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親父たちよ

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公開 メンバー数:62人

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  • from: クマドンさん

    2019年08月31日 07時07分34秒

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    嘘が事実に、事実が嘘に

    さてさて、今週はずっと寝不足が続いていた。
    それは、夕食後にせっせと仕事をしていたからだ。
    何とかこの土曜日に間に合わせないといけない仕事だ。
    そうなると、普段休眠中のエンジンも全快となる。

    人は、いろいろなことを想う。
    私は、ひとそれぞれの想いがあることを当たり前としている。
    だから、他人がどう想おうとも、どう考えようとも、
    「ああ、そんなんだ」と、通り過ぎる。

    しかし、その人の中にこんなことを考える人も居る。
    「私がこう思っているのに、どうしてあなたはこう思わないのか」
    つまり、自分が思ったことは、相手も思うと当たり前のように信じている人だ。
    もっと困る人は、私に何も教えてくれないのに、
    「私が思った通りにどうしてしてくれないのですか?」と突然言われて、
    「?」と、開いた口がふさがらないこともある。
    いつも自分が優先。自分だけ。
    違った考えや、やり方を認めない。許せない。

    その人たちからの被害・攻撃を、鈍感な私は受けることが多い。

    こんな人も居る。
    何年間も自分がそこの組織のドンであった人だ。
    「何であいつは、新しく来たばかりなのに発言するんだ」
    「あいつは意見だと言いながら、何で俺のことを批判するんだ」
    「生意気な野郎だな。ちっと、こらしめてやれ」だった。

    体操協会にも、ボクシング協会にも、アメフト協会でも話題になった、
    あの体質だ。
    必ず、そのドンの周りには、ドンのご機嫌を伺う取り巻きがいる。
    その取り巻きの中でも上下関係をつけて、厳しい統制だ。
    そんな体質に対して、「もっとこうしたらどうですか」
    「このままでは、いけません」と怖れを知らずに言った人は、
    次からは、もうその体質の輪からは追い出される。
    そして、怪文書が流れる。
    「今回追い出された野郎は、こんなにひどいことをした野郎だ」と、嘘八百。

    私も、何度かそうした被害にあったことがある。
    「へぇ、こんなこと平気でする人もいるんだなぁ」の驚きだった。
    しかし、いつもこの話には続きがあった。
    「そうか、そんなにあいつはひどい奴だったのか」と、信じてしまう人たちだ。
    まぁ、ドンたちは、巧妙だから、
    その何も事情を知らない人たちに、
    そのでっちあげた嘘を信じさせる言い方とタイミングを知っている。
    だから、本当にそうやって追い出された人は、浮かばれない。
    私も未だに沈んだままだ。

    さてさて、今週せっせと作っていた資料は、
    ある組織でばらまかれている捏造された嘘の怪文書を論破するための文書だった。
    あちらこちらの会の長に、この文書はばらまかれた。
    「私は、ある人からひどい攻撃を受けています」
    「私は、この組織の不正を暴きたかっただけです」
    「ここで不当なことが行われていることに対して抗議しただけです」
    「しかし、ここのドンは、私のことを追い出そうとしています」
    「この哀れな被害者である私のことを助けてください」
    という怪文書を同じく、この長たちのトップの理事会にまで送り届けた。

    さてさて、この詐欺師は、どうやったら、この長と理事たちとを騙せるか知っている。
    事実を知っている私には、これが全て嘘八百であることはよく分かる。
    「よくまぁ、こんな事実と全く反対の嘘を平気で書けるものだ」との、
    驚きと腹立たしさだ。

    しかし、遠く離れた場所で、ここで起って来た事実を知らず、
    ただ、この同じような内容の文書だけを何度も何度も読ませ続けられると、
    いつの間にか、この嘘が、あたかも事実と思われるようになってしまうのだ。
    そうなると、つまり、みんながこの嘘を事実だと信じてしまうと、
    「まてよ、本当は、この文書を送っている本人が悪なのではないか」と、
    少しでもそう感じた人がいたとしても、
    「これは、おかしい」と、言えなくなってしまうのも事実だった。
    みんなが信じていることに同調することが、御身を助けることになるからだ。
    あえて火中の栗は拾わず。
    見て見ぬふりをする。だな。

    この話って、何かの話に似ていないだろうか。
    そうだ「おれおれ詐欺」と同じなんだの気付きだった。
    相手は独り。その独りに何人も違った立場の人から同じ偽情報が次々とやって来る。
    その事情を知っている人に確かめればいいのに、相手はその隙を与えない。
    その内に、「何とか困っている息子を助けるために」と、
    何百万円も入ったカバンを、やって来た見ず知らずの人に渡す。

    詐欺とは、嘘であることを、あたかも本当であると相手に信じさせることだ。

    しかし、既に、遅しだ。
    何とみんなこの怪文書を送られた長と理事とは、
    その嘘八百のでっちあげを、
    信じて疑わないという状況に陥ってしまったのだ。
    「ああ、真面目な人ほど騙されやすい」これは、本当だったの嘆きだ。
    だから、私が本当の事実だけを書き記した文書をその人たちに送ったとしても、
    その文書こそ、真っ赤な嘘のでっちあげの文書であると思われるだけなんだな。
    とほほ、情けないが、それが事実だ。

    ここでは、嘘が事実となり、事実が嘘となっている。

    しかし、この話で、本当に怖いのは、
    薄々怪文書が嘘だと感じている人たちだ。
    この人たちは、トップたちが認めて信じているこの文書に異を唱える勇気は無い。
    いや、そんなことをしてトップから睨まれることを恐れる。
    ここで攻撃されている誰かを、庇う必要はないない。
    この誰ががどうなろうと知ったことはない。
    明日のおまんま。トップのご機嫌。来年度の人事人事。

