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カジュアル哲学 (続)

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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月30日 10時22分04秒

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    恥ずかしさよりカネが勝る

    人はいろいろな事柄について、自分なりのイメ-ジを描きいて、それを疑わないという性癖がある。
     女性についてもそうである。
     女性は、恥ずかしがり屋で、淑やか、男のように好色でない、控えめというようなイメ-ジを抱く。それは勝手にではなく、周囲の女性見ていて、程度の差はあれ、大体そのイメ-ジに当てはまるから、そのイメ-ジを疑わないのである。
     ところが、そのイメ-時に反するようことに出会うと「何で!」ということになる。
     今のインタ-ネットには、若い女性のヌ-ドというかポルノが満載されている。
     それはポルノ映画に出演するAV女優ではなく、素人女性ばかりである。
     業者の「お小遣い稼ぎをしませんか」というような広告につられて訪れた女性であろう。
     そこで、業者の男性の指示で、下半身の肌着を脱がせられ、しゃがみこんで両膝を立てて脚を開き、指示通りに両手で大陰唇を左右に開き、陰部を丸見えにさせられるのだ。
     その間に、自分の陰部の特徴を「私のおまんこは・・・です」と言わせられるのである。
     さすがに、恥ずかしそうにてれ笑いしながら、小さい声で言っているところを見てもまさしく素人である。
     更には、自分の指を膣口に突き入れさせて、それを嗅がせて「何の匂いがしますか」と問うて答えさせたり、その゜指をなめさせて「どんな味ですか」と問うて答えを強いたりする。
     これらは第一段階であろうと思う。
     第二段階では、見も知らぬ男のフェラチオをさせたり、セックスしたり、女性の口中に精液を射出し、飲ませたりさせているのだ。
     全く、驚くべきことである。
    そういうところに出ているのは、器量も姿も並以上の女の子である。なりもキチンとしているから、特に生活に困っているようにも見えない。夫がほったらかしにいている欲求不満による人もいるのであろう。
     また、第一段階と第二段階の間には、その間に知った個人情報を振りかざして、「言うことをきかないとばらすぞ」というような脅迫めいたことがあってもおかしくはない状態で、そういうことがあったことも想像されるのである。
     ともかく、このような事実を知ると、さきの女性に対するイメ-ジが全く崩れてしまう。
     こいうことになることは分かっていないはずはなく、それに敢えて応募した理由は、ほとんどの場合、カネほしさが主であろう。
     「人類で最初の商売は売春であった」という話があるから、それから考えても、そなんなに異常なことではないのかも知れない。
     人間の欲の本質は、性とカネなんだと考えざるを得ないのかも知れない。それは程度の差はあれ、男も女も変わりないのであろう。
     
     











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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月29日 14時18分46秒

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    象徴と主権の関係

     国家は、領土、人民、主権の三要素が備わっていることを条件として成立する。主権とは政治のあり方を、独立して絶対、最高に決める権利であり、それきは憲法に規定される。        明治憲法ではその主権は天皇と区規定されていたが、現憲法では、主権は国民にあり、日本は国民主権国家であり、天皇は日本国及び日本国民統合の象徴として位置づけられている。
     象徴とは、それによって、即何かを想起させるようなものという意味である。
     例えば、日の丸の旗を見れば即日本国を想起するから、日の丸の旗は日本の象徴であると言えるのである。天皇は日の丸に次ぐ象徴力を持つと言ってよいであろう。
     なぜ天皇がそのような力を持つのか。
     それは天皇の祖先が日本国の基礎を創り、その子孫が一系の形で今日まで続いているからであろう。企業に例えれば創業者の家系みたいなもので、それが皇室として崇められる所以である。と言っても、皇室に統治能力があるわけではないが、創国家家の子孫として、いわば神棚にあげて、その権威だけを崇め、それをを利用するというかたちで日本が統治されてきたのである。征夷大将軍とか幕府という形がそれである。
     明治維新で大政奉還がなされたが、それも徳川幕府を倒す口実にすぎず、天皇親政ではなく、薩長支配の政府であったのだ。天皇は相変わらず神棚の上に飾られていたにすぎない。
     現憲法では天皇は象徴という形になっているが、元首というよりも今の位置づけのほうが実態に沿っていると思う。
     村上新八

     

