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  • from: 倭寇の末裔さん

    2019年02月17日 14時59分57秒

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    運ということ

     人の人生を左右す三要素として「運、鈍、根」ということが言われる。運はチャンスであり、鈍は粘り強くそれを待つこと、根は根気良くそれを追求することである。
     確かに人生は運が影響している。全てに運がつきまとっていると言ってもよい。
     大体人が生まれてきたのも運である。人は親は選べないし、それ以前に両親が結ばれたのも運である。何十億といる男と女の中から両親が結ばれたのは運であるし、その両親の持つ沢山の精子と卵子が結合して、自分の受精卵となったのも運である。そして自分が生まれる。そこまでは自分に与えられた運である。自分では選択仕様がないからである。
     生まれた家庭は、裕福であったり、貧しい家庭であったりする、それも与えられた運である。
     物心ついてからも運命は次々とやってくるが、その運命の性質は違ってくる。それまでは、運命は受動一方であったが、物心がつき、それが成熟するにつれて、受動一方ではなく、それを自分の意思で選択することが出来るようになるし、その選択如何によって自分の人生が決まることになるからである。
     つまり、偶然の出来事にあって、それにどう対応するかは自分で選択することになる。それの結果が運命だと言うことに変わるのである。 
     学校の選択、大学の選択、専修科目の選択からさらには、職業や就職先の選択、仕事の選択、結婚相手の選択、病に罹った時の治療の選択、これらの選択の結果の善し悪しはすべて本人の生き方に影響するから、運命と言えるものであるがいずれも偶然性の高いもの事柄から本人が選択した結果なのである。
    こう言う偶然の出来事に遭遇したときに取られるパタ-ンは大きく分けて二つある。ポジティブタイプとネスガティブタイプである。後者は尻込みして逃げてしまうタイプで、前者は好奇心と朝鮮意欲をもって積極的に取り組もうとするタイプである。これは向こう見ずのようにも見えるが、そういう人は、やってやろう、やつてみせるという自信を持っている人だから成功する確率は高いのである。成功者には前者のタイプが多い。
     「運命は自分で創るものだ」というのはこの意味である。
     同じ出来事にぶつかって、それをチャンスとみて果敢に挑戦した人と、リスキ-であると見て逃げてしまった人とでは、結果は自ずと違ってくるのである。それが運命なのである。
     村上新八
     


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