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独断と偏見で楽しむイタリア芸術

独断と偏見で楽しむイタリア芸術>掲示板

公開 メンバー数:54人

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  • from: シニョレッリさん

    2016年07月06日 09時44分48秒

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    町歩き(122) ヴォルテッラ

    ヴォルテッラVolterraは、人口10,519人のトスカーナ州ピサ県にあるコムーネです。ヴォルテッラには鉄道が通っていないので、公共交通機関で行くと

    ヴォルテッラ Volterraは、人口10,519人のトスカーナ州ピサ県にあるコムーネです。

    ヴォルテッラには鉄道が通っていないので、公共交通機関で行くとすればバスとなります。バスの便が最も良いのは、FSのポンテデーラ駅からの直行バスで、乗車1時間足らずでヴォルテッラのバスターミナルであるリベルタ広場に着きます。

    ポンテデーラ駅前にあるバスターミナル

    到着したヴォルテッラは雨模様の天気でした。
    バスターミナル前にあるホテルにチェックインしました。ホテルの選択肢が限られる町なので、このホテルで過不足ありません。

    荷物をホテルの部屋に置き、身軽になったので早速町歩きに出発しました。

    小雨が降り続いていましたが、傘を差さない人が大半です。

    ホテルから歩いて数分で町の中心プリオーリ広場にやってきました。

    広場は別名プラートと呼ばれてます。プラートとは牧草地、原っぱと言う意味で、10世紀頃までは青空市が立つ原っぱでした。

    広場に面して建つ、1257年完成のプリオーリ宮です。今も昔も市庁舎です。

    Cassa di Risparmioとなっている建物はPalazzo Incontriです。

    プレトリオ宮

    この広場で最も古いのがポデスタの塔ですが、プレトリオ宮建設の際、その一部に組み込まれてしまいました。

    各建物をじっくり見るのは後にして先を急ぎました。

    (つづく)

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    from: シニョレッリさん

    2016年08月29日 15時32分30秒

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    町歩き(122)ヴォルテッラ(その17最終回)前日は閉館間近に来たので入館しなかったMuseoEtruscoGuarnacciに入館出来ました。この町

    from: シニョレッリさん

    2016年08月27日 14時34分41秒

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    ぐら姐さん、去年の6月は酷暑でしたが、今年は30℃を越えた日は一日もなく快適でした。今年のイタリアの夏は天候に恵まれたと思います。先ほど、cuccio

  • from: シニョレッリさん

    2016年07月23日 19時44分16秒

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    自問 俺は何でこのブログを続けているんだろう?

    老後の暇つぶしに始めたのは確かですが、今では正直重荷です。あるサイトを見て、この人は、この美術館に行っていないにも拘らず行ったふりをしている、それが癪

    老後の暇つぶしに始めたのは確かですが、今では正直重荷です。

    あるサイトを見て、この人は、この美術館に行っていないにも拘らず行ったふりをしている、それが癪に障ったので、だったら俺が行った証拠写真を示してやろうじゃないかと始めたのが切っ掛けです。

    それまではカメラを持参せずに旅行したのに、写真を撮る羽目になりました。鑑賞の妨げになります。

    ブログは自己満足、自己顕示欲のためにするようですが、その範囲をとっくに通り越し、暇つぶしどころか時間がかかってしょうがない。他にやりたいことが沢山あります。

    何時もご覧いただいている方々に感謝感激ですが・・・・・

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    maria

    from: シニョレッリさん

    2016年07月24日 13時19分11秒

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    mariaさん、こんにちわ!コメント、有難うございます。乗り掛かった舟なので、中途半端で終わりにするのではなく、ある程度区切りがつく時点までは取り敢え

    from: シニョレッリさん

    2016年07月24日 11時28分14秒

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    cokemomoさん、こんにちわ!コメント、有難うございます。ブログをやっている人たちは、「私は何故ブログを続けているのだろう」と疑問に思わないのでし

  • from: シニョレッリさん

    2016年07月22日 10時18分13秒

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    美術館・教会巡り(479) ヴィテルボ、サンタ・マリア・デッラ・ヴィジタツィオーネ教会

