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親父たちよ

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  • from: クマドンさん

    2018年01月31日 06時26分40秒

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    独房の中での自由

    ミャンマーの軍事政権の下、
    反政府運動を行ったという罪で、
    20年間の刑を言い渡された若き女性。
    彼女は、貧しい家で育ち、
    敬虔な仏教徒の両親によって育てられた。
    医師を目指し、外科医になるための研修の最中だった。

    投獄されたのは、独房だった。
    たった独り、朝は、お粥。昼もパンとスープだけ。
    話す友もなく、読む本もなく、
    独房の壁に囲まれ、いつ果てるともない日々が続く。
    飢えと孤独と、そして、過酷なる独房の中で、
    彼女が見つけたものは、自分自身だった。

    彼女は、そこでできることは、瞑想なのだと悟った。
    そして、その瞑想によって、
    きっと自分自身への問いの中から、
    光明である深きからの応えがあることを信じた。

    一日20時間の瞑想だった。
    そして、仏陀は、真実であったと気付いた。
    その仏陀が、彼女に呼びかけているその魂の声を聴いた。
    彼女は、独りであることで、
    みんなといる時には絶対につながることのできなかった深さと繋がれた。

    そして、その深さとは、他者でもなく、書物でもなく、映画でもなく、
    彼女自身だったことに気付いた。
    どこへも往くことはなく、誰に遭うこともない。
    「今、ここ」に全ては満たされていた。
    この身体と言うあるがままの存在は、
    何と確かなものだったのか。
    独りであるということは、
    こんなにも豊かで、喜びに満ちたものであったのか。

    彼女は言う。
    「インディペンデントです。」
    独りととは、独立だった。
    独りで在ることの強さと逞しさと奥深さとは、
    その人が、きっと群衆の中で、独立した存在としてその人が生きているから、
    きっとみんなが感じられるものだった。

    「フリーダムです。」
    彼女は、その独房の闇の中で、自由であることの喜びを感じた。
    自由とは、何者にも冒されず、
    自分の真実を、自分の言葉で語り、表現できることだった。
    彼女は、自分のこの世に生まれた使命が分かった。
    そして、そのことを語ることのできる自由な存在であることを悟った。

    看守は言った。
    「あなたは、自由な人だ。私には、その自由が無い。」
    独房でいつ終わるとも知れない刑の中で、
    孤独に生きるその女性に向かって、
    彼女を閉じ込めている看守はそう言ったという。
    「私は公務員です。軍政権に対して何も言えません」だった。

    つまり、みんなと居ようとすることで、
    自分自身の真実を失うのだ。
    人や世の中やその体制に阿ることで、
    人は、自分の本当に言いたいことを言わなくなってしまう。
    独房の中の彼女は、自由である。
    独房の外で暮らす看守は、絶対の不自由を感ずる。

    それは、看守が依存して、独立をしていないからだった。
    独りで立てない限り、その人には、自由はない。

    それから、彼女は語った。
    「試練があるということは、あなたは人としてどう生きますか」
    「その問いが、与えられたことなんですね。」と。
    だから、彼女は、その問いに対して、
    「人としての責任。つまり、自分の人生に対する責任を果たす」ために、
    その瞑想を続け、6年6カ月の獄中生活を耐えて来たのだった。

    人として生まれて来たことへの責任を果たす。
    この言葉は、実に深くて、重い言葉だった。
    私は、どうなのかということだ。
    人として、善く生きているのか、ということだった。
    その問いは、生きているその瞬間瞬間の選択にいつも顕れる問いである。
    「どっちの道を選びますか」だ。

    その選択の自由こそ、全ての人に与えられた基本的な人権なんだ。
    人権とは、自由に選択し、自由に発言し、自由に行動できるということだ。
    そして、その自由であるためには、みんなのなかに紛れてはいけない。
    どんなにみんなの中で生きていようとも、
    そのみんなの中で、独立した存在として生きることが、
    人として生きることへの責任なんだ。

    「独立」「自由」「責任」は、みんな一体である。
    それは、きっとこの身体や魂は、生まれながら知っていることなんだ。
    身体を信ずる。
    魂に聴き随う。

    彼女は、独房から解放された後は、
    政府に背いた人として、社会的な差別と偏見の中を生かされた。
    医師としての職場も与えられなかったので、
    貧民救済のための慈善病院で、ボランティアの外科医を勤めた。

    ミャンマーでは、今だに軍事独裁政権が全権を掌握している。
    民主化運動は、徹底的に弾圧され、
    少数民族や宗教的な差別によって、
    人権すら奪われている人々が多数存在している。
    彼女は、そこで、「民衆の声」としての新聞を発行している。

