、涙が込み上げてくる思いだった。普通なら、どんなに愛している女でも、いくらその相手が同性だとは言え、自分以外の人間のものになっていたら、ためらうはずなのだ。現にそういう理由で別れた恋人同士を郁子は何組も見てきている。それなのに、祥は構わないと言ってくれた。
 「あなたは……」と、世津子は言った。「本当にお強くなられたわ。あなた達にとって、きっと一年半の空白は必要なものだったのでしょうね。あの子も大分成長したんですよ」
 「ハイ。僕には勿体ないぐらいの、素晴らしい女性になりました」
 「あなたのために成ったんですよ。あなたに相応しい女性になりたいって、あの子はいつもそう思って生きているんです。けれど、それをあなたが重荷に思うことはありませんよ。あなた方はお互いが切磋琢磨することで、ちょうど釣り合っているんですからね」
 「そうですね……僕もそう思います」
 二人の会話が途切れ、静寂が訪れる。
 郁子は目の端に溜まった涙を袖で拭ってから、中へ入った。
 「そろそろお夕飯にしましょう? おばあ様。ショオも食べて行ってね」
 「うん、そうさせてもらう」
 すると世津子は言った。
 「いっそ、泊っていってくださいな。ご両親には私が連絡しますから。ね? 夜、車を走らせるのも危ないですから」
 「それじゃ、お言葉に甘えまして」
 「そうしてくれますか!」
 世津子は喜び勇んで、台所へと入って行く――郁子も行こうとしたところを、祥に浴衣の端を掴まれて引き留められた。
 「実はさ……」と、彼は小声で言った。「初めから泊まる気で来たんだ」
 「え? ええ!?」
 「らしくない驚き方しないでよ」
 「だって……泊まるって、あなた……」
 「……だめ?」
 雰囲気で何が言いたいのかが伝わり、郁子は頬を紅潮させながら言った。
 「おばあ様には気づかれないようにしましょ」

 郁子がお風呂から戻ってくると、郁子のベッドの横にもう一組寝具が敷かれてあった。その寝具の上に胡坐をかいて座っている祥は、
 「おばあ様が敷いていったんだよ」
 と、楽しそうに笑っていた。
 「やだ、おばあ様ったら。気の遣いすぎだわ」
 部屋ならいくらでも余っているものを……よほど祥を信用しているのか、それとも?
 「おばあ様って、アヤを道場から引退させたがってるんだよね?」
 「既成事実を作れとでも?……もう、おばあ様ったら」
 「参ったね。気に入られて悪い気はしないけど、責任重大だ。絶対にアヤを泣かせられなくなる」
 なので郁子も茶目っ気たっぷりに言った。
 「泣かせる気、あるの?」
 「あるわけないだろ」

