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親父たちよ

親父たちよ>掲示板

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  • from: クマドンさん

    2015年09月30日 06時17分34秒

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    問いと応え

    本当に生きているといろいろなことがある。
    その予想外なる一つ一つのことに出会いつつ、
    いかに選択するかを、やっぱりいつも人は問われている。

    「どうする?」そう聴くのは私の中の誰なのだろう。
    そうやって問われたことに対しては、
    やっぱり「こうするよ」と、応えなければならない。

    そんな問いと応えの瞬時の繰り返しの中に、
    日々の生活があるのかもしれない。

    今も、時間がない中このメッセージを書いている。
    もう終わりにして朝食を食べなければ間に合わないぞ、
    そんな声が胸から聞こえて来た。

    その問いを発する自分が、ここに居る。
    その人を私は信じたいと思って、日々のあれこれの中を生かされている。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月28日 06時29分58秒

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    突っ走る。追い込む。これでもかの私。

    さてさて、土曜日は超過密スケジュールだった。
    それでもそんなこんなを全部こなす私がここに居る。

    走るならば、どこまで走れるのかと挑戦する。
    ただし、無理は禁物だ。
    膝やふくらはぎに聴きながら、できる範囲での挑戦だ。

    人情横丁の小千谷そば「あき乃」はお勧めの店だ。
    由屋のそばに負けないほどのうまさである。
    十日町まで行かなければ食べられなかったこの味を、
    私は本町で食べている。
    この店、いつもジャズが、それもバップが流れている。
    旨味の深いそばを噛みしめながら、揚げたての野菜天ぷらを食べる。
    何とも言えぬ至福の時だった。

    コンサートは、大阪フィルによる名曲ばかりのコンサートだった。
    さすがに鍛えられ、豊かに感性を育てられた逸材ばかりのオーケストラ。
    とにかく、音色が美しく、それぞれのソロの響きには感動ものだった。
    しかし「新世界」、「未完成」「運命」と、
    どれだけCDやコンサートで聴いた名曲を聴きながらも、
    何か熱いパッションを感じて、深くで突き動かされる感動が来なかったのは、
    やっぱりそれが何度も聴き慣れた名曲だからだと、私は想った。
    世界の指揮者・オーケストラを同じ曲では、越えられないのではないだろうか。

    さて、わらぼっちのパフマンスのリハーサルだった。
    私は、遅くなったために、観客の一人としてそのパフォーマンスを観た。
    田んぼの何での七福神。
    満月が上がり、松崎さんの幻想的な踊りが始まる。
    それは、ある意味異世界だった。
    あちらの世界とこちらの世界の接点がここにあった。
    そんな表現に私は魅入ってしまった。
    私が書き手として表したい世界はこれなんだと、何だか納得だった。

    そして、アルビへ。
    町内会長のための一層の指定席500円。
    こんなにいい席は何年振りだろうと記憶はなかった。
    試合は立ち上がりに1点をアルビが入れて歓喜だったが、
    いつものアルビはここからずるずると引きに入り、負けるパターンだ。
    そしたら、やっぱり予想通りの展開で、
    後半は観るところもなく、1対2で川崎に負けてしまった。
    さて、その頃は既に私のパワーも切れかかっていた。
    それでも、帰りは自転車で自宅には9時40分には到着していた。

    さてさて、この私とは、いったい何だと時々想う。
    そこまで、自分を追い込んでどうするのだと、誰かがいつも呆れて見ている。
    今は、左膝を半分壊し、シップを貼り、サポータを巻いている。
    正座ができない。すぐには立てない。
    それでも、やっぱりあれこれとやってしまう。

    しかし、この好奇心と行動力が失われた時は、
    きっと私の命が尽きる頃なのだろうなぁと、私も自分を呆れて、諦めている。
    私は、私の大好きなものに夢中になるために、
    今日も、明日もきっと生きていることだろうと諦めている。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月26日 11時23分20秒

