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親父たちよ

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  • from: クマさんさん

    2011年06月30日 05時36分05秒

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    同じ過ちを繰り返す愚かさ

    「王瀬の長者」のテーマに、自然の命のつながりを守るために、
    人はそのつながりを断つようなことはしてはならないという掟を代代受け継いできたことがある。
    しかし、長者は己の欲だけで、その掟を漁師たちに命じて破らせる。
    その結果、長者の身に起きた悲惨な運命。
    実は、先人たちは、この物語を通じて二つの教訓を私たちに残してくれているのだ。
    一つは、自然を守れ。それが、人を守ることなのだ。という自然の掟である。
    もう一つは、欲のためにその掟を破った者には、恐ろしい運命が待っているぞという警告だった。

    そして、その摂理を理解し、実行することが、人の叡智なのだという教えだった。
    このテーマは、まさに現代に行われている世の中に対して当てはまる。
    「王瀬の長者」の現代性に、逆に私は脚本を書きながら教えられる。

    ところが、その長者がまた愚かにもこの掟を破ろうと動き出した。
    「玄海原発の再稼働」である。
    この原発の1号機は、1975年に稼働し、日本一危ない原発だそうだ。
    圧力容器が劣化し、相当ガタが来ている状況で、劣化を示す数値も高くなっているのに、
    稼働していると言う。
    また、福島の原発の事故が終息どころか、
    全く前進せず、見通しも立たない状況が在り、
    多くの国民が放射能汚染を怖れ、故郷を追われている現状なのに、
    「安全は国が保証する」とは、絶対の矛盾ではないだろうか。

    また、福島の事例でも分かるように、
    もし玄海原発で圧力容器そのものが大爆発を起こしたら、
    容器内のほぼすべての放射性物質が放出されるはずだ。
    すると被害は九州全土だけでなく、遠く大阪までも避難区域になって住めなくなってしまうそうだ。
    その被害は、中国・アジア諸国・欧州にまでも及ぶこととなる。

    そんな国家的な問題なのに、大臣が独り「国が安全を保証する。」と言いに出かけ、
    町長は原発交付金が欲しいために、「安全宣言」を行い。再稼働を受け入れ。
    知事までも「前向きに検討する」と発表された。
    まず、この問題はこの三人が決める問題ではないということが、
    どうして政治屋たちには分からないのだろうか。
    故郷を追われた南相馬市の人たちや、
    風評被害で多くの被害を受けている県や市町村の人たちの苦しみを考えて、
    この結論を出したのだろうか。

    また、せめて半径50キロ圏内の全ての住民の「合意」を得るべきではないだろうか。
    自然エネルギーへの転換を図るべしと福島の原発事故は警告を発している。
    今、放射能被爆国の日本こそ、「脱原発」を宣言して、
    将来的には全ての原発を廃炉にするという宣言を国際社会に対してすべき時なのに、
    何でまた政府が掟を破るようなことを、漁師たちに命じてやらせようというのであろうか。
    「国が安全性を保証する」という、この言葉の虚しさを国民はみな知っている。

    本当に、誰か次の選挙のことなど考えないで、
    自分の身を呈して「国民の生命と安全と財産を守る」本当の政治家はいないのだろうか。
    まず、イタリアのように「国民投票」をしよう。
    日本国は、国民一人一人が幸せに生きられる権利を守る国であるはずだ。
    これだけ大事故を起こし、国家的な予算を使ってまでも終息の見通しすら立たない原発を、
    どうして即刻止められないのか、私はそちらの方に驚きと幻滅とを感ずる。

    今も垂れ流されている原発を止め、被害を補償するための数兆円の予算は、
    本来日本国民一人一人の幸せのために使われるはずの血税ではないだろうか。
    その虚しさに、まだ長者は気付かないのか。
    日本の政治屋に哲学なし。
    また同じ過ちを繰り返そうとしている。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月29日 05時23分52秒

