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親父たちよ

親父たちよ>掲示板

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  • from: クマドンさん

    2018年02月28日 06時17分34秒

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    朝刊を届ける仕事

    夜中に電話が鳴っている。
    その時、観ていた夢とシンクロする。
    その音は、夢の音なのか、現の音なのか、暫く考える。
    ああ、NICだと、分かる。
    2時半だった。
    次男が、また寝坊したらしい。

    受話器をとって「すみません。すぐに起こしますね」と話す。
    下に行き、座敷を開けると明るい部屋で彼が寝ていた。
    「おい、時間だよ」と言うと、
    はっとして身体を起こした。
    よくやるなぁと、いつもいつも感心する。

    あの大雪の中、駐車場の雪にはまっても、
    彼は、二百件以上のお宅に朝刊を届けた。
    車で行けない小路や路地は、
    みんな雪をこざいての徒歩での配達だ。

    大風や猛吹雪の時でも、そうだ。
    彼は、夜中の2時半に目を覚まし、
    黙って裏の小屋から、真っ暗な駐車場に行く。
    そして、NICに駆けつける。
    それを、ずっと続けている。
    そのことに対して、私は尊敬の念をもっている。

    今朝、我が家に届いた朝刊とは、
    そうやって一人一人が届けてくれた朝刊だった。
    あの大雪の中でも、私は新聞を読めた。
    そんな当たり前だったことが、
    次男のおかげで、ちょっと見方が変わっていた。
    郵便箱を開けて朝刊を取り出す時、
    「ありがたい」と、感じている私。

    それは、次男のおかげだった。

    彼は、きっと逞しく育つなぁと、感じている。
    口数が少なく、私に対しては少なからぬ反発心を持っている。
    「親父、何を言ってんだ」かな。
    私にとっては、宝物。
    とにかく、小さな頃は、よくよく可愛がった。
    今でもそうだ。
    大好きな次男だ。

    その彼が、この寒い朝、夜中に出かける。
    帰って来ると、ぐしょぐしょで寒さに凍え切っている朝もある。
    風呂を追い炊きして、ゆっくりと身体を温める。
    きっと深い深い充実感なのだろう。

    それは、安逸なる生活の中では、けっして味わえないものだと想う。
    闘いに向かって、果敢に挑んだ人にだけ、
    どんな過酷な自然条件であろうとも、
    待っている人のために、雪をこざいて朝刊を届けた人にだけ、
    神様が与えてくださる、安息と喜びだ。

    今朝もまだ、朝刊を配達している途中だろう。
    何だかその健気さに、頭が下がる。
    祈っている。
    そうやって、彼は、彼として、彼の道を生きている。

    私も、がんばらねば・・・・だった。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月27日 06時13分16秒

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    定だなぁ。

    さてさて、今朝もまた、スタンドに左足の小指をぶつけてしまった。
    これがまた、痛いのなんのと言ったらありゃしない。
    一昨日も同じことをして、ずっと痛みに耐えていた私。
    よーし、次は気をつけるぞぅと想っていた私。
    ところが、スタンドをまたいだつもりが、
    しこたまぶっつけ、スタンドを蹴ってしまった。
    同じことは、確かに繰り返される。
    それが、宿業というものなんだな。

    父と母の子として、生まれて来て幸せだった。
    人は、いろいろな人生が在り、いろいろな宿業の中で生まれさせられる。
    そのことは、私が選べない定でもある。
    そう決まっている。
    そうなっている。
    そこに、生を受ける。

    私は、この世に出ることを、この世に生きることを拒んだのか、
    三日三晩仮死状態であったらしい。
    そんな私のちっぽけないのちを諦めず、
    父や親戚の叔父たちが、酸素吸入で必死に生かされたのが、
    このいのちだそうだ。

    へその緒が袈裟状に首に絡まっての窒息だそうだ。
    当時は昭和32年。
    そんなに医術が進歩していたわけでもなく、
    沼垂の小さな産婦人科で、できるだけの手当てをされて、
    この私は、生まれた。

    煩悩具足の、本当に、何ともなぁ、どうにもならないなぁと言う私。
    それでも、こうしてそれなりに生かされて来たことには、
    きっと何かの意味があるんだとは、信じている。

    実は、この定であり、宿業であり、宿命であると感じた時、
    人は、自分で自分のことを何とかできるとは、
    想えない、そんな自分となっている。
    まだまだ、何とかできると欲をもって生きていれば、
    きっとあっちこっちにけっつまづくはず。
    痛い目をみて、どうにもならない状況に自ら堕ちる。

    しかし、同じ、この今、ここを、
    「ああ、定だなぁ」とか、
    「宿命だなぁ」とか、想うことで、
    今、ここは、全く違った世界に変わって行く。
    そこで、どうするかだ。
    私は、ただお任せすることにした。