     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月16日 10時10分36秒

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    悪縁

     自分にとっては好ましくない存在だと思い、関係を絶ちたいが、いろいろな事情で関係を絶つことが出来ないまま続いている人物との関係を悪縁という。
     自分にすり寄ってくるが、自分では困り事だと考えている人物ではあるが、断り切れない場合もある。
     嫌だ、怖い、嫌いだとしか思っていなければ、その人間はスト-カ-ということになるが、スト-カ-とは決めつけられないし、つながりを完全に断ち切るほどのこともないという関係である。これ裏を返せば、何らかの愛情なり、繋がっていることの必要性、利便性を感じているからであろう。
     だから、嫌な面はあるが、関係を断ち切ることも出来ない不安定な形でずるずると長引いているのである。
     人間関係の間には、いろいろな形での悪縁がある。夫婦、親子、兄弟、姉妹、親戚関係にもあるし、友人、知人関係にもあるし、仕事や勤務先との関係にもある。
     悪縁関係と言い切る前に、その繫がりの意義をよく考えてみれば、それを善縁関係にすることも出来ると思う。それも人の生きる知恵である。
     悪縁関係だと思っている関係で一番多いのは夫婦関係であろう。上手くいっている夫婦は1000組に1組もいないなどと言われているが、これも事実である。「子はかすがい」などという言葉もある。こどもがいるから、悪縁を続けざるを得ないことを言うのである。
     しかし、長年連れ添った夫婦が結婚後の年数に比例して悪縁意識化が進む原因は、夫にある場合が多いと思う。夫が妻を女性として扱わないことが原因の場合が多いのだ。
     自分が食わせてやっているのだから、当たり前と思っている節もある。あくまで、異性のパ-トナ-であるという自覚が乏しいのである。
     村上新八
     

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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月15日 13時58分06秒

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    理解と共感の違い

     「多様化社会」という言葉がある。
     先進国での少子化は一般的な現象である。これに対して各国とも色々な対策を打ってはいるが、効果はあまりないまま人手不足が深刻化している。すると、当然のことながら、開発途上国からの移民を受けざるを得ないことになる。これは人種を多様化させ、それによって、文化、宗教、慣習の違いによる摩擦や、不況時の仕事の取り合いによるトラブルが発生し、移民排斥の大運動が起こる。
     このようなおきまりのプロセスが各国とも時期はずれているが等しく起こっている。これは多様化可否の問題として取り上げられているが、今一つの多様化問題はLGBT問題である。
     レズや男色の問題は昔からあることだが、今までは表には出さずに隠されてきた問題であった。
     これが近時表面化されおおっぴらにやられるなったが、これも多様化の一環だとして世間から認知されるようになったのだ。しかし、宗教的には認められてはいない。
     この問題については、先進国では、同性同士の結婚まで認めている国もあるが、日本では結婚までは認めないが、パ-トナ-として結婚に準じるとり扱いをするようになっている地域も出てきている。
     これは、そういうことに共感するまでは行かないが、理解は示そうということなのであろう。
     共感と理解は違う。共感とは、全く同感して、自分がそうなっても良い思う位の感情を持つことを意味するものであると思う。
    それに対して、理解は、同性しか愛せないという気持は分らないでもないから認めてもよいが、自分はそういう気持にはなれない
    という程度である。
     LGBTに対する一般の感情はその程度であり、それが妥当な水準であると思う。
     村上新八 

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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月14日 14時17分49秒

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    着想、ひらめきの不思議

     何か、仕事上の問題、課題を考えているとき、なかなか名案が浮かばず、苦労するこがある。そのような時には、そのテ-マを46時中考えているわけではないが、頭の隅にしょっちゅうある状態になる。
     そういう場合、そのテ-マを真っ正面から考えていても解決案は浮かばないが思いも掛けないときに、ひょっと頭に浮かぶことがある。
     このようなことは昔からあるようで、「馬上、枕上、架上」と言われた。馬上は馬に乗っているとき、枕上は床に付いて寝ようとしているとき、架上はトイレで用をたそうとしているときという意味である。そのようなときにアイディアがひらめくというのである。
     筆者の場合き、電車のつり革にふら下がって、ぼんやり外の景色を見ているとき、新幹線で外の景色をみているときである。
     何故かは分らない。対地速度が脳を刺激するためかと思ったりするが、確信はない。
     ギリシャのアルキメデスが浮力の原理を発見したのは、風呂に入ってぬ風呂の水が溢れてザアっと流れ出したときであったという。
     ドイツの政治学者マックス・ウエ-バ-は「突然のひらめきは、思索に没頭しているときではなく、ソファに持たれてぼんやりタバコをくゆらせているしとき、それは直感のように現れる」と言っているがそれも同様の状態である。
     「着想」や「ヒラメキ」はそういう性質のものなのであろう。
     それも解決すべきテ-マを頭の隅においているから、そういう状態ができるのであり、それは眠らない植物神経(人間にはあるとい証明はない)のなせる技であるという人もいる。
     脳科学ではどう説明するのだろか。
     村上新八



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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月06日 11時11分57秒