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    移動距離30キロ以上

    さて、減量は一進一退を繰り返している。
    昨日は豊栄のラーメンの名店Tに行って、辛みそラーメンを食べた。
    その味の濃厚で深いことに感動して、スープまであらかた平らげてしまった。
    そしたら、今朝は何と1キロアップだった。

    それも、我が家から柳都大橋→フレッシュ本町→日和山展望台→ドッペり坂
    →古町→萬代橋→万代町→沼垂四つ角→沼垂寺町→万代高校→紡績角→我が家を
    2時間かけてジョグと歩きで完走したあとの体重なのだ。

    ああー、ああー、この太りやすく痩せにくい体について、
    何とも言えぬ溜息をついてしまった。
    しかし、新潟マラソンに向けては、自分を鍛えることを休むわけにはいかず、
    こうして休日にはLSDを歩くようなペースで続けているクマだった。

    今は深い深いジーンと響く疲労感に包まれている。
    やる時はやるように無理なく努力する。
    それは、ある意味これまでの私の生き方でもあった。

    今回の新潟マラソンは、そんな私の習性を利用した設定となっている。
    やはり何かの目標がないと、人はそうやって自分のことを追い込まないようである。
    10キロは、今のこのメタボな私にとっては過酷な戦いとなることが予想される。
    でも、そう分かっていても、その目標を自分に設定するために、
    お金を払ってエントリーする。
    だから、当日無様な走りにならないように、
    今から減量して、日々負荷をかけてトレーニングを続けている。

    膝の痛みは慢性的になってしまった。
    膝を折っての正座が難しくなっている。
    昨夜のアイヌの講演会では、左足を伸ばして床に座った。
    それでも、やっぱり休日の朝になると無謀なる距離を走りたくなる。

    もう一度、私の走ったルートをトレースしていただきたい。
    自転車で回れと言っても、遠慮したいコースなのに、
    それを私は自分に語り掛けながら走って来たのだった。
    不思議なのだが、やればできる。
    それは、こんなメタボな私にも言えることだった。

    本日は、午後から本町の人情横丁の小千谷そば「あき乃」で、特盛りの野菜天ざる。
    その後は、りゅうとで大阪フィルのコンサート。
    それから、ビッグスワンに自転車異動で、明日のパフォーマンスのリハーサル。
    その後、アルビの対川崎戦の応援。
    きっと自転車での帰宅は10時を過ぎていることだろう。

    この自転車での移動距離も半端ではないのだ。
    大山→古町→りゅうとぴあ→ビッグスワン→大山の自宅
    本日だけでランと自転車で30キロ以上の移動距離となる。

    それでもメタボは一向に解消されないのだから、
    いったいどうなっているのかと、吾ながら不思議なのだ。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月25日 06時18分07秒

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    日々、生きるの修業

    さてさて、雨になった。
    本日弥彦山登山だったのに、これでは中止となることだろう。
    日々、私たちの生活は予想もできないことで満ちている。
    「思い通り」になることなんか、あるのだろうか。
    みんな想定外の出来事ばかりのような気がする。

    だから、そんなものだとわきまえて、
    ただ日々を淡々と生きられたら幸いだと、最近は思っている。
    とにかくも本日はこうして我が家で朝を迎えられたではないか。
    こといった大病もなく、メタボを気にしつつも、今日は生きられる。

    家事は、私の楽しみとして、自ら進んで淡々とこなす。
    四時起きは、日中の睡魔にこたえるが、
    それでも、この出勤前の3時間は、それなりに充実して過ごしている。
    雨の日は、コーヒーを飲みながら新聞を丹念に読む。
    朝食の準備と、洗濯物の片づけと、洗濯物を干すことは終わった。
    さっきゴミ出しにも行って来た。