    だから、嘘が事実となり、事実が嘘となって、そのまま闇の中に葬り去られる。

    森友はどうなったのか。
    ボクシング協会は、体操協会は、〇〇協会の問題は、どうなったのか。
    皆忘れて、闇の中だ。

    さてさて、事実はいかに。
    意図的に作為的に作られた嘘の陰に隠されている事実を、
    いったい誰が見通す知恵と胆力があるものか、
    今は、その英断を待つばかりだ。
    そういう人も、この世の中には居て欲しいものだ。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月29日 05時36分53秒

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    何事も無く

    何事もなく、誕生日が過ぎ去った。
    いつもの生活と、何も変化なし。
    それはそれで仕方ないかと、そう納得している。

    実は、とてもとても疲れが溜まっている。
    夕方4時を過ぎると、身体を横にしたい疲れだった。
    身体の病的なだるさではない。
    まぁ、言ってみれば、寝不足・過労かな。
    これまでの私のルーテーンに、
    62歳の身体の方から待ったがかかった。

    そうだよなぁ。
    昨日一カ月前に検査した、人間ドックの結果が届いた。
    それは、かっての私の通知表だ。
    Aが少ない。Cが目立つ。そして、極めつけのDもある。
    身体の方は、内臓から歳をとり、弱っている。
    心臓は、要再検査と書かれてあった。
    肝臓については所見が5つもあることに驚いた。
    これが、沈黙している身体からのメッセージだった。

    弱ったと言えば、眼がかすむことが多くなった。
    細かい文字がよく見えない。
    左目の視力がぐっと落ちていることには驚きだった。
    手元の文書を読むときに、眼鏡をはずすことも度々だった。
    このまま視力が落ちて行くのかの、恐怖もあった。

    歳をとるということは、
    この衰えて行く身体との御同行だ。
    身体が在っての、この私。
    まぁ、身体がなくても、この私でもあるが、
    身体があるおかげで、この世の楽しみを味わえる。
    Γ-GTが223では、休酒をした意味も無し。
    癌や腫瘍がみつからなかっただけてもありがたいとしなければならない。

    しかし、まず、この身体さんを受け入れよう。
    私が毎日生活できるのは、この身体さんのおかげさんだ。
    あの長期入院の時を想え。
    坐骨神経痛で寝たきりの一カ月を想え。
    今は、それでも、こうして自由に生きたい所に行けるではないか。

    目は、見える。
    右耳は聴こえなくとも、左耳は聴こえる。
    声を出せる。話ができる。
    美味しい料理を、美味しいと感しられる。何でも食べられる。
    そうやって一つ一つを考えると、
    まだまだ安心できる身体さんでもある。

    もっと大事にしてあげないとな。
    いつも感謝して生きないとな。
    そうしなけれは、せっかく生かされている自分自身に申し訳ない。
    とにかく、現状を受け入れ、
    これ以上悪くならないように、努力することだ。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月28日 05時45分58秒

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    62歳。歳をとらないと分からないものだなあ

    本日で。このクマさんは62歳になる。
    8月28日が私の誕生日だ。
    しかし、いったい誰が62歳になると言うのだ。

    私の大好きだったS叔父が、胃癌で亡くなったのが63歳だった。
    叔父は、こんな私の歳で、この世を去って行ったのかの、
    改めての驚きだった。
    そして、もう一人のT叔父もそうだった。彼も同じ63歳であの世に逝った。
    まだまだこれから。
    やりたいことがいっぱいあったはずなのに・・・。
    どんなに無念だったことかと、今は、思える。

    私は、よく「歳をとらないと分からない」と、言うことがある。
    それは、身体の衰えを実感するからだけではない。
    確かに、疲れる。無理をするとすぐに痛む。身体が弱っていることの実感だ。
    そのことは、叔母たちから学んでいるように自然なことだ。
    だから、少しでも筋力が衰えないように、身体を鍛える。
    それも、ちょっとだけ、気が向いた時だけ、決して我武者羅ではなく。
    ヨガを毎日続けている。
    それは、身体と心との対話のためだった。

    自然な存在として、私は、生かされている。
    だから、そのことは、庭の花たちを見ていつも教えられる。
    私も、あの花たちと同じ存在として生かされている。
    大地に根を張り、天を仰いで日々を生きる。
    旺盛な時はいつしか去り、今は、静かに終いの時を迎える準備だ。
    花たちは、ただ従容として、その定めを受け入れる。
    抗うことも無く、嘆くことも無く、いつしか、自然のままに枯れて行く。
    身体は、それでいいと、私は教えられる。

    しかし、「歳をとらないと分からない」というのは、
    何だかその身体のことでもあるが、それだけでないような気がする。
    何と言うかなぁ。「諦め」というか、「落ち着き」というか、「不思議」というか。
    そのことを、歳をとりつつ身に着け、味わっている人たちとは、
    そのことについて、笑って話せる。

    疾風怒濤まっしぐらの人たちに対して、俯瞰して見守れるとでも言うのかな。
    その渦中に在って日々闘いをしている人たちを、
    「ああ、私もそうだったなぁ」と、ゆっくりと眺められとでも言うのかな。
    とにかく、河の流れの外。岸辺に立ってぼんやりと釣りをしている心境か。

    「まぁもいいか」と、諦められる。
    「こんなこともあるさ」と、こだわらずに、次のことを考えている。
    「どうにもならない」と思うことは、今は、そのままにほったらかしておく。
    「私は私、他人は他人」と、すぱりと割り切って考える。
    そんな気持ちで毎日を生活していると、心の波風が少し減ったような気がする。