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    阿呆な話四題

    ・改元騒ぎ
     現天皇が、全身全霊をかけて遂行しなければならない象徴天皇の任に、後陣の高齢化によって堪えられなくなられたという理由い゛退位されるのに伴って元号が改められ、新元号は「令和」と決まった。
     年号制は、中国由来のものだが、現在は日本だけの特有なものである。その「神武」以来のその伝統を受け継ぐことはよいが、年号が変るからといって、世の中ががらりと変わるものではないし、新規の目標やビジョンがつくというものでもない。単に天皇が変わることによって、記号が変わったに過ぎないのだ。その新記号の年代が長く続けば、それなりの年代の特色がでてくるのであろうが、それはずっと先の話である。
     それにしては、世間もマスコミも騒ぎ過ぎである。新年号を社名にするとかは自由だが、その年号を冠した菓子を売り出すくらいは良いとしても、何かお祝い事でもあるように騒ぐのは、阿呆らしくて、見ていられない。
    更に、この年号について、内閣府は30年間も極秘任務として汗を掻いていたと日経新聞が報じていたが、こんなものに熱を上げなければならない理由も極秘扱いにしなければならない理由も全く分らない。やらねばなせない問題は山積みだというのに、と思う。
    日本人はそんなにおっちょこちよいなのか。
    ・ゴ-ンに食い物にされた日産自のだらしなさ
     最近になって、日産自の元会長であったゴ-ンの悪事か゛つぎつぎと暴露され、3回も逮捕され、一旦は保釈されたが、異例の再逮捕という事態に立ち至っている。
     ゴ-ンは、かっての日産自をV字回復させた功労者であったとされる。それは事実であろう。
     だからと言っても、独裁的な権限を与え、何十億のカネを私的に流用されるなど食い物にされることはなかろう。ゴ-ンは相当な悪党だが、それを野放しにした日産自の幹部のだらしなさにも責任の一端はあるのである。
    ・塚田一郎国交副大臣の忖度発言
     塚田逸郎国交副大臣は、自民党の吉田参院幹事長から、「山口と福岡を結ぶ道路建設工事は首相と副首相との地元事業なんだ」と言われて「このことは首相、副首相からは直接言えないから、自分が忖度して国直轄の調査にしたのだ」と発言。
     これに対して、野党からの国政を歪めるものだとの追求に窮して「事実と異なる」として発言を取り消し陳謝したが、与党からもおかしいとの声があがり、ついに辞職した。
     この件は「事実と異なる」などという言い訳は成立しない明白な事実であり、その慌てた阿呆さ加減が知れるというものである。
    ・無罪になつた近親相姦
     2014年に愛知県内で虐待によつて抵抗出来なくなった19さいの実の娘と性交したとして準強制性交罪に問われた父親被告に対して。名古屋地裁岡崎支部が無罪(求刑懲役10年)の判決を言い渡した。
     判決理由は、性的虐待があつたことは認めた上で、意に反する性交に抵抗する意志や意欲を奪われる状態ではなかったし、暴力を拒めない状態でもなかったと言う理由であった。
     日本の刑法には、「近親相姦罪」というものはないが、この判決は、それを公認するようなもので、阿呆極まる判決である。
     検察は、それを不服として控訴するであろうが、じょせいの人権擁護の上でも正当な判断を望みたい。
     村上新八



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  • from:倭寇の末裔さん

    2019年04月05日 10時52分29秒

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    女性への禁句

     寛容とか我慢という面では、男性の方が女性より優れている。女性の方が我が儘だからである。
     我が儘というのは、自分の気に入るようにならないことは一切許せないという姿勢であるが、女性が気に入らないと思う範囲は広い。これをあげてみよう。
    ・年齢に関わること
     30代になると年齢をきいたりするのは絶対に禁句である。
    ・けなされること
     容姿、服装、買ってきたもの、自分が良いと思っているすべて。
    ・自分の老いに関すること
     しわ、皮膚、頭髪、視力、聴力、体力など
    ・ものの言い方
     怒りを含む、面倒臭そうな等
    ・自分の務めだと思っている領域に関すること
     料理、家事、子どもの躾など
    ・自分の親族に関すること
     親族への侮蔑、悪口など
    ・自分の好意への反応
     謝意を持たないなど
    ・自分の好みに対すること
     批判、反対、不同意など
    ・自分が良いと思っているすべてに関する反応
     不同調、無視など
    ・自分の行動に関する制約と感じること
     急かせる、注意するなど 

     このように広範にわたるが、それも人の感受性や性格、年齢にて異なるから、その範囲を把握するのは容易ではない。長い年月がかかるし、その間に衝突繰り返すことになるのである。それは夫婦の不仲の主因になるし、それを避けるための努力は夫にとってはかなりの負担になることになる。しかし、夫婦の円満は、それが条件になるから耐えねばならない義務、ということになる。
     村上新八

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