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from: エリスさん

2010年02月05日 14時53分53秒

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「阿修羅王さま御用心・20」


 ちょうどその頃、高木祥(たかぎ しょう)は彼女の家へ向かって車を走らせていた。
 『免許取ったって言ったら、驚くよなァ、きっと』
 買ったばかりの愛車には、愛犬の利衣夜(りいや。ハスキー犬)も同乗している。彼も愛しの茶々ちゃんに会えるのが嬉しくてたまらないらしく、松戸の駅の前を通ったあたりからしきりに尻尾を振っていた。
 すると、公園から男の奇声が聞こえてきた。
 なにか、と思って車を止める。目を凝らしてよく見ると、三人の人間が手に長い物を持って格闘していた。……そのうちの一人は……。
 『アヤ!? また狙われてるのか?』
 祥は思わずドアを開けていた。そして、外へ出ると利衣夜のいる後部座席のドアを開いた。
 「行け、利衣夜! 茶々のご主人様を助けに行け!」
 利衣夜は猛烈ダッシュで飛び出して行った――祥も利衣夜も、郁子ならあんな奴らに負けるわけはないと分かっているのだが、やっぱりそういうところは男の心理である。
 二人(いや、一人と一匹)がそんな心意気でいることなど露知らず、郁子は刺客の二人を叩きのめしていた。――これでも手を抜いている方なのだが。
 「チクショウ!」
 飛びかかってくる一方を薙ぎ払おうとした時だった――目の前に灰色の影が飛び込んできて、郁子は思わず薙刀を握る手を止めていた。
 刺客の首元に飛び掛かってて行ったのは、やっぱり利衣夜だった。
 「怪我、ない?」
 その声で、自分の隣に祥が立っていることに気づく。
 「ショオ、どうして?」
 「話はあと。アヤにもしものことがあったら大変だ。逃げるよ」
 祥はすでに郁子の鞄を手に持っていて、もう片方の手で郁子の手を引いて駆け出した。利衣夜はと言うと、一方を襲い、もう一方が助けに入ることで二人とも引き止めていたのだった。
 車は公園の出入り口の前で止まっていた。
 「乗って」と祥が言うと、
 「って、これショオの?」
 「いいから乗って!」と、祥は郁子を助手席に押し込めた。「利衣夜! もういいぞ!」
 祥は自分も運転席に乗り、すぐにも走れる状態にする。郁子は薙刀に術解除の言霊をかけて、真中から切り離し――そこへ、利衣夜が後部座席に飛び込んできた。
 後部座席のドアを閉める間もなく、発進。
 郁子は体を伸ばして、薙刀をうまく使って後部座席のドアを閉めながら、よろけながらも追ってくる奴らの姿を確認した。
 「ショオ、真っすぐ家には向かわないで。あいつらに私の家を知られたくないの」
 「心得てるよ。しばらくは迷路みたいに走るから、ちゃんと捕まって」
 「うん……」
 郁子は、急いでいたために中途半端に掛けられていた祥のシートベルトをちゃんと閉めてあげてから、自分のを閉めた。利衣夜も身を伏せてグッと踏ん張っている。
 祥は巧みにハンドルを操って、右へ左へと路地を曲がっていった。まだ若葉マークでも、刺客の二人を巻くには充分の腕だったのである。

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from: エリスさん

2010年02月05日 11時37分12秒

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「阿修羅王さま御用心・19」


 電車の中、ずっと見られていることに郁子は気づいていた。
 『刺客の奴らね……』
 いつもは同じ電車で帰っている建は、今日はガールフレンドの尾張美夜(おわり みや。高等部1年生)とデートなのでいない。
 『まあ、一人でも大丈夫だけど……』
 まさか、この混雑している千代田線の中で襲っては来ないだろうが。――それでも、郁子は警戒しながら電車が自分の降りる松戸駅に着くのを待っていた。
 駅を降りても、奴らは付いてくる。直接彼女を襲っても勝ち目はないことは分かっているだろうに、沙耶をみすみす逃がしてしまった悔しさから、こんな夜道に尾行する気になったのだろう。
 そうなると、困ってしまう問題がある。
 『家がバレるとマズイわね』
 家がどこか分かってしまうと、夜もオチオチ眠れなくなってしまう。それに、普段は祖母が一人でいるのだ。それが分かって祖母を人質に取られようものなら……。
 『仕方ない……途中で始末するか』
 郁子は帰り道の途中にある公園に立ち寄った。――公園の中に人はいない。
 「ここならいいわ。姿を見せたら? あなた達」
 郁子の言葉に、外灯の光の下に奴らは現われた。
 「いつから尾行に気づいた?」
 と唄子のボーイフレンドが聞くので、郁子は呆れながら答えた。
 「電車の中からよ。そうね、根津駅あたりからかしら」
 「そ、そんな前からか!?」
 「あなた達、気配を消すのが下手すぎるのよ。本当にそれで武道家なの?」
 「馬鹿にするな! 俺たちは武神道場(たけがみどうじょう)の門下生の中でも、一番隊に所属する者だ!」
 郁子はそれを聞いて『ホントかしら?』と心のうちで首をひねった。今までの対戦を振り返ってみると、そうは思えない。
 『武神道場って規模はそれほどでもないけど、むしろ技術的なものは大梵天道場より勝るって、うちの師匠が言ってたけど』
 「とにかく!」
 奴らは背中の袋から、竹刀を取り出した。「勝負だァ!」
 郁子も鞄をベンチに置いて、身構えた。「いらっしゃい」
 「お嬢様ぶるのもそこまでだァ!」
 二人いっぺんに飛び掛かってくる――そして、あとちょっとで迫ってくるという時に、郁子は跳躍した。奴らには消えたように見えただろう。
 奴らの背後に回り、慌てふためいているのを見ながら、先ず左足の大腿部に装着してある薙刀の上部を右手で抜き、右へ払う――くの字に折れていたものが真っすぐになる。次に右足の大腿部に装着されている薙刀の下部を左手で抜き、同じように払って真っすぐにする。そして二本をつなげて、気を籠める。
 「アスーラ、オン!」
 言霊(ことだま)を発すると、薙刀の継ぎ目が消え、刀身も伸び、普通の薙刀へと変じる――大梵天道場の天王と八部衆だけが使える術「双面秘法」である。
 ここまでに要した時間はわずか3秒だった。
 郁子の言霊を唱える声で、奴らは背後に彼女がいることに気付いた。
 「あっ、またいつの間にか抜いてやがる」
 「いったいそんな長いもの、どこに隠し持ってるんだよ、貴様!」
 二人の当然な疑問に、郁子は嘲笑する。
 「教えてしまったら暗器ではないわ。さァ! かかってきなさい!」