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    懐かしい声の乱入

    昨日の夜、突然電話がかかって来た。
    昔一緒にビオトープなるものをやっていたHさんだ。
    酔っ払いの電話だったが、懐かしい声だった。
    「親父たちよ、面白くないよ」との苦言を呈した。
    故郷東京に転勤した人だった。
    新潟に居る時は、よく日曜日の朝に我が家に朝食を食べに来た。
    私が起きて下に行くと、彼がでかい声で話しながら朝食を食べていた。
    それも予告なしの乱入だった。

    もう10年前になるだろうか。
    私たちは新潟県学校ビオトープ連絡協議会なるものを設立した。
    学校ビオトープの普及を目指し、結成された団体だった。
    まさにそこは異業種交流の場で、
    自然環境専門学校の校長さん、粗朶作り会社の社長さん、民間企業の環境担当、市職員に、専門学校の学生さんに、主婦等、
    今思えばよく集まったものだと感動ものだ。

    この会では、飲み会を最優先に考え、
    月1〜2回のペースで専門学校の教室に集まり、
    それぞれの企画を持ち寄り、お互いに支援しながらの実践を続けた。
    その後は、9時から飲み会なのだ。
    やっぱり若かったと言うことだろう。
    飲んでは、環境教育やビオトープについて熱く語ったものだった。

    この会では助成金をもらい、毎年のようにシンポジュウムやフォーラムを開催してきた。
    その時に誕生したのが、「王瀬の長者」の演劇だった。
    まさか私が演劇を始めることになろうとは・・・・。
    そんな驚きの展開も、その当時はごくごく自然に進められた。
    その時、五十嵐劇場のメンバーと出会い、堀川久子さんを知った。
    ワークショップに参加して、この企画を話した。
    演劇には全くの素人集団の私たちであるが、
    このプロたちの支援と協力があればやれると信じた。

    制作・脚本・演出は私。
    役者はHさんを始め、味と存在感たっぷりの会員になってもらった。
    そして、大助は校長先生、小助は堀川さんだった。
    2000年の10月だったろうか。亀田土地改良センターのホールが初演の会場だった。
    前夜のリハーサルで堀川さんの鬼気迫る踊りを観た時鳥肌が立った。
    「私がやりたかったことは、これだったのだ。」
    それが私の演劇事始めであった。

    粗朶の社長の長者は、当日まで台詞を覚えて来なかった。
    Hさんを始め登場した役者たちはアドリブで笑わせた。
    その時のヒローインは、今は東区市民劇団の役者の一人となっている。
    今もあの舞台が目に浮かぶ。
    その光景はセピア色のスーパー8の映像で、
    私の心に映し出される。

    Hさんは、7月に突然新潟に来るらしい。
    10月には劇団は新しくできる東区文化ホールの杮落としで「王瀬の長者 復興編」を上演する。
    今劇団はその稽古の真っ最中だ。
    私が書いた5作目の「王瀬の長者」の劇となる。

    ビオトープとは違っているが、
    「持続可能な社会」と「命のつながり」というテーマはいつも変わらず脚本を書いている。
    そんな人に私を変えたのが、この学校ビオトープの仲間たちなのだ。
    この出会いは何ものにも替えがたい。
    そんな人生をある時代生きられたことを改めて感謝している。

    それにしてもHさん。相変わらずの酔っ払いだった。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月28日 06時12分34秒

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    心の平安

    月日は、淡々と流れて行く。
    いつの間にか6月も終わろうとしている。
    4月からたった3ヶ月だが、いろいろとあった。
    その中で感じることは、やっぱり体力の衰えと心の抵抗力の衰えである。

    私は、ある時点で峠を越え、今は里に向かっての下り道を歩いている。
    53歳と言えば30年前の私から見たら、
    立派な親父でもある年代だ。
    年寄り臭いとでも言うのだろうか、本当はそんな年になっているのだ。
    これからは減算方式で、決められている残りの時間が淡々と減らされるばかりだ。
    それは、父と母にはもっともっと切実なことだと想う。

