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カジュアル哲学 (続)

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月31日 08時57分05秒

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    例外主義への疑問 (1)

     一般には馴染がない言葉だが、「例外主義」という概念がある。
     例外とは、ある原則とは異なっている様相のことを云うが、例外主義もその意味の範疇には入るが、それだけではない概念である。
     例外主義は、その頭にアメリカを付けた「アメリカ例外主義」のことである。というのはこの言葉は、アメリカをさして言われるものだからである。
    ・アメリカ例外主義の経緯
     19世紀のフランスの民主主義政治家、アリクシス・ド・トクヴィルが1831年に、アメリカ合衆国について、例外主義と述べたのが最初であった。
     この考え方を理解するためには、1620年、イギリスでの迫害から逃れて、アメリカ、ペンシルバニア州のニュ-イングランドに入植したプロテスタントのピュ-リタンに遡らねばらなない。
     ピュ-リタンは、我々は、神と契約を結び、地球上の他の民を導くために、神に選ばれたグル-プであると信じた。
     ピュ-リタンの指導者、ジョン・ウィンスロックは、新約聖書から引用した「丘の上の町(city upon hill)」にたとえて、我々が創る社会、つまり丘の上の町は、下から皆が仰ぎ見るように、他の世界に注目され、全世界の社会のモデルになるべきであると考えた。つまり、例外的な存在であるとしたのである。これが例外主義のル-ツだと云われている。



     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月28日 06時56分22秒

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    天皇の政治発言 (9)

    このぎりぎりのところを間接的なやり方で、政府や国民にご自身の意思を伝えようとされているように思われる。
     その関せ的なやり方とは、質問をすることによって、その質問の頻度とか応答の仕方で、それとなく、ご自身の関心度や思いを相手の記者や書かれる記事の読者に、推察してもらうようにすることである。
     今一つは、行動で示すことである。両陛下がどのような所をどのような目的で、訪問されるのか、その地でどのようなお言葉を述べられるのか、それは何故か、と考えてみれば、両陛下が何を考えておられるのかが、何を望んでおられるのかが自ずと分かってもらえるようにする、というやり方である。
     このような推察をすれば、両陛下のお望みは、平和憲法の維持であり、日本が戦争に巻込まれるようなことは完全に避け、日本が世界の平和の指導的な役割を果たすことであると思う。
     このような視点でみると、天皇は安倍内閣の、憲法解釈変更による憲法違反の集団的自衛権容認には批判的であると拝察できるのである。
     これに対して、阿倍は、「天皇は誤解しておられる。日本が米国と一緒になって、同盟関係を深化させ、共同軍事力を強化させることは、中国や北朝鮮に対する戦争抑止力を強化するという効果に繋がるものであり、それこそが、恒久平和実現の条件なのだ、と言うであろう。
     しかし、カネと国力に対する自信を持って、アメリカに追いつき追い越せると考えている中国は、世界制覇を目指して益々武力を強化させることに邁進するであろう。
     その結果は、両陛下が心配としておられるような事態を招くことになるのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月27日 08時45分23秒

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    天皇の政治発言 (8)

     だから、天皇のシルクハット的認識は戦後も続き、それが国民統合の象徴という形で続いているのである。
     日本の天皇は、このように、もともと政治的な指導とか統合とかとは縁遠い存在なのだが、今後もそれを継続するというのは、次の理由によるものだと思う。
     天皇制の安泰を保つためには、その責任が問われるような立場には置かないのが一番である。
     政治的発言は、その問題について、白黒をはっきりさせるということになる。
     とういうことは、その判断に起因する成功も失敗もあるということになり、成功すれば良いが、失敗すれば、天皇のいうことは信用できないとか、その責任はとらねばならないということになる。
     それは天皇制を不安定にすることになるからまずい。だから、政治的な問題には一切触れないようにするのが良いのである。
     ただし、国民の安全、安心や平和維持、災害時の慰安のような、普通の共通的な人類的価値観に関するものは別である。
     政治的な問題への介入を禁じられている天皇も皇室も、それらの問題に対する発言や行動には制限はないのである。
     このような考え方に立った憲法の規定であることは間違いないであろう。
     しかし、戦争も平和も政治家や政策如何によつて左右される。これに言及できないとすれば、天皇の国民に対する平和堅持、戦争反対の意思は伝えられないことになってしまう。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月26日 09時23分48秒