    どうせ、定であり、宿業であり、宿命なのであるなら、
    仮死状態でも、三日三晩酸素吸入でも、
    かんしの為に右耳が難聴でよく聴こえなくても、
    それでも、60歳まで生かされて来たことは、
    ただただ感謝しかないからだ。

    そして、その定めや宿業や、宿命を私に与えた神様。
    その働きは、今、ここ、この私にも働いている働きであるから、
    そのことだけは、絶対に確かなことと信ずるから、
    きっと、迷いながらも、悩みながらも、
    とぼとぼと、自分に与えられた、その道を、
    この道を歩き続ければ、きっと出会えるはずの何かを信じて、
    今、ここを、一歩一歩歩くことしかないんだなぁと、
    今は、そう想う。

    与えられていることの、全ては、在り難いことだ。
    父と母との元に生を受けたこととは、
    その父と母との元に、そして、そのまた父と母との元に、
    そして、その父と母との元に、そして、それは・・・・ずっと、ずっと、
    果てなく続く父と母とのいのちと繋がる。

    どこにも途切れたことはない。
    会ったこともなく、その姿形、その存在すらしらない無数の父と母たち。
    そのいのちを、私は、今、ここで受けている。
    このいのちは、受け渡され、受け継がれたいのちだ。
    私ではなく、いのちが、私を生きている。
    この身体は、いのちの器だ。

    いのちが宿る。
    宿りとは、旅の一夜だ。
    このいのち。
    そのいのちのままに、生きる。
    いや、私を捨てたところにこそ、
    いのちの生きる舞台ができる。

    そのいのちの役を、演じ切ることだ。

    いのちの、この世での顕れとなることだ。

    それが、定なんだ。
    それが、私の宿業であり、私の宿命だな。

    そのことを、使命とも言う。

    このいのちを、どう使い切るかだな。
    みんなが幸せになってくれたら、それでいい。それが本望。
    そうやってそのいのちを使い切った人が居る。

    いや、きっとそうやっていのちを使い切ることが、
    人としての本来の在り方なんだな。

    このいのちに酬いる。
    いのちを与えてくださった神様に、お返しをする。
    そんな時が、来たようだ。

    さてさて、どういうわけか西郷どんをいつもいつも想っている。
    この新潟市北区松浜に、あの維新の頃に、
    一カ月もの間、ここに滞在していたという事実。
    それは、彼が自分のいのちをどう使おうかと、
    人のいのちをどう救おうかと思案していた時間でもあった。

    そのことは、いつかここに記したい。

    生きているから、左足の小指が痛む。
    これもまた、生きているからこそのことの1つだった。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月26日 06時11分23秒

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    津端修一さん。山室軍平さん。

    アルビ、開幕勝利を飾った。
    J1でもJ2でも私には構わない。
    どれだけ感動できる試合をやってくれるか。
    本気でプレーしてくれるか。
    その選手一人一人の全力で闘う姿が観られればそれでよかった。

    相手がうどんの県であろうとも、
    勝つために何をどうするかの勝負だった。
    矢野さんが出たとたんに、1点だった。
    河田は見事なストライカーだった。
    こうして観る者を熱くする闘いを、一つずつ続けることだ。
    結果とは、その後について来るものだと信じている。

    「人生フルーツ」を観た。
    実は、この映画は老建築家である津端修一さんの生き方を描いた映画であった。
    私は、後一カ月でこの仕事を引退する。
    金曜日、Tさんと飲みながら語った。
    「平で終わってよかったよ。」
    「私は、私がやりたいように仕事を全うできてよかったよ」
    「正直に、真っ直ぐに、仕事については生きて来れたことは感謝だな」
    そんなことを二人で語った。

    修一さんの生き方は、本当に簡素で、朴訥として、素朴なる生き方だった。
    どうしてああ、いつも笑顔でいられるのかな。
    どうしてああ、いつも優しく奥さんの英子さんに声をかけられるのかなぁ。
    本当に、ただ純粋に、家族のために生きた人だし、
    建築家としても己の信念を全うした人でもあった。
    そんな彼の生き方に惹かれて、
    東海テレビのディレクターである伏原さんは、
    津端家に入って、カメラを回した。

    もし、伏原さんが、記録をしなかったら、
    私は、修一さんと英子さんには会うことができかった。
    人は、きっと老いると、自分が生きた様な人になる。
    自然体のまま。
    優しさのまま。
    何も言わずに、ただ黙々と身体を動かし、手紙を書く人に。

    二人の生活、そのものがとてもとても懐かしく感じられる。
    それは、やっぱり老いることへの憧れでもあった。
    「歳をとると、人生は美しく見える」との言葉。
    「時間をためる」という生き方。
    「風が吹いたら葉っぱが落ちる。葉っぱが落ちると土が肥える」その自然体。
    「自然は、偉大なる先生だ」との教えと実践。

