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  • from: エリスさん

    2013年12月13日 11時01分18秒

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    夢のまたユメ・87

    「さっきも言ったけどさ」と、伊達は缶コーヒーを一口飲んでから言った。「法律とか気にしないで、さっさと辞めた方がいいんじゃないか?」
    「うん......そうなんだけどねェ」
    百合香は手の中の缶入りミルクティーをコロコロと廻しながら、掌を温めていた。「でも、やっぱり名残惜しさもあるのよ」
    「そりゃ、会社に愛着があるのは分かるけど」
    「会社って言うか、人よ......会社を辞めたら、仲良くしていた人たちとは会えなくなるのよ。理由が理由だから、退職後は顔を見せに来られなくなるし」
    「会社の外で会えばいいだろ?」
    「そう簡単にはいかないわ。連絡だって取りづらくなるのよ。セクハラで辞めるなんて、会社としては不名誉だから、そんな人間と連絡を取り合ってる社員がいるって上の方の人達に知られたら、その人も立場を失うし......」
    「......俺は気にしないよ。多分、佐緒理さんも......まあ、そういうことを気にする奴もいるかもしれないけどさ」
    伊達はそう言うと、一気に缶コーヒーを飲み干した。
    「じゃあさ、辞める理由を変えたらどうだ?」
    「理由を変える? どんな」
    「寿退社にしちまえばいいんだ」
    「寿退社って、結婚する相手もいないのに?」
    と、半分笑いながら百合香が言うと、
    「俺と結婚すればいい!」と、伊達は言い切った。
    しばらくの沈黙が続き......。
    「もう......出来もしない事を言って......」と、百合香は呆れた。「あなたは私のこと、そういう対象で見ていないじゃない」
    「......いや、そんなこともないさ。実際、さっき......」
    服部が入ってこなかったら、伊達は百合香の唇にキスするところだった。
    「あれは雰囲気に呑まれただけでしょ?」
    「雰囲気と言うか、おまえの魅力にコロッと行きそうになった。自分じゃ気付いていないかもしれないけど、おまえって稀に魔性の女になるんだよ」
    「稀なんだ(-_-;) つまり普段の私は魅力ゼロ......」
    「違うって(^_^;)......」
    百合香はとかく伊達に関しては、自分に自信がなくなってしまう。どんなに自分の想いを語りつくしても、伊達は百合香のことを友達以上には見てくれなかったからだ。それは、森口香菜恵の存在があったからなのだが......。
    「言っとくけど、おまえは魅力的な女だよ、誰が見ても。ただ、俺とはタイミングが合わなかっただけのことで......香菜恵より先に出会ってたら、どうなってたか分からなかったと思う。......あと、それと......まあ、正直に話すとだ」
    伊達は手に持っていた空き缶を、花壇の縁に乗せた。
    「おまえ、俺のことを好きになった理由って、俺が子供みたいな容姿をしているからだろ? 基本、大人の男が苦手だから、子供に見える俺はお前の中で安全地帯にいるわけだ......いや、いいんだ。今はちゃんと、おまえがどうゆう育てられ方をしたか聞いてるから理解できるけど、それを知らない初めのころは......男として馬鹿にされているって、そう思ってしまって。それで、おまえを恋愛対象として見られなくなったんだ」
    「......ごめんなさい。そうよね」と、百合香は言った。「私にとっては、あなたは理想の男性だけど、あなたにとってはコンプレックスなのね」
    「ああ。でも、今はおまえの真意がちゃんと分かるし、だから......俺と結婚するか?」
    しばらく考えていた百合香は、一口だけミルクティーを飲むと、缶を自分の横に置いた。
    「ねえ、キスして」
    「え?」と、伊達は頬を赤らめた。
    黙ったまま、百合香が見つめている。
    伊達は、ゆっくりと百合香に近付くと......彼女の額にキスをして、そのまま抱きしめた。
    「ごめん......これが精一杯」
    先刻は泣いている百合香の魅力に引き込まれて、気持ちが高ぶってしまったからこそキスしそうになったのだが、冷静になっている今は、やはり無理だった。
    香菜恵以外の女に、キスなんて出来ない......。
    伊達がそう思っていることを察して、百合香も伊達を抱きしめた。
    「キスもできないのに、結婚なんて出来ると思う?」
    「ごめん。そうだよな。俺が軽率だった」
    「ううん。あなたのそういうところも大好きよ」

    「本当に、私、香菜恵先輩のことを一途に思いつめているあなたのことが、大好きだった。私自身、香菜恵先輩のことが好きだったから」
    百合香が言うと、伊達は笑った。
    「全部過去形だな」
    「そうよ。全部過去のこと......過去の、いい思い出。だから、私たちはその"いい思い出"のままでいましょう。その方がいいのよ」
    生まれてくる子供の為には、誰かに父親になってもらった方がいいのかもしれない。伊達ならきっと、なさぬ仲の子供を愛してくれるだろう。それでも、百合香は今のこの関係を壊したくはなかった。
    『伊達さんとはずっと友人でいる。それでいいのよ。私も、今は翔太のことしか愛せないから』
    その時、近くの大学から授業終了を知らせるチャイムが鳴った。百合香は腕時計で時間を確認すると、
    「そろそろ、時間ね」
    「ああ......」と、伊達も公園の時計で時間を確認した。「名残惜しいな」
    「元気でね」
    「おまえこそ......たまには連絡くれよ。俺もこっちに上京するんだし」
    「そうだった(^o^) 今度メールする」
    「おう!」
    伊達は一雄を連れて、公園を後にした。
    佐緒理が、疲れたのだろう、上体をウーンっと伸ばしながら百合香の方に来ると、言った。「この後、どっかでお茶でもする?」
    「すみません、この後も約束があって」
    「あら、大忙しね」と、佐緒理は笑った。「どこへ行くの?」
    「秋葉原です。チャット友達と会う約束をしていて」
    「すっかりネット住民となったわね。朝日奈に居た頃は携帯電話も持っていなかったのに。いいわ、車で送ってあげる」
    「え!? 佐緒理さん、車の免許取ったんですか?」
    完全なるインドア派の佐緒理が――それこそ変化だった。
    百合香はお言葉に甘えて、秋葉原の駅まで送ってもらうことにした。

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