    死ぬことが怖くない人はいるのだろうか。
    人は、その日常の中で忙しく生活しながら、
    自分が死ぬ存在であり、この世からいつか消える存在であることを忘れる。
    しかし、その瞬間は全ての人に訪れるのである。
    その時、私は恐怖しているであろうか。
    その時、私は後悔しているであろうか。
    その時、私は慙愧の涙を流すであろうか。
    しかし、平安でありたい私は、だから今を生きているのかもしれない。

    死んだら人は、どこへ行くのか。
    今度の脚本のテーマの一つに、そうした死者との交信がある。
    「死んだら、死なない人になるのではないか」
    「死んだら、いつでも大好きな人のそばにいられる人になるのではないか」
    「死んだら、欲望や憎しみや嫌悪がなくなり、平安で心が平らなままでいられるのではないか」
    そんなことを書いている。
    そう想うと、死ぬことは、
    こんなに心が痛めつけられたり、人の我がままで傷つけられたりすることもなく、
    平穏に生きられることなのではないかとも想っている。

    「リフレィンが大切です。」
    淡々と日々の生活を繰り返している父と母。
    それは自然の摂理を受け止めて、抗うことなくあるがままに生きている姿だ。
    それは、私の30年後の姿である。
    人は、生まれ、育ち、老いて、死ぬ。
    そのリフレィンの中に、大自然の四季がある。
    いくら抵抗しても、この道を反対に歩くことはできないのである。

    しかし、その先にあの大自然のような静けさと平安があると想うことで、
    少しは癒され、生かされるのだ。

    「100,000年後の安全」を観た。
    放射能は全てのリフレィンをただちに立ち切ってしまう恐ろしいものだった。
    例え、それを地中深く埋めたとしても、その恐ろしさは10万年変わらない。
    人間は、核廃棄物の処理方法を考えないまま、
    世界中に25万トン以上の核のゴミを抱えている。
    福島の原発を見つめることで、人の愚かさはよく分かる。
    3か月たっても、何一つ進展していない。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月27日 06時11分27秒

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    何かを始めることの楽しさ

    短いスパンで物事を計画する。
    無理なく、楽しめる範囲で計画したことは実行する。
    実行しながら、そのプロセスを楽しみ、仲間との絆を深める。
    やる前にいろいろとネガティブな思考をする人がいるが、
    そこに巻き込まれてしまうと何も先に進まない。
    まず歩きだそう。
    それから一つ一つ課題を見つけて、みんなで協議しながら進めて行こう。

    こうした活動を発信するためには、最も大切なことはビジョンだった。
    その先にある目指している夢とは何か。
    そのビジョンの共通理解があればいい。
    同じ夢を共有するから、絆が強く、逞しくなっていく。
    具体は、手の届くスパンで実践行動を続け、
    いつもその先には、何年後かの夢が在る。

    百年後の夢を実現しますでは、誰もついて行けないが、
    こんなこと三カ月後にやりませんかだと、私も乗ったになるかもしれない。
    大きなことを始める時は、その初めの段階のちょし方が大切なのだ。

    但し、ここで大切なことは、資金のことである。
    赤字は絶対に出してはいけない。
    誰かに過剰な負担がかかったり、
    誰かがそのリスクを独りで被ったりするような計画は、
    当初から破綻している計画なのだから、止めた方がいいのだ。
    金の問題は、なかなか表には見えて来ないが、
    ベースでしっかりとした収支計画を立て、
    公的に正当な処理をされていなければ続かないことも分かっている。

    そんな会議が、昨日の夕方にあった。
    そんな話し合いに参加するといつもわくわく感を感じてしまう。
    今は計画の段階で、何も出来てはいないが、
    ここでゴーが出されれば、
    今はこの世に存在していない物が、
    この世に存在することとなるである。
    無から有を産み出す。
    その生みだす力とは、お互いが共有する「夢」の力なのだ。

    私はこれまでいろいろな機会にこうした企画に参加し、
    それまでこの世に存在していなかったものを、
    この世に存在させてきた。
    不思議なもので、そうして何かをおっ立てるスタートに立つと、
    異常にやる気が高まり、強引なぐらいエネルギーが蓄積され、
    何もかも忘れて猪突猛進することに喜びを感じてしまうのだ。
    「やりましょう」
    「やり切りましょう」