    さてさて、そう生きている人が居てくれることが救いとなっている。
    何だか、ほっとする。
    あの映画館に集っていた高齢の人たちにとって、
    修一さんの死は、他人ごとではなく、明日の我が身だった。
    ならば、今、ここを、どう生きたらいいのだろうか。
    みんなみんな、その答えを他人に求める。
    しかし、答えとは、自分自身にしか存在しないものだ。
    その答えが、ことことと時間をかけて、時間をためて成熟していく。

    その答えを信じて、自ずから育ちやすいようにして、育てていく。
    すると、人生の最晩年に、フルーツが実る。
    そのフルーツには、種が在る。
    そして、最期には、その種が土に還って、いつしか芽を出す。
    その繰り返し。
    修一さんのようにして、真摯に、真っ直ぐに、
    自分に正直に仕事を全うしたいものだ。
    後、一カ月。
    それができたら、本望だと想う。

    「山室軍平・・・救世軍」
    こんなにも真っ直ぐに生き抜いた人も居るのか。
    ただ、純に、素朴に、朴訥と、信仰によって生かされるままに生きる。
    向こうから求められるものが、彼の仕事となり、彼の闘いとなる。
    山室軍平さんに、この歳で出会えたことを感謝する。

    いかに生きるかの答えは、自分自身に在るものだ。
    ただし、その答えを求めて、問いつつ生きているか否か。
    そこで、その人の人生は大きく道が変わる。

    こっちの道を、できれば歩き続けたいものだ。
    不思議だけれど、
    その道しかないよと、私は呼ばれている気もしている。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月24日 06時25分53秒

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    独りなんだなぁ。

    パシュートの決勝の金メダルのシーンを見られなかった。
    昨夜は、カーリング女子の準決勝を見られなかった。
    ちゃんと分かって、テレビを観ていながらだった。
    気付いたら終わっていた。
    酒に酔って眠ってしまったからだ。

    情けなくも想う。
    仕方なくも想う。
    ああ、歳をとったのだともつくづく感じた。

    独りだなぁと、想うようになった。
    人と居ても、やっぱり独りなんだな。
    きっと、独りで生きるために、
    この世に生まれた来たのだろう。
    独りで生きなさい。だな。

    どうやっても二人は、一人にはなれないものだ。
    二人を一人にしようとするから、
    人はもっと孤独で、寂しい人となってしまう。
    お互いに向き合っているから、
    もっと離れてしまうのだろうか。

    しかし、二人が、同じもとの信じ、同じものに感動し、同じ気持ちて生きていたら。
    きっと、二人は1人にはなれないけれど、
    魂の深くで繋がっているのだとも感じている。

    この世では独りは、独りとして存在している。
    その独りであることには、
    どうにもならない定のようなものも感じている。

    だから、独りで生きられる人になることが大事な生き方なんだな。
    人に頼らず。人を求めず。人を当てにしない。
    「独りで居た方が気楽ですよね」とは、
    ある中年の男性の言葉。
    そう言い切れる彼が、羨ましく想われた。

    どうして、私は、独りが寂しいと感ずるのか。
    みんな、もっと独りだったりするのに、
    何だか、私だけがのけ者にされたような独りを感ずる。
    さて、独りではないと言える人は、居るのだろうかの話だ。

    ただ、本当は、独りで居たいし、
    彼が言ったように、煩わしいことにかかわり、
    余計な気遣いをしたくないから、
    苛々したり、諦めたり、腹を立てたくないから、
    独りで居たいというのも本音だった。

    歳をとると、そのお独り様の日々が多くなる。
    仕事をリタイアすれば尚更だ。
    自分には、行くところが無い。
    会おうと想う友達が居ない。
    近所に話す人が居ない。
    出かける用事も当てもない。
    そんなお独り様の生き方が、
    きっと明日の私の生き方なんだなぁと、ふと想う。

    さてさて、そんな時は、どうしたらいいのか。
    先輩たちはどうやって毎日が日曜日の日々を暮らしているのだろうか。
    木曜日の夜、東区ボーイズで歌った。
    何と譜面台を断てて歌っている姿は、
    見違えるような立派な男性合唱団だった。
    60代から70代の先輩たち。
    ここに居る時は、独りを感じない。

    昨夜は歯医者の帰りに、吉原で飲んだ。
    Tさんとカウンターで話した。
    久しぶりのことだった。
    嬉しかったし、楽しかったから、独りを感じない。