    私たちも、きっといつでも身体と魂からの問いを感じているはずである。
    「この生き方でよいのか」
    「この生き方は過っていないのか」
    しかし、その過ちを知っていながら、見て見ぬふりをする。
    それはおかしいと感じながらも、黙って通り過ぎる。
    そんな生き方が、日々の私だったら、
    きっと身体と魂も哀しむことと想われる。

    つまり、真実の道は、ここにあり、
    その道標をちゃんと人は、生まれた時から与えられているのに、
    そこから逃げ、見えなく、聴こえなくしてきたのが私だ。

    この余生を、どう生きようか。
    その時は、やっぱり身体と魂に聴き随おうと想っている。
    きっとそれが、その時に選択できる人としての唯一道なのだから。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月29日 06時09分43秒

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    西澤真耶さんの

    ノイズム2の二日間だった。
    西澤真耶さん。
    私のこのパソコンにはいつもその顔がある。
    昨年の夏だったか。
    県政会館での公演で、魅了された。
    私が舞踏を観ている。
    その身体の動きに、しなやかさに、のびやかさに感動している。
    それは、私自身の驚きでもあった。

    感動は、私を超えている。
    まず、身体が応える。
    わけもなく何だか深くから泉のように涙が湧いてくる。
    その時だ。
    ああ、私が喜んでいるなぁと気付くのは。

    その私は、ここにきっとある私だ。
    しかし、日ごろの私は、その私ではなかったりする。
    その私を忘れているわけでもなく、
    ほっておくのでもなく、
    意識の私は、この私だ。

    ところが、その私が顕れる瞬間がある。
    それは、きっと同じ私の顕れを実感するからだ。
    目の前で起こっていることが、
    奇跡と呼べる瞬間瞬間である時、
    私は、その深くで眠っていたはずの私にとってかわる。
    入れ替わる。
    いつの間にか、私は、その私で無垢のままの涙を流す。
    忘我とでも言うのだろうか。

    ただ、その瞬間が訪れるためには、
    奇跡である人が、ここに居なければならない。
    没我とは、一体であるということ。
    一心であるということだ。

    舞台とは、神が降り、神が役者に宿る場だ。
    その身体の動きは、彼女が為す動きではなく、
    彼女自身が、ある大いなるものに委ね、
    そのままに意のままに動く、動きに他ならなかった。

    舞踏とは、身体が気持ちよく、深く、味わいながら動くこと。
    身体とは、私の中での自然であること。
    その自然が、自然のままに、
    あの樹々が冬の風に揺られるように、
    あの草花が微かに震えているように、
    あの鳥たちが寒さの中で蹲って震えているように、
    そんな身体の動きそのものが、舞うということなのではないだろうか。

    私は、みんなと一緒に身体を動かしながら、
    とてもとても気持ちよい、爽快な時間を感じた。
    動く。止まる。曲げる。打つ。倒れる。歩く。伸びる。蹲る。
    そんな身体の動き一つ一つが、表情と成り、感情表現となっている。

    身体の動きは、想いの動きだった。
    その想いとは、舞うその人の想いではない。
    そこにある大いなる不可思議なものの顕れとして想いだ。
    その想いが、ここに顕れた。
    その感動だ。その驚きだ。その不思議さだ。

    西澤さんの身体の動きには、
    その大いなるものの想いが溢れていた。
    いや、きっと目には見えないその存在が、
    この世に顕れるとは、こういうことなのではないだろうか。
    涙が、とまらなくなってしまった。

    本当のすごさとは、目には見えないその存在と繋がっていることの、
    そのものであることのすごさなんだと、改めて感じた。

    奇跡の前で、絶句する。
    私は、帰り道ずっとずっと黙って歩きたくなった。
    雪のやすらぎ提だった。
    冷たい風に吹かれ、信濃川の滔々とした流れを見ていたら、
    何だか、歩きながら、涙が流れた。
    声を出して、泣きたくもあった。

    ここで生きよう。

    顕れであろう。

    西澤真耶さん、ありがとうございました。
    その奇跡は、今は、もう、どこにもありませんね。
    やっぱり舞台には、神が降りました。
    そのことを、この身体で感じられたことが、嬉しかったです。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月28日 08時08分07秒

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    自ずからが分かる人に

    Sさんと電話で話した。
    語り合う。気付き合う。
    それってとても幸せなことだった。

    「今、ここ」が二人のテーマだ。
    それでは、「今、ここ」で何を感じ、何を喜びとしているか。
    そのことを、語ることで、発見し、気付きを深める。
    気付くということは、もうすでにここにあったと言うことだ。
    あったはずなのに、忘れていたのか。
    それとも、見えなかっただけなのか。
    とにかく、それはどこからかやって来たものではなく、
    ずっと私の奥深くに在って、眠っていたものなのかもしれない。