    金曜日の夜には、山ノ下を考える会で「山ノ下なじらね音楽市場」の計画が承認された。
    市からの予算も認定された。
    これでまた一つこの世に存在しなかった音楽祭をこの世に存在させられたのである。

    何だか最近気付いたが、どうもそこに私の生き甲斐があるようなのだ。
    そんなクマを使ってくれるならばと、
    ぷれジョブフォーラムのために「かさこ地蔵」の脚本を一本書いた。
    これも障がいのある子とその親とで創る劇団の第一歩としたいという「夢」の初めの一歩なのだ。

    追伸:7月の発行される「にぽにぽ」で「なじら家」が特集されている。
    そこには、コンサートの写真が掲載され、我が劇団のメンバー多数が写っている。
    そして、8月の音楽市場のインフォメーションが載っている。
    ぜひぜひお楽しみに。

    なじら家の主人Cさんのブログ「おれんじ親父」http://orange.ap.teacup.com/oyaji/

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  • from: クマさんさん

    2011年06月25日 12時28分09秒

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    ぐずぐず

    いやはや本当に落ち込んでしまった。
    詳しくは書けないが、やっぱり大きな心の重荷だ。
    まさかこんなことになるなんて・・・。
    とは思っても、それはやっぱり後の祭りなのだ。
    よくよく考えたら、やっぱりその原因は確かにあった。
    私がしたちょっとした対応の間違いと、
    心のずれを感ずることができなかった鈍感さが、
    このことを惹き起こしたようである。

    反省だ。しかし、致し方なかったとも想う。
    私ながらに精一杯やったつもりだが、
    こんな予想外の結果となってしまった。
    無力感に打ちひしがれている。
    それに追い打ちをかけるように、
    陰湿な攻撃は続いている。
    私の心が弱るのは当たり前だ。

    そんなに人は強くは出来ていない。
    睨まれたり、批難されたり、陰口を言われることはなかなか辛いものである。
    それもわざとやるのだから陰湿だと想う。
    そんな中でのこの事態。
    心がぽきりと折れそうなのだ。
    切ねぇなーーーーっと、泣いてばかりもいられない。

    無理解と批判と差別があろうとも、
    その状況の中で責任をもって全うしなければならないのだ。
    世の中とは、やっぱりそんなものなのだと改めて実感している日々である。

    不思議なことに、そんな心が折れそうな悲しみの中にある時、
    心を癒してくれるのは、無言で生きる生き物たちだった。
    水槽の中にメダカの赤ちゃんが10匹ほど泳いでいる。
    私はじっとその泳ぐ姿を見つめる。
    すると何故か知らないが嫌なことを忘れ、心が癒される。
    メダカの卵の中の赤ちゃんを見ている時もそうだった。
    可愛いなぁと、想いながら覗くうちに、
    心が少しだけすっきりとする。

    プランタでトマトやナスやきゅうり等を育てている。
    毎朝夕にその野菜の世話をして、水をあげる。
    そんな時も野菜に語りかける自分がいる。
    人は意地悪に陰口を言うが、野菜は何も言わずに受け止めてくれる。
    そして、日々成長する姿を見て、何だかこちらが励まされ、
    もっともっと世話をしたくなってしまう。
    私は、メダカや野菜たちのおかげで、無言のカウンセリングを受けている。

    辛い人間関係からは逃げ出すことはできない。
    人は変わらないものだ。
    そんな中で慰められ、癒され、
    心の原点に帰る機会をこの自然の生き物たちは私にくれる。
    自然の命は、実に優しいものだった。
    そう想うと、人がとても情けなくなってしまう。

    しかし、私もその人の一人なのだ。
    私のしたことが酷く人の心を傷つけて、
    取り返しのつかないことになってしまったかもしれない。
    日々、心痛む私だから、その痛みを与えてしまったことを後悔している。

    本日、何もやる気が起きない。
    閉ざされた部屋で、ぐすぐずと一日生きる。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月24日 04時56分14秒