    しかしだ。
    合唱から帰り、Tさんと別れて帰ると、
    ぐっと寂しく、独りを感じてしまうのは何故なのか。

    今も、ヒヨドリの鳴き声を聴きながら、
    独りなんだなぁと、ちょっと寂しい。

    歳をとるとは、そうした独りの寂しさをしみじみと味わうことでもあるようだ。
    それにしても、感動的なシーンを次々と見逃している私であった。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月23日 06時16分10秒

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    不思議だなぁ。身体に聴こう編

    いつの間にか、この歳になっていた。
    「まだ、死なない。まだ、死にたくない」
    ある人のブログの言葉。
    実感だなぁ。
    Oさんの突然の死が、ずっとここにあるよう気がする。

    あの太くて、渋い声が、今でも聴こえる。
    どんなに優しい人だったかは、
    この歳になると、どんな役柄からでも滲み出る。
    脚本に惚れたら、予算が少なくとも、
    その映画には出演した心意気もある。
    「パイプレーヤー」であることのいぶし銀の存在感。

    彼のように生きられたらと、そう憧れている中年は多いだろう。
    その人が、亡くなった。
    そのことは、全くの現実だ。
    それを、私たちは、私のこととして受け入れねばならない。

    人は、こうやって死ぬこともある。
    死んだ本人すら、未だに不思議に想いつつも、
    一瞬で、わけもわからず、河を渡って、
    あっちの岸に立っている。
    それは、決して他人ごとではないと、
    何だかいつも想いつつ、生きようと、ふと感じた。

    「内では、どうにもなりません」
    「このままでは危ない状況なので、これから転院してもらいます」
    「救急車に乗って、すぐに大学病院に行ってください」
    と、さじを投げられた。
    痛みに耐えて、呻きながら、私は、その医師の言葉を聴いた。
    信じられなかった。
    と言うよりか、訳が分からなかった。
    一体、私の身体に何が起きているのかが、
    そんなにも危篤が迫っているのかが、
    このままでは、死んでしまいますが、分からなかったな。

    でも、私には、そん意識の時間があった。
    その医師の言葉を聴き、
    冷たいジュラルミンのベッドの上で寝かされたまま、
    「クマさん、これから切りますね」と、医師から告げられた。

    身体なんだな。
    私は、その身体を鍛えて来たつもりだった。
    でも、身体の声に本当に耳を傾け、
    微かな囁きを聴いていたかと言うと、そうではなかった。
    身体は、私が決めるもの。
    私が、コントロールし、私が鍛えて変えるものと、傲慢だったな。

    炭水化物抜きのダイエットだった。
    脂肪分の極端に多い食事だった。
    朝食から、偏った栄養過多だった。
    突然、胆石の激痛だった。
    身体をエビのように曲げて蹲った。
    痛みに涙が流れた。気が遠くなった。

    身体は、まったく正直に、あるがままに反応する。
    されるがままに、時には弱り、衰え、死滅し、病に罹る。
    Oさんには、そんな兆候はなかったのだろうか。
    何か、身体からのサインは無かったのだろうか。
    もし、あったとしたら、どうしてその事に気付かなかったのだろう。

    その可能性は、私たちの年代には誰にでもあることだった。
    本当は、死なないから、ここに生きているのかもしれない。
    四百四病と昔からよく言われる。
    人とは、生まれながらにこれだけの病をもってこの世に誕生した生き物だとのこと。
    ただし、その病が発病しなかったのは、
    健康であったり、若くて抵抗力があったり、強健な身体であったり、
    親から頂いた遺伝子が正常に働いてくれたりしたからだ。

    どこかで、ひょんなことから、つまずいたら、
    そこで、眠っていた病の1つが起爆して、発症することもある。
    そんな宿命の中で、日々、私は、生かされている。
    「明日は、分かりません」と、言われた私でも、
    今、ここに、生かされている。

    だから、命とは、私のものではけっしてないんだな。
    身体は、身体で、あの樹木や花や、鳥や虫たちのようにして、
    自然のままに生かされている存在にすぎないんだな。
    今日も、こうして生きていてくれることへの感謝を、
    私は、日々、してきただろうか。

    「メメント・モリ」だな。

    私は、毎朝30分間のストレッチで、
    私の身体に語りかけている。
    身体は、その語りかけを黙って聴いて、
    こわばって、縮こまった筋が伸びる時の痛みで応える。
    「痛みは、身体の言葉だな」
    そして、
    「美味いものを味わうことは、身体の喜びだなぁ」と、
    昨夕に太威の担々麺を味わいながら、感じたことだ。

    身体と生きる。
    身体を労り、感謝する。
    60歳半ばになってやっと分かったことだった。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月22日 06時15分12秒

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    不思議だなぁ。今日も生かされている編

    大好きな役者さんOさんの訃報を聞いた。
    66歳。心不全。
    ロケに行った滞在先の出来事だったらしい。
    共演者、スタッフ、家族に見守られての最期だったと。
    しかし、人とは、何とも儚いものだろうか。

