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カジュアル哲学 (続)

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月31日 09時35分40秒

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    命は誰のものか (10)

    真宗では、命について次のように訓えている。
     人は、生まれるときも自分の意思とは無関係、つまり自由ではない。死ぬときも同じである。つまり与えられた命なのである。
     その命は、太陽や水、空気、土地、や動植物など数多くの働きによって、支えられているのである。つまり、周囲に生かされている命なのである。
     したがって、自分の都合で自分勝手に自分の命を左右すること、つまり自殺は許されないのである。
     これは親鸞聖人の訓えであるという。
     また在家の仏教徒の守るべき戒律として「五戒」というのがある。
     「不殺生戒」「不ゆ盗戒」「不邪淫戒」「不妄語戒」「不飲酒戒」の五つである。
     このうち「不殺生」は生き物を殺す勿れという戒律であり、それは他人だけでなく、自分にも当てはまるのである。
     こう考えると、仏教で、自殺については、高修行僧が成仏する場合を唯一の例外として一般人には認められていないと解すべきであろう。
     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月30日 08時29分23秒

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    命は誰のものか (9)

     密教仏教の修行の一つに「即身成仏」と「即身仏」というのがある。この二つを混同している人がいるが、名称は似ているけれども違う修行である。
     「即身成仏」は、人間がこの生身のままで、究極の悟りを開き仏になるとである。
     即身成仏への道は、いろいろある。白装束を纏って山峰を回峰する1000日回峰というような荒行を必要とする宗派もあるし、出家しないで普通の社会生活をながら、修行をし、悟りを開き、菩薩となるということも可能であるという説もある。
     これに対して、「即身仏」とは、僧侶が生きながら穴の中に入って、五穀断、十穀断の木食行を行い、鉦を鳴らし読経しながら、あるいは瞑想状態のまま絶命し、ミイラ化して成仏することをいうのである。
     これも自殺には違いないが、密教仏教では高度の修行僧が成仏するための行として認めているのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月29日 07時24分47秒

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    命は誰のものか (8)

    こういう話がある。
     釈迦の弟子、コ-ディカ尊者は、自分の修行が行き詰まって、いつまで経っても成就しないのを嘆いて、自殺してしまった。これについて釈迦は、コ-ティカはついに安らぎに帰したと言って、この行為を賞賛したというのだ。修行の最終段階に入って、無余依涅槃に入ったことを釈迦が評価したものと解釈されている。
     また、こういう話もある。
     「我が身は苦痛きわまり、我慢できくなくなった、この苦しみのまま生きることはできない」と言って、自殺したヴァッカリに対して、釈迦は「彼は、完全に修行して立派な人であるから、彼の魂は完全に解きほぐされたのだ」と弟子に諭したという。
     つまり、完全に修行したが、この世に生きても無用と悟った修行完成者は自殺を認められる、というのが釈迦の考えであったと思われる。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月29日 07時24分47秒

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    命は誰のものか (7)

    こういう話がある。
     釈迦の弟子、コ-ディカ尊者は、自分の修行が行き詰まって、いつまで経っても成就しないのを嘆いて、自殺してしまった。これについて釈迦は、コ-ティカはついに安らぎに帰したと言って、この行為を賞賛したというのだ。修行の最終段階に入って、無余依涅槃に入ったことを釈迦が評価したものと解釈されている。
     また、こういう話もある。
     「我が身は苦痛きわまり、我慢でくなくなった、この苦しみのまま生きることはできない」と言って、自殺したヴァッカリに対して、釈迦は「彼は、完全に修行して立派な人であるから、彼の魂は完全に解きほぐされたのだ」と弟子に諭したという。
     つまり、完全に修行したが、この世に生きても無用と悟った修行完成者は自殺を認められる、というのが釈迦の考えであったと思われる。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月28日 07時48分37秒

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    命は誰のものか (6)

