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親父たちよ

親父たちよ>掲示板

公開 メンバー数:62人

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  • from: クマさんさん

    2007年06月30日 15時20分26秒

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    持続可能な人生に

    アクセス20万人を昨日で突破した。
    ありがたい話だ。
    3年前に始まったこの掲示板も、こつこつと続けた結果、
    始めた当初は絶対に予想できなかった数字を達成した。
    訪れてくれた人たち一人一人に感謝したい。
    以前「30万人を目指しましょうよ」とある親父から言われたことがある。
    「まさか」とはその時思ったが、その数も夢ではないように思えてきた。

    午前中にサッカーの練習試合だった。
    相手は県3位のチームだった。
    主力メンバーが抜けた穴をよく埋めて、善戦して引き分けだった。
    その頃、全少の決勝戦が放映されていた。
    あのピッチにこの子たちは立っているはずだったのだ。
    そんなサッカー人生も1年の4分の1が過ぎてしまった。
    全国という大きな目標を失ってから、
    親も子供も少々モチベーションが下がっている気がする。

    私は肝臓のせいか、力が出なかった。
    何よりも大きな声で応援する力が出ないのだ。
    たった2週間であるが、すっかりと何かが変わってしまっていた。
    いつもならば走りたい衝動に駆られ、走るのであるが、
    今はその気も起きなかった。

    復活は果たせるのであろうか?
    一度破壊された脳細胞が再生されないように、
    私の体や精神の何かは、破壊されるたびに再生されずに、
    壊死していくのではないだろうか?
    40歳になりたての親父さんと話していて、
    私はふとそんなことを感じてしまった。
    彼の場合は無理をしても再生可能なのである。
    しかし、私の場合は、私自身を大切に保護して生きねばならぬのだ。

    しかし、細く・長く持続可能な方向で生き続けることが、
    大切なことと思われるようになった。
    続けるということは、そういうことなのだ。
    この掲示板が続いているのも、私が無理をしないためだった。
    私がここに書くことを楽しんでいるからだった。
    そして、あるがままで自分の思いを表現しているからだと思う。
    「無理なく・楽しく・あるがままで」
    何だが「やろう会」のコンセプトと同じことになっている。

    負けることもあるさ。病気で元気を無くすこともあるさ。
    酒を飲めない体になることもあるさ。
    それでも、やっぱりそれを受け止めて、自然体で生きることが、
    持続可能な人生の秘訣のような気がしてきた。

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  • from: クマさんさん

    2007年06月29日 06時35分25秒

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    四苦

    大雨だ。どしゃぶりの雨。
    私にとってはほっとする雨でもあった。
    あっちこっちが痛み始めている。
    それは、今は若い親父たちがいつかは通る道なのである。
    私は、町内でお年よりを見ると、
    20年後の自分の姿だと思うようになった。
    通夜や葬儀に出るたびに、自分の父や母のことを思うようにもなった。
    人生で起きることは、平等に私の人生でも起きるのである。

    「生・老・病・死」の苦しみからどう癒されるのか。
    その命題にぶち当たり、解決の道がないことを悟ったブッダは、
    その苦しみを乗り越える悟りを得るために、
    富と名誉と家族とを捨てて、激しい修行の旅に出た。
    その四苦は、若い親父たちにも平等にもたらされるものである。

    生きることの辛さは、精神疾患が増え、
    働き盛りの自殺者が多くなったことでもよく分かる。
    生きることは苦しいのである。
    そのために、人間は生き抜く知恵を持たねばならない。

    病は突然やってくる。
    そして、その日からその人の人生を支配する。
    抵抗しても無駄である。私の胆石のように、40度の発熱のように。
    私はその痛みと苦しみに耐えるしかないのだった。
    もしも、これが悪性の病気だったら・・・。
    その日から入院し、治療の戦いに専念しなくてはならない。
    これも自分の思い通りにいかない世界なのだ。

    早朝、犬の散歩やウォーキングをしているお年寄りによく出会う。
    60代から70代くらいの人であろう。
    人生の波乱万丈を潜り抜け、生き残った戦士でもある。
    思い出をたくさんもち、悠々自適な生活であろうが、
    その時間はけっして戻らぬ時間なのである。
    「時間とは川の流れに手を差し入れて、手のひらに触った水のようなものである」
    ダビンチはそんな意味のことを言っていた。
    一度触れた水には二度と触れぬのだ。
    時間もまたどんな人にも平等に流れていくのである。