    私も、何時その瞬間が来るのかは、分からない。
    人として生まれた宿命には、
    死ぬと言うことが定められている。
    そして、その死とは、いつ私に訪れるのか、
    そのことを誰も知らずに生きている。

    突然の心不全。
    救急車で搬送された時には、既に手遅れだった。
    私は、夜の9時に搬送されて、直ぐに手術だった。
    彼は、その手当も間に合わなかった。

    私は、死を意識して、生きているだろうか。
    昨日、ふと感じたことがある。
    今は、余生ではないかということだった。

    生きていると想うから、我儘も出て、腹も立つ。
    死んだ人ならどうだろうか。
    家族に対する気持ちは、すっかり変わるのではないだろうか。
    何でああしてあげられなかったのか。
    どうして、あんなことを言ってしまったのか。
    それは、私の夫しての、父親としての立場と面子の為せる業だ。

    言われたら腹が立つ。
    それは、まだまだ自分を強く意識しているからだった。
    そんなこと、言われても当然の私なのに、
    まだまだ諦めがいつまでもつかない情けない私。

    しかし、この今、ここを、死んだ後の、私として、
    この家に居て、あの仕事場に居て、この地域で暮らしていたとしたら、
    何だかね。
    きっとすっかりちっぽな私なんぞのことは忘れて、
    相手のことだけを想って、せっせと生きられるのではないかということだ。

    死んだまま、生きる。

    案外、その生き方は気楽な生き方であるかもしれない。

    何でこんなことを言っているかと言うと、
    人は、死んでからでは遅いのだと想うからだ。
    きっと、魂になった父や母は、
    時々、私の部屋の扉を開けて入って来る。
    いつもいつも見守っていてくれると信じている。
    でも、身体がある内に、声がある内に、手がある内に、涙を流せる内に、
    本当は家族や友人にしてあげたかったことが、
    あるのではないだろうか。

    昨日は、大型トラックが急にセンターラインをオーバーして、
    私の車に迫って来た。
    こちらが咄嗟にハンドルを左に切れたから助かった。
    もし、運転席に直撃を食らっていたら、
    今、ここの、私は居ない。

    私とは、日々、そんな危うさの中で生かされている。

    今、死んで、魂になっているとしたら、何をするか。
    そのことだけを、したり、言ったり、すればいい。
    そう想いつつ、日々を生きたいものだと、
    想えるようにもなってきた。

    しかし、直ぐに忘れて、我儘がでてしまうけどね。

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    2018年02月21日 06時18分46秒

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    不思議だなぁ。自分と言う奇跡編

    「自分と言う奇跡」 五木寛之著

    毎朝、4時に起きて本を読んでいる。
    今朝は、目覚ましが鳴らなくても、その時刻に目が覚めた。
    それから、枕もとのスタンドをつける。
    腹這いになる。本を開く。

    言葉と向かい合う。
    言葉を味わう。
    心に残った言葉は、小さな手帳に書き留める。
    言葉がここにある。
    読み返すと、何だか本来の生き方に戻る。
    「ああ、そうだったな」と、気付かせられる。

    朝、言葉と出逢うことで、
    新たな気付きが生まれる。
    改めての後悔と懺悔が生まれる。
    独りぼっちの哀しみとも出会う。
    そして、それでも今日一日は生きようなぁと、慰める。

    韓国の言葉に、「恨息」ハンスムと「恨晴」ハンプリがあるそうだ。
    恨息は、胸の中で木枯らしのように深いため息をつくことだそうだ。
    恨晴は、その木枯らしの空からちらりと光が差し、青空が見えることだそうだ。
    恨とは、それは人が人として生きていくことで感ずる、悲しみでもある。
    その恨を、韓国は民族の人としての自分の中に深く深く宿らせている。

    「悲しいではないか」で、人は、人と深くでつながる。

    私は、そんな悲しさを、朝に感ずることが度々だった。
    考えてもどうにもならないこと。
    想うようにはいかないこと。
    取り返しのたかないこと。
    そんなことばかりではないが、
    そんなことがやっぱりあった。

    その結果かが、今の私だとしたら、
    何を言っても弁解になるし、
    そんな言葉は、きっと人の心には響かない言葉だ。
    だから、諦める。
    仕方ないと、想う。
    そんな時に、何とも言えぬ悲しみに襲われる。
    つくづく、独りでこの天地に生かされている我が身を憐れむ。

    そう生きざるを得なかったと言っても、
    それはきっと何にも慰めにはなっていないだろう。
    しかし、そんな深い悲しみや、後悔や懺悔は、
    私だけが感ずるものではないはずだ。