    木のこんという、小千谷の山里で幼い子どもたちの自然体験の場を創っていた。
    いや、そこで「遊んでいる」と言った方がぴったりのようだ。
    そこでのSさんの笑顔が何とも味わいがあるんだな。
    幼い子どもたちが思う存分に雪の上を駆け回り、
    転げまわり、ソリで滑り降りる様を見つめて、
    本当に仏様のようにほかほかと笑って居る。
    それっ何だろうねぇと、語り合った。

    大人の笑顔は、子どもたちの笑顔ですね。
    子どもたちの笑顔は、自然の笑顔です。
    あの雪の上をはしゃぎまわって遊ぶ時、
    子どもたちは、自然のあるがままになきりっています。
    そのあるがままのなりきりを、
    そんな楽しく笑うその姿を見ているだけで、
    大人の心が和み、笑顔になる。

    大人は、子どもたちを通して、自然と改めて出会い、
    感じている。
    すると、自分の中に眠っていたあるもののが覚醒し、
    目覚めて来る感覚を味わうことができる。
    身体が喜んでいる。
    身体が本心から楽しんでいる。
    その感覚を、感動と呼ぶのではないだろうか。

    もう、言葉での説明じゃないですね。だった。
    まず、感じる。まず、深くで動く。感応する。
    そこで、声が出される。
    笑顔が生まれる。
    身体がいつの間にか動き出す。
    大人が、大人をすっかり忘れて、生(き)のままになる。
    生成りだな。

    実は、こんなことも二人で語り合った。
    木のこん通信を、私はSさんにはぜひぜひ書いてもらいたかった。
    いつもいつもお願いするけれど、
    なかなかうんとは言ってくれなかった。
    それは、「考える」からだと、私は想った。

    ある日、Sさんからのメールが、
    自閉症の男の子への話し言葉で書かれてあった。
    あっ、これだと、私は感じた。
    書こうとするから、書けなくなる。
    でも、身体で感じままを、ただ言葉に置き写す。
    つまり、語りかけるようにして、言葉を表す。
    その時の言葉は、身体が知っているから、
    その時の表現が本物なら、しっかりとはまる。気持ちいい。
    感じたまま。見たまま。想ったまま。
    ただそれだけ。
    すると、その感じと言葉とがピタッとあつらえたようにしっくりと馴染む。

    考えた言葉は、疲れるが、
    感じられた言葉は、気持ちいい。

    へぇっ、みんなみんな身体が知っているなぁ。
    ここに、全ての答えは、隠されているなぁ。
    でも、どうしてそのことが「わからない」のだろうかね。
    そんな話に、語りは向かった。

    最近、私が分かったことは、
    きっと人とは、自分自身を分かるために生涯を与えられているのではないか、
    ということだ。
    「自ずから」という、この言葉と生き方とがとてもとても大事なんだ。
    「自ずから」あるものは、あの子どもたちの笑顔のように確かなものだ。
    本来は、それしかない。
    その「自ずから」の働きで、ただ「今、ここ」を生かされているのが私なんだ。

    だから、前も後ろもない。
    過去も未来もない。
    前後遮断。絶対の今、ここだ。
    その今、ここの私を生かしている「自ずから」とは、一体何だろう。
    その「自ずから」は、私だけの「自ずから」ではなく、
    みんなの「自ずから」であり、
    このお日様の光も、小鳥たちの声も、この雪の下で耐えるビオラも、
    みんな同じ、「自ずから」で生きている。

    生かされているのに、
    そうやって一瞬も休むことなく、絶えることなく働き続けているのに、
    それなくして、その働きなくして、生きるはないのに、
    私は、その「自ずから」のありがたさを忘れて、
    のほほんと、自分勝手に、己のままに、生きている。
    だから、気付けということ。

    いつもいつも自然は、ちゃんとそこのとを教え、伝え続けている。
    だから、その声を聴きなさいということ。
    身体は、まさにその自然であるから、
    私は、もっともっと身体に問い、身体に聴き、身体に学べばそれでいい。
    つまり、人は、その「自ずから」を生きるために、
    この生涯を与えられた。

    だから、人の生涯の使命とは、
    「自ずからが分かる」ことなんだ。

    そのために、試練が在り。絶望があり。挫折が在り。哀しみが在る。
    私は、父と母とを亡くし。どうにもならない私に気付き、
    孤独であることを感じつつ、涙をどれだけ流したことか。

    でも、そうした私が、どんなにちっぽけでね無力なる男なのかを感ずるたびに、
    何だか少しずつ少しずつ、深くなっていくようにも感じている。
    この深さっていったい何だろう。
    そして、その深さに落ち着くと、やっと独りでいられる私になった。