    サン・ペッレグリーノ通りを進みます。通りの突き当りに教会らしき建物が見えてきます。サンタ・マリア・デッラ・ヴィジタツィオーネ教会です。この建物の一部は


    サン・ペッレグリーノ通りを進みます。

    通りの突き当りに教会らしき建物が見えてきます。

    サンタ・マリア・デッラ・ヴィジタツィオーネ教会です。

    この建物の一部は、ヴィテルボ出身の枢機卿を輩出したラニエーロ家のPalazzo Capocciです。
    カポッチ邸に隣接して、ジローラモ・オルシーニがパトロンになって建設されたサン・バルトロメオ教会修道院がありました。

    カストロとパルマの公爵だったピエール・ルイージ・ファルネーゼの公爵夫人が、16世紀中ごろ、サン・バルトロメオ修道院を取り壊し、修道院跡地とカポッチ邸の一部を利用して新しい教会の建設を決定しました。

    1607年に創建され、1614年に完成しました。奉献は1614年に行われました。

    閉まっているように見えましたが、扉が開いていました。

    翼廊が無い単廊式、マニエリスム様式の内部です。

    左右の側壁に礼拝堂が設けられてます。

    右側壁

    天井の装飾は、1673年にGiovan Battista Magniによって施されました。

    祭壇と後陣

    「磔刑像」の詳細は不明です。

    フィリッポ・カパロッツィに帰属する「ご訪問」(17世紀)

    17世紀の逸名画家によるグエルチーノ作品のコピー画
    本物はヴィテルボのMuseo Civicoにあります。

    アントナンジェロ・ファラスキの「聖母子と聖ベネデットと聖ベルナルド」(18世紀前半)

    アントナンジェロ・ファラスキの「栄光の聖家族と大天使ミケーレと聖ロレンツォ」(18世紀前半)

    アンヌンツィアータ・ヴェルキアーニの「聖ロレンツォの殉教」(1774)

    Giovan Battista Magniの作品?

    詳細不明

    祭壇前から見た出入口です。

    ファサードの裏にオルガンがあります。

    17,18世紀の作品が中心ですが、当時活躍していた画家たちの作品なので、十分鑑賞に値します。

    外に出ました。
    (おわり)

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  • from: シニョレッリさん

    2016年07月13日 10時35分17秒

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    町歩き(123) カラヴァッジョ(再訪)

    ミラノ中央駅発の列車がトレヴィーリオ駅に到着しました。カラヴァッジョは、人口約1万6千人のロンバルディア州ベルガモ県にあるコムーネです。画家ミケランジ


    ミラノ中央駅発の列車がトレヴィーリオ駅に到着しました。
    カラヴァッジョは、人口約1万6千人のロンバルディア州ベルガモ県にあるコムーネです。
    画家ミケランジェロ・メリージ通称カラヴァッジョが幼少期を過ごし、画家自らカラヴァッジョと名乗っていた所縁の町として有名です。

    トレヴィーリオ駅でクレモナ行の列車に乗り換えます。
    カラヴァッジョ、トレヴィーリオで泊まることを考えて検討しましたが、適当な宿泊施設が無いのでミラノからの日帰り遠足になりました。

    クレモナ行列車の車窓から見た景色です。

    遠く教会のクーポラが見えてきました。

    乗車僅か5,6分でカラヴァッジョ駅に到着しました。

    乗降客がそれなりにいます。実は、この町は画家カラヴァッジョが幼少期を過ごしたと言うことよりも、これから訪れる聖母の聖域聖堂の巡礼地として有名なのです。

    無人駅です。

    チェントロとは逆方向に、先ず聖堂に向かいました。

    駅から伸びる真っ直ぐな道の先に聖堂が見えてきました。

    真っ直ぐな道に交差する道です。

    道の左右は畑です。

    歩道の横に小川が流れてます。

    聖母の聖域聖堂です。

    到着しました。
    1432年5月、この地で一人の農婦の前に聖母が顕現しましたが、それ以来、この地は聖母信仰の巡礼地になったのです。

    聖母が顕現した地に泉が湧き、その上に聖堂が建てられました。泉は地下を通って、写真手前の場所で地上に顔を出します。

    聖母信仰の象徴です。

    (つづく)