    そんな当たり前の日常を、淡々とこだわりなく通過させることは、
    日々を生きて行く極意でもあるかもしれない。
    「どうして私が」とは、思わなくてよいのだ。
    ここに洗濯物あらば、行ってその洗濯物を洗濯機に入れ、
    ここにゴミあらば、そのゴミをゴミ袋に入れて、捨てに行き、
    ここに埃があらば、その埃を箒ではいて、ちり取りにいれ、
    ここに乾いた洗濯物あらば、それを取り込み、たたんでしまう。

    それをすーっとこだわりなくやり遂げると、
    何だか心がすっかり落ち着き、心の中まで整理整頓ができるようだった。
    ただ、目の前にあることに、そのまんま、淡々と、あるがままに、
    こだわらず、苦にもしないで、向かうことだった。

    そこに少しでも損得や自分ばっかりが入ってしまうと、
    同じことをやっていても心が終始乱れるものだった。
    時には、腹を立てていたりする自分に気付く。
    それでは、やっている意味も価値もないというものだった。

    あるシスターが若かりし時に、老いたシスターから叱られた話だ。
    彼女は修道院での何十枚と言う食器を洗うことをとても苦にしていたそうだ。
    その仕事がいやでいやでたまらなかったことは、その老子スターにも感じられた。
    「あなたは、その皿を一枚一枚どんな気持ちで洗っているのですか。」
    「あなたは、その仕事を自分にさせられている仕事だと思っていませんか。」
    「あなたに言います。今日からこの皿で食べる人一人一人の幸福を願って、
     その一枚一枚の皿を洗いなさい。」
    「きっとそうすれば、その仕事はあなたに喜びをもたらすはずです。」

    さて、感謝しつつ日々を生きよ。
    その気持ちは、この年になって初めて少しずつ分かって来たような気がする。
    まだ自分の思い通りにならないと、腹を立てている内は、
    その「生きるの修業」は、始まったばかりのようなのだ。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月23日 11時08分05秒

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    山に帰る

    さてさて、昨日は仲間に誘われて、磐梯山に登って来た。
    八方台の駐車場から、2時間半の山旅だった。

    とにかく、登山者の多さには驚いた。
    10時頃山頂を目指して登っていると、次々と登山者が降りてくる。
    これがまた幼稚園からご老人まで、
    とにかく多種多彩の人々だった。
    何よりもアイシャドーとファンデーションの若い山ガールが増えていた。
    かっての山男たちのスタイルとは程遠く、
    町着にしても決まるスタイルで次々と登って来る。
    ああー、時代は変わったである。

    山頂では、私がコックとなり、決して山では味わえない料理をご馳走している。
    昨日は、タラとイワシのつみれの入ったチャゲ鍋だった。
    豆腐・白菜・ネギ・タラの白子と、万全の体制の豪華な鍋だ。
    そこに、豚バラのタレに一晩寝かした焼き肉が加わる。
    あの晴天の磐梯山の山頂で、赤とんぼを愛でながら、一番搾りを飲みながら、
    この鍋と焼き肉を食べている瞬間は、まさに至福の時だった。

    前回の巻機山では、クジラ汁とホルモン焼きをご馳走した。
    そのために15キロ以上の荷物を担いで、4時間以上登る。
    荷が重いために歩く速度はゆっくりだが、
    私にとってのこの食材の重さは、飯豊への鍛錬だと思って歩いている。
    58歳となった。
    膝の痛みはそれなりに今も続いている。
    長距離を走っているのは、膝をかばう筋力をつけるためでもあった。
    減量は新潟マラソンの10キロのためばかりでなく、
    いつの間にか、飯豊への山旅が、またまた私の目標となったからだ。

    ああー、知らぬ間に時代は変わっていたのである。
    一歩一歩山道を踏みしめながら、体の声を聴きながら歩いている。
    膝が痛む。太ももの内側にぴきっと痛みが走る。
    息が上がる。バランスが悪く転倒しそうになる。
    「危ない、危ない。」
    そう想うと、ギアーをダウンして、ペースを落とす。
    後ろの人には「どうぞお先に」と言って抜いてもらう。

