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  • from: 一久さん

    2008年10月29日 21時12分19秒

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    受験 精神力と精神性の違いについて

    【精神力と精神性】

     受験勉強に邁進することは、精神力を鍛えることにはなる。しかし、それは、必ずしも精神性の向上を意味するのではない。忍耐強く物事にあたれるということと、善事をなすということとは、一組ではない。忍耐強く、悪事を企てる者も少なくないのだ。

     悪事とまではいかなくても、あきらかに倫理的破綻をきたしているにも関わらず、そのことが理解できずに、辛抱強く自説を強弁し続ける人がいる。彼などは、まさに「強い精神力と低い精神性」を併せ持つ人だといえよう。例の永田議員のことである。さすが、東大受験で鍛えられた精神力だ、と驚嘆せざるを得ない。凡人ならば、とっくの昔に議席を放り出しているだろう。しかし、東大では精神性を高めることはできなかったらしい。子供でも分かる引き際が、彼には分からないらしいのだ。

     精神力とは、精神の機械的性能のことだと言ってよかろう。忍耐強さとか記憶量だとか数学的考察とかである。それに対して精神性とは、精神の質的良否のことだといえよう。儒教風に言うならば、仁であり中庸であり思いやりである。

     受験勉強というものは、精神力の鍛練にはなるが、精神性の向上には役立たない。いや、厳密にいうと、勉強には精神性の向上に役立つものと役立たないものがあり、現在の受験勉強は役立ちにくいものが多いということなのだが。

     例えば、高等数学の難問をいくらできるようになっても、精神性は一歩も向上しない。数学的頭脳を得ることはできても、精神性=人間性の向上は何一つない。アンパンマンの一遍でも見ているほうが、よほど人間性の向上には役にたつ。

     では、英語はどうであろうか。英単語を何万語覚えても、人間性の進歩はない。が、教科書の小論文を読んで、少しは心に得るものがあるかもしれない。そのぶんだけ進歩を期待できる。社会科や国語からは、心の栄養になるものを得る可能性はあるが、あまり期待できそうにもないのが受験勉強の現状であろう。

     精神性を向上させるには、「他人」を知りることが必要である。その他人は、歴史上の人物でもいいし、空想上の人でも構わない。その人物が何を考え、なぜそうしたのかを追体験できればそれでいい。その例証が多ければ、自然と他人のことが解るようになり、思いやりも生まれてくるであろう。歴史人物伝を読むのが一番であるが、手っとり早い方法として、マンガを読むというのもアリである。小学生低学年から読ませるのがよい。

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