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  • from: 倭寇の末裔さん

    2015年01月05日 10時03分30秒

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    宗教と道徳 (1)

     筆者は宗教にはほとんど縁のない者いである。
     宗旨は何かと問われれば真言宗と答えはするが、寺との接点といえば、葬式、法事のときくらい、寺から云ってくるお盆、施餓鬼などの案内にはそれ相当のことをやるが、形式的である。
     先祖様には敬意は払うが、先祖の霊などは全く信じないし、先祖は先祖と思うだけである。
     こんな無信心者は筆者だけでなく、宗教に対するほとんどの日本人の姿勢であろう。
     そういう筆者が「宗教と道徳」というテ-マについて考えることは、どこかの宗教の信徒でないだけに、変な偏りがない思考ができるのではないかと思うのである。
    ・日本の道徳教育
     新渡戸稲造はその著「武士道」の第一版への序文の冒頭で次の文を書いている。
     「約十年前、著名なベルギ-の法学者故ラブレ-氏の家で款待を受け、数日間を過ごしたことがある。
     ある日の散策中、私たちの会話が宗教の話題に及んだ。
     「貴方がたの学校では宗教教育というものがないとおっしゃるのですか」とこの高名な学者が尋ねられた。私が「ありません」と返事すると、氏は驚きのあまり突然歩みを止められた。そして、容易に忘れ難い声で、「宗教がないということは一体あなた方はどのようにして道徳教育を授けるのですか」と繰り替えされた。


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