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  • from: 倭寇の末裔さん

    2016年07月02日 06時54分58秒

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    現代の姥捨て山

     介護殺人と云う言葉が使われている。
     老老介護で、介護に疲れきった連れ合いが認知症の老人を殺害しとしまうという事件である。これには被害者本人が死を望んでいたという嘱託殺人も含まれている。
     統計によると、この6年間に138件もの介護殺人が発生したという。これは警察沙汰になったものだけであって、陰に隠れた実質的な老人の生命を救えるのら放置して死に至らしめた事案も少なくないものと思われる。
     「姥捨て山」という伝説があるが、これが日本で本当に実在したのかどうかは分らぬが、この風習は、エスキモ-やアメリカインディアンなど移動民族の間で食糧不足や老人同伴の手足まといになることから行われたという説もある。また、ヒンドゥ教やゾロアスタ-教の経典にもそのような記述があるという。が、実際にそのような風習があったのかどうかは分らない。
     しかし、現代の介護殺人は事情が違う。介護に疲れ切った末の思いあまった行為なのである。まさに長寿社会の悲劇なのである。
     こういう事件が起る度に、「地域の支援体制が必要だ」「独りで悩まずに周囲の助けを求めるべきだ」「声を上げるべきだ」というようなコメントが出てくる。が、まずそれに応えなければならないのは公共機関であろうが、実際には公共機関は何の支援もしてはくれないのだ。通り一遍の対応しかしないのだ。
     だから、そのようなコメントは、言い訳にしか聞こえないのである。それを救うための有効な対策がとられたという例も聞かない。
     このような悲劇はなくならないであろう。段階世代の高齢化を迎えて、今後益々増えてゆくであろう。
     まさに、長寿社会の悲劇である。
      村上新八
     

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