    下りで走っていたのは昔の事にする。
    ここで、転倒や捻挫、滑落しては、
    どうにもならないことになると分かっているからだ。
    怪我やどこかを痛めると回復するまで何カ月も何週間もかかっている。
    そんな体になっていたんだ。
    ああー、変わっていたのは時代だけでなく、私の体もそうなのだった。

    突っ走って来た、ここ何年かの私は、山をすっかり忘れていた。
    山が私の原点であり、ここに本来の私が生きているのに、
    その私と出会うことなく、疾風怒濤の中で生きてしまった気がする。
    私は、今、ぼんやりと生きている。
    もう突っ走ろうとは思っていない。
    すると、仲間から登山の誘いがあった。
    ありがたかった。嬉しかった。また山に登って私と語り合えるからだった。
    あの山頂で流れる雲を見ながら、風に吹かれて、ただ真っ白な空白になる私。

    一番搾りを飲んで、ほのかな酔いを感じながら、
    広大なる猪苗代湖を見下ろしていた時、
    ふと、この感じなんだと、懐かしさ温められて、ほっとして黙っていた。

    飯豊にまた登ろう。

    やっとその声が、すっかり山を離れていた私の心に響いていた。

    そのためにチャレンジは続けよう。

    あと、どれだけ山に登れることだろう。
    また再び、あの稜線を歩き、あの頂に立ちたいと本気で思えた。

    全てのことは飯豊への一歩にしよう。
    そのために、私を再生させ、鍛えなおさねばならないと思う。

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  • from: クマさんさん

    2015年09月20日 09時15分29秒

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    走る。走る。

    今朝は、赤道から木戸を回り、沼垂を通り、万代シティで折り返した。
    東港線を走って、紡績角を抜けて大山に帰って来た。
    途中、左膝の痛みがあったが、だましだまし走ることができた。

    無理をせずに自分の体を元に戻したい。
    いつの間にかこんなにメタボになっていた私。
    いつも気を配っていないと、長い月日でこんなにもなってしまうのだ。
    気づいているということは、とても大切なことだった。

    知らぬ間にどんどん何かが変化していく。
    それも、悪しき方向に変化しやすいのが人間の性であるらしい。
    それは、戦わずして、楽な方をそのつどそのつど選択するからだ。

    楽な理由はいくらでもつけられた。
    雨が降っているから。疲れているから。時間がないから。膝が痛いから。
    私はトレーニングを休んでいた。
    休んでいるときは何も悩まず、いつものようにラーメンの大盛りを食べたりする。
    少しも控えずにビールと酒を飲んでいる。

    その結果がこれだった。
    減量に向けては、ストイックな戦いを自らに強いなければならなくなった。
    どうしてこんな循環ばかり人生で繰り返しているのだろう。
    80キロ代でこり50代を終えたくはなかった。

    やっとたどり着いた我が家だった。
    でも、まだやれる。そんなささやかな自信も感ずることができたことはありがたい。
    古き私を捨て去り、見よ新しき私がここにある。
    毎日のように流れるあのCMのように、
    私もなりたいものだ。ただし、金をかけずに・・・・。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月19日 16時09分14秒

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    シルバーウィークでは小さな旅を重ねよう

    さて、シルバーウィークの始まり始まりであるが、
    私にはこれといった予定はない。
    山ノ下祭りのお囃子と太鼓が聴こえるが、
    父が今年の1月に亡くなっているので、自粛している。
    旅行にでも行きたかったが、ある日帰りバスツアーは予約でいっぱいだった。
    本日は、早朝雨の中で、6キロのジョギングだった。
    沼垂を回ったら、モンペーさんにひよっこりとお会いできた。

    いつもの寺町の角を曲がって驚いた。
    沼垂テラス商店街が、全くのリニューアルだった。
    パン屋・惣菜屋・コーヒーシヨップ・古本屋等々、
    小さな間口のなのに夢いっぱいのお店がずらりと並んでいた。