    「お任せだな」と、祈って、お願いする。
    「どうでもいい」と、絶対にこうではならないとは思わない。
    「仕方ないさ」と、陰口悪口には、距離を置いてここに居る。
    「嫌われている」と、思っても、それもまた他人事だから仕方ない。
    「こんな私なんだから」と、自分の愚かさといい加減さを受け入れる。
    そんな気持ちで毎日生活していると、心穏やかに、落ち着いている時間が多い。

    「不思議だなぁ」で、今は、全部のことを語っている。
    「説明は無意味だ」と、その存在を証明す努力はしない。
    「味わっている」と、ただ、それと共に在り、それであることを味わっている。
    「感謝だな」と、ここにこうして生かされている私のことを感謝する。
    「何でも意味があったんだな」という驚き。気付き。発見。自覚。
    「いつか死ぬんだ」と、誰もがそうである現実と向き合う。
    「もういいか」と、自分だけのことを考えることはやめる。
    「あなたの幸せ」と、そのことを優先に思えるようになってきた。
    そんな気持ちで毎日生活していると、生きていることだけで幸せな気持ちになれる。

    さてさて、この気持ち、この生き方は、40代では絶対に分からなかった。
    50代では大きな人生と転機と挫折とどん底と救いだった。
    その試練には、全て、意味がある、あることへ繋がっているとは、
    苦しみ悶えている最中では、決して理解できなかった。

    だから、今、ここに、こうして「このまま」に在れるるありがたさ。

    この心境は、やっぱり歳を重ね、滋味を重ね、襞を重ねることでしか、
    決して味わうことのできないものだと、信じている。

    先日、「歳をとらないと、分からないな」と、長男に言ったら、すかさず、
    「そんなことを言っているから、父さんは駄目なんだ」と、一蹴された。
    私は、何も反論はなかった。
    しかし、黙りながらも、いつか私が死んで、彼が私の歳になったとき、
    やっとこの言葉の意味を味わえるのだろうなぁと、その時は思った。
    だから、何も反論はしなかった。親父は、黙って酒を飲んでいた。

    まぁ、62歳の朝、これを書けることの「幸せ感」は、
    何ものにも代えがたい、深い深い味として、この胸にあることの幸せだな。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月27日 05時36分48秒

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    子どもの心は傷ついている

    朝焼けの、朝。
    4時に目が覚めて驚いた。
    まだ世の中は暗かった。
    いつのまにか地球の公転はすすんでいたんだ。
    夜の時間が長くなっている。

    ここ最近、雨が降ることが多くなった。
    長雨と言うよりも、「ああ、降ったな」の雨だった。
    そうやって「一雨ごと」に気温が下がり、秋に至る。
    松浜の「ござれや花火」を家族で至近な場所で観た。
    なかなか迫力が在り、素敵な花火大会だった。
    その時、涼しすぎて、寒さを感じた。
    外に居ても、エアコンの風だった。
    その変化をこうして身体で味わい、季節の移ろいを実感する。

    心のことを話す。
    小3で担任の女性教師からパワハラを執拗に受け、
    心の傷となり、その傷がトラウマになってしまった子の話を聴いた。
    なかなか壮絶なことがまだ小3の彼には起こったものだった。
    詳しくは、ここには書かない。
    彼は、そのことで、言葉を失った。自信も失った。休み時間はトイレに隠れた。
    学校に行こうとしても、その怖かった事実が思い出される。
    まさに、その担任の行為が、フラッシュバックする。
    身体が震える。チックも起きた。担任が近づくと、ビクッとする。
    恐ろしかった経験は、身体に沁みこみ、洗い流せなくなってしまう。

    明日から、夏休みが終わり、学校が始まる。
    すると、彼にまたあのフラッシュバックが起こった。
    どうしても不安で、不安で仕方なくなる。
    思うことは、学校での怖かった経験ばかり。
    担任から言葉の暴力を受け、否定され、「呆れられた」と彼は感じた。

    すると、現在は6年生なのに。
    担任はベテランの男性教師に替わっているのに。
    その教師から認められ、とてもとても学習で伸びてきているのに。
    突然、3年前の恐怖が蘇ると、心の不安が増大され、
    今の担任教師も、彼のことを「呆れている」と同化してしまった。
    そんなことは全く無いのだが、そうなってしまった。
    そうなった時、彼にはその間違った認識を打ち消す力は持たなかった。

    母親と一緒に学校にやって来た。
    そして、担任にその気持ちを話した。
    担任は、その苦しさと不安な心を受け止めながら、
    一つ一つ彼の認知のずれを修正を行った。
    じっくりと時間をかけて、彼の話を聴いた。
    そして、担任の「私はこう思う」というメッセージを語った。

    時間にしたら1時間半余りだったそうだ。
    こうして彼とじっくりと時間をかけて向き合うことが、
    今の彼にとっての一番の心の薬だ。
    担任は、根気強く彼の話を引き出し、その話一つ一つに誠実に応対した。
    それは、お互いをリスペクトするかかわりだった。

    きっと女性担任は、みんなと同じ行動ができず、
    教えても教えても理解しない彼のことを、「呆れた」のだろう。
    その彼の傍に立って、大きなため息をついたそうだ。
    そのため息の音で、彼の心ががらがらと崩れて行った。
    「ああ、自分のことを呆れている人がいる」と。

    給食ではとてもとても厳しいルールが彼女によって決められていた。
    そのルールを破ることは、昼休み残って給食を強制される罰となった。
    食べることが遅く、時間に間に合わないことが多い彼は、
    そのルールのターゲットとなってしまった。
    だから、給食の時間がとてもとても怖かった。
    残したら。間に合わなかったら。また、叱られる。
    それで、彼は、ほんのほんの微量だけ、お椀や皿に盛った。
    小3では、いつも午後からお腹を空かして生活していた。