    独りで居られる。
    何だかその時は、深く、確かで、信じられるものと繋がっている気もする。
    だから、独りだけれども、独りではない。
    人は、けっして独りにはなれないものだ。

    やはり、二人の語りは、そこに落ち着く。
    「自然体で生きたい」ものだ。
    「今、ここを感じて、楽しく生きたい」ものだ。
    「感じたままに、言葉で顕したい」ものだ。

    そんな話をしていると、あっという間に1時間はたってしまう。
    本当に、ありがたい出会いだと、
    いつもいつも電話が終わると、感謝の余韻に独り浸っている。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月27日 12時05分03秒

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    天から降って来る先生

    さてさて、やっとお休みだ。
    雪との闘いには、へとへとである。
    毎朝、まだ暗いうちに外に出て、雪除けだった。
    さして、来るまでの通勤には、本当に神経をすり減らした。
    それでも、今回の新潟市の除雪対応が素晴らしく、
    雪道でのストレスをそんなに感ずることがなかったことは、感謝している。

    しかし、あらゆることは、体験を通しての学びだった。
    痛い想いや、辛い想いによって、
    そこから回避・脱出するために、人は本気で学ぶもの。
    私は、ここ数日の雪道の運転によって、
    いろいろな智慧を身に着けることができた。

    運転しながら、身体に聴いていたな。
    いらいらしたり、腹が立ったりしないで、
    冷静に、クールにどんな雪道でも運転する。
    そうした運転によるストレスを少しでも回避するために、
    私は、いつも深呼吸をしていた。

    鼻から深く息を入れる。
    そして、ゆっくりと鼻から出す。
    その繰り返しによって、穏やかな気持ちになる。

    予測した運転も大事だった。
    まず、起こりうる危機を想定する。
    前方の信号の間隔を予想する。
    点滅したら、諦める。
    減速には必ず、ギヤーを落として、Lにする。
    それから、ゆっくりとブレーキを踏む。

    路面には雪がないように見えても、
    凍結している可能性がある。
    氷点下でのスピードは30キロ前後とする。
    急がない。慌てない。
    前の車から離れても、そのままのスピードをキープする。
    遅い車の後ろなら、もっと安心・安全だ。

    絶対に事故を起こさない。
    もし、そうなったら、もっともっと時間がかかる。
    本当に余計なリスクをおい、
    また嫌な気持ちにもならねばならない。
    だから、これ以上ないくらいゆっくりと走る。

    渋滞になっても、脇道には動かない。
    まず、そこで、じっと、待つ。
    いつか必ず動く時が来る。
    それを信じる。
    でも、回避する可能性があるかどうかは、ナビで探す。
    そして、その道を選択するメリットとリスクを計算する。
    後は、賭けのようなものだった。
    結果は、走って見なくてはわからない。

    さてさて、こうして書いてみると、
    雪道の運転は、還暦の私の処世訓のようなものだと気付いた。

    感情を乱さない。
    いつも平常心でいるために、
    私は、何をしているか。
    深呼吸・諦める・席を離れる・ストレッチする。

    相手の性格や趣向を予測して、対応する。
    きっとこうなるだろうと想うことは、
    こちらから仕掛けないことにする。
    相手の感情を乱すことで、私の気持ちも乱れるのだから、
    想定して、リスクになることは、自ら裂けて生活する。行動する。

    アクセルよりも、ブレーキだ。
    もうこの歳になると、突っ走ることは、身体にも心にもよくはない。
    アクセルは、控えめに。
    ブレーキでの減速をいつも心掛ける。
    「やれる」けれども、「やらない」ことも大事なことだ。
    今朝は、二日酔いのおかげさまで、映画を一本観そこなった。
    それでも、「いい」と諦める。

    それから、車間距離の大切さだ。
    距離を置く。無暗に近づかない。
    それは、お互いの礼節でもある。
    本当に雪道なのに、ぐっと私の車に近づいて走るドライバーもいる。
    私がスリップしたり、急ブレーキを踏んだら、
    必ず追突だった。
    この人は、私の気持ちにはきっとおかまいなしなのだろう。

    前に進まない。動こうとしない。思い通りにはいかない。
    そんな時こそ、焦らないことだった。
    「今は、仕方ないんだ」
    「でも、時間がたてば何とかなるよ」だな。
    そっちの方に自分の考えを向ける。
    深呼吸する。諦める。
    「まぁ、いいっか」が救いの言葉だ。

    でも、考える。
    ここで学んだ教訓を次に活かすためにはどうしたらいいのかと。
    そこで、こうして考えが少し深くなる。
    「ああ、そうだったんだ」と、気付くこともある。
    あの大雪の日の大渋滞から、どれだけ多くを学んだことだろう。