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    本質を信ずること

    やっぱり起きてしまった。
    午前3時45分。
    U-22の日本代表の試合結果が気になった。
    1対2で破れたものの、総合得点で勝利した。
    いよいよ本戦に駒を進めた。
    そのまま起きているから、今は眠くて仕方ない。

    さて、次男のことだ。
    この前彼のサッカーの試合をこっそり観に行ったら、
    トップで独り奮闘する彼の姿があった。
    頑張っているなぁと応援していたら、髪が少し茶色になっていることに気づいた。
    即、妻に携帯で電話して聞くと、
    友達の家でいたずらに染めたのだと言う。
    それも4月頃の話なのだ。
    がーーーん。親父は何も気付いていなかったのだ。

    長髪で、美容院に行って切ってもらっても、やっぱり長髪だった。
    何のために高いお金を払って髪を切ったのか分からない。
    親父としては、情けないが、余計なことを言うことをぐっと堪えた。
    通学の時、ズボンを下して行く。
    家を出る時はさすがに私に言われるので、
    玄関を出てから下すらしい。
    そんな姿を職場に行く途中の私は見つけた。

    そっちの道に走ってしまった次男のことを、
    親父としてはどうしたらよいかと考えている。
    「しっかりと親として言うべきだ」という声が心のどこからか聴こえる。
    「いいではないか。今だけなのだから」と、寛大な言葉も聴こえる。
    親父として、ここで真っ向勝負に出ても、
    彼はもっともっと意固地になって、私に対して長髪で挑発するだろう。

    しかし、何だか彼の気持ちになると、
    そうせざるを得ない彼のことが少し可哀そうにも想われる。
    そんなことしなくてもいいのに。
    そんな環境の中にいると、そうせざるを得ないこともあるのだろうなぁ。と。
    高校の教師からは、よき印象は持たれていないだろうなぁ。
    親はどうしているのかと、思われているかもしれないなぁ。
    でも、彼は、彼の人生を歩いているのだ。

    この年頃、ちょっとの「ワルサ」は当たり前だろう。
    親から自立するための反抗期の真っただ中でもある。
    どうしてそうするのか。
    そうしながら何を考え、何を感じているのか。
    「叱る」より前に、次男の目線に「降りる」が先になる。
    そんな親父は、役立たずなのかも知れない。
    私は、次男と喧嘩し対立することを怖がっているのだろうか・・・・。
    そうではないつもりなのだが。

    アゥェーで敗戦しても、総得点で本戦に出場できる。
    彼は、1年生ながら新潟県でも名監督と認められている監督から選ばれ、
    ワントップのFWとして試合にフルで出場している。
    昨日は帰って来たらエレキベースを弾いていた。
    今度バンドを組むのだそうだ。
    父と母にはとにかく優しい男なのだ。
    そして、乱暴な口調で暴れることは少ない男だ。
    これから彼の人生にはいろいろなことがあると想う。
    それでも彼にはよき仲間たちがいてくれるから、
    総得点では、きっと人生の本戦に出場できる男ではあるだろう。

    いい奴なのだ。
    しかし、その見かけが・・・・・。
    包装紙の派手さに右往左往するのではなく、
    その奥に在る彼の本質だけを信じて、見つめる親父でありたい。
    戦わぬ意気地なしの親父は、そう想い自分自身を慰めている。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月23日 06時13分35秒

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    ライフを守る

    喉元過ぎれば、熱さを忘れる。
    人は、忘れる動物だと聞いたことがある。

    あれだけ連日報道されていた東日本大震災関連のニュースが静かになってしまった。
    被災地の復興や、被災者の現状についてのレポートも少なくなった。
    未だに日本中から集まった義援金が分配すらされていないと言う。
    新潟に避難している人たちの生活は守られているのだろうか。