    こんな話を、ある研修で講師から聴いた。

    実は、今、家庭でもこのようなパワハラ。虐待。ネグレクトが行われている。
    愛情深く育てられた子と、いつも孤食で、家には母が居ない。
    父には罵声を浴びせられ、「死んでしまえ」と言われる。殴られる。
    身の回りの世話を全くされず、ゴミ部屋に放置される。
    親が遊びに夢中で、子どもの心を顧みない。
    そうした極限状態に置かれた子どもたちには、ある変化が起こっているというのだ。
    それは、脳そのものの機能的な損失だった。

    自らの命を守るために。生存するために。
    脳が記憶したり、感情をコントロールしたり、考えたりする力を、
    失って行くというのだった。
    日々、家庭に置いてのそうした恐怖体験の連続は、
    きっとその幼い子どもたちの心と身体に大きな変化を与えるはずだ。
    そのことが科学的にも、臨床的にも証明されているとの講義だった。

    今、こうして朝焼けの空を仰ぎながら、
    この世の中の片隅で、親のことが怖くてぶるぶると怯えている子が居る。
    その子のことは、親たちは見えないように隠す。
    だから、その子への救けの手は、なかなか及ばない。
    しかし、その極限状況の中に置かれた子どもたちは、
    知らず知らずの内に、自分自身の人格・精神に傷を受ける。

    子どもこそ、神様から頂いた宝物だ。
    子どもたちは、神様からの預かりものだ。
    大事に、大切に、心を込めて、育てなければならない。
    大人は、そのためにここに生きているはず。

    なのに、子どもの心と身体とを傷つける大人も多い。
    しかし、よくよく見つめると、
    その大人たちも大人たちに傷つけられた子どもたちだ。
    その連鎖。虐待のスパイラルを、どこかで断ち切る。
    それをどうしたらよいのか・・・・。本当にどうしたらよいのか・・・。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月26日 05時56分01秒

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    人が安心して死ねるために

    節ちゃんは、とうとう呼びかけに何も反応しなくなってしまった。
    ただ、ただ、うっすらと目を開けて、すやすやと眠るだけだ。
    母もそうだった。
    前日まで、呼びかけに声で応えていた母が、
    その日から、全く反応をしなくなった。
    呼びかけに顔を向けることもなく、
    いくら呼んでも、天井をじっと見つめるばかりだった。

    何を考えているんだろうと、いつも想像した。
    誰かと会っているのかな。
    どこへ行っているのかなぁ。
    そんな想いがいつも母や節ちゃんを見ると浮かんで来た。

    「ああ、とうとうこの日が来たな」だ。
    母は、そのまま意識を戻すことなく、自然に息を引き取った。
    私は、その時、認知症もいいものだと、考えていた。
    母には、死に向かう恐怖はなかったと思う。
    亡くなった山小屋の森田さんの言葉には、
    青い光が見えると書かれてあった。
    森田さんは、その光をまざまざと観た。
    そして、その光に包まれて、幸福な気持ちを味わったことだろう。

    死は、死ぬ人たちには存在しないのかもしれない。
    生きている私にははかり知ることのできない歓喜が、
    その臨終を迎えている母や森田さんには感じられたのではないだろうか。
    私は、母や父の死に際に立ち会って、そのことをいつも感じた。
    苦痛は無く。苦悩はなく。生きて来たあれやこれやを懐かしく思い出す。
    その一つ一つに意味があったことを悟り、
    「これでよかった」と、成仏する。

    死とは、生の完成の瞬間ではないのだろうか。
    「よくがんばった。もう、いい。ゆっくりと休みなさい」の神様からのよびかけ。
    それは、信仰があっても、信仰が無くても同じこと。
    しかし、生前に人間としてどんな生き方をして来たかは、
    きっとその場で露わになるはず。
    どんなに隠そうとしても、どんなに誤魔化そうとしても、
    その隠された悪は、その瞬間全て明らかに露わにされる。

    人に意地悪ばかりしてきた人。
    人の悪口ばかり言い続けた人。
    人を陥れるために嘘や陰口を言っていた人。
    人のことを誹謗中傷して傷つけて来た人。

    今、私は、こうした人間に出会って、試練と思案の中にあるが、
    私が、とやかく言わずとも、この人たちも皆死ぬ時には、全てのことが露わになる。
    そう考えると「まぁ、いいか」と、何だかこんな人たちのことがどうでもよくなる。

    まぁ、自分にも大きな罪はある。
    それでも、いや、それだから、神様によって救われた。
    それが、私の信仰である。
    生きている間に、この信仰に気付き、その信仰を与えられたことを感謝している。
    実は、この信仰がある人は、死に対する恐怖は少なくなる。
    全く無いと言いたいところだが、まだまだ修行の身だ。

    しかし、母も節ちゃんも、人として、目立たぬ、平凡な、無名な人として、
    それぞれの人生を真っ直ぐにやり切った生涯の人だった。
    私は、母にも節ちゃんにも「ありがとう」と心から言える。
    では、私は、そうやって臨終の時、
    こんな私に対して「ありがとう」と言ってくれる人がいるのだろうか。

    「人は、棺桶の蓋だ」と、昔の人は言っていた。
    その人が死んだ後で、その人を知る家族や親戚や友人や近所の人たちは、
    その人について何を語るかだ。

    「ああ、惜しい人を亡くしたね」か、
    「あんな嫌な奴、居なくなってせいせいした」かだな。
    その声を、死者は、棺桶の蓋の向こうで聴いている。
    死んでから、悔いの残る生き方はしたくないなぁと、私は思う。
    だから、メメント・モリ=死を想え なんだな。