    それが、恨だと、教えてもらった。

    でも、これがやっぱり自然のように、
    曇ったり、雨や雪になったり、突然ぽっかりと青空になったり、
    変幻自在。同じ気持ちは続かない。変わって行く。今も、変わった。
    だから、恨はあっても、恨息であり、恨晴なんだな。
    そう教えてもらえば、過度に自分を責めることもない。
    絶望して立ち止まることもない。
    そんな時は、恨息の時なのだから、
    深く悲しみ、溜息をついて、立ち止まり、うずくまっていよう。

    でも、昨日の空のように、いつの間にか輝くことも人生だ。
    そんな時には、立ち上がり、背伸びをして、お日様を浴びて、
    恨晴の気持ちを味わえばいい。

    そうした心の襞を、そうした心の在り方の当たり前を、
    私は、毎朝、言葉によって教えられた居る。
    それは、在り難いことと感謝している。

    「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」
    これは、古くから言われている中国で季節を顕す言葉だそうだ。
    そこには、色が在ることが分かるだろう。
    青・朱=赤・白だった。
    でも、その色は突然きその瞬間から変わるものではない。
    徐々に、次第に、混ざり合い、重なり合いながら、
    青は赤に、赤は白に、白は・・・・。

    それでは、玄とは、どんな色なのだと言うと、
    それは、黒なのだそうだった。
    その黒も、白が混じった黒と、
    青が徐々に混じった黒とがあるそうだ。

    つまり、連続し、循環し、繋がり合っている色には、
    その瞬間その瞬間の微妙なる色の違いがあるということだ。
    厳冬期の中の暖かさ。

    「こうだから、こうだとは言えない」

    「白と黒とはっきり分かれない」

    そんな曖昧さ、いい加減さ、どうでもいいと言える生き方。

    それって、とっても自然な生き方なんだとも、教えてもらえた。

    本日も、この恨晴といい加減さで生きようと想っている。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月20日 18時21分30秒

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    不思議だなぁ。定年退職編

    昨日も、どっと疲れが残り、
    気持ちよく生きられない一日だった。
    大いに語り、大いに騒いだ余波なのか、
    とにかく反省の多い、私。

    今朝は、ふと、定年後の生活に着いて考えてしまった。
    それは、実にリアルな問題だった。
    毎月の給料が入らない。
    年金は63歳からの支給だ。
    4月からは、当面無職となる。
    今の仕事には、きっぱりと別れを告げる。
    さて、どうするのか・・・・だった。

    新たな人生をやり直す。
    いや、リニュウアルであり、リファィンである。
    いや、リクリェイトかな。
    とにかく、再生であり、再構築であり、再創造だ。
    何だか、そのことが楽しくてわくわくとしていたはずなのに、
    ふと、現実に還ってしまうと、
    どこかで途方に暮れている私だった。

    お金は、そんなにかからない私。
    酒代だけが、ちょっと高めの設定だが、
    服は、あるだけのものを着まわして数年たっている。
    背広は、ここ5年新調していないはず。
    大口の買い物と言ったって、
    思いつくものは小型の液晶テレビだけ。
    飲み会も限定だし、映画とコンサートには、少々お金をかけている。

    消費者としては、までまでちっぽけな私だが、
    収入が無いとすれば、
    後は、預貯金を食べていくしかないのだな。
    増えることはない。
    減ることばかり。
    さてさて、どうやって生きたもんかなぁと、ふと寂しくもなった。

    こうした体験から、
    健康には留意をしているが、
    いつ何時、どんな病に罹るか分からないのが生物としての私。
    医療費が高騰することは、必須なことと予想する。
    人は、弱る。老いる。衰える。そして、死ぬ。
    ここから先の余生の道とは、
    そんな身体とのお付き合いの御同行でもある。

    大いに語り、大いに騒いだことでもあるが、
    彼等、彼女等は、4月からも現役でお勤めができる。
    しかし、私は、4月からの行き場が無い。
    本当に妻の扶養家族となり、妻に養ってもらうことになる。

    家事は、得意だし、好きだから、全然苦にはならない。
    だから、せっせと家のことを私がやることは、
    自然なことと考えている。
    地域のお仕事も、やっと平日に自由な時間ができるから、
    これもせっせとやってみたい。
    地域包括と互助的なシステムをどうやって創り出すか。
    それが、ミッションだとも感じている。

    ただ、金が無い。収入が無い。
    さてさて、そんな生き方の実験を4月からやってみますかと、
    ふと、そんなことも頭をよぎった。

    定年は、忘れていたらやって来た。

    注文しておいた新しい手帳が昨日届いた。
    それは、4月から始まる手帳だった。
    さて、そこに書き込める公的な予定が全く無い私。
    新たなページに、どんな予定を書き込むことになるのか、
    今は、期待より、不安の方が大きいようだ。

