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カジュアル哲学 (続)

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月31日 10時38分15秒

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    老いの才覚 (22)

     これは、本人にとっては、大変残念なことであるが、最後まで頑張り続けたという感じがあれば、万やむをえないことだから、それによって、それまでの人生について、「これでよかったのだ」と思う気持ちが消滅してしまうということはないであろう。
     この三つの条件を実現させるためにこそ、「老いの才覚」を駆使すべきであろうと思うのである。
     それが、「大往生」の一つの型であると言えよう。
    この考え方は、あくまで、自分の生き様について「老いの才覚」を駆使して、悔いのないものにしたいと念願する人のへの助言である。
     そんなことは、毛頭考えない。自分の好きなように生きていればそれで充分だと言う人も少なくないであろう。それが殆どであるかも知れない。それはそれで良いのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月30日 09時05分52秒

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    老いの才覚 (21)

     そんなことを考える人は少ないであろうが、考える人がいても、それを考えるのは60歳台であろう。
     こんな歳になってからでは、リタイアした者は、仕事から離れているから、やり様がないではないか、と思うであろうが、そうでもない。
     自分で、これまででは、満足水準に足りないと思ったら、前述のように「老いの才覚」を発揮しうる方法を考え、それを現役中の仕事以外の新しい仕事の面で補えばよいのである。
     仕事の面では思い残すことはないと思う場合には、更に、余生でやるべきことを付け加えても良いと思う。
     第三は、死ぬ際に遣り残したことがあっても「おれは精一杯やったんだ」と思えることである
     定型的な短時間の繰り返しの仕事の場合には、死による遣り残しということはない。が、創作的、継続的な仕事の場合には死による断絶というものはある。
     芸術や小説、研究、著述などでは、未完で終わる場合がある。
     
     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月29日 07時12分16秒

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    老いの才覚 (20)

     第二は、死ぬ間際に「おれの人生はこれで良かったのだ」と思えるようにしたいということである。
     人は自分の死を実感することはできない。自分は死ぬかも知れないと死を予感することはあるが、それは予感であって、死そのものではない。死が訪れるその瞬間には意識はないのである。
     だから、死を予感して、まだ意識があるうちに、「おれの人生はこれで良かったのだ」と思って死にたいのである。
     レオナルド・ダヴィンチが「あたかもよくよく過ごした一日が安らかな眠りを与えるかのように、よく用いられた一生は、安らかな死を与える」と言っている。全く同感である。
     ここで「よく用いられた」という訳はやや硬すぎるが、それは筆者が言う「おれの人生はこれでで良かったのだ」という思いのことを言っているのであろう。
     しかし、こういう死に際にすることを狙って、若いときから努める人はいない。若いうちは、死というものは視野にはないのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月28日 07時19分24秒

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    老いの才覚 (19)

     だから、それまでの人生を自分にとって「価値」あるものにすべく、一所懸命やればよいので、自分が死んだ後のことは知ったことではないのだ。
     「人の『価値』は棺を覆って初めて分かる」という。死はTHE ENDだから、それは当たり前のことである。が、死後の自分に対する毀誉褒貶などは、残った者が勝手にやれば良いことなのだ。
     ここで「価値」という言葉を二度使っているが、前段と後段の意味は違う。
     前段の「価値」の意味は、自分としてはやれるだけのことはやり尽くした、思い残すことはないようにやってきたという意味での「価値」である。
     これに対して、後段の「価値」は、世間が評価するものだから、死んだ自分の社会への貢献度とか事績の意義みたいなことになるであろう。それは前段の「価値」の意味とは違うのである。
     従って、後段の「価値」が0点であっても、前段の「価値」は満点ということはあり得るのである。そういう独りよがりで良いのが、自分にとっての「価値」なのでである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月27日 10時08分20秒

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    老いの才覚 (18)

     日本全国に「ぽっくりご利益」を謳う神社、仏閣がいたるところにある。
     ひとが健康長寿を望みながら、死ぬときは、ひとに迷惑を掛けずにぽっくり逝きたい、という願いをそれらの神社、仏閣に祈念するのである。
     これは、周りに迷惑を掛けまいという普通の配慮であり、「老いの才覚」を必要とするようなものではない。
     前節では、そんなことではなく、本当に「老いの才覚」の発揮を必要とする方向を述べたのである。
     さきに、人は皆「自分の人生はこれでよかったのだ」という充足感を感じて死にたいはずだ、と述べた。
     その考え方は次の三点に依って立つものである。
     第一は、生きて意識がある間だけが自分の人生だ
    ということである。
     そんなことは当たり前のことだ。

     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月26日 09時07分40秒

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    老いの才覚 (17)