    死をどうとらえるかで、人間の生き方は変わると思う。
    人生とはすでに生まれたときから執行猶予であったのだ。
    期間限定で私たちはここに生きている。
    死を思うと、どう生きるかを思わざるを得なくなる。
    「私はどこから来たのか。私は何者なのか。そして、私はどこへ行くのか。」
    生きることには、やはり私は意味があると思う。
    しかし、それは自分のためだけの意味ではなく、
    人と人との間に存在する人間としての存在の意味があるように思う。
    その意味を発見することが、この世での修行である。

    さて、2週間自分の意思でままらならい不自由な生活を送ってきた。
    その生活の中で意識されたのは、この四苦であった。
    そして、ままならないのが人間であるという当たり前の事実なのだ。

    ちっぽけな一個の存在。
    されど、偉大なる人間となる可能性を誰もが秘めている。
    そのためには、ままならぬ一つ一つを受け入れ、
    それと共に自分なりに歩く決意が大切なように思えるようになった。

    そんな思いは、四苦八苦の中だけで学べる思いなのである。

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  • from: クマさんさん

    2007年06月28日 21時30分24秒

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    試練の意味とは?

    じっとしていられないので、やっぱり朝はサイクリングをした。
    船江町で海を観た。
    ベタなぎの実に穏やかな海だった。
    自転車でジョキングコースをたどっている。
    本当によく走っているものだと我ながら感心する。
    一口に6キロと言っても、自転車で走るとそれなりの距離なのだ。

    一昨日重い椅子を運んだせいで、昨日から腰が痛くなった。
    不意にかがむと激痛が走る。
    何と言うことだろか、次から次へと体の試練がやってくる。
    あれも駄目、これも駄目。
    もう2週間も「山小屋」へは行っていない。
    きっとみんなは私が相当具合が悪く、入院でもしていると思っていることだろう。

    血液検査の結果をFAXで送ってもらった。
    γ-GTOの数値は325であった。
    まだ300代である。
    しかし、その他の数値が安全値になったおかげで、
    改善されていると所見があった。
    帰りにはサークルKで缶ビール350mlを2本買って帰る。
    それだけは、自分のご褒美として勘弁している。

    心がいくら焦っていても、仕方ないことが多くある。
    最近ストレスを感ずることが少なくなった。
    それは、無理なことは望まず、諦めるようになったからだ。
    林住期という仏教の思想がある。
    私の年代はもはやこの世の憂いを離れ、林の庵に住む時期なのだ。
    良寛さんが五合庵に住み始めたのが48歳からだった。
    みんな良寛さんをおじいさんとばかり思っていると思うが、
    彼が五合庵で生きていた年頃は、私と同じ壮年の時代なのである。

    「少欲知足」これからの私の処世訓である。
    良寛さんは、無欲・無私の悟りの境地であったが、
    凡夫の私には、いかに「少欲知足」をまっとうできるか、
    それが林住期の私の課題である。

    肝機能はなかなか改善されない。
    体は疲れやすく、難儀である。
    走る気力が湧かず、暗澹たる気持ちで日々を送っているる
    ついでに、腰まで痛めてしまった。
    しかし、それもまた人生なのである。

    心は焦りながらも、ストレスを感じずにどうこの局面を乗り切るか、
    ピエモンテさん、そこいらへんが今回の試練の意味と思っています。

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  • from: ピエモンテさん

    2007年06月28日 01時54分26秒

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    「Re:走りたい」
    > > 心の焦りを感じている。
    わかります。
    マージャンが体にきます。
    私も腰でリハビリであせりまた痛めと痛い思いしました。
    あせらんでください。
    今度陸上競技場の身体テストうけますか?
    目安になるよ。
    ただ走らなくてもいいですが歩きましょう。

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  • from: クマさんさん

    2007年06月27日 05時41分57秒

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    走りたい

    健康が第一とつくづく感ずる。
    先週の肝機能の異常以来、12日間走っていなかった。
    まず、走ろうという気が起きないのだ。
    体がどこか不調をきたし、全快していないことも感ずる。
    前と同じように・・・とは思っていても、
    体の方は正直である。

    日曜日、自転車で日和山まで放浪した。
    朱鷺メッセで始皇帝展を見学して帰ってきた。
    すると疲れている自分に気づいた。
    こんなはずではないのに・・・。
    これきしで疲労している自分に驚いた。

    昨日はちょっと走ってみることにした。
    4キロコースだったが、体が重く、2度歩いた。
    最後の1キロは、自分には無理に感じられた。
    ゴールがとても遠かった気がする。

    人は自分の力ではどうにもならないことがあるようだ。
    病気というのは、私の意志とは無関係に存在する。
    肝機能はまだまだ低下したままのようだ。
    あれだけ走っていたのに。
    あれだけ毎朝鍛えていたのに。
    今はまさに自分を労わる療養生活である。