    人生の先行事例として、
    この「親父たちよ」は、「定年した親父たちよ」になりそうだ。
    そして、「諦念した親父たちよ」と、なりたいものだと、
    今は、負け惜しみではないが、そう想いたい。

    誰か、私に、お仕事を・・・・・。

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  • from: クマドンさん

    2018年02月18日 09時19分19秒

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    不思議だなぁ。新潟アートキャンプ編

    身体を動かす。

    身体が感じる。

    身体で想う。

    その実践のためにと、

    障害者のアート展である、

    アートキャンプ新潟へ出かけた。

    東区プラザだった。

    Cさんの、障害のある子の父親の話だ。

    彼は、子どもたちのために本当に奮闘努力の人だった。

    子どもたちが地域社会で受け入れられ、

    そこに居場所を作るために、

    祭りに参加し、プレジョブをやり、劇団を創っている。

    そして、今では、アートで活躍中だ。

    いつもいつも教えられることばかりだった。

    やっぱり世の中とは、誰かがやらねば、始まらないものだ。

    想っていても駄目。

    身体を動かす。

    そして、少しでも形にする。仲間を集める。実績を作る。

    その実行力とバイタリティーには、頭が下がる。

    さて、彼の話。

    「どんどん迷惑をかければいいさ」

    「子どもたちは、子どもたちで集まっているだけでも楽しんだがね」

    「居場所って、何をやってもいい場所だよね」

    「迷惑をかけてしまったら、ごめんねって言えばいいんだがね」

    「障害のある子が、家族に居てくれていかったよ」

    「そのおかげで、いろいろ人に出会えたよ」

    会場からの話も、何だか心に沁みたな。

    Cさんのように、カミングアウトできない人も多かった。

    どうしても、他人に我が子のために迷惑をかけられないと言う。

    また、反対に、自分の子の障害を親しい人にも知らしていない人もいる。

    どうやって自立させたらよいのか。

    これから、どうやって親子で生きていたらよいのか。

    みんなの悩みは、とてもとても深い悩みだった。

    しかし、一人一人の声を聴きながら、

    ああ、この人たちは、本音で語っているなぁと感じた。

    つまり、本音だから、きっとこの想いはその言葉を聴いた誰かに受け止められ、

    共感され、そうだねと言われ、私もですよと、安心する。

    みんなそれはそれは大変な現実に日々向かっている人たちだ。

    でも、そのことで、多くの仲間や同志を得ていた。

    それを、カミングアウトした人たちだけには。

    地域において、障害のある子を快く受け入れてくれる人だけではなかった。

    時には、冷たくされたり、拒否すらされることもある。

    しかし、Cさんは、そんなことに絶対にめげない人だった。

    「否定している人が居たら、その人と距離を置けばいいんだがね」

    その想いに到るまで、彼はどれだけ痛みを感じて生きて来たことだろう。

    Cさんの言葉を上手くは表現できない。

    ただ、彼の深い、一途な想いで、彼はここまでやり遂げている。

    それは、本当に凄いことだ。

    そうした人が、1人居るだけで、こんなにも世の中が風通しがよくなるんだ。

    やっぱり行動だなぁ。実践だなぁ。

    文句を言ったり、何もしないのに人のことを批判ばかりの人は多い。

    自分のことを顧みず、人の悪口ばかり言っている人を私は知っている。

    私は、障害のあると言われている人たちの絵を、

    それから一枚一枚、身体全体で向かい合って、観ていた。感じていた。

    すると、ふと不思議な感覚を覚えた。

    このザリガニの絵は、この子しか描けない絵だよね。

    この子の心にイメージとして現れたザリガニだよね。

    この子は、そのザリガニを描きたくて描きたくて、

    きっと夢中になって描いた絵だよね。

    きっといろいろな色をキャンパスに置いて行くとき、重ねていくとき、

    楽しかったろうなぁと、想う。

    だんだんザリガニの姿が現れて来た時、きっとわくわく、ぞくぞくしたに違いない。

    さてさて、そうして長い長い時間をかけて、やっと完成。

    筆をおいて、その絵を見つめる。

    きっと笑顔だろうなぁ。満足だろうなぁ。感動だろうなぁ。

    さて、どうしてこの子が、障害のある子と言われるのだろうか。

    このザリガニを描ける子と、

    そのザリガニを描けない私とは、

    この絵を表現することにおいて、どちらが障害のある人と言えるのか。

    絵をステンドガラスのようにして考えてみる。

    この絵を描いている子は、その向こう側に生きている。

    その絵を見ている私は、こちら側に居る。

    この絵は、向こう側で感じたままに描き出された自由な絵だ。

    その絵は、実に、確かに、存在して、ここに在る。

    それを観ている私は、こちら側に居る人だ。

    実は、障害があるとか、ないとか人は勝手に言っているが、