     その他、社会貢献のできるボランティアの仕事としては、小学生の子ども達の登下校の安心監視や町内の防犯パトロ-ルなどの仕事が考えられるが、いずれも老いの才覚を発揮するまでもない、雑役的な暇つぶし仕事である。
    ・何故老いの才覚が要るのか
     これは根本的な問題であるが、今まで触れてこなかった。
     老いさらばえて、ひとに存在の必要性を認められなくなり、ひとに迷惑を掛けたり、厄介者扱いにされたりするだけの存在になりなさんな。あるいは、遺産の問題で肉親同士が相続争いをしたり、遺品が膨大で、その処理に困らせたりするようなことにならないようにすることが「老いの才覚」であるように思う意見もあろう。
     それも分かるが、それは、「老いの才覚」の消極面、あるいは「老いの才覚」というよりも、「老後の生き様」とか「死ぬ準備」と言ったほうが適切な考え方であると思う。
     家族を含めて、ひとに迷惑を掛けないように死にたいと思うのは誰しも同じである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月25日 07時13分38秒

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    老いの才覚 (16)

     このような民生委員という仕事も、リタイア後の「老いの才覚」を発揮するには好適な仕事であると思う。
     三つ目は「保護司」である。
     保護司は、保護観察所長の指揮、監督を受けて、保護監察官を補佐する形で、刑務所出所者の保護観察を行い、その再犯予防と生活改善、更生を助言、指導、援助するボランティア仕事である。
     このような仕事も、リタイア後の「老いの才覚」を発揮するには良い仕事だとは思うが、そう簡単ではない。
     保護司は、前科者を相手にする仕事だから、普通の人はしり込みする。その上、前科者を更生させるためには、彼らの仕事を探し、職に付かせ、生活に困らないようにすることが先決である。
     しかし、前科者を雇っても良いという企業は多くはないから、この仕事も大変である。
     こういう性質の仕事であるから、警察官経験者とかよほどの篤志家でないと勤まらないから、一般向けとは言えない。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月24日 07時52分09秒

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    老いの才覚 (15)

     しかし、不特定多数の高齢者に対してこのような役割を果たすためには、私人の立場だと相手が警戒してしまうから、公的に認められた「高齢者の愚痴聞き役」を制度化することが、相手を安心させ、胸襟を開いて話ができる環境作りとして必要であろう。
     こういう「高齢者の愚痴聞き役」としては、「老いの才覚」を持った高齢者が最適なのである。
     二つ目は「民生委員」の仕事である。
     民生委員は、厚労大臣から委嘱されて、生活困窮者保護指導、児童、妊産婦の援助指導や社会福祉全般にわたって協力するボランティアである。
     大体、地域に長く住んで、地域に顔の広い人が選ばれるようである。
     しかし、高齢社会化に伴い、独り暮しの孤族の急増によって民生委員の仕事が益々増えるなかで、どこでも定員割れになている上、民生委員自体が高齢化してしまって、その機能が充分に果たせないという問題を抱えているのである。
     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月23日 14時31分52秒

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    老いの才覚 (14)

     独り暮らしのお年寄りが増えている「弧族時代」には、要介護者でなくても、このような悩みを聞いてあげることが必要である。
     心理療法師という職業がある。
     日本ではまだ数が少なく、保険適用にもなっていないが、心の問題や悩みを解決するために、臨床心理学の技法を使って治療を行う専門家である。英語では「カウンセラ-・サイコセラピスト」と呼ばれている。
     心理相談、心理検査、心理療法、精神科のケアを行い本人や家族の相談に乗り、回復に向けて援助する仕事である。
     「高齢者の愚痴き役」にはこんな役割は期待しない。
     ただ、高齢者の話相手になって、愚痴や昔の話を聞いてやり、理解と共感、共鳴してあげるだけでよいのである。
     思いのたけをぶちまけたり、話を聞いてやるだけで、ス-とした気分になれば良いのである。
     説法したり、指導したり、問題を解決したりしようとする必要はないのである。

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  • from:倭寇の末裔さん

    2011年03月22日 06時42分14秒

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    老いの才覚 (13)

     日本に介護保険制度が施行されたのは、1997年である。
     この制度は、高齢者やその家族の高齢化に伴う様々な疾患による肉体的、経済的な負担を社会全体で補うことを目的とするものである。
     この制度では、要介護のランクが認定されれば、在宅あるいは施設での介護サ-ビスを受けられる。
     しかし、その介護サ-ビスは、身体的な介助リハビリ指導などが主になっており、個人の生活適応上の問題についてのカウンセリングまでは含まれていない。
     高齢者にもいろいろな悩みがある。病苦や生活資金のことばかりでなく、家庭内のもめ事や世間への不満などがあり、これらが身体の自由が利かなくなっているいらいらに依って増幅された形で鬱積されているのである。これらを一口に「老人の愚痴」として切捨てることは出来ない。
     更に、急激に進行する孤老社会化に伴う、世間から見捨てられたという絶望的な孤独が、高齢者に襲い掛かっているのである。

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