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from: エリスさん

2010年01月29日 14時29分50秒

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「阿修羅王さま御用心・18」
 「それにしても」と、建は言った。「なんでこの曲にしたんですかね。もっと盛り上がりそうなダンス曲もあっただろうに……そりゃ、悪くはないけど」
 「わからない?」と、郁子は言った。「ちゃんとこの曲の歌詞を読んでみた?」
 「歌詞?」
 「今から歌詞に集中して耳を澄ませなさい。そうすれば分かるから」
 〈千年メドレー〉が流れてくる――メドレーと言うからには、複数の曲をつなぎ合わせたものだ。この曲、ダンスを、郁は郁彦のコネで連れて行ってもらった某ジャ○ーズタレントの舞台で初めて見、そして圧倒された。
 幻想的な演出――華やかで古典的な衣装は、歌舞伎の舞台を見ているようだった。だが、曲は現代的なもの。その曲とダンスが、本来アンバランスなはずなのに、実によく合っている。
 殊に惹かれたのは、歌詞。
 これは、日野富子の心情そのものだ、と感じられる。

 《  お断り●ここには当初歌詞が書かれていましたが、ネット転載に際し歌詞は大人の事情でカットしました。読者の皆様、各位で“千年メドレー”でググッてください <(_ _)>  》

 ダンスの中には、メインだけが踊るパントマイムがあった。見えない仮面を両手に持ち、手の中で弄び、また被る、とっい動作――このダンスの見せ場だった。郁はこの動作をポイント、ポイントでコンマ数秒止めて、客席に何をしているのか気づかせようとするが、智恵はすべて流れるように動き、妖しさを増している。人によって振付の解釈が違うのは仕方ないが、
 『できれば、この二人の要素が両方ともこなせるといいのに……』
 と、郁子は思っていた。――自分ならどう魅せようか、と考えてみる。
 『来年は私もこれをやろうかな……あとでチャーリーと話し合おう』
 ……曲が終わる。
 「どう?」と、郁子は建に聞いてみた。
 「仮面、っていうのがポイントですよね。富子は仮面を被っている……そういうことですか?」
 「そう。それはどういう仮面かしら?」
 「御今に見せる笑顔の仮面……本当は憎んでいるのに、そんなことはないと思わせるために」
 「それだけ?」
 「だけって……他にありますか?」
 「考えなさい。あなたが富子なのよ」
 「はい……義政に向ける仮面、かな? 自分が御今に無実の罪を着せていると気づかせないための、従順で愛らしい、少女のような仮面。あとは……」
 建が悩み始めてから二、三分経ったので、郁子はヒントをあげた。
 「場面(けしき)が変わるたびに仮面を付けかえているのよ。脚本の中だけの世界で終わってしまわないで」
 それで、建は思いついた。
 「富子って、他の男とも浮名を流してるんですよね。当時の若い帝とか、武将の山名宗全(やまな そうぜん)とか! あれって、自分の産んだ子が将軍になれるように味方を作るためだったんですよね。つまり、子供のために男を虜にする、妖艶な女の仮面。あとは、将軍となった息子を補佐する政治家としての仮面だ」
 「そのとおり。富子は様々な顔を持って生きてきたの。それがあまりに多すぎて、本当の彼女自身が見えなくなってしまう――ね? この曲は富子に合っているでしょ」
 「それにこの妖艶なダンスがいいのよ」と、智恵が言った。「日舞の要素を取り入れながらも、現代のダンスに形作られている。見ている観客が引き込まれてしまう、声が出なくなるほど。室町時代の、戦乱の最中にも華やいでいた花の御所の、まるで宴の舞のような気がしない?」
 すると有佐が言った。「実際にこんなダンスが当時踊られていたら、怖いものがあるけどね。……まあ、結果オンリーで考えれば、カールの選択は間違ってなかったわ」
 やはり長年ルームメイトだったことはある。どんなに喧嘩をしても、最後には意見があってしまうのだ。
 「それじゃ」と、有佐は言った。「あいつがパリから戻ってくるまでに、バックダンサーの方を完璧に仕上げて、驚かせてやろう」
 「Yes ma'am !」