    体が思うように行かないとき、精神状態も変化していた。
    走れなくなってから、どうも心の元気も不足している。
    「よし、やるぞ」そんな気力も減退している。
    健全な肉体に健全な精神がやどる。
    昨日、病院に行き、点滴を打ってもらった。
    つくづく自分が労わるべき体になってしまったことをベットの上で感じた。

    変化・変遷することが生物の宿命である。
    同じはないのだ。
    常に私たちは変化している。
    無理が利かない体とはよく言われるが、
    体から走ることを拒否されてみて、その言葉の意味がよく分かった。
    毎朝6キロ走っていた2週間前の自分が懐かしい。
    あの日の私に果たして戻れるのだろうか?

    心の焦りを感じている。

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  • from: クマさんさん

    2007年06月26日 05時22分15秒

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    サッカーに感謝する

    アルビがあるおかげで、我が家のコミュニケーションが保たれている。
    昨夜は、録画した千葉戦を家族で観ていた。
    妻は、アルビのサポーターである。
    ある面では我が家で一番熱狂的なアルビ・ファンだ。
    次男は、サッカー関係のデータでは我が家一番だ。
    どんな選手であろうと情報をもち、活躍したシーンを記憶している。
    長男は距離を置いて冷静に観ている。
    彼も5年間サッカーをやっていたので、その面白さは知っている。

    家族4人が、同じ方向を向き、一喜一憂しながら観戦できる。
    そこにサッカーのすごさがある。
    また、子供たちの成長とこのJリーグの成長が一致している。
    長男が2歳の頃、Jリーグは発足し、
    日韓のワールドカップの年に、長男はサッカーを始めた。
    J1への昇格をきっかけに、妻はアルビ・ファンとなり、
    鈴木監督になってから、いっそうその熱は高まっている。

    家族の中で、共通の話題をもてる。
    そのために、一緒に時間を使える。
    時には、ビッグスワンへ行き、時には、国立競技場で観戦した。
    負ければ全員で悔しがり、
    勝てばとにかく何でも嬉しい。
    選手の名前を呼び捨てで呼びながら、
    どうだ、ああだと批判して、連帯感を増していく。

    アルビ人気は、この家族全員で楽しめるスポーツであることが、
    一つの要因としてあげられる。
    もしも、我が家にサッカーがなかったら。
    もしも、我が家がアルビ・ファンでなかったら。
    どんな共通の時間を過ごしたことであろうか?

    長男と次男との土日の思い出は、サッカーの試合が行われたグランドだった。
    彼らはいつもユニホームを着て、ボールを追っかけていた。
    後は、オレンジのユニホームで、サッカー観戦だった。
    パソコンに残された彼らの写真は、大部分がその姿でった。

    だから、私はサッカーに心から感謝している。
    家族にはお互いに心沸き立つ共通の何かがあると嬉しいものだ。

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  • from: クマさんさん

    2007年06月25日 22時12分31秒

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    情けない親父たちよ

    長男が相変わらず、朝寝坊が続いている。
    夜中に私が起きて彼の部屋をのぞくと、
    部屋の灯りをつけたまま、畳の上で横になっていた。
    ラジオからは、深夜放送のDJの声が聞こえた。
    私も高校時代は、TBSのパックイン・ミュージックを聴いていたものだった。
    第二部は夜中の3時から、林好夫の大ファンであった。
    同じだなあと、そんな彼の寝顔を見て思った。

    起きられないから、朝食も満足に食べられなかった。
    彼は食わず嫌いの、偏食家である。
    食育の大切さを、彼を押してまざまざと感じている。
    レディネスなのである。
    幼児から食に関しては、親は心してかかるべきなのだ。
    彼を見ていると食べられるものが少なくて、可哀想になってしまう。
    弁当も残すことが多く、妻を嘆かせている。
    その弁当箱を出すのが、8時過ぎなので、これまた嘆きの種である。

    朝食はもたもたする割には、鏡に向かう時間だけはしっかりととっている。
    眉毛がだんだん細く・短くなっている。
    髪の毛が少々立ち始めている。
    ワイシャツの下には、プリント柄のTシャツを着ている。
    かっては、そんな恰好をしている親の顔が見たいと思っていたが、
    今では、鏡に自分を映せばいつでもそんな情けない親父と出会える。

    ただし、彼は「行ってきます」と握手を求めると、
    「行ってらっしゃい」と握手を返す。
    最近は心が落ち着いてきたのか、変に素直な男になってきた。
    名前を呼ぶと「はい」と返事までしてくれるのである。
    時には「父さん」と話しかけて下さるのである。
    ありがたいなぁと、そんな当たり前の応対に心から感謝している。
    やっぱり情けない親父のようだ。