    人の師に出会うと、考えるのは自分自身の生であり、生き方だった。
    通夜の席で故人とのお別れをする。
    故人に呼びかけ、語りかけている私がいる。
    そして、今日から、改めて人間として真っ直ぐに生きようと心に誓う。
    まぁ、その誓いの効力は、どれくらいかは、定かではないが・・・。

    母も節ちゃんも、きっと私に「幸せに生きなさい」と、教えてくれた。
    それは、人として「善く生きなさい」というシンプルな教えだった。
    この嘘つきや、人の悪口・陰口、誹謗中傷をして平気な人たちに言いたい。
    あなたもいつか必ず死を迎える。
    その時に悔いが残らないためにも、
    今日からすっぱりとこうした愚かな行為をやめにしませんか。と。

    安心して、死に向かいたいものだ。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月25日 08時22分02秒

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    深い深い意味に気付くと

    小千谷のSさんと、久しぶりに電話で話した。
    元気な82歳だった。
    私とちょうど20歳上だった。
    だから、来週で私は62歳となる。

    お互いに久しぶりを感じない。
    いつも話すことは、ただ今、ここの、本音トークだった。

    Sさんは、毎朝、4時過ぎから田んぼを歩く。
    そして、田んぼの流れる水の音心惹かれる。
    暫し、そのあぜ道で佇み、その音を聴く。
    ただ聴くだけで、心が休まる。無心になる。
    それは、水の音とSさんとが一つになっているからだ。

    水とは何か。この水はどこから来て、どこへ行くのかは、考えない。
    考えないから、きっとその水の音と一つになれる。
    その時、向かい合っているのは、Sさん自身だ。
    来し方・行く末・今の自分。
    何だか、その流れる音としての自分自身を味わっている。

    感ずると言うことは、深く深く味わうということだった。
    そして、言葉では、実は、味わい切れない大いなるものを、
    静かに音を聴きながら、心静かに落ち着きながら、瞑想すると、
    その深い「意味」を味わえたような気持ちになる。

    音なんだな。
    まだ夜が明けないしじまのの中で、
    ぼんやりと闇の霧の中で、
    音が聴こえる。
    微かでも、流れる水の音や、遠くで鳴く鳥の声や、草むらの虫の声。
    稲が風にゆすられる時のあのざわざわは、風を感ずる音だった。
    「音」なんだね。

    それが、今の、二人の共通点。今の二人の立ち位置そのもの。
    そこには、概念も、思想も、権威も、社会的な価値観も存在しない。
    そんなものに固く固く縛られていた季節は、確かにあった。
    しかし、振り返って見たら、そんなものは今は、どこにも存在しない。
    それでも、やっぱりそのことに自らを縛り、自らの立ち位置とする人たちは居る。
    その人たちには、本当の意味での自分自身の立ち位置は無い。
    だから、不安なので、その既成な危うく、変化するものを当てにする。
    私たちは、それを辞めた。

    そこには、私たちが人生で味わいたいと感じている「意味」は存在しないからだ。
    確かに、何かがあるようには見せかけるが、
    それを信じては、騙される。
    その騙されなもの。本当のもの。確かなものに、私たちは還って行った。

    それがSさんにとっては、大自然の音だった。
    私にとっては、信仰だった。
    本当に変わらずに大いなるもの。
    その前に佇むと、独りにさせられるもの。
    そして、深い深い生きるの「意味」に気付かせてくれるもの。
    それ以外は、ただの浮き草。仮の姿。時には、嘘偽りとなる。

    ふたりは、「落ち着いた」と感ずる。
    ふたりは、きっともう「迷わない」と思っている。
    ふたりは、これでいい。これでいかった。と安心している。
    ふたりは、離れていてもその「これでいい」で、一つになっている。
    ふたりは、その一つの中でのふたりなんだと感じている。
    ふたりは、その一つをそれぞれで生きる。

    私は、暁烏敏さんの「歎異抄講義」をやっと読み切った。
    暁烏さんのまさに信仰告白だった。
    今朝は、寝坊した。いや、疲れていたから、起きることをやめにした。
    そして、もう一度この600頁の文庫を読み返そうと、読み始めた。

    絶対に変わらない真実と共に生きる。
    いや、真実だけを信じて生きる。
    ここに落としどころが在り、本当に「落ち着き」「安心」する場所がある。

    Sさんは、田んぼの音にそれを見つけ、
    私は、クリスチャンとしての信仰にそれを見つけた。

    Sさんは、「82歳になって、これに気付けていかったて」と、笑う。
    私も、「62歳で、このことに気付けて幸せでした」と語る。
    そのふたりの喜びや安心は、言葉では説明できない。
    「それ」を深く深く感じて、味わい、感謝している人にだけ、
    通ずる感覚だ。

    ふたりは、いつも、こんな話を1時間余りしている。これも幸せ。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月24日 06時55分41秒

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    自然に最後に向かいながら

    さてさて、節ちゃんだ。
    一昨日は、私のことを理解し、名前を呼んだ節ちゃんが、
    昨日は、全くの無反応で、目に意識も力も感じられなかった。
    目って、とても大事なんだなぁと、感じている。
    目の光とでも言うのか、目の力とでも言うのか、
    目で、その黙っている節ちゃんが語られる。
    何も言わない。何も言えないから尚更そう感じるのだ。

    私たちもきっとそうなんだな。
    目の力をきっと私と出会った人は感じているだろう。
    意識していなくてはなぁと、節ちゃんから教えられた。

    右手を固く硬直させて、それはまるで祈りの形だった。
    左は麻痺しているために包帯で縛られ胸の上だ。
    そう言えばすっかりと痩せてしまった。
    枯れ枝がそうであるようにぽきっと折れそうに細さの腕だ。
    胸もすっかりと薄くなった。
    衰えると言うことは、身体が本来持っているエネルギーが消えて行くことだ。