    障害のある子を拒否したり、冷たくしたり、

    人のことを悪口を言ったり、批判したり、仲間はずれにしたり、

    そんな人こそ、実は、向こう側から見たら、

    障害のある人と言われるのではないかと言うことだった。

    何をとらえて、何を指さして障害だと言うのだろうか。

    案外、ステンドガラスの向こう側に生きている彼や彼女は、

    とても平和で、豊かで、喜びに満ちた、

    独自の世界を生きているのではないだろうか。

    言葉や理屈がないから、私たちは教えてもらえなかっただけで、

    本当は、私たちの世界よりももっと神様に近い、

    深くて大きい世界の中で、とっぷりと浸かって生きているのではないだろうか。

    もし、障害があると言うならば、

    生きているみんなが、障害のある人として、この世を生きている。

    もし、障害なんてどこにも存在しないと言うならば、

    本当に障害なんか、この世のどこにも存在しないんだな。

    ただ、あの一枚の絵が在るように。

    そういう人が、ここに生きているというだけなんだ

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    2018年02月17日 09時25分01秒

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    不思議だなぁ。身体編

    昨日の朝のことだ。
    私が、寒さで目覚めた場所は、浴槽の中だった。
    きっと酒を飲んで、風呂に入ったらしい。
    らしいというのは、その記憶がないからだ。

    湯はすっかりと冷めきっていた。
    私は、ぶるっと震えて立ち上がった。
    何と言うことだ。
    危うく死にかけたなと、想った。
    いや、命拾いしたのかもしれない。

    4時だった。
    私は、四時間近く、この浴槽の中だった。
    すっかり両掌はふやけきっていた。
    私の叔父さんは、風呂で眠り、やけどで亡くなった。
    Yさんは、風呂で心臓だったのか、そのまま亡くなった。
    私も、きっと、何かが違っていたら、
    あの場で、絶命していたのに違いない。

    でも、もし、そうだったら、
    私は、自分が死んだということに気付きことができるのだろうか。
    私は、身体としての私ではなくなっている。
    では、どんな私として、その事実に気付くのだろう。

    そんな不思議な体験を、私は腹膜炎の緊急手術の後、
    ICUの暗がりの中で味わった。
    はっと、目が覚めたら、ベッドの上で寝かされたままだった。
    のどには人工呼吸器の太いパイプが挿入されている。
    動くのは、目の玉だけだった。
    私の身体に何が起こったのか、しばらくは理解できなかった。
    そして、思い出した。
    ああ、手術が終わったんだと。

    もし、あの手術が間に合わず、
    私が危篤状態から、息を引き取ったとしても、
    私には、何の苦痛も恐怖もなかっただろう。
    その意識を失った後、
    私は、私を、再び確認することができるのだろうかだった。

    今朝も、そのことを感じた。
    あのまま死んでいたら、私は、どこで目覚めると言うのだろうか。
    まったく分からないまま、あるというなら、
    そのありかたを教えてもらいたいものだと感じた。
    無くなるものは、在り得ない。

    つまり、姿や形を変えることはあっても、
    すっかりと消えてしまうこと、無くなってしまうことは、
    どうしても考えられないんだな。

    最近、脳って、ただの情報処理の器官ではないかなぁと、想ったことがある。
    感覚や情報を司り、制御し、コントロールしているのは、
    確かに、この脳に違いない。
    私が意識しようと無意識であろうと、
    今もこうして、私の身体を培っている。養い、育てている。
    心臓は止まらない。
    呼吸は繰り返される。
    身体としての生命を維持する機能が、この脳にある。

    AIがどうのこうのと騒がれるが、
    私の脳とは、まさに優秀なコンピュータそのものだと言うこと。
    その優秀さを少しでも模倣しようと、
    このAIの開発が行われるが、
    私は、AIはしょせんパソコンであり、
    人を超えることは、絶対できないものだと考えている。

    それは、人としての私は、脳には存在していないと感ずるからだ。
    何だか、私は、ここに、この胸に居るような気がして仕方ないんだな。
    涙は、ここで感じて、ここから湧き出す。
    感動で、震える部分は、この胸だ。
    心が重く、哀しくなると、胸がなんだか締め付けられる。

    胸と言うのか、肚とと言うのか、
    その私が、こうして語り、こうして考え、こうして想う。

    ある意味、身体全体で感じ、考え、想っていることだけが、
    「ああ、そうだなぁ」と、感じられるもののようだ。

    身体が、感じる。
    身体が、考える。
    身体が、想う。

    実は、身体が、大事だったと、やっと気付く私だった。

    さてさて、浴槽から生還した私は、
    今日一日だけでも、その身体を大事に生きようと想っている。

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