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親父たちよ

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  • from: クマさんさん

    2013年04月30日 11時44分41秒

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    再生をする

    2ヶ月間死んでいた。
    晴天の霹靂。
    予想外の運命の変遷。
    何でこんなことが私に起こるのか。
    それから、私は心と体とを疲弊させるばかりだった。

    午前に眠りながらも、夜中に目覚める。
    そこから、また眠られなくなってしまう。
    心配と不安と焦りとで、心が支配されてしまう。
    「だめだ。」「無理だ。」「できないよ。」
    そんな否定的な言葉しか浮かんで来なかった。
    まず、こうして妄想に取り憑かれ、やっつけられていくのだった。

    睡眠不足は、脳から休息を奪ってしまう。
    朝までそれからはうつらうつらとするばかりだ。
    重い頭で朝を迎えると、何とも意欲が起きないものだ。
    「あと5分」「あと3分」とにかく時計が恨めしかった。
    ある種の出社拒否症とでも言うのだろうか。
    自信がなく。不安なのだ。
    だから、支度をするのにも勇気が必要だった。

    「大丈夫。大丈夫。」と、自分に言い聞かせても、何もならないことは分かっている。
    仕事は、やっぱり私のキャパと能力を越え、
    判断ができず、どうしたらよいのか分からず、決断ができなかった。
    そのことがとても怖く感じられるのだった。

    酒の量が増えた。
    酒に逃げたし、酒に忘れた。
    そまために、睡眠障害を起こして夜中に目を覚ましてしまうのだった。
    5時起きの私は、いつか6時半でも起きなくなってしまった。
    朝のトレーニングはストップしたままだった。
    そして、この「親父達よ」も同じだった。
    書く気が起きない。走る気が起きない。
    やっけられるとは、こういうことなのだ。

    さて、死んだ私がここに居る。
    とにかく焦ってはだめだが、このままでは何ともならないことはよく分かっている。
    凄まじい孤独感の中にある。
    切ないし、辛いし、助けを求めたいが、
    今は独りで乗り切らねばならないのだ。

    私は、依存ではなく、本当の意味での自立を考えている。
    この状況とは、それを私が学ぶためにあるのではないだろうかと思っている。
    2ヶ月間、本当に死んだような状況だった。
    耐えることの限界を迎え、私は今の選択をすることにした。
    心は後悔でいっぱいであり、自責の念からは逃れられないと想う。
    しかし、「どういきるか」は、今日もあるのだ。

    やはり行動あるのみだと思っている。

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  • from: クマさんさん

    2013年04月07日 10時53分57秒

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    思うこと4

    「幸福とは物ではなく心である。」
    「幸福は外ではなく内である。」
    「幸福とは善い魂のことである。」
    「善くなるために努力している魂も、幸福である。」

    心ほどやっかいなものはない。
    こうしたいと思うのだが、まったく思い通りにはいかないからだ。
    朝、ぱらぱらと雨が降り、今は予報通りに大荒れの天気となった。
    自然とはそういうもので、心もまた同じものだ。
    心をコントロールできない。

    一ヶ月間、つくづくそのことを感じた。
    大丈夫。そんなことたいしたことないよ。心配するな。
    私は、弱ったときはやっぱりネガティブに考えてしまう。
    そう人から言われても、心はそうなってはくれない。
    私の心は、やっぱりやっかいなしろものだった。

    しかし、もっと内なる存在を信じて、それに委ね、任せていけば楽になるはずである。
    全てのものは、既に与えられていたりするからだ。
    ここに在る。
    そのことを焦ったり、自己否定したりして忘れないことである。

    心とは、私が善く生きるために私であってくれる存在だ。
    今は、こんな状況である。
    悲しいくらい生きる力が枯渇している。
    それでも、心は死なないのである。
    今は、元気なく、弱り、枯れていたとしても、心の根はしっかりと大地に根ざしているはずだ。

    「主人公」と呼べばいいんだ。
    そしたら、「はい」と答えればいいんだ。
    それを気がついたら繰り返し、繰り返し行うことなのだ。

    忘れてはならないことは、自分で在り続けるということである。
    そして、こんなちっぽけて愚かでいくじなしでぐうたらでどうにもならないいい加減な自分も、
    人も愛するということなのだ。

    それが善くなるために努力している魂ということなのかもしれない。
    自分を好きになる。
    自分が自分らしく生きる。
    どう生きたら善いのか魂に問い、魂の声だけを聴く。
    そして、人のために為すべきことは為す。

    自分という自然から始める。

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  • from: クマさんさん

    2013年04月07日 10時27分28秒

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    思うこと3

    「人生は、今回限りではない。人生は、終わりではない。」
    「これである。この認識の厳しさこそが、善く苦しむための力なのだ。」
    「善く苦しむことのできる私は幸福である。」   池田 晶子

