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from: 一久さん

2006年01月27日 21時07分14秒

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「全体主義の起原 2 帝国主義 」感想

「全体主義の起原2帝国主義」読了読み終わりました。これもまた、いまいちよく分かりかねる書物ではあるが、第三巻よりはマシかもしれない。この本の中に書いて

「全体主義の起原 2 帝国主義 」 読了

 読み終わりました。これもまた、いまいちよく分かりかねる書物ではあるが、第三巻よりはマシかもしれない。この本の中に書いてあることで、刺激を受けた点について書いてみる。

【帝国主義と国民国家】

 帝国主義は、国民国家とは相性が悪いのだ、と著者はいう。国民国家は、国民がその国を動かすのであるが、本国以外の、支配される側の領土の「新・国民」にとって、それは本国住民の手前勝手な規範の押しつけとしか思えないからである。むしろ、古代帝国のように、天啓を受けた絶対者が、本国も植民地も関係なく絶対的な法を強制したほうが問題は少なかった。

本国側が善意であればあるほど、併合された側にとっては押しつけがましい偽善であり、自分達の個性を抹殺するための策略であると映る。むしろ、圧制者として暴力的に支配したほうがまだマシなくらいであった。ハンナ・アーレントは、日本のことについてはほとんど何も述べていないが、このような「善意の植民」の最大の事例は、まさに日本の韓国併合であろう。世界一優しい帝国主義は、世界一憎悪を持たれる結果を生んだのである。

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from: 一久さん

2006年01月27日 21時09分32秒

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「感想2:二大政党制と多党制」
全体主義の起原 2 帝国主義 感想

【二大政党制と多党制】

 英米の二大政党制と、ドイツ・フランスその他のヨーロッパ大陸の多数政党制との違いは、たんなる表面上の制度の違いではなく、政党そのものの性格が違うからだと著者は指摘する。まったくそれは正しいように私も思う。

 二大政党制というものは、単に二つの政党が交代して政権を担当するということではない。それは結果論にすぎないものなのだ。二大政党制の真の意味は、政党がそれ一個で国民全体を代表できるだけの道徳規範をもっていなければならないということにある。そういうものを持つ政党であればこそ、お互いを交代要因として認め得るのである。その結果として、政権交代も可能になるのだ。

これに対して、多党制では、個々の政党は国民全体の良心を代表する必要はない。ここでは各政党は、国民全体の部分であればよく、ゆえに空想的理想主義からナチズムまでどんな政党でも存在し得る事態となる。そしてその結果は、「全体の一部」にすぎない政党が他の政党を従属させるか、もしくは絶対多数を占めたのちも、他の政党に遠慮して臆病な政策をとるかするしかないということを意味している。一冊全部読めとはいわないが、このことに触れた213ページ二行目から、219ページにかけての記述は、ぜひとも読まれることをお薦めする。

 さて、そうすると、欧米と欧州大陸との選挙制度の違い、つまり、小選挙区制度と比例代表制度の違いは、まさにこの政党の性格によって生まれたものだと言えるのかもしれない。「死票を出さないことが利点」と言われる比例代表制度であるが、それはまさに全体の部分をしか代表することのない政党を生む制度である。逆に、「死票がいっぱいでるからダメだ」と一部「知識人」から評判の悪い小選挙区制度は、まさに国民全体を代表できるだけの広範な度量がなければ勝てない制度だといえる。

ひとことで言えば、比例代表制度からは、国民全体を代表できる政党は生まれ得ず、当然二大政党制もありえない。また、たとえ比例代表制度が無くなって、小選挙区制度だけになったとしても、国民全体を納得させることのできる政党が現れなければ、二大政党制も政権交代もありえない。「全体の一部」の代表であった旧社会党では、絶対に二大政党制の担い手にはなれないのである。このことは、現代の民主党にもそのまま言える。単に議員の数が多いということだけでは、二大政党制は成立しないのである。

では、自民党はどうか。自民党もまた、一部の代表という面をもっている。が、同時に全体の代表という意欲ももっている。一部の代表という意識が強かった時期には、野党の顔色をうかがった政治を行い、全体を代表しているんだという誇りを持った時期には大胆に事を運んだ。自民党とて完全な「全体のための政党」ではないが、民主党を含む野党にくらべれば、はるかにマシだといえるだろう。

最後に、ハンナが注釈として用いているアーサー・ホルコムの言葉をもって締めくくろう。

「二大政党制においては、両政党の基本方針は、同じものになろうとする傾向がある。もし同じものでなかったならば、敗れた政党が勝った政党に服従することは考えられないであろう」

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