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    from: シニョレッリさん

    2016年07月21日 16時33分19秒

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    町歩き(123)カラヴァッジョ(その5最終回)サン・フェルモ広場に面した古い建物です。画家カラヴァッジョがこの町で過ごした時にあった建物です。カラヴァ

    from: シニョレッリさん

    2016年07月19日 15時51分52秒

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    町歩き(123)カラヴァッジョ(その4)画家カラヴァッジョがこの町に住んでいた440年前から今に至るまで、町の佇まいは殆ど変っていないと言われてます。

  • from: シニョレッリさん

    2016年07月21日 10時18分02秒

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    美術館・教会巡り(478) ヴィテルボ、サン・マルコ教会

    城っぽい建物がヴェルディ劇場です。城壁内の北にあるヴェルディ広場です。ヴェルディ広場の奥まった所に小さな教会がありますが、これがサン・マルコ教会です。

    城っぽい建物がヴェルディ劇場です。城壁内の北にあるヴェルディ広場です。

    ヴェルディ広場の奥まった所に小さな教会がありますが、これがサン・マルコ教会です。

    この辺は12世紀後半になるまで、ヴィテルボ最古の城壁の外にあり、農地でした。城壁外に住んでいた農民たちによって建てられた小さな祠がこの教会の起源です。

    12世紀後半、最古の城壁を取り壊して、市域の拡大が行われ、この場所は新しく築かれた城壁内に組み込まれました。
    それを機に、古い祠を取り壊して、その上に教会が建設されましたが、それが今のサン・マルコ教会です。

    1198年12月1日、15人の枢機卿を従えた、時の教皇インノチェンツォ3世が奉献式を執り行いました。

    小さな教会ですが、ヴィテルボでも由緒ある重要な教会の一つとされています。
    建物が少し新しく見えますが、第二次世界大戦中に爆撃によって崩壊した建物の石を拾い集めて元の姿に忠実に再建されたものの、元の姿の古さを出すには至らなかったせいです。

    単廊式、後期ロマネスク様式の内部です。

    切妻式の木組みの天井

    左側壁

    左右の側壁に4つのフレスコ画があったそうですが、第二次世界大戦の爆撃によって崩れ落ちてしまいました。

    僅かに残る「聖母子」は、アントニオ・デル・マッサーロ・ダ・ヴィテルボ通称イル・パストゥーラ(ヴィテルボ1450c‐1516)によって描かれたそうです。
    アントニオは、15世紀後半から16世紀第1四半世紀にローマ、ヴィテルボ、オルヴィエート、タルクイニアなどで活動した画家です。数多くの作品が現存しています。

    この祭壇画は重要とされてます。

    ジョヴァン・フランチェスコ・ダヴァランツァラーノ通称イル・ファンタスティコの「玉座の聖母子と聖マルコと聖ベルナルド」(1511)

    後陣のフレスコ画「永遠なる父と聖ピエトロと聖パオロ」も有名です。近年、修復されました。

    フランチェスコ・ダントニオ通称イル・バッレッタの作品(1441)

    祭壇前から見た出入口方向です。

    外に出ました。

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  • from: シニョレッリさん

    2016年07月18日 14時16分26秒

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    ルネサンス芸術家(75) フランチェスコ・アルバーニ