    考えるから、深くなる。
    本当にそうだなぁ。
    「何で、こんなに雪が降るんだ」と、腹を立てても仕方ない。
    「さて、どうするか」と、そこで居直り、考える。
    雪の降らない土地で生きている人たちには、
    その現実はない。

    雪国の人たちの思慮深さと、忍耐強さは、
    やっぱり雪と言う自然の恵みのおかげさまなんだな。
    雪は、雪国の人たちの先生でもあった。

    しかしなぁ。
    やっぱりなぁ。
    そう言われてもなぁ。
    こんなに降らなくてもいいのになぁと、私は想ったりする。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月24日 21時52分17秒

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    何事もなく。大雪の中。

    3時半に目が覚める。
    ああ、風の音。
    きっと雪が降っている。
    記録的な大寒波が居座っているという。
    そうか。今朝は、また、あのつるつるの道を車で行かねばだ。

    いつものように寝床で本を読む。
    言葉と向き合う。
    言葉で考える。
    そして、ああ、そうなんだと腑に落ちる。

    そしたら、そう言葉を生きる人となろうと想う。
    ああ、こんなちっぽけな私でも、
    私独りだけでも善く生きていけばいいんだと、想う。
    ただ、それは、語るための生き方ではなく、
    ただ、淡々と、沈黙の中で言葉として生きることだ。

    「どうでもいい」と池田さんも言っていたな。
    そうなんだな。
    「どうでもいい」から、嬉しいんだな。
    生きられるんだな。
    「こうでなければならない」は、どこにもないんだ。

    さてさて、雪除けに行かねばならない。
    早朝の「親父たちよ」を諦め、
    私は、ジャンパーを着て、オーバーズボンだ。
    ニットの帽子を被り、長靴を履いて表に出る。
    くるぶしまでの雪だった。
    気温が極寒のおかげで、雪が乾いて、軽かった。
    新潟の雪にしては、珍しい雪だった。
    ダンプでずっと押すと、簡単に雪が除けられた。

    玄関から門へのアプローチ。
    それから、ガレージの前の雪。
    そして、ダンプを引きずり、
    3件の独り暮らしのお年寄りの家の雪除けだった。
    「さっさとやる」

    それから、通学する子どもたちへの歩道の雪除けと、
    我が町内のゴミステーションまでの雪除けだった。
    ついでに、大通りに出るために、除雪の山の雪除けをした。
    うっすらと汗をかいた。
    そして、我が家に帰って、我が家のゴミを捨てに行った。

    何だろうね。
    3時半に起きたおかげで、
    何だかこうして、身体をいいように使えた気がする。
    言葉は、いいなぁと感動しても、すぐに忘れる。
    それでも、こうして「善く生きよう」と、
    行動することは、ここに遺っているような気がする。

    朝風呂に入る。
    風の音。
    外は森閑と凍えていた。
    それでも、最後には窓を開ける。
    きんきんに冷たい空気を、風呂場に入れる。
    その凍える寒さを、裸で味わう。

    朝食は、簡単にすませる。
    欲がなくなって来ている。
    何でもいい。食べれたらそれでいい。
    美味いものであったら、もっといいけど。
    それから、温かなコーヒーを飲み、背広に着替え、
    ガレージの扉を開ける。

    さてさて、きんきんに凍った路面だ。
    30キロで走ろうかね。
    車間距離は十分にとろう。
    ブレーキは踏まずに、エンジンブレーキのLにする。
    雪が降ったら、高速道路で行くことにしている。

    そんな、大雪の朝が、本日の朝だった。

    Tさん。
    こんな何事もない日常をここに書きました。
    それでも、読むと、何だか、ははーんと、感じませんか。
    人とは、きっとそんな風に、その人らしく生きている。
    その、その人らしさを感じられると、
    何だかほっとするのも、人ではないだろうか。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月23日 20時57分25秒

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    独りだなぁの続きだ

    独りだなぁの続きだ。
    独りは、二人でも、一つになれるかだな。
    やっぱりどうやっても、独りは、独りだ。
    独りは、何人集まっても、独りには変わりない。
    そのことで、悩んだり、迷ったり、寂しい想いをしたりしていても、
    その事実は、きっと変わらないだろう。

    私は、独りなんだ。
    そして、いくら好きでも、どんなか一緒に居たいと想ったとしても、
    その他者の独りと私の独りとは、
    けっして同化できない独りずつなんだな。
    私とは、そうした独りぼっちの存在なんだ。