    10年前のこの長屋の商店街を想うと、
    まさに時代が変わったという感じがした。
    フットワークも軽く、自分のやりたいことを、やれる範囲で実現している。
    そんな温かな想いが伝わってくる商店街になっていた。

    ここまでくるために、大佐渡TさんのHさんの並々ならぬ努力があったと聴いている。
    なじらねの皆さんは、この町の活性化のためにと、
    自ら率先してこの商店街の新たなる発展に尽力している。
    一つの夢が実現するためには、
    水面下でどれだけの人たちが想いをもって働いているかである。

    そうした縁の下の働き手が育っている町だからこそ、、
    若者の夢を受け入れ、実現する力を得るのだとこの沼垂の町を見てよく想う。
    誰かがやってくれるだろうではないのだ。
    気付いた誰かが動き出し、声を挙げて、仲間を集めることなのだ。
    その実践の成果が、今の沼垂の町だった。

    角にはしゃれたイタリアンの串揚げ屋さんがある。
    表通りには、「沼垂ビール」を飲ませるRというパブがある。
    ここのスピーカーは絶品で、
    ここで聴くジャズの素晴らしさだけで酔っぱらうこと間違いなしだ。
    鳥八の唐揚げとレバーの焼き鳥もお勧めのグルメだ。

    そんな楽しみ満載なコンパクトシティーになりつつある。
    そんな町そのものの変化と成長とが何だか嬉しいジョギングだった。

    車だったら、さぁっと通り過ぎてしまうのだろうが、
    やっぱり自分の足で走り、歩くスピードは、
    新たな視点から町を見直すきっかけとなってくれている。
    しばらく行っていない場所を歩くことは、
    それはそれで小さな旅だといつも感じている。

    さてさて、今夜はこれから北区文化会館に出かける。
    「潟端の月」という演劇を観に行くためだ。
    これもまた、一つの小さな感動と発見の旅である。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月18日 05時24分20秒

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    毎日27キロの移動

    雨の朝だ。
    今週は新潟マラソンに向けて減量のためのトレーニングの日々だった。
    とは言っても、朝5キロ走ることと、
    職場までの自転車22キロの往復をしただけだ。
    ところが、一日27キロ移動が4日間で108キロ移動となっている。
    つまり、と゜んなに小さなことでも、こうして続けることで、
    大きな数値に変化するということだった。
    危機感を感じた体重は、それに反比例して2キロ近く減量された。

    こうやって戦争は起きるんだなぁ。
    日韓併合・満州事変・日中戦争・太平洋戦争。
    軍国主義の日本は、アジアの平和のために侵略を続け、
    列強諸外国による制裁に抗議して、アジアへの進軍とアメリカへの宣戦を布告した。
    当時の政府の説明によれば、きっとその侵略は全て理由の在る正義なのだろう。

    国民は、その一方的な情報だけを信じて、
    戦争への道を後押しした形になった。
    いつの間にか、国民学校となり、教育は戦争賛歌・美化の場となり、
    多くの子どもたちや生徒たちを戦場に送り出した。
    当時の正義は、兵隊となり日本の平和を守るために命を捨てて戦場で戦うことだった。

    戦況が危ぶまれ、きっとこの戦いは負けるであろうとう状況でも、
    神風が吹くと言って特攻隊を送り出し、本土決戦だと事実から目をそらし、
    大本営発表と言う架空な物語をでっちあげて、戦争への意識を煽って行った。

    そして、沖縄戦。県民の四人に一人はその戦いで命を失った。
    そして、広島・長崎の原爆。
    ここで殺されたのは、市民だった。
    こんな恐ろしいホロコーストをアメリカは行った。
    それは、今でも正しかったと、アメリカの国民は言う。
    戦争を終結させた英雄たちなのだそうだ、この爆撃主たちは。