    原発関連のニュースも同じだ。
    3か月たっても未だに終息への第一歩も踏み出せない現状だ。
    放射線量の測定器を人々が手に入れ、地域の放射線量を測定すると、
    驚くべき数値が出ているそうだ。
    水素爆発で撒き散らされた放射能物質は、ジェット気流に乗って、
    世界中に拡散されたそうである。
    子どもたちは屋内での活動を余儀なくされ、
    放射能による内部被曝を避けるために、遠い県外への転校する子が後を絶たない。
    親の気持ちとしては、当たり前のことだと想う。

    もし、玄海原発や福井の原発が爆発したら、
    日本人は逃げる場所すら失ってしまうのだ。
    放射能で汚染された国土で、生きるか。
    それともこの国を捨てて海外へ移住するかだろう。
    それでも、今日も原発は稼働している。

    さてさて、どうすればこの危険な現状を止めることができるのだろうか。
    しかし、日本人の常として、いつしか時がたてばそのことを忘れ去ってしまうのだろうか。
    南相馬市で今も認知症の妻と二人で暮らす老教授のレポートを読んだ。
    地域住民は、強制的に避難させられた。
    その避難先で多くの病人や老人が亡くなっている。
    そして、避難先の放射線量はその土地より数倍も多かったりする。
    彼は、ライフラインがまだ残るその住みなれた土地に住み続けることを選択した。

    しかし、既に多くの住人が避難し、生活に必要な機能を果たせなくなっている。
    生活必需品や食糧を買う商店もなく、公的な機関も移転している。
    まさに陸の孤島に暮らす人となった。
    避難所ではないから支援を受けることができず、
    孤立無援の中で二人で寄り添うように生きている。
    「ライフ」には、「生命」という意味と、「人生」という意味がある。
    原発は、平安に暮らしていた多くの人の「人生」を奪った。
    老教授は、そう語っている。

    そして、この原発を推進し、賛成し、反対派を黙らせて来た人たちは、
    この局面に立って、立場や主張を翻し、被害者の一人となっている情けなさ。
    責任は、推進した人にある。
    せめて「人生」を奪われ、「生命」すら奪われた人たちに対して、
    推進した人たちは、心の痛みをもつべきなのではないだろうか。

    人は、忘れなければ生きてはいけない動物かもしれない。
    私は、忘れてしまいたいことが多すぎる人間だ。
    しかし、この東日本大震災と原発のことは、
    決して月日の流れの中で風化させてはいけない事実なのだと私は想う。
    今こそ、市民レベルの連携と活動で「ライフ」を守る時代が来たのだ。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月22日 06時05分33秒

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    感性の森

    レイチェル・カーソンの感性の森という映画を観た。
    いろいろな意味で学ぶことの多い映画だった。
    この映画は、カイウニラ・リーという女優が、
    レイチェルの生涯に感動して、彼女の死後に一人舞台を18年間演じて来た。
    その舞台を映画に演出しなおしたものだった。

    画面に向かって語るのは、レイチェル独りだ。
    それもただアップで、淡々と切々語り続ける。
    その語りと表情と生き方の重みが、こちらに伝わり、
    いつか惹きつけられ、離れられなくなってしまう。

    小説家を夢みて、貧しい暮らしの中で家族を養いながら本を書いた。
    生物学と出会い、生涯環境保護のために戦った。
    沈黙の春は、全米で行われていたDDTの散布による生物の多大な被害を警告した書物だった。
    出版と同時に大反響となり、化学企業や農業関係者から誹謗・中傷。バッシングの嵐を受けた。
    その時、既に癌に犯され、放射線治療をしていた。
    それは、確かに孤独な戦いだったと想う。

    しかし、このレイチェルの告発と戦いがあったからこそ、
    アメリカでは環境保護のためのさまざまな法律が成立した。
    自然環境を守ることは、人の命を守ることなのだという彼女の主張が認められ、
    ここから自然環境保全と保護の動きが始まった。
    つまり、彼女は独りの戦いで時代のターニングポイントを創り上げたのだ。