    それでは、相手のことをすっかりとわかることはできるのだろうか。
    私は、いつも私のことが分からないから、
    ここにこれを書き続けている。
    「自分」とは、「自ずから分かるようになる」存在なんだと、
    つい最近、わかってきた。
    それなのに、自分のことすらおぼつかないのに、
    他者のことを分かることなんて、できるわけがないんだな。

    分かり合えない。
    これも、絶対的な事実だと想う。
    なのに、「あなたはこうだ」と、相手のことを言いきる人や、
    「あなたは人の気持ちが分からない人だ」と、断定する人や、
    その人たちも、実は、自分のことすら全く分からない、
    私のような人の、独りにすぎない人だということを、忘れている。

    人は、分かり合うことは、不可能なんだな。

    では、どうして一緒にいたいと想うのか。
    どうして、そうやって心許せる人や、
    同じ想いで、同じ言葉を語り合える人と居ると、
    何だか時がすぎるのを忘れて、ずっと語り合っているのであるか。
    そうした、「一期一会」の人は、確かに私には居る。
    その人とは、分かり合っていないのだろうか。

    それは、私にはよくは説明できないが、
    私は、その人と居るだけで、喜びを感ずるとは言える人と出会っている。
    その人と語り合っていると、何かに気付き、共感的に何かが腑に落ちる。
    「ああ、そうだったんだ」と、その人とは、分ち合える。
    それは、相手を分かるという事実ではなく、
    私とその人との共通なる、普遍なる無意識・精神とでも言おうか、

    私にもそれは在り。
    彼にもそれは在る。
    そして、その在ることすらお互いに気付かずに長年生きて来た。
    しかし、お互いにさまざまな紆余曲折を経ながら、
    痛い痛みと、哀しみと、辛さとを体験しながら、
    ここまで生き延びた時、
    ある言葉をきっかけに、はっと「我に還る」実感を感ずる。

    不思議何だが、相手のことは分からなくても、
    お互いに共通・普遍なサムシンググレートには、気付けるんだな。
    独りを生かされている、その大いなる働きとでもいうのだろうか。
    お互いに自然なるものとしての存在に気付くと、
    「あなたもそうでしたか」「わたしもそうでした」と、
    喜びと感動とを、分ち合えるんだな。

    分かり合えないが、分ち合える。

    独りで生きるしかない私には、
    きっとその喜びと感動とを分かち合える人は、居てくれるはずだ。
    そして、現に、その喜びと感動とを気付きとして分かち合える人と、
    私は、語り合えることの幸せを感じている。

    独りだから、独りを尽くすから、独りで少しずつ目覚めつつあるから、
    「ああ、そうだっんだ」が、ここに在るから。
    そのことが、少しずつ固い結び目を解くようにして、
    ほどけ始めているから、
    何だか、独りぼっちが、寂しくなくなってきている。

    数年前までは、独りには耐えられない寂しさと焦りとがあった。
    独りであることで、独りになりたくないと、人にむやみに依存した。
    でも、独りから逃れようとすがる時、
    人は、その独りで居られない人が、どうも疎ましく感じられるようだ。
    何かにすがるのではなく、独りで立てるようになる。

    しかし、それまでには、ずっと独りの闇の苦しさを経なくてはならない。
    その真っ暗闇の桎梏の中だけに、微かなる光は、感じられるものだ。

    きっと、独りだと感じたら、
    独りであることを寂しいこととか、みっともないこととか、焦らないことだ。
    独りであることに、徹する。
    そんな機会だと想い、独りである自分を客観視する。
    「ああ、人は、独りになるって、こんな気持ちになるんだな」
    「私とは、独りで居ることもできないほど、脆弱な人だったんだ」と。
    私ごとではなく、人ごととして、
    独りで居続ける。
    独りになりきる。
    独りに向かい、逃げ出さない。
    じっとそこで、止まって、自分自身を観察し続ける。

    そのうちに、自分の深いで出会うものが、きっとある。
    それは、きっと「言葉」だと、私は想う。私はそうだった。
    その「言葉」こそ、独りの人との精神での魂での共通言語となる言葉だ。

    すると、お互いには、決して分かり合うことはできないが、
    お互いを生かしている大いなる働きとしてのね
    自然そのものが、分ち合える喜びと感動とを教えてくれると私は信ずる。

    私が、そうだったから。
    しかし、独りに徹しない限り、
    その独りを誤魔化さずに、ずっとずっと逃げ出さずに見つめない限り、
    ここには至れないことも、真実だった。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月22日 06時12分58秒

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    独りだなぁ。

    独りなんだなぁと、想うことがある。
    そのことを想うと、何だか哀しくもなる。
    でも、独りは、私だけのことではない。
    人が何人も集まっていようとも、
    みんな独りには変わりない。