    強がることも、野暮を言うこともしない。
    無理やりに話しかけることもしない。
    二人で部屋にいることがあっても、お互いに黙っている。
    彼はパソコンに向かい、私は本を読んでいる。
    それでいいではないか。
    「人生とはな・・・」とか、なんか改まって話すことではないのである。

    ごくごく自然に親子でありたい。
    彼が大人になっていくプロセスを通して、私も変わり、
    新たな関係作りができつつある予感がする。
    寝坊でもいいではないか。
    偏食でもいいではないか。
    かっこつけていてもいいではないか。
    それが我が愛すべき可愛い息子なのだから。

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  • from: クマさんさん

    2007年06月24日 10時20分52秒

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    悲しい酔っ払い

    復活したわけではない。
    どうしても出たい会があったので、歩いて新潟駅まで向かった。
    肝機能の回復がどれだけできたか、それは一つのテストだった。

    会場に到着したら、まず久しぶりに出会った人たちに痩せたことを驚かれた。
    今週は風邪と胆石で倒れていましたと笑顔で言うと、
    「体が大事だよ」と同情された。
    一緒に努めていた元同僚と出会うと、何故だかほっとする。
    グラスに注がれたビールを見つめながら、
    「さて飲むべきかどうか」しばらく思案した。

    村上時代、あれも今思えば胆石だったかもしれない激痛に耐えかねて、
    早朝、救急車で病院に運ばれたことがあった。
    胃カメラを飲んでも原因不明であった。
    二日間入院した後で、「忘年会」がまっていた。
    さすがに、その夜は一滴もお酒を飲まなかった。
    酒を飲まなかった唯一の飲み会として記憶に残っている。

    しかし、教訓は痛みと共に私の体に刷り込まれた。
    とにかく心から感謝を伝えたい人がいた。
    育ててもらった感謝は、仕事人としてはけっして忘れられないものである。
    そして、可愛がってもらったならなおさらだ。

    おっかなびっくりのビールであったが、旨かったから大丈夫と思った。
    あの日、石が騒ぎ、胆道へ閉鎖したために、肝機能が異常となった。
    ということは、石亡き今、私の肝臓は回復してきているはずである。

    二次会の誘いをお断りする勇気ももたず、生ビールのジョッキを手にしていた。
    変わったことは何か。
    1 ジッョキを空にしないこと。
    2 つまみは少量・刺身やサラダ系
    3 酒やチューハイ・ワインと他の酒には手を出さない
    4 何よりも酩酊しない・・・実はちょい酔いを持続させる
    5 帰りもできるだけ歩いて帰る
    6 山小屋には出入りしない

    昨夜は四つ角まで歩いた。
    「山小屋は・・・」赤いちょうちんが恨めしかったが、
    丁度到着した「木工団地」行きのバスに走って追いついた。

    何だか、今まで経験したことの無い飲み会であった。
    しかし、これからもこうしてセーブして飲むことだろう。
    あーーー、あの馬鹿騒ぎして、議論して、豪快に笑って歌った飲み会が懐かしい。

    年相応。それは、無理がきかなくなるとよく理解できる言葉であった。
    自然に任せておけば、人間何かのきっかけで年相応になってしまうのである。

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    2007年06月23日 07時26分04秒

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    体との対話を

    いつもならば走っている時刻だ。
    東港線を万代シティ方面に向かい、柳都大橋を渡る。
    降りたら右折して対岸に朱鷺メッセを見ながら、信濃川沿いに走る。
    すると、みなとピアが見えてくる。ここは、堀の横を通り、
    下町の路地を抜ける。海の香りがすると、右手にみなとトンネルが見える。
    坂をゆっくりと下り、トンネルの中に入ると早朝は人もいない。
    「2001年宇宙の旅」の宇宙飛行士のような気分で、
    無機質な人工物の中で息の音だけを響かせて一人走る。
    トンネルを抜けると、そこは山の下だった。
    神社の前を通り、一気に紡績角まで走る。
    この頃は、すでに膝の痛みやふくらはぎの違和感を感じている頃だ。
    角を曲がるとタイムを気にしながら、サークルKでゴールだった。

    ジョギングは、実に孤独なスポーツだ。
    私にとって、それはストイックに自分を追い込み、
    精神的なカタルシスを得るための精神修養の場でもあった。
    一人であることで、自分の体と対話できる。
    あっちこっちがきしんでくるが、そのきしみをなだめすかしながら走っていく。