    フランチェスコ・アルバーニの「自画像」(1635c)ボローニャ国立美術館蔵フランチェスコ・アルバーニまたはアルバーノFrancescoAlbanioA


    フランチェスコ・アルバーニの「自画像」(1635c) ボローニャ国立美術館蔵

    フランチェスコ・アルバーニまたはアルバーノ Francesco Albani o Albano (1578年3月17日または1578年8月17日ボローニャ生まれ~1660年10月4日ボローニャで没)は、ボローニャ、ローマ、ヴィテルボ、マントヴァ、フィレンツェなどで活動したバロック画家です。
    絹織物商を営む裕福な家に生まれ、家業を継ぎことを期待されていましたが、幼いころから絵を描くことが得意で、本人も画家になることを強く希望したことから、父が折れて、12歳の時にマニエリスム画家のデニス・カルヴァートに弟子入りしました。
    デニス・カルヴァート工房で修業中に、同じ工房に出入りしていたグイド・レーニと知り合い、グイドからカッラッチ一族のアッカデミアで学ぶことを勧められました。
    アンニーバレ、ルドヴィーコ、アゴスティーノのカッラッチ一族が運営していたアッカデミアは、グイド・レーニの他にグエルチーノ、ドメニキーノ、ランフランコなど多くのボローニャ派画家を輩出しましたが、フランチェスコもその中の一人になりました。やがて、アッカデミアで最も熱心な生徒になりました。
    ボローニャ派画家の多くがローマに赴きましたが。フランチェスコも同じくローマに移り、ローマで古典芸術を学んで、その成果を自分の画風に取り入れ、神話や逸話、更に伝統的な寓意を軽妙で豊かな色彩で描くことで成功を収めました。当時のローマで有名なパトロンに気に入られ、パラッツォのフレスコ画や装飾画など数多くの注文を受けました。
    しかし、その成功で満足したのでしょう、それ以降の発展性は殆ど発揮されず、時に無味乾燥な気取りに堕して、その名声とは裏腹に後半生には見るべき作品があまりない画家になってしまいました。
    ボローニャのアッカデミアで自己の修業中に画家の育成法に習熟したと思われ、そのせいで彼の門から後世に名が残った弟子はアンドレア・サッキ、バルトロメオ・モレッリ、カルロ・チニャー二、ジャチント・ベッリーニなど10指を下らないでしょう。
    ルーブル美術館は彼の作品を好んで収集したようで、15点以上の作品があります。
    では、彼の作品を見てみましょう。

    「ヴィーナスの水浴」 ボローニャ国立美術館蔵

    「玉座の聖母子とアレッサンドリアの聖カテリーナとマグダラのマリア」(1599) ボローニャ国立美術館蔵

    「栄光の聖母子と聖ジローラモと聖フランチェスコ」(1640c) ボローニャ国立美術館蔵

    「栄光の聖母子と洗礼者聖ヨハネと聖フランチェスコと聖マッテオ」(1639-43c) ボローニャ国立美術館蔵

    「キリストの洗礼」(1620-24c) ボローニャ国立美術館蔵

    「アモルのダンス」 ミラノ、ブレラ絵画館蔵

    「聖母の誕生」(1598) ローマ、カピトリーノ美術館蔵

    「悔悛のマグダラのマリア」 ローマ、カピトリーノ美術館蔵

    「聖母子と2天使」 ローマ、カピトリーノ美術館蔵

    「聖母子」 ローマ、カピトリーノ美術館蔵
    作品の写真を探すのが大変なので、この辺でご勘弁を!

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  • from: シニョレッリさん

    2016年07月01日 15時27分12秒

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    不気味、気持ち悪い

    率直に白状すると、この作品を観ると、何時も不気味、気持ち悪いと思います。こんな洗礼者聖ヨハネを描いた画家は他にいないでしょうね。解説書などを幾つも読み

    率直に白状すると、この作品を観ると、何時も不気味、気持ち悪いと思います。

    こんな洗礼者聖ヨハネを描いた画家は他にいないでしょうね。
    解説書などを幾つも読みましたが、大半が誉め称えるだけです。
    天才中の天才が描いた作品と分かっていても、観れば見るほど、不気味で気持ち悪いです。女性のように見えなくもないです。
    初めて見たのは、1981年、ルーブルでした。直近で見たのは、昨年のミラノ博の目玉として開催されたレオナルド・ダ・ヴィンチ展でした。初めて見た時から、一貫して私の「不気味、気持ち悪い」は変わりません。
    現在は修復中と聞いてます。ルーブルに行っても多分見ることができない?

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