サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
from: ぐら姐さん
2017/09/06 20:06:44
icon
ウルビーノ⓵(’17年夏)
ミラノからフレッチャビアンカに乗り、ペーザロに着いたのが14時ごろ。お昼ご飯は、車内でお弁当を食べました。そこから14:30初のバスに乗って、ウルビー
ミラノからフレッチャビアンカに乗り、ペーザロに着いたのが14時ごろ。
お昼ご飯は、車内でお弁当を食べました。
そこから14:30初のバスに乗って、ウルビーノに向かいます。
バスがやってきて、写真を撮っていたら、
別のバスの運転手が、私たちの乗るバスの運転手と肩を組んで、
こいつを撮ってやってよ、最高にいい男だろ、というので二人を撮りました。
私たちのバスの運転手は、いい男というより人のよさそうなオジサンでした。
ウルビーノには’05年の夏に一人で2泊したことがあります。
ペコさん、イプさんがずっと行きたがっていて、
この夏の移動の途中で1泊なら可能だねと、決めました。
そうしたら、nasakuraさんもここで合流することになって。
私たちより先に、ローマからバスで向かい、
ホテルで待っていてくれることになっていました。
小1時間乗ってバスターミナルに到着。
なんとびっくり!
まあ12年も経っていれば、変わって当たり前ではあるのですが、
バスターミナルの位置も変わっていたし、
それよりなにより、チェントロまでは結構な坂を上らないといけないはずなのに、
それが、エレベーターで行けるようになっていたのです。
というか、ショッピングセンターと駐車場のようなビルができていて、
そのビルの中のエレベーターを乗り継ぐと、
一番上の出口がチェントロに出るようになっているのでした。
これは、翌日ウルビーノを発つときにとったものですが、先に載せます。
これがバスターミナル。
エレベーターの入口には、各階のあんないとエレベーターの乗り継ぎ案内。
後でnasakuraさんに聞いた話だと、
ローマからのバスは、昔私が到着した場所に着き、でも坂は上らずに、
有料のエレベーターを利用することができるようになっていたそう。
エレベータを降りてチェントロに着き、そこからホテルまではほぼ下りでした。
(これって、帰りはほぼ上り?とちらりと思ったりして)
ホテルで無事nasakuraさんと合流し、
1泊だけなので、早速出かけました。
まずはドゥカーレ宮殿へ向かいます。
ドゥカーレ宮殿内の写真をたくさん撮ったので、
内部のことは、次回に続きます。
from: ぐら姐さん
2017/09/08 20:45:57
icon
ウルビーノ③('17年夏)
ドゥカーレ宮殿の続きです。
理想都市の絵画。
遠近法の用い方、建物の組み合わせや配置、アングルが的確に描かれていることから
画家であり建築家であるくらいの人によって描かれたのではないかと言われているそう。
私にはよく分かりませんが、遠近法の用い方、建物の組み合わせや配置、アングルについては、そんな気もします。
フェデリーコと息子グイドバルドの肖像。
文武両道の父と息子の肖像、なんだかいい感じです。
暖炉の装飾。
書斎の見事な寄木細工の数々。
この扉がどのぐらいの高さか分かるように、人間を入れてみました。
彼女の身長が165㎝ぐらい。
扉にも、寄木細工。
ドアの手で押す部分には、モンテフェルトロ家の紋章。
ここは、大きなホールです。天井の高いこと!
大きなタペストリーが、飾られていました。
もう眠くなったので、続きはまた今度。
from: ぐら姐さん
2017/09/07 18:31:40
icon
ウルビーノは、山の中の小都市ですが、多くの文化遺産を擁する芸術のまちです。
中世にはウルビーノ公国の首府であり、
ルネサンス期にモンテフェルトロ家の下で最盛期を迎えました。
そしてラファエッロが生まれ育ったまちでもあります。
「ウルビーノ歴史地区」は、1998年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
ピエロ・デッラ・フランチェスカの描いた
モンテフェルトロ家のフェデリーコ公夫妻のこの肖像画を
フィレンツェのウッフィッツィ美術館で見たことのある人は多いはず。
この絵を初め、ほとんどの肖像画が横顔で描かれているのは、
槍試合で片目を失ったからなのだそう。
ウルビーノ自体は小国であり、フェデリーコは、軍人として
教皇領、ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェなどの傭兵隊長として活躍し、
一度も負けたことのない名将として名を馳せていたとのこと。
領国支配でも寛容であり、貧窮の者を助け、住民の声をよく聴いたため、
すべての住民に慕われたのだそうです。
また、フェデリーコは、ウルビーノに"理想都市"(Citta' ideale)と呼ばれる
ルネサンス文化の中心地たる宮廷文化を開花させた人です。
彼らの居城ドゥカーレ宮殿は、ルネッサンス建築の傑作と言われています。
現在はマルケ国立博物館として、
この地に生まれた巨匠ラファエッロの絵画をはじめ
多くの見ごたえのある美術作品を展示しています。
'05年に行ったときには、まだ国立博物館ではなかったような気がしているのですが、
それはきっと私の勘違いで、じっくり見なかっただけのことなのでしょう。
今回見て、絵画の展示がものすごく多くて驚いたのでした。
ドゥカーレ宮殿に入りました。
スタッコと呼ばれる漆喰 (しっくい)の細工が随所に施され、
寄せ木細工も見事な、実はすごく贅沢な建物なのです。
素朴で温かな感じのする聖母子像。15世紀のマルケの人の作品です。
フェデリーコとオッタヴィアーノ・ウバルディーニ
この部屋は、珍しくフレスコ画が施されています。だいぶ剥離していますが。
ジョヴァンニ・アンジェロ・ダントーニオ・ダ・ボロニョーラという人の
聖母子と天使(15世紀)
顔の描き方がピエロ・デッラ・フランチェスカに少し似ているように思いました。
15世紀の彫刻家の受胎告知像。
こんなサイズの受胎告知の彫刻は初めて見たような。
大天使ガブリエーレ
百合を持っていない!
羽根もない!
と思ったら、羽根を取り付けるくぼみがありました。
手にも、ちゃんと百合を持つ隙間があったので、本当は持っていたのでしょうね。
そしてマリア。
この辺りから額入りの絵画が展示されていました。
グイド・レーニのゴリアテの首を持つダヴィデ。
オラツィオ・ジェンティレスキのゴリアテの首を見つめるダヴィデ。
こちらは、ローマで見て来たカラヴァッジョ作品。
描く人が違うと、同じテーマでも本当に違うものですね。
ピエロ・デッラ・フランチェスカのキリストの鞭打ち。
この作品については、シニョレッリさんのコメントをご覧くださいね。
http://www.beach.jp/circleboard/ae30240/topic/1100200083354
同じくピエロのセニガッリアのマリア。
どちらも小さな作品なのですが、絵を前にすると惹き付けられて、
とても素通りはできない雰囲気があります。
さて、今日はこのぐらいにして次回に続きます。
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
閉じる
サークルで活動するには参加が必要です。
「サークルに参加する」ボタンをクリックしてください。
※参加を制限しているサークルもあります。
閉じる
icon拍手者リスト
ねこまろん、 くるめながさき、 naorin、 シニョレッリ、 tabikirin、 Lucia、 フラ、 uccellina、 Yuko、 romysuki、 imagine、 nasakura、 カヌ太郎、