    独りで生まれ、独りで死ぬ。
    その独りだ。
    父も母もそうして逝った。
    私は、家族と一緒に、その逝く瞬間を見届けた。
    「でも、いなくなっていない」が、その時からの確信だ。
    きっと、死者?として、魂として、ここに居て、見守ってくれているはず。
    そんな独りもある。

    「運命は、性格にあり」とは、ヘラクレイトスの言葉だ。
    そうだなぁと、私自身をしみじみと想う。
    私は、きっと私しかなれなかったのだと想う。
    私は、私であることを定められての、この生なのだろう。
    「定めだよ」と、誰かが笑って言っていたっけ。

    その私は、私であるがために、多くの過ちを犯し、罪も重ねた。
    「わからんちんだからね」が、妻の言だ。
    本当にそうだったなぁと、そう覚ったのは、ここ数年の出来事だ。
    あの生き死にの境を、激烈なる痛みで呻き、叫んでいる時、
    私は、はっと、その時、覚った。

    やっと何かがわかったんだな。
    しかし、きっと、私のような独善的で、我がままで、いい気になっている人は、
    そんな危機やどん底がない限り、
    私という人のことを見限り、見捨て去ることはできないだろう。
    そうとも、今は、想っている。

    未だに、その傷からの回復はない。
    私の生き方は、あの日から、すっかり一変した。
    それは、私がこうなるだろうと予想していた生活ではない。
    予想外の人生の転換の中で、
    その定めに立たせられ、揺れ動いている舞台の役者だった。

    この役を、どう生きるか。
    問われているのは、そのことだ。
    私は、信頼を失い、友を失った。
    独りになるには、やっぱり独りになる定めがあったな。
    だから、その定めを受け入れることにした。
    そして、自ずからどうなっていくのかを、見守ることにした。

    頭で考えていることは、虚構だった。
    そのことでいっぱいになりながらも、そのことでいつも裏切られた。
    考えない。ただ、今は、ここを、そのまま、味わおうと想う。
    まず、どうあがいたところで、独りなのだから。
    その独りを、どうやって楽しむか、味わうかしかないようだ。

    やり直したいと想ったこともあった。
    徹底的に自分を責めて、後悔したこともあった。
    やっぱり、私なんだなぁと、哀しくなったこともある。
    私が、独り、私であることの、哀しさ。
    でも、きっとそのことを味わわない限り、
    「自分」という独りには、なれないのだとも感じた。

    「自ずと分かって来るよ」ということが、「自分」という独りの意味だ。
    味わい深く味わえるようになったら、
    自ずから然りの生き方も味わえるようになってきた。
    私は、自然なんだな。
    自然が、私なんだ。
    自然に在るものは、全て変化し、生まれ、育ち、衰え、枯れて、死んで逝く。
    まさにそのサイクルは、自然なるものの定めだ。

    私も、その定めで生かされている。
    だから、きっと、生きられる間は、衰えつつも生きられる。

    時熟は、在るな。
    自然には、きっと必ずの実りが在るはず。
    熟すがあるはず。
    そうなりつつある、そんな自分を老い迎える時間の流れの中で味わっていく。
    それが、ある意味では、生きるの醍醐味かもしれない。

    私と言う、定めを受け入れる。
    そして、私であるが故の、絶望と後悔とどん底とを激烈な痛みと共に味わう。
    すると、そのどん底の闇の中で、微かに光る光を感ずる。
    私の名前を小さな声で囁く、囁きを感ずる。
    呼ばれているんだな。
    そう感じた時、私は、本来の私へ回帰できる。
    在るのに全く見失っていた。
    その私に目覚める。「覚る」だな。

    その独りの辛く寂しい「生き直し」を経ない限り、
    きっと、人は、人にはなれない。
    私は、私になれないままに、この世を去らねばならないだろう。

    あらゆることに「意味」はある。
    この独りぼっちの私にも、独りぼっちだからこその意味は在るはず。

    私たちはきっと、その「意味」を探す旅を日々している。
    そう想えば、少しは独りもわかる気がする。
    まず、始まった今週だ。
    大雪の予報も出ている。
    でも、そうなってみないとわからないのが、自然の定め。

    「定めなんだな」と、諦める。受け入れる。「よし」とする。
    それが、きっと独りを生き抜くための養生訓なんだな。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月21日 07時23分12秒

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    ジャズストリートの夜は更けて

    新潟に暮らしてよかったと想えるものの1つに、
    この「ジャズストリート」がある。
    私が、ジャズを聴くために古町に行くようになってから、
    もう10年以上が立っている。
    そして、私も、60歳の私となって、やっぱりジャズを聴いている。