    さて、仕事から逃げるために、少し時間を作り、久しぶりに自分と向き合ってみる。

    苦しむことは、やっぱり人生の大前提なのだ。
    私は、こんな状況になってから、周りの人たちが偉く偉く思われてしかたなかった。
    すごいよなぁ。やりきっているよなぁ。たいしたものだなぁ。と、
    周りの人たちの仕事ぶりをみて感心するばかりである。
    そういう私もこの仕事をして30年以上はたっているはずなのに・・・・。
    あまりにも自分がちっぽけで、貧しく、情けなくなってしまった。
    しかしだ。本当は、その人たちも苦しみの中にあるのだった。

    死んで、終わらない。
    この魂の責任をいったいどう果たそうというのであろうか。
    この魂は、私のものではないのだ。
    ここで、この時代のこの時間にこの場所にこの家族の中に、
    この魂は預けられた。
    私は、確かに私であるが、本当の私とは私自身すら知らない大いなる私。
    禅の言葉で言う「主人公」なのだと思う。

    ということは、私は私一人で苦しみの中で生きているのではないということだ。
    全てあらゆることが必然であったと、今も思う。
    人生を振り返った時に、その道筋は右往左往し、時には谷底に落ち、行方不明となり、
    藪となり、暗闇に堕ち、もうだめだと何度も想い、それでも遭難せずに、
    ここまで続いた一本の道。
    その苦しみの最中では、その苦しみの意味と必然とは絶対見えないものなのだ。

    でも、今は想う。
    あれも、これも、あのことも、このことも、あってよかったのだと。
    それは、私を通してこの世に語り継ぐべき何かを、
    私が素直にその導きの声に聴き従い、逃げずに、誤魔化さずに、臆病にならずに、
    それなりにまっとうすることが、善く苦しむ生き方なのだということなのだ。

    私は、人に問うべきではなかったのだ。
    私は、人からとやかく批判されることに辛く思うことはなかったのだ。
    まず、善く苦しく生きるためには、勇気をもって何を選び、決断すべきか、
    それを日々考えることこそ、魂となって生きる私の幸福感となるのである。

    いや、もうすでに私を包み、見守り、支え、励ましてくれている魂は、
    日々、傍らにあり、私を見つめ、今も語りかけてくれている。
    母は、居る。お地蔵様も居る。そして、祖母や叔父や親友の魂もここに居る。

    私も、池田さんのように幸福に生きることができるのだ。


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  • from: クマさんさん

    2013年04月07日 09時43分13秒

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    思うこと2

    原点を見失っているから、元気がないのだろう。
    そういえば、山に久しく登っていなかった。
    昨日、村上の山賊会のメンバーが弥彦山に登ったそうだ。
    山賊の山開きだった。
    私は、山に登り汗をかくことをすっかりと忘れていた。
    あの山頂に立ち、雄大な眺めに見とれることを忘れていた。
    そこで母の手作りの弁当を広げて、菊水を飲み、
    わいわいと楽しむことを忘れていた。

    そこで人生の先輩や達人たちに話を聴いてもらったものだった。
    25年たってもやっぱり私が一番年下なのだ。
    山の先頭に立ち全員を山頂に導くのは私でも、
    私の人生の危なっかしい生き方を導き、励まし、支えてくれたのはこの仲間たちだった。
    ああ、あの飯豊のブナ林も原点であるが、
    山賊の仲間たちは、やっぱりかけがえのない原点であったなあと、やっぱり思う。

    人は、出会いだ。
    たった一度きりで、後戻りのできない人生だ。
    その限られた時間の中で、人はどんな人と出会い、分かり合い、
    大事に想い合って来たのだろうか。
    山賊会を私が作らなかったら、この人たちとの出会いはなかった。
    それも村上の人たちとの出会いである。
    それもやっぱり必然だったなぁと、つくづくと感ずる。

    人生は、喜びと楽しさだけでは生きてはいけない。
    人生は、苦であると言ったほうが、納得がいく。
    その苦の中を生きていかねばならないのだ。
    死んだらどんなに楽だろうかなぁと思うことは、
    いつでもあるのではないだろうか。

    生き抜くということは、やっぱり誰かが教えてくれたように冒険でもある。
    そして、この人生という旅にある途上では、やっぱりどうしても歩くしかないのだった。
    私は、歩くことに疲れたから、ここで休むことにします。
    でも、死ねないのだ。
    そこには、生きている私が存在している。
    その私という今日を生きねばならない人生に途方に暮れていたりする。
    「分からない」「行き先が見えない」「立ち上がる力がない」
    さて、どうするか。