    今年の暑い夏、戦後70年に学ぶと、
    この太平洋戦争の特集がどれだけテレビで放映されたことか。
    それは、当時戦争に追いやられ、その戦場で生き死にを経験した人たちが、
    既に亡くなり、また90歳・80歳の高齢となり、
    あの悲惨で愚かな戦争の経験を語れる人たちがいつか居なくなるから、
    その特集は組まれたものと思っている。

    新潟日報の特集は、いつもいつも丹念に読み、
    時には哀しくて、やるせなく、切なくて、涙が流れた。
    そして、みんな同じことを言って居た。
    「戦争は二度と起こしてはならない。」
    「戦争には勝ち負けはない。あるのは悲惨な死と哀しみだけだ」と。

    歴史に学ぶとは、この言葉に学ぶということだと、私は思っている。

    あの委員会での暴挙と罵声と混乱ぶりを、子どもたちはどう見ただろうか。
    党利・党略・派閥・多数派の理論で、正義は押し付けられる。
    あの人たちは、これが正義なんだ。国民は分からないだけなんだ。
    いつかこの自分たちの行ったことが正義だったと分かってくれるはずだ。
    そう信じているのかもしれない。

    国会の周りに集う雨の中での何万人もの国民の声は、
    この委員会室にはとどかなかったようだ。

    これを廃案にしなければ。審議にもっと時間をかけなければ。
    これは憲法に反する由々しき行いなのだと、野党の正義は阻止をする。

    ああ、こうして戦争は始められるのだなぁと、
    私は、やっと事実としてあの70年前に敗戦した戦争が、
    どのようにして国が始めたのかを、映像を通して理解することができた。

    大丈夫、これが戦争と結びつくわけがありません。
    日本の国民の生命と財産を守るための法案です。

    目に見えない小さなことから、全てのことは始まっている。
    塵も積もれば山となる。
    私の小さな行動は、108キロ移動と共に、2キロの減量となった。
    些細なことに変な予感を感じたら、やらないことなのだ。

    さて、日本国憲法は世界に誇るべき平和憲法だと、
    今日からも学校では子どもたちに教えられるのであろうか。

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  • from: wahahahaさん

    2015年09月17日 06時32分53秒

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    法案の成立阻止のために、多くの方が全国で集会やデモを行い、国民の声を国会に訴えていることは立派だと思うのですが、選挙の低投票率との矛盾も感じます。政治に無関心で選挙権を行使しなかった結果です。政府だけでなく国民が招いた結果でもあります。

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  • from: クマドンさん

    2015年09月16日 06時32分24秒

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    正義が戦争を創る

    昨日のメッセージ、誤解のないように追伸を書く。
    あの正しいと主張しているお方は、某国のA首相のことなのだ。
    まさに聴く耳を持たない。
    これだけ国民が反対しても、自分の正義感だけを押し通す。
    一方的な情報だけで、危機感をあおり、
    戦争法案を数の理論で可決に導こうとしている。

    日本国憲法は、こうした無謀なる首相・政府を規制するために存在している。
    憲法は、間違った方向に国がいかないために絶対の決まりとして存在している。
    なのに、自分勝手な解釈を持ち出し、正当化する。
    あたかも、そうしなければ日本の平和は脅かされると脅しながら。

    これは正義の常套手段だ。
    まず、聴く耳を持て。
    次に、多様な考え方を認め合え。
    そして、自分だけが正しいのではなく、
    自分もやっぱり間違いを犯す人間なのだと謙虚になれ。

    党の内部もおかしなものだ。
    誰もこれにたいして抗議しない。
    民主主義の根幹が脅かされている状況なのに、
    NOとは、身内では誰も叫ばない。

    総裁選挙のあのだらしなさでもよく分かる。
    「孤独なる個としての発言を期待する」
    その勇気の中からこそ、本当の正義は生まれては来ないのだ。

    戦争法案の強行採決の日が迫っている。
    憲法違反を犯している法律がこの国では成立するという。
    では、正義の名のもとに出来ないことは何もないということだ。

    日本の民主主義が世界から問われている。

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