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  • from: 一久さん

    2010年01月23日 20時38分18秒

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    朝鮮に儒教ナシ

    朝鮮に儒教なし

    これまで朝鮮に関する本を読んできて思ったこと
    であるが、朝鮮には儒教がない、あるいは、儒教
    を曲解しているようである。

    朝鮮人は自分達のことを「東方礼儀の国」と自画
    自賛するけれども、なるほど儀礼は厳しいかもし
    れないが、「仁」に欠けるのではないだろうか。

    孔子はいう。 仁のない儀礼は礼にあらずと。

    朝鮮の礼儀は、まさにこの種の虚礼であり、儒教
    を貶める行為に他ならない。

    これまで読んだ朝鮮関係の本において、仁を強調
    するものは無かった。

    朝鮮の人々が強調するのは、先のような「礼」か、
    もしくは「情」(ジョン)である。

    情と礼の国、それが朝鮮儒教の真実の姿なので
    ある。

    すなわち、本来、儒教の首座にあるべき「仁」が、
    「情」に取って変わられているのだ。

    そもそも、「礼」とは、利己的な行為に走らずに
    仁を実践するための基準であったのだが、「情」に
    奉仕するための道具と化してしまっているので
    ある。

    「情」というものは、しごく簡単に利己心と結
    びつく。ゆえに、朝鮮人特有の身贔屓主義が蔓
    延するようになったのである。

    儒学あって儒教なし、と言われる日本であるが、
    「仁」の理解においては朝鮮よりも進んでいた。

    「仁」自体には外見的規範がないので、宗教に外
    見的な規範を求めたがらない日本人には分かり
    易かったのであろう。

    武士道にしても、現在の日本人の価値観にして
    も、「仁」の思想と無関係ではない。

    サッカー・ワールドカップにおいて、自国の対戦相
    手に嫌がらせをしないことを誇りとする、という
    ような国民の感性は、まさに「仁」の思想の影響
    であろう。

    史記列伝の晏子と御者の話を朝鮮人は知ってい
    るのであろうか。

    史記列伝を読めば、何が仁で、何が不実であるの
    か、いやでも解るはずであるのだが。

    阪神大震災のとき、韓国では喝采を叫んだ人々
    もいたという。

    ルーズベルトが死んだとき、ヒットラーは祝杯を
    あげ、東条秀樹は弔意の電報をアメリカに打っ
    た。アメリカは両者の違いに驚き、サムライの精
    神、いまだ滅ばざりしか、と感嘆したそうである。

    「仁」の思想は欧米にも通じるのである。

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