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    天皇の政治発言 (7)

    それだけでなく、この戦績慰霊の行脚通じて政治に対して何かを感じ取ってもらいたいと、発信しておられるのであろうと拝察するのである。
    ・天皇の政治関与禁ずる理由
     天皇の政治関与が禁じられている理由は、欧州の国王の場合とは違うように思う。
     ヨ-ロッパでは、イギリスのマグナカルタや権利章典の考え方、つまり、国民に対する国王の恣意的な横暴を抑制するためという考え方の伝統が強いように思われる。
     が、日本の天皇の場合は違うと思う。
     天皇制の歴史は世界一古いが、日本の歴史のなかで、天皇親政の期間はごく短く、その時々の権力者や幕政による統治が長かったのである。
     幕末に大政奉還がなされた明治維新以降でも、天皇は奉られはしたが、政治上では棚の上に上げられたシルクハットのような存在であったと思う。
     ヨ-ロッパのように、天皇によって、人民に圧迫が加えられた歴史はないのである。だから、天皇による恣意的な暴政を抑制するためというような意味はないのである。
     昭和天皇は、大平洋戦争開戦の詔勅は出されたが、敗戦後、天皇の戦争責任は問われなかった。
     これは、それをやれば、国民が暴動を起こしかねないから、という理由もあったであろうが、それよりも、天皇は自発的に戦争に荷担したのではなく、軍部に利用されただけだから、という理由であったと思う。





     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月25日 09時30分03秒

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    天皇の政治発言 (6)

     当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地少なくとも40カ所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に活きた人々の、政治参加への強い意思や、自国の未来にかけた熱い思いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。
     長い鎖国を経た19世紀の日本で,市井の人々の間に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」
     このように両陛下だけでなく、皇太子殿下までも憲法に言及されている。
    「今日の日本は、戦後日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、我が国は、平和と繁栄を享受しております。今後とも憲法を遵守する立場にたって」と述べられているのだ。
     このように両陛下、皇太子殿下とも、現憲法の尊重、擁護の立場を明確に示されておられるのである。
    ・戦績慰霊の遍歴をされる両陛下
     両陛下の戦績慰霊の遍歴を示してみよう。
     ・戦後50年の節目の1995年夏には、広島、長崎、沖縄を慰霊訪問され、東京都慰霊堂にも慰霊されている。
     ・戦後60年の節目には、サイパン島を訪問され、バンザイクリフにも拝礼された。
     ・2015年には、パラオ島、ペリリュウ島を慰霊されている。パラオには適当なホテルがないため、海上保安庁巡視艦の船長室に泊まりになられたという。
     さらに、2016年には、フィリッピンを慰霊訪問される予定だという。
     天皇陛下は82才、皇后陛下は81才、ともに大変ご高齢で、そのうえ病もお持ちの身で、それを押しての、このような遠路の慰霊の旅は大変なことである。
     それだけ、戦争で散った人々の無念さ、戦争を起こした先人の過ちに対するお詫びの行脚のおつもりなのであろう.

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月23日 09時02分36秒

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    天皇の政治発言 (5)

     「戦後、連合国軍の占領下にあつた日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして日本国憲法をつくり、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ改善してゆくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を越す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを心強く思います」と。
     天皇は平和憲法こそが、今日の日本の基礎になっていると確信されておられるのである。
     また、皇后陛下は、2014年のお誕生日に際し、憲法に触れられている。
     「5月の憲法記念をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな議論が交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうして議論に触れながら、かって、あきる野市の四日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「四日市憲法草案」のことをとしきりに思い出しておりました。
     明治憲法の公布に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権についても記されています。


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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月22日 07時16分37秒

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    天皇の政治発言 (4)

    天皇は、特に過去の戦争に対する慚愧の念を激しく持っておられるように拝察するのである。
     これを窺わされるお言葉がいくつもある。
     ある機会に天皇は次のような発言をされた。
     「どうしても置かなければならない日は次の三つです。
     沖縄戦が終結した1945年6月23日、広島、長嵜に原爆が投下された8月6日と9日、終戦の日の8月15日です」
     これは、いずれも、悲しい戦争の節目の日なのである。  ご自身の幸せな日である、ご自身の誕生日や美智子妃と出会った日、あるいはご結婚の日ではないのである。
     また、2013年12月18日、天皇誕生日に際する記者会見では「80年の道のり振り返って、特に印象に残っている出来事は」との記者の質問に対して、次のように述べられている。
     「やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです」
    「この戦争による日本人の犠牲者は310万人と云われています。前途に様々な夢持って活きていた多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです」と述べられでいる。
     その後さらに次のようなお言葉が続く。