    「作者が主題を選ぶのではなく、主題が作者を選ぶ。」
    「抗議すべき時に声を上げない者は、臆病者と呼ばれても仕方ない」リンカーン。

    何よりも、立った独りの語りでの1時間。
    その人間としての存在感と威厳に満ちたこの女優の姿に心打たれた。

    今、放射能で汚染された日本になってしまった。
    放射線量を測定する機器を一般の家庭で購入する時代となった。
    セシュームが各地で検出され、何百キロ離れた土地でも内部被曝に怯えている。
    しかし、これは、自然が起こしたものではなく、
    愚かな人間が欲のために創りだしたものなのだ。
    DDTだって夢の農薬と宣伝され、売り出された商品だ。
    それを批判したレイチェルは、孤立無援の戦いをした。
    放射能に対しても一部の良心的な科学者は警告を鳴らし続けたはずだった。

    しかし、人間は目先の欲と効率と補助金に負け、
    多くの科学者は政府と電力会社の御用聞きとなり、
    莫大な研究助成金をもらい原発推進を推し進めた。
    福島は、チェルノブイリの例で分かるように、悲しいことだが何十年とこのままだと想う。
    放射能の恐ろしさを知りながら、その危険性を想定外として、
    日本人を放射能で被曝する恐怖にさらし、
    国土の自然を情けないぐらいに汚染してしまった人間は実に実に愚かな生き物なのだ。

    終息の目途は立たない。
    コントロールは不可能だ。
    そんな怪物を製造し、自然界に撒き散らしている人間。
    歴史は、いつも繰り返されると、そんな現実を見て私は悲しくなってしまう。

    このままでは、また同じような事故が起こり、放射能汚染が行われることは想定内だ。
    人が造ったもので壊れないものはないとレイチェルも語っている。
    「自然に対する畏敬」をもって、
    私たちは、放射能を絶対にノーと言える世の中にしなければならないのだ。

    それは、決して「電力」や「経済」や「補助金」の問題ではなく、
    人間としての守るべき尊厳と命の問題なのだ。
    「自然を守るとは、人間の幸福を守ることだ。」
    今から50年前に独りの女性がそう語っていた。
    それなのに、人間は・・・・・。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月21日 05時32分58秒

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    奇跡のコンサート

    土曜日は、奇跡のコンサートだった。
    今、私たちが聴いている音楽こそ、
    「ここ」を超えた「あちらの世界」であり、
    その世界は奥が深く、果てしない世界なのだった。

    サックスのIさんは、フランスの教授の演奏を聴き、
    自分も含めて聴衆の学生が号泣している姿に感動し、
    「これしかないと」想い、フランスに留学した人だった。
    エッフェル塔に昇ることも忘れ、
    3年間は音楽に没頭する日々だったと話してくれた。
    その人の音楽なのだ。

    ピアノのOさんは、実に美しいピアニストだった。
    音楽大学を首席で卒業し、
    ヨーロッパのコンクールで優勝している実績がある。
    音楽性が豊かで、芳醇な音楽ワールドがその指から奏でられる。
    サックスとピアノのコンビネーションが実に絶妙で、
    観客は、感動の嵐だった。

    私は、泣いて、また泣いた。
    多くの聴衆は音楽に聴き入り、すさまじい集中力だった。
    演奏の素晴らしさに惹きこまれ、魂が魅了されていることを私は感じた。
    それは、人々の拍手の温かさと、「ブラボー」の声の熱さからよく分かった。
    そして、その拍手と声とで、また演奏者が高揚し、
    最高の音楽を創造したいと願い、実行するのだ。

    一流の音楽家とその演奏に感動し熱き声援を贈るピュアな聴衆。
    奇跡は、その瞬間起きている。

    Iさんには、8月27日の「山ノ下なじらね音楽市場」でまた演奏していただける。
    本当に残念ながら、Oさん静岡に行かれてしまうとのことだった。
    懇親会で、一人一人が感動のメッセージをお二人に伝えることができた。
    私は、ワイン一本空にしたただの酔っ払いとなってしまった。
    そのために何と二日間はグロッキーだった。

    あの音は、既にどこにも存在していない。
    あの瞬間は、二度と再びこの世には存在しえない。
    あの奇跡に立ち会えた人たちは、幸運な人たちなのだ。
    山からの絶景は、山の頂まで登った人だけが味わえる至福なのだ。