    病院で私は父と母とを見送った。
    だから、看護師さんが定期的に病室に来てくれた。
    栄養のための点滴があり、時々、脈や血圧を診断した。
    今、思い出したが、ビーコンのような音を立ててて、心臓の心拍数を聴いた。
    病院は、何だか真っ白で、衛生的で、そこは非日常の匂いだった。
    しかし、施設のベッドで、私服で眠っている節ちゃんは、違う。
    自宅での介護は無理だったからここに来たが、
    節ちゃんには、全く医療的な措置は施されていない。

    彼女は、全く病をもたなかった。
    癌で亡くなる人のあの痛みが無かった。
    だから、節ちゃんが苦しそうな、痛そうな表情は全くしなかった。
    身体を痛みでのけぞらせたり、痛みのために拳をぎっゅと握ったり、
    そんな反応が全く無いので、ほっとしている。
    「叔母ちゃん、幸せらね・・・」と、言えた。

    人は、必ず最期を迎える。
    その日は、順番に誰の所にもやって来る。
    さて、その日がどのような日であるかは、
    その人の生前なんだなぁとふと感じた。
    確かに施設ではあるが、節ちゃんは老衰による自然なその日を迎えられるようである。
    私なんか、きっと病院のベッドで点滴とドレーンで苦しみつつかな。
    節ちゃんには、きっとそれがない。
    いつの間にか、すーっと逝かないで下さいとは、節ちゃんに言っている。
    「独りでは逝かないで。何とかみんなで駆けつけるからね」だった。

    昨日は、不思議な仕草を何度も繰り返した。
    眠っていたように静かに息をしていた節ちゃんが、
    何かに驚いたように少しだけ上体を起こし、
    目を少し開けて足元をじっと見つめる。
    何だかちょうどそこに誰かがやって来て、
    その人が節ちゃんに声をかけ、笑顔で立っているようなんだ。
    私もその度に見たが、誰もそこには立っていない。

    節ちゃんは、彼方と此方とをきっとその時行き来しているのだと感じた。
    「フちゃ(私の母)がいたけ?ハルさん(節ちゃんの母)がいたけ?」
    きっと亡くなった人たちが節ちゃんに会いに来たのだろうと、私は感じた。
    私は、その存在を信じているから、
    できれば私も節ちゃんと同じように出会いたかった。
    母と会いたい。父と会いたい。ハルさんと会いたい。
    実は、向こうの方には私が合いたいひとたちばかりだった。
    私と節ちゃんは、そのことを信じているから、幸せだと思う。

    死は、終わりでは決してない。
    死は、死者としての魂としての始まりなんだ。
    死は、ある意味では生まれ変わり。リボーンだ。
    この枯れ枝のような身体が、節ちゃんであるはずはない。
    節ちゃんは、節ちゃんとして、生き続ける。
    在るものは、決して無いものにはならないからだ。
    だから、骨を埋葬するお寺の理屈が私には、分からない。
    その骨が、母であり、父であり、ハルさんであり・・・。そんな訳はないからだ。

    今の節ちゃんにとって必要なことは、言葉だと思う。
    信心だと思う。
    大丈夫。必ず会えるよの約束だと思う。
    その安心を抱いて、この時を過ごさせたい。
    もし、本当の僧侶が居るのなら、今こそ枕もとに座り、
    弥陀の本願を伝えて欲しい。
    宗教とは、いかに生きるか。いかに死ぬかと言うことだからだ。

    残念ながら、私には、その力は無かった。
    クリスチャンの私は、神様とイエス様との信仰だ。
    「叔母ちゃん、アーメンって言える」では、どうも何だかしっくりいかない。
    ここは、親鸞さんに登場願い、
    「叔母ちゃん、南無阿弥陀仏で救われるよ」だろうなぁ。
    今でも、きっと阿弥陀様は、
    布施の人だった節ちゃんのことを我が子のように抱きしめてくれているはずだ。

    もう、節ちゃんは、向こうの人となっている。
    だから、私は、こうして節ちゃんの顔を覗きながら、
    「死」について教えてもらっている。

    今、目の前に、向こうの世界に旅立とうとしている人が居る。
    その自然な姿に、心を打たれながら、私は、感じたことをこうして記すこととした。

    いかに逝くか。それは、とても大事な生涯最後の記録なんだ。
    そして、その記録は、生きとし生ける人、みんなの記録でもあるはずだ。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月23日 05時32分45秒

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    節ちゃん、また来るよ

    さてさて、奇跡は起きるものだ。
    昨日、仕事からの帰りに、節ちゃんの見舞いに行った。
    病室に入ると、節ちゃんは独りでベッドで眠っていた。
    同室の人たちは、夕食のために食堂に移動していた。

    「おばちゃん」と、声をかけた。
    すると、びっくと反応をした。
    「叔母ちゃん、来たよ、クマだよ」と、彼女を見下ろし声をかけた。
    すると、ゆっくりと薄目を開けた。
    目やにが溜まったその目を、ゆっくりと開けた。
    そして、声のする方を見た。
    聴こえている。反応している。応えようとしている驚きだった。

    「叔母ちゃん、分かる?これ誰だか分かる?」と訊くと、
    「クマちゃん・・・。」と、私の名前を呼んだ。
    その声は、予想外にしっかりとした声だった。
    「クマちゃん・・・」と言いながら、少し泣いた。
    ああ、そうだったんだな。待っていてくれたんだな・・・。

    私も長期入院したからよく分かる。
    本当にたまに、忘れた頃に、妻が来る。長男が来る。
    その瞬間、ぱっと病室に光が差したような感じがする。
    特に、個室に居た時はそうだった。
    ありがたかったし、嬉しかった。
    私のことは、まだ忘れられていなかったの喜びだった。

