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独断と偏見で楽しむイタリア芸術

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  • from: シニョレッリさん

    2013年12月10日 07時18分23秒

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    リナッシメント芸術家(42) ポルデノーネ

    昨日、久し振りに「リナッシメント芸術家」を書き上げて、「投稿する」ボタンをクリックしたら消えてしまいました。
    同じことを書き直すのはシンドイですが、再度トライです。

    ポルデノーネの肖像が何故かウーディネにあります。ポルデノーネは、ウーディネで仕事をしましたが、私が知る限りPalazzo Tinghiの「ギガントマキアー(巨人の戦い)」のフレスコ画だけだった筈で、胸像が建てられる理由が乏しいように思うのですが・・・

    ゲーテが絶賛したことで知られるイル・ポルデノーネは、本名Giovanni Antonio de'Sacchisと言い、1484年頃、ポルデノーネで生まれました。両親は、ブレーシャ郊外のコンティチェッリ(私は行ったことがありません)出身ですが、ポルデノーネに移住しました。彼の通称はその生地に由来します。

    ヴァザーリが有名な「列伝」の中で彼の伝記を書いていますが、ポルデノーネをGiovanni Antonio Licinio(1484c-1539 ヴェネツィア派のマニエリスム画家で、画家一家だったリチーニオ家の一員です。ジョヴァンニの父の兄、つまり叔父のベルナルディーノ通称イル・サッキエンセが一家の中では卓越した画家でした。更に複雑なことに、ベルナルディーノはポルデノーネの弟子でした)と間違って評伝を書いてしまいました。それでポルデノーネの経歴や作品の帰属を巡って、しばしばジョヴァンニと混同されています。

    ポルデノーネの市庁舎です。ここにある古文書にポルデノーネの記録が残されているそうです。

    彼の画風形成の過程ですが、修業時代の確実な記録が残されておらず、よく分からないようです。
    従来の通説は、ジョヴァンニ・ベッリーニに師事した時にティツィアーノが相弟子で、互いにライヴァル視して腕を磨いた、と言うものでしたが、現在では否定されています。ポルデノーネは、後にパルマのコレッジョやパルミジャニーノから刺激を受けて、ヴェネツィア画壇と対立して、特にティツィアーノの地方的なライヴァルとして知られるようになりましたが、そのことがベッリーニ工房でティツィアーノと相弟子だったという説が出てきたようです。
    修行に関するもう一つの説は、Pellegrino da San Daniele(1467-1547)に師事したというものです。しかし、ペッレグリーノの画風は、私が観た限り、ポルデノーネの追随者の何物でもないので、この説は懐疑的に思っています。
    彼の師弟関係は不明ですが、修業を経るうちにマニエリスムとヴェネツィア派から幅広い影響を受けながら、最終的にジョルジョーネの強い影響の下に情熱溢れる表現を加えて彼独自の画風を確立したというのがほぼ定説になっているようです。
    彼の情熱溢れる表現は多くのパトロンに気に入られ、ローマ、ヴェネツィア共和国領各地やエミリア地方で活躍しました。
    1539年、フェッラーラのエルコーレ二世から招聘を受け、宮廷画家に就きましたが、直ぐに病を得て同年、フェッラーラで没しました。この死を巡って、ティツィアーノの差し金によって毒を盛られたという話がありますが、信ぴょう性が全くなく一笑に付されています。
    弟子に、前述したベルナルディーノ・ルイーニのほかに、娘婿のポンぺオ・アマルテオ、ジョヴァンニ・マリア・カルデラーリらがいます。
    また、彼の画風はティントレットに大きな影響を与えました。

    彼の代表作は、クレモナ大聖堂のフレスコ画だと思います。

    クレモナ大聖堂

    ファサードの裏側にキリストの受難が描かれています。
    私が撮った写真ではよく分からないと思います。
    それでWeb Gallery of Artから作品画像を転載することにします。

    ファサードのバラ窓が見えます。

    上が「磔刑」、左下が「キリストの復活」、右下が「ピエタ」です。

    「十字架を担ぐキリスト」

    「荊刑のキリスト」

    「ピエタ」
    そのほかで、私が好きな作品を挙げましょう。

    ヴェネツィア、カ・ドーロのフランケッティ美術館にある剥離フレスコ「キリストとサマリア女」(1532)です。この作品はサント・ステファノ教会にあったものです。

    ヴェネツィア、アッカデミア美術館所蔵の「聖ロレンツォと聖人たち」(1532)

    ミラノ、ブレラ絵画館所蔵の「キリストの変容」(1515‐16)

    この他では、ピアチェンツァのマドンナ・ディ・カンパーニャ祈祷所記念堂の一連の作品、詳しく言うならば、「聖女カテリーナの神秘な結婚」「エジプトへの逃避」「マギの礼拝」「聖母の誕生」などですが、これらが傑作だと思います。

    消えた第一稿はもっと充実して書いてあったのですが、流石にもう一度書くのは気力が続きません。という事で、ちょっと中途半端ですが、この辺で終わりにしたいと思います。スイマセン!

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