    私は、二人の音楽に賭けるパッショネーションに敬意を感じた。
    奇跡をありがとう。
    音楽をありがとう。

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  • from: クマさんさん

    2011年06月18日 06時41分39秒

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    新たな旅に向けて

    本日トニー賞の授賞式。
    まったくこれまで関係なかったが、
    このプロードウェーのミュージカルは、とにかく凄いの一言だった。

    たった今、録画していた「メンフィス」を観た。
    ヒューイという反逆児を演じた役者に圧倒された。
    人間が人間に震える。
    絶唱する姿に魂が感動する。
    やりきっている。生き切っている。燃えきっている。
    それをダイレクトに感じ、感動し、涙し、
    最後はスタンドオペーションで役者さんたちの熱演に感謝する。
    たった2時間。それが人生。
    舞台のもつ絶大で不思議で熱い力にいつもいつも魅せられた。

    舞台を創ることとは、一体何だろう。
    私はオリジナルの脚本を書く人だ。
    ベースになる物語や人生のドラマは存在していた。
    そこから伝えるべきテーマを見つけ、物語として紡いでいく。
    題材が決まり、テーマが決まると、
    それを演ずる役柄を考える。

    役者さんを想い浮かべながら、台詞を書いて行くと、
    初めてその役に命が吹き込まれ、その人らしさで存在するようになる。
    悲しみを語る。怒りを語る。愛を語る。裏切りを語る。絶望を語る。希望を語る。
    私は、悲しみの人。怒りの人。愛の人。裏切る人を創り上げる。

    言葉は、その人となる。
    多くは語らない。少なく語り、その語りを受けた人がまた語る。
    まるで布を織るようにして、言葉を織り込み、繋げていく。
    物語とはその文字の通り、物を語ることなのだ。

    私は、そんなに舞台を観ていない。
    私は、ある時大女優の舞台を観て失望したことがあり、
    シェークスピアの舞台を観て、途中で逃げ出したくなった人だった。
    そんな人が、こうして舞台の脚本を書いている。

    とにかく専門家や高い目線からいろいろと言われることも多い。
    私は、いっさい無視をして書いている。
    私は、私の舞台を創りたいからだ。
    その舞台とは何か。それをある日分かった気がした。
    劇団の仲間たちとNST祭りでやすらぎ堤で飲んでいた時のことだった。
    そこにいて楽しんでいる老いも若いも男も女も全ての人が、
    「今日は芝居でも観に行くか」と言って、
    気楽に気軽にごくごく当たり前に劇場に来れる演劇なのだ。

    歌が在り、笑いが在り、涙が在り、人生が在り、慰めと癒しとが在る。
    観た人が終わった時に、何だかちょっとでも生きる力をもらった気がする演劇。
    あたたかい拍手が鳴りやまず、出演者も観客も泣ける演劇。
    私たちはまさにそんな時間を共有したくて、あの劇場に行くのではないだろうか。

    playは、「祈り」でもある。
    あの「メンフィス」の主人公ヒューイの破天荒な人生を観て、
    「反逆児はいつか飽きられる」
    「世の中は既にお前がやっていたことが当たり前になったんだ」
    と言われ、テレビ局から追放される彼を観て、
    やっぱり何だか泣けてしまうのだ。

    それでも彼は音楽から離れられず、
    立った一人のリスナーのラジオのDJをやって細々と生きている。
    そこに大スターとなった昔の恋人が突然訪ねて来る。
    「今夜メンフィスでコンサーがあります。来てください。」と。
    しかし、自分を裏切ってニューヨークへ旅立った彼女を許せず、
    行かないと宣言した。
    さてさて、ラストはどうなるか。
    体が震える感動が待っていた・・・・・。

    目指すは、プロードウェーだ。
    山ノ下の片隅に生きるヒューイは、
    そんな夢をもってこれから新作に取りかかる。
    これから何カ月も頭の中は、その作品の舞台となる。
    辛く、険しく、厳しい旅だが、感動的なラストがきっと待っているはずだ。

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