新規登録がまだの方

下の[新規登録]ボタンを押してコミュニティに登録してください。

新規登録(無料)

登録がお済みの方はこちら

コミュ二ティポイントのご案内

詳しく見る

カジュアル哲学 (続)

カジュアル哲学 (続)>掲示板

公開 メンバー数:11人

チャットに入る

サークルに参加する

サークル内の発言を検索する

新しいトピックを立てる

サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。

閉じる

  • from: 倭寇の末裔さん

    2011年12月13日 06時55分01秒

    icon

    自然体と平常心 (7)

     何が起こったとき、冷静になろう、落ち着こうと焦れば、あせるほど慌ててしまうことにもなる。それではダメで、普段から慌てずに済むような用意をしておくことが大切である。
     この用意とは、単に心の用意とか心構えのような実体のないものではなく、カネや必要品の蓄えとか安全行動の取り決めのような実体のあるもので゛なければならない。このような実体的なバックがあれば、慌ててもすぐに落ち着ける心の用意に繋がるのである。
     よく災害発生時のための演習などが行われるが、これは事が起きたときに、手も足もでないというのでは困るから、予めやるべきことことを決めてすぐやれるようにしておき、落ち着いてきちんとやれるという自信を持つことによって、心の用意を実体化するためのものである。
     11年3月11日の東日本大震災以降、「社会的な絆」という意識が盛り上がってきた。11年の特徴を現す一字が「絆」と決まったこともその顕れであろう。が、この「絆意識」の本質は「惻隠の情」であり、他人が苦しみに遭っているときに、思わず救いの手を差し伸べる人間としての自然の情が発露したものであって、人情、紙の如き貪欲と競争の社会が、この大震災をきっかけに、人情味ある「絆」を取り戻したものとは考え難い。
     そのような社会的な繋がりとか「絆」は、あくまで第二次、第三次的に頼れるかも知れないものと考えておくほうが、期待を裏切られることが少なくなるだけ賢明であろう。

    • コメントする

      サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 0
    • 拍手する

      サークルで活動するには参加が必要です。
      「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
      ※参加を制限しているサークルもあります。

      閉じる

    • 0

    icon拍手者リスト

コメント: 全0件