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from: エリスさん

2010年01月29日 13時37分59秒

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「阿修羅王さま御用心・17」



 稽古が始まった。
 郁子が舞台で神楽舞を舞っている――冒頭の部分だった。本来は花道でやることになっていたが、まだ授業などの関係で花道を作れないので、仕方なく今は舞台で舞って見せているのだが……会員一同、息を飲んでそれを見ていた。
 郁子の舞は、すでに人の域ではないと、大梵天道場の師匠にも言われている。神秘的で華やかで、時に慎ましく舞う彼女は、例え稽古着で舞っていても羽衣を着ているような錯覚を思わせ、彼女の周りを華が舞っているようにも見える。そんな彼女が、神楽――神に捧げる舞を舞っているのだ。神秘性も増すというものだ。
 会員達のそれぞれが感嘆の吐息をついたり、見とれているのに対して、建は郁子の舞を“日野富子の気持ち”になって見つめていた。――舞台の冒頭、今参りの局が庭先で舞っているのを見て、まだ幼い富子は、天女が舞い降りてきたかと錯覚する。――その時の富子は少女役の生徒が演じるのだが、富子の全てを理解するためには、自分が演じない部分でもその気持ちになっておくことが必要だった。
 『綺麗……私も、あんな人になれたらいいな……』
 少女の富子の台詞が、そのまま今の建の気持ちになって現れる。――思ってみて、建はほくそ笑んだ。
 『今の感じだな、うん。できそうだ』
 郁子が舞を終えて、舞台から降りてくる。
 「ねェ? 今のでどう? 振り付け、変えたいところある?」
 ……皆、すぐには声が出ない。
 「……いいと思う」と、有佐が言った。「カール(郁)はなんて言うか分らないけど、私はいいと思うよ、アヤさんの踊り」
 「うん、すごい! やっぱり日舞はアヤに限るね」
 と、智恵も言ったので、郁子は満足そうに笑った。
 「私の舞が問題ないのなら、例のやつ始めますか? アーサ(有佐)さん」
 「そうね。チャーリー(智恵)、カールの代役よろしく」
 “例のやつ”というのは、今回の舞台で卒業する郁と有佐の見せ場である、舞台が終わった後にフィナーレとして行われるダンスだった。メインダンサーが郁で、バックに20数人のダンサーがつく。有佐は自分のバンド「Bad Boys Club」でその曲を演奏する(有佐はバンドのドラムス奏者である)。
 曲の名を「千年メドレー」という。
 当初この曲を踊ることに決めた郁と、有佐の間で闘争が生じた。なぜなら、十月ぐらいまではフィナーレはダンスではなく、「Bad Boys Club」をバックに郁が歌うはずだったのだ。それも、某バンドの名曲「Count up '00s」を。
 そもそもどうして郁が十月になってから企画変更したかと言うと、今回の「修羅の華」の主役の富子は始め郁子に決まっており、郁が今参りの局をやるはずだったのだ。それが郁の独断で郁子が降板となり、建が演じることになったのである。――どうしてこんなことになったのかは後に述べるとして、そのため、年齢的な問題で重子を演じることになった郁は、見せ場が減ってしまったのだ。せっかくの卒業公演なのに、自分に華がないのは寂しいと、思案の末に組み込んだのが「千年メドレー」だった。

有佐「おかげで、急遽この曲を練習することになって、こっちの
   苦労を考えなさいよね。カール!!」
建 「まあまあ、アーサさん、そう興奮しないで(^_^;)」

 とりあえず、今日はメインダンサーがいないので、常日頃からダンス教室に通って振付の研究をしている智恵が代理で踊ることになった――バンドも今日は揃っていないのでカセットテープである。

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