    私は、実は、久しく叔母の部屋を訪ねていなかった。
    叔母の妹たちから、「クマちゃん、節ちゃんが待っていたよ・・・」と言われた。
    それでも、日常の忙しさと予定とに紛れて、行かなかった。
    きっと申し訳ないのだが、忘れていたのだと思う。
    そんな私に、衰弱して個室に入った。長くないかもだよ・・・、の言葉だった。
    私は、その言葉を聞き、何だかその通りになってしまう予感がして、
    すぐに施設に駆けつけた。

    その時、確かに臨終間近の状態だった。
    これは、時間の問題だなぁと、最期を看取る段取りを決めた。
    明日の土曜日の午後に、セレモニーの係の人と会う約束をした。
    絶ちゃんの妹たちにも集まってもらう。
    いざという時の為の段取りを事前につける。
    「事前の相談ですね」と、電話に出た女性から言われた。
    「そうです。事前の相談です」と私は応えた。

    まだ、息をしている。でも、段取りは決めねばならない。
    節ちゃんには、家族がいない。子どもがいない。
    お世話になった私が、だから、その最期のことは全部、私がやることにした。
    90歳になろうとする叔母たちも、全面的に私を頼っていた。
    「恩返し」とは、このことなんだな。
    育ててもらった恩・かわいがってもらった恩・愛してもらった恩だった。

    さて、節ちゃんは、それから食事の時間となった。
    介護士の男性がベッドの傍にテーブルを移動し、そこに簡単な食事を置いた。
    カップの中のプリンをスプーンで口に入れる。
    「もぐもぐ、ごっくん」だった。
    嚥下ができる。それも、続けて何口も嚥下した。
    節ちゃんは、生きようと努力している。

    食事をしながら、足元で座っている私のことを見ることがある。
    目に力があった。
    そこにも生きる意志を確かに感じた。
    「ああ、まだ少し、時間があるのかもしれない・・・」
    それは、歓びだった。

    食事が終わったら、病室には節ちゃん1人だった。
    携帯電話を出して、K叔母ちゃんに電話をかけた。
    「Kちゃん、て、言うんだよ。節ちゃん、Kちゃんだよ」と、電話を向けた。
    そしたら、絞り出すように「Kちゃん・・・Kちゃん・・・」と節ちゃんが言えた。
    凄いことだ。尊いことだと、感動だった。

    ただ名前を呼んだだけでない。
    その呼び声の中に、万感の想いが込められていた。
    節ちゃんも、こんな状況の中で、恩返しだった。
    「ありがとう」という言葉だ。「ありがとう」の気持ちだ。
    節ちゃとお別れが迫っている私たちが言う言葉も「ありがとう」だ。
    お別れして向こうの世界に旅立とうとしている節ちゃんも「ありがとう」だ。

    この世に人として生まれる。
    この世に家族として育つ。
    この世に共に生きた思い出をもつ。
    そのことだけで、感謝なんだな。

    「ありがとう」しかないな。
    私は、しばらくじっと天井を見つめるだけの節ちゃんの横顔を見つめていた。
    不思議なことが起こった。
    何だか節ちゃんが、50年前に亡くなった節ちゃんの母。
    つまり、ハルさんにそっくりになったことだった。
    私は中三で、ハルさんの死に水をとった。

    私は、節ちゃんの最期には間に会おうと、心に決めた。
    それがもきっと、この世での最期の「ありがとう」になるからだ。

    「また、来るよ」と言って、部屋を後にした。

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  • from: クマドンさん

    2019年08月22日 06時06分45秒

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    大変な夢だっな

    いやはや、酷い話だ。
    ところが、世の中酷い話が多すぎる。
    慣れというのだろうか。
    昔からこうだったからとでも言うのか、変わろうとしない。

    「そこのところ、こう変えてみてはどうですか」と言っただけで、
    「あいつは、煩いやつだ」
    「人の言うことをきかない生意気な奴だ」
    「こらしめてしまえ」と、私はよくやられた。
    それでも、私は、言うべきことは自分の信念を曲げずに言う。
    だから、こうして嫌われている。それでいい、と思う。

    いつも考えている。
    確かに、忘れられない。
    考えれば考えるだけ腹が立つ。
    こんちきしょうと思ったりする。
    私もそうだった。
    しかし、いつしか冷静になった。
    こんなことで腹を立てて、自分の気持ちを乱しても損だと思った。
    そういう人たちは、変わらない人たちだ。

    かえって、そうやっていることを自分が正義だ勘違いする人たちでもある。
    その勘違いしていることすら気付かない人たちでもある。
    そういう鈍感な人たちには、相手にならないことが得策だった。
    距離を保つ。会わない。相手にしない。愚かだなぁと思う。
    いつしか、私は、そうやってその腹立ちから抜け出した。

    ほっておくことも大事だと思った。
    そこへ行くから腹が立つ。
    いくら連絡があっても、「仕事があるから」と断る。待たす。
    私もどうにもならない人たちとたくさん出会った。
    きっと相手からは、私がそのどうでもならない人と思われているだろうが。
    それは、それでいいと、思った。

    人の気持ちは変えられない。
    人は、変わらない。
    それを変えるのは、私ではないということ。
    だから、全面降伏で諦めている。
    その人が居る場所に、私は行かない。顔を出さない。
    私は、そうすることに決めた。
    そのおかげで、不義理をあっちこっちでして、「あいつは・・・」だったが、
    金輪際、こんなことで腹を立てることは、辞めることにした。