    そんな時である。
    やっぱりある人生の時間を共有し、苦楽を共にし、
    楽しい思い出をもつ仲間たちがそこにいることに気づくのは。

    久しぶりにメールでもしてみようかな。
    何だか声を聴きたいな。
    今、ちょっと困っています。今、ちょっと元気がありません。今、ちょっと泣きたいです。
    でも、そんな弱音を素直に語れる友が、そこには居てくれている。
    久しく合わずに忘れていただけなのだ。

    「クマさん困ったらなんでも言って。山と山賊のみんながついているからね」

    ああ、やっぱり傍に居てくれたんだ。
    私は、私の周りの人ばかり見ていたから迷い、苦しみ、間違ってしまったのだ。
    人は、見ない。
    傍に生きている魂の声だけを聴く。

    そして、自分はいらないのだから、どんなに駄目でも情けなく想うこともないのだと、
    これも私なりの原点だった。


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  • from: クマさんさん

    2013年04月07日 09時17分47秒

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    どう生きるか1

    さてさて、激動の一ヶ月だった。
    怒涛のように日々、追い込まれ、苦しんでいたかもしれない。
    寝不足と不眠が続き、日中は思考停止状態だった。
    それでも乗り切らねばならない日々があり、
    切なく、苦しく、そして、悲しく、辛く、その山をなんとか越えてきた。

    朝は、5時に起きられなくなった。
    薬が効きすぎるのだろうか、なかなか目が覚めないのだ。
    次に、起きようという気が起きなかった。
    時刻を見て、布団の中でじっとしている。
    時刻が来たら、勇気を出して布団から出る。
    後は、淡々と朝の支度と食事とをこなすだけだ。

    元気がない。
    元気があったときは、五時過ぎにコーヒーを飲み、
    五時半からこの親父達よを打ち、
    6時前にはジョギングに出かけた。
    今朝、走ったら10分も走ると息が切れた。
    情けないぐらいに走れなくなってしまった。

    そんな弱りきった自分と向き合う日々なのだ。
    2月までのあの日々がとても遠く、懐かしく感じられる。
    今日は、あの日々の続きなはずなのに、
    どこかで断絶したものを感ずる。
    もうあの日々には、戻れないのだろうかと、ふと悲しくなってしまった。

    当たり前に、当たり前のことが起こっていた日々とは、
    かけがえのないほどに大事な日々だつたのだ。
    当たり前の日々は、かけがえのない日々だったのだ。
    失わない限り、そのことに気づかない愚かな私だ。

    しかし、生きねばならないのだ。
    せめて一日だけでも生き抜かねばならないのだ。
    今日、たった今から、どう生きるかを考えねばならないのだ。


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  • from: クマさんさん

    2013年04月04日 06時17分34秒

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    まず、もう一度戻ってみよう

    自分と語ることが大切なようだ。
    落ち込んでばかりでは、確かに先が見えなかった。
    こん生き方のはずではなかったのにとは思う。
    自分のことながら、どうしてこんなに思うようにいかないのだと思う。
    やっぱりそんな時は、いろいろな周りの状況に翻弄されて、
    本来の自然な自分を見失っているのだろう。

    あれも、これもと、言われる。
    しかし、それをやりこなせない自分がそこに居た。
    そんな自分に途方に暮れていたりする。
    しかし、時間はそんな私のことを待ってはくれないのだった。
    これは、苦節であり、試練であった。

    生きるためには、そこにとどまる必要がある。
    しかし、嵐のど真ん中でも、深く深く海の底に沈んでいたら静かなのだ。
    人や周りや状況を見すぎていたのかもしれない。
    まず、自然に還り、自分に戻ろう。

    本当に自分自身に言い聞かせ、なだめすかせながら、日々生きている。

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  • from: クマさんさん

    2013年04月03日 06時42分08秒

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    まず、書いてみよう

    書くことができなかった。
    この一ヶ月間、やっぱり生きていたのだろうか。
    生活を人生をもう一度取り戻す。
    一ヶ月前のあの五時起きから始まり、
    コーヒーを飲み、親父達よを書く。
    それから、ジョギングに出かけ、帰ったらごみ捨てだった。
    そのすべてに意欲がなく、何一つ手をつけられずここまで来てしまった。

    こんな時もあるさと、自分には言い聞かせている。
    日々、自分の弱さと向き合っている。
    続けるということの難しさだ。
    世の中をそれなりに普段通りに生きている人たちが偉く思えた。

    何も悩まず、鈍感に、唐突に、いろいろと言われながらも、
    それなりに仕事や生活を楽しくこなしていたあの日々が今は懐かしい。
    平穏無事ということの偉大さなのだ。

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