    見える景色は、季節を敏感に反映していた。
    目から季節の移り変わりを感ずる。
    1月のトンネルから始まった本格的なトレーニングは、
    早くも半年の月日がたった。
    緑が鮮やかに濃くなり、ぐいぐいと伸びようとする自然の息吹を感じる。

    山に登ると、力を山からいただいて帰ってきた。
    山の気を吸いこみ、山に溶けることで、英気は培われた。
    自然の中の一つである自分を、再び自然の中の循環の中に取り込むことで、
    素直でピュアな自分に生まれ変われる。
    全ての細胞が生まれ変わり、入れ替わったとしても、
    私が私であるように、
    その私である私と出会えることが、山に入る喜びだった。

    何でこんなことを書いているのだろうか?
    昨日辺りから体調が戻っている。
    石はすでにどこかに流れ去り、肝臓の方も以前のまま機能を回復しつつある。
    「ああー、健康であることのありがたさよ」
    先週の今頃は、長岡に向かうバスの中で、一人座席で体を折り曲げ、
    胆石の痛みに歯を食いしばって耐えていたのである。
    鈍痛から、波のように激痛に変わるが、
    降りることも、救急車を呼ぶことも許されぬ状況だった。
    それを思うと、走れないこのさわやかな早朝が、何だかもったいなく嬉しいのだ。

    ゴールした後、自宅に変えると、ゴミ捨ての仕事が待っていた。
    今週は、全部父にやってもらった。
    私が倒れるということは、走れなくなるということだけではないのである。
    我が家の家庭生活の崩壊につながる一大事なのだ。

    飲み続け、飲み歩いている親父たちは、そのことを自覚していない。
    気づいたときには、手遅れという場合もあるのだ。
    開けてみたら、手も付けられず、再び縫い直した例もある。
    余命三ヶ月と言われたら、どうすればよいのだろうか?
    残された家族は・・・。

    明日のことは誰も分からないのだ。
    県大会へ向かうバスの中で、まさかの胆石が騒ぎ暴れだすのも人生なのだ。
    今日を手術後の痛みに耐えながら、病院のベットで迎えていたかもしれない。
    そんなことを思うと、この執行猶予はありがいたなと神様に感謝である。

    「自分の体との対話」
    「素直でピュアな私であること」
    それは、日々の生活でも大切な養生訓なのだと思った。

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    2007年06月22日 05時58分11秒

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    なるようになるもの

    すごい雨が降っている。
    雨だと何だかほっとする。
    昨日は出勤したが、とにかく疲れて難儀であった。
    いつものような日々を取り戻すには、時間がかかるようだ。

    長男が試験が近いので勉学に燃えている。
    ギターを私の部屋に持ってきて「預かっていて」と言って出て行った。
    どうしても弾いてしまうので、置いておいてくれとのことだった。
    昨日は雨の中、友達がギターを担いでやってきた。
    高校に来ている短期留学生のために、クラス全員で歌のプレゼントをしたようだ。
    その時、彼と友達がギターを弾いた。
    彼は、ある意味では一躍時の人となっていた。
    そこに、クラスにおけるアイデンティテーを発見した。
    本当に暇さえあればギターを弾いて歌っている。
    余計なことを言わずに、好きなようにさせてよかったと親としては思った。

    「ギターなんて・・・」「もっと勉強したら・・・」「運動部に・・・」
    さて、「もしも」そんな言葉を言ったとしたら、それは親の勝手というものだった。
    親の価値観がまるで全てのようなものの言い方。
    それに対しては子供は聴く耳を持たないはずだ。
    「ギター、上手くなったな」「また父さんを超えたな」「バンド組むなら援助するよ」
    彼のギターを受け入れ、支援することで、彼に私は受け入れられた。
    子供は親の鏡なのだ。
    私がしたように、ただ子供は私にしているのである。

    あれだけ本を読まないので心配していた次男は、
    小学校入学以来初めて、我が家で読書をしていた。
    「ドラクエ」というゲーム関係の物語である。
    「もっと他に・・・」「またゲーム・・・」「勉強しなさい・・・」
    彼は、煩い妻のそばを離れて、ソファーに横になって夢中で読んでいた。
    算数では分数の通分・約分の壁にぶつかっている。
    勉強ができない子の親の気持ちはよく分かる。

    さて、私は親父度を増すごとに、子供との距離感が広がったことを感じている。
    距離感が広がるということは、「見守る」度合いが増えたということで、
    俯瞰的に子供を見ることに慣れてきたということらしい。

    子供は放っておいても、なるようになるものだ。
    何だが長男のおかげで、親父の新境地に到達しつつある自分を感ずる。

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