    しかし、せみさん、大変な夢を見たね。
    同情するよ。

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  • from: せみさん

    2019年08月21日 23時50分47秒

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    夢の出来事

    おじゃまします。

    最近、夢を見ました。しかも長編・つらい・腹立たしい夢。

    以下 夢の話-----------------------------------------------------

    一か月後に大きな逃げられないイベントがある。今は7月終わり。

    ある日、年老いた母が信じられない行動を次々に起こし、近所にも
    迷惑をかけるようになった。
    大切な他の家族にも影響が大きく、母にある精神科病院を受診させた。
    病院の理解も得られ入院の手筈が整い、当日は病院を2往復し今後に
    備えた。病院の求めのままに。求めのまま、これからの生活のために。
    何度も主治医、看護師長、看護師、ケースワーカー、受付の方々、
    果ては夜間受付の方にも深々とお辞儀をし「母をお願いします」とね。
    母の日用品やおやつが必要な際の「お小遣い」も、私の小銭入れに
    あった1万5千円を1日当たり150円もの管理費が引かれると知りつつ
    お願いした。お願いしたよ。切なかったからね。
    翌日からの悲劇も判らずにね。

    翌日、思いもよらない出来事があり病院から連絡を受けた。
    しかし、仕事中でありすぐに動けず、動いた時は「後の祭り」だった。
    その日の夜、対応時間を過ぎていたが事情が事情だったので病院へ
    向かった。あまりの酷い出来事に一人対応する自信が無かった。
    妻に同行を願い、病院へ向かうと何事もなかったように笑顔で出てくる
    男性看護師がいた。吐き気を感じた。人は腹が立つと、呆れると、
    こんなこともあるようだ。
    妻が居てくれて良かった。居なかったら何をしていたんだろうか。
    帰りにコンビニ立ち寄りビールを買い妻に運転を代わり、助手席で
    ビールを飲んだ。苦いビールだった。妻には感謝しかなかった。

    次の日も、また次の日も、そのまた次の日も、病院へ向かった。
    仕事中に抜けて。帰宅後に。半日休暇を取って。
    半分以上は病院からの要求で。
    仕事中に当方の事情で病院へ向かい用を済ませ、仕事に戻る途中に
    食事を取り携帯を見ると病院からの着信。
    電話すると、ある手続きのため署名と印鑑が必要とのこと。1時間に
    私は病院で受付を通り手続きを行い、病棟で必要な面談などを済ませ
    病院を後にしたはずなのだ。
    また翌日に病院へ向かった。
    実に7日間で7回。毎日だった。

    その後もまだまだ続いた。毎日何らかの電話があった。
    言い出したらきりがない。何度も病院へ向かった。
    病院側は「医療」という大義名分において、対象である母の診療を
    進めるために家族の犠牲など関係ないようである。

    お盆での一時帰宅を強く求める母を「患者さんは落ち着き一時帰宅に
    なんら問題はない」とのことから帰宅を拒むなら私が母と面会し
    その旨を伝えろと。
    母に面会し事情を伝えるが理解できない。病院側は見えていない本質
    が間違いなくあるのだ。間違いなく。見ようとしていない。

    母が入院し事情を母の兄弟に話に回った。皆理解を示した。
    その日は息子の大事な試合の日でもあった。試合は妻に任せ移動中
    会場で息子の息遣いを感じ「がんばれ」と声をかけた。
    全国上位常連連選手に県ベスト8をかけた試合で敗れ帰宅した息子の
    表情は晴れ晴れとしていた「納得したよ」とは息子の弁。
    観戦した妻からは、そこまでの試合は危なげなく息子らしい攻めの
    試合だったと聞き嬉しくて悔しくて涙が出た。
    先に帰宅したため夕飯のハッシュドビーフの玉ねぎを刻んだせいかも
    しれない。

    お盆が過ぎ、残る夏季休暇期間中。
    試合で納得の結果を残した息子へ少しばかりのご褒美と近所の割烹に
    二人で昼に向かった。
    「好きなもの食べろよ」と言うと彼は「これでも良い?」と珍しく
    遠慮しながら一番高価な刺身の定食を選んだ。
    旨そうに刺身や茶わん蒸しを頬張る息子を見ながら、ビールを飲む
    時間は久しぶりのユックリ流れたつかのまの時間。
    昼寝をし8月末のイベントに向けた資料を聞きながら夕飯の準備に
    取り掛かると病院からの電話だった。

    今後に向けた母を含めた面談への参加者に妻や叔父など、その後の
    影響を考慮していない要求を受けた。
    私は理念や指針に標榜してある「患者や家族」と基本が欠落している
    言葉から全体に対してガバナンスの利く方の出席を求めた。
    これに対しガバナンスの意味さえ理解していない看護師長は私の
    要求を遮り翌々日の面談を更に要求し時間は私の自由で良いと。
    面談には主治医、ガバナンス知らずの看護師長、相談担当。
    いくら何でも時間の設定は必要と考え相談窓口へ電話すると、
    「少しお待ちください」のあと病院側から時間が告げられた。
    なんとも馬鹿げた酷い対応だ。

    面談にはボイスレコーダー持参。
    私の顔を見るや看護師長ともう1名は最敬礼だった。
    病院側からもボイスレコーダー使用の同意を求められたので、好都合。
    お互いに机に並べ主治医の話から始まった。
    面談時間の制限が大まかに伝えられ、私が伝えた要求に対しての回答が
    淡々とあった。その間、看護師長と1名は借りてきた猫のように大人しく
    前々日の強気の様子とは全く違う。
    主治医の話に途中、私の言葉を入れるが「立て板に水」。

    酷い病院だ。しかし何とかしなくては・・・。

    守る家族が私にはあるのだ。

    もう8月も下旬を迎えた。

    ----------------------------------------------------------------------
    夢はもう少し続いていたのだが。。。

    現実なら恐ろしい話。

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