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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月21日 08時47分39秒

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    天皇の政治発言 (3)

     しかし、国王も社会を構成する一員であり、政治。社会、経済の情報には、一般の国民以上に接触されているはずであるから、それらに対するご意見はお持ちのはずである。
     しかし、それを世間に知らせる機会がないというのは少なからずストレスになっていると思う。
     我々庶民は、厳しい言論統制が敷かれている独裁国家でない限り、政治や社会問題に対する意見、批判を公表する自由が保障されている。
     特にITが普及している今日では、ツイッタ-、フェイスブック、ブログその他のル-トを使って、いつでも自由に意見を公表することができるのである。
     しかし、そのような言論の自由が一切とり上げられている皇室の方々は誠にお気の毒である。
     その鬱憤のはけ口として、言行録などに書いてみても、それが公表されるのは、執筆された方の死後になるし、公刊されたとしても、政治的な記述には黒塗りが施されることになるのがおちであろう。
     このような意味では、鬱陶しい限りの環境におかれておられるのが皇室の皆さんであると思う。
     何故、象徴天皇や国王が政治的な発言をも禁じられているのかの問題は後にとりあげることにしよう。
    ・「おことば」から推察すると
     天皇、皇后、皇太子の方々は、新年、ご誕生日、終戦の日の戦没者慰霊祭など節節に「おことば」を述べられる。これが皇室の方々のお考えを知る唯一の機会である。
     そこで、このおことばから、皇室の方々のお考えを推察いてみようと思う。






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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月19日 09時15分23秒

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    天皇の政治発言 (2)

     帝政を持つ諸外国ではどうなっているか。
     まず、イギリスの例をみよう。
     1215年のマグナカルタや1628年の権利章典は、国民の権利を侵害しないことを国王に約束させたものである。その内容は、議会の同意なしに、法律を停止すること、金銭を徴収すること、罰金や刑罪を科すこと、常備軍を徴集することなど、国王が恣意的に国民に不利を課する行為を禁ずるものであった。
     イキリスには、国王の政治的権限を規定する成文憲法もなく、法律もないが、現在でも女王は、陸、海、空軍の長だが、事実上はその権限を譲渡している形である。
     しかし、現在でも、首相は週に一回は、女王に対して政治の報告を行い、会談する決まりになっており、その通り実施されている。ただし、それによって、内閣の方針が変えられることはないという。
     北欧諸国、オランダ、スペインも王を頂いているが、その政治権能は日本の天皇の場合と同じである。ただ、リヒテンシュタインだけは王の政治的発言が認められている。
     このように、王を頂いている国でも、政治的権能はなく、実質的には、伝統的な国民統合の象徴のような存在になっているのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2015年12月18日 08時50分22秒

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    天皇の政治発言 (1)

     戦前、日本が天皇主権国家であった頃は、天皇は「現人神(あきつかみ)」として絶対的な存在であった。
     軍人の行動規範としての「戦陣訓」には、「上官の命は朕が命と心得べし」と書かれていた。これも天皇の意思が絶対的なものであることに喩えたものである。
     筆者の子どもの頃、二つのいずれかに決めかねているとき、指でさしながら「どっちにしようかな、天皇陛下の云うとおり」などとやっていたことを記憶している。子ども心にも、天皇か神様みたいに思っていたのである。
     しかし、国民主権国家となり、天皇が「人間宣言」をされた以降は神様扱いはなくなったが、それでもなお天皇の発言の影響は大きい。
     昭和天皇は、相撲がお好きで、よく国技館にお出ましになられていた。その頃、記者が「陛下はどの力士をご贔屓なさいますか」とい問うたのに対して、「影響が大きいので、それは」とお答えにならなかった。ご自身もそう思っておられたのである。
    ・天皇の権能限界
     憲法第四条一項には「天皇はこの憲法に定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と規定されている。 
     この国事行為は、憲法第7条に規定されているが、憲法、法令などの公布、大臣の任免、国会の召集、解散、栄典授与、大公使の接受など、署名、捺印程度の儀礼的、形式的なもののみである。


     

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