    ・宗教ではどう考えているか
     そこで、「命は誰のものか」という問題に宗教ではどう考えているかについて探ってみよう。
     宗教はいろいろあが、超自然的、超人間的なものを信仰するものであるから、当然、人間の命の平穏をその目的の一つとしていることは言うまでもあるまい。
     が、自殺ついてはどう見ているかを探ってみよう。
    1仏教の場合
     仏教では、生き物を殺すことを禁じているから、いろいろな誘惑や煩悩に負けて、自分勝手に自殺することは仏教の教義に反することになるし、死後に周囲に迷惑をかけることにもなり、認められない。が、これは仏教徒の場合であって、僧侶の場合は異なるようである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月27日 09時14分37秒

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    命は誰のものか (5)

    自分を見ている他人の脳の中にはある自分の命、それは、自分の外観が、他人から見てどう見えるかが、他人の視線を感じることから来る錯覚に過すぎない、と。
     だが、このような説には疑問を感じざるを得ない。
     自分のものの言い方や仕草の癖、他人に接する目つき、顔つきなどは、自分ではわからないことが多いのは確かである。
     だが、それは自分の命が自分では分からないということとは違う。
     前述の人間としての自分の機能が働いているのは分かるのは当たり前だが、それが自分の命なのである。それ以上の命はないし、命のレベルがそれ以下になる時は、意識不明か死なのである。
     その意味で、この説は荒唐無稽と考えざるを得ないのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月26日 09時57分14秒

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    命は誰のものか (4)

    人工的機能細胞であるiPS細胞を用いた諸臓器や血管、神経の再生医療や、更には、クロ-ン人間まで造る技術が進められているが、これもエンゲルス説の展開上にあるものであると言えよう。
     これが命であると定義付けられてよいが、その生命現象は多様である。
     成長、新陳代謝、即ち、呼吸、消化、合成、分離、排泄などの作用や生殖、遺伝などは生物共通の作用であり、感覚、運動、思考、意志とその伝達などは、人間だけでなく動物一般にみられる機能である。
     これらの機能を持ち、働かせるものが命に他ならない。
     次のような説がある。
     自分の命は少なくとも自分にとっては存在しない。自分にとっては、他人の命があるだけである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月24日 08時52分39秒

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    命は誰のものか (3)

    3創造説
     太初に神によって創造されいという説
    4自然発生説
     泥や埃、腐敗物から生まれたとする説
    5エンゲルス説
     生命とは蛋白質の存在様式であり、それは本質的にこれらの蛋白質の化学的構成の絶え間ない自己更新にあるとする説
     つまり、父母の精子と卵子が合体し、細胞分裂を繰り返した結果、一個の生命が誕生し、生物として新陳代謝が継続されている状態のことである。
     これらの諸説が挙げられるが、自然科学の発展により、1-4の説は退けられ、5のエンゲルス説が現在も発展を続けている。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月23日 06時26分01秒

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    命は誰のものか (2)

     そこで、命は一体誰のものか、という問題について考えてみることにする。
     そのためにはまず。命とは何かについて検討してみることにしよう。
    ・命とは何か
     このテ-マは、古代ギリシャの時代から、哲学の1課題としていろいろ取り上げられてきた。その説は大別して五つになる。
    1生気論
     物理、化学的な法則だけでは説明出来ない、非合理的な特別な力の作用で出来たものが命であるとする。
    2機械論
     目的論を排し、単に力学的な因果関係によって出来た機械装置であると看做す考え方である。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2012年08月22日 06時46分11秒

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    命は誰のものか (1)

    近年日本の年間自殺者数は高水準のまま推移している。年間の自殺者は3万人以上、交通事故死の7倍近くに上っている。自殺者のなかで気になるのは40歳超えた働き盛りの自殺が多いことである。これは長引く不況による失業率の高さや東日本大震災によるものであろう。
     また、以前から問題になっている、子どものいじめによる自殺も10万人当たりで、大人の自殺の10%を超えていることも大問題である。
     この自殺問題では、行政も対策を進めてはいるが、効果は見られない。
     子どもの集会の場で、「命は自分のものだと思う人は」と挙手させてみると半数以上が手を上げるという。手を上げなかった子どもは、命は誰のものだのか分らないと思っているのが殆どであろう。
     大人のなかにも「命は自分のものだから、どう始末しようと自由である」などと考えている人も少なくないという。

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