    昨日は、尾崎利彦さんのピアノだった。
    私は、初めてこのジャズフラッシュで出会ってから、
    ずっとずっと彼のピアノの追っかけをしている。
    それほど彼のピアノが好きだし、
    いつもいつも心を洗われる新鮮な感動を与えてもらえるピアニストだからだ。
    だから、30分前には会場入りする。
    一番前の席に陣取り、リハーサルまで聴かせてもらう。
    応援団とはそういうものだ。

    ベーシストの五十嵐誠さん。
    私が、最も惚れこんでいるベーシストだった。
    いいんだな。
    クマのぷーさんのような顔に、真っ白な髭がよく似合う。
    とにかくベースが歌う、歌う。
    リズムは力強く、音はリリシズムに溢れている。
    本当に聴き惚れる、聴き惚れる。

    ふと、ジャズって何だろうかなぁと、想った。感じた。
    いい演奏には、観客と奏者との一体感が在る。
    お互いが、お互いで感じ合いながら、高まっていく、創りだして行く。
    まさに、即興は、二度とない、今、ここだ。
    そのスリリングな展開に、吾を忘れて興奮している私。
    何だろうね。
    どこにもないものが、それも二度とできない音が、
    ピアノとペーストドラムで、醸し出されていくその瞬間瞬間。

    即時今。
    音は生まれた瞬間に消えて行き、
    次の音へと繋がって行くが、
    その音もまた消える音だ。
    そして、消えた音の余韻に被って、次々と音が重なり、
    それは、始まりでもなく、終わりでもなく、
    絶えず疾走し、変幻し、新たなるものになり、そうくるかの音に成る。

    消える音と、生まれては消えていく音と、
    コードという調和の中でのカオスであるのかも知れないが、
    それがそれで、何だか魂に響き、
    身体が深く深くから喜んでいることを実感する。

    私は、改めて、ジャズを聴ける人。ジャズを味わえる人。
    そんな人になれたことを嬉しく嬉しく想っていた。

    すると、新人の女性ピアニストが登場だった。
    舞台でコートを脱ぎ、黒いワンピースで、静かにピアノに向かった。
    「とてもいいピアノだよ。今日がジャズのデビューなんだ」と、
    私は、五十嵐さんから教えてもらった。
    彼は、彼女のピアノに惚れ込み、このステージに立たせたエージェントだった。

    始まった。
    「何だこれは」と、魂が度肝を抜かれた。
    どこまでも、どんなにまでも、どんどんいくいく。
    縦横無尽の音の展開、物語。
    長い長いフレーズに、ずっとずっと心がこもり、
    感ずるままに音楽に浸らせられた。
    どんどん惹きこまれて行くと言う、あの感激と喜び感。
    「やった。やっと出会えた。これだったんだ」という、
    何とも言えない納得感と満足感?

    没我とは、その音に成るということ。
    音だけが、ここに在るということ。
    それを、どこへどう行ってしまうのか、わからなくていいから、
    とにかくどんどん連れて行ってちょうだいという喜び。
    身体が、全知全霊が、じーんとして、そのままで、
    自ずから、涙を流して呼応する。

    濱田道子さん。惚れました。
    昔、このジャズフラッシュで、
    尾崎利彦さんのトリオと出会った時以来の感動が押し寄せ、沸き立った。
    奇跡とは、この世のものではないと言うこと。
    それは神がかった、深い深いところから湧き上がって来る音楽だけのこと。
    美しい横顔に見とれながら、これまた、何とも言えない至福だったな。

    演奏が終わった。
    私は、五十嵐さんの近くに行った。
    「凄すぎる」だった。
    そしたら、不思議なことが起こったんだ。
    濱田さんが、私の前に来て、
    「握手させてください」だった。
    ピアニストがだよ。お客の私にだよ。
    驚いて、きよとんとしている私の手を取り、
    「暖かい拍手と声援に、助けられました。ありがとうございました」だった。

    感激が、どっと潮のように押し寄せた。
    「が、ん、ば、っ、て、ください。素敵な、ピアノでした」
    私は緊張して、舞い上がって、それだけ言うのがやっとだった。

    私は、ジャスストーリトでは、応援団だった。
    尾崎利彦さん・五十嵐誠さん・内山二夫さん・若林修一さん・矢川倫代さん
    田中トシユキさん・さとうえみさん・フォッサマグマさんだ。

    そして、昨日、濱田道子さんと出会った。
    そして、佐藤圭さんに出会った。
    そして、長野賢一さんに出会った。

    7月のジャズフラッシュをどんなスケジュールで回ったらよいのか、
    本当に今から楽しみになっている。

    遅いお昼を、「あき乃」の小千谷蕎麦と、野菜天ぷらと、蕎麦焼酎だった。
    親父さんと、ゆっくりとお話しできて幸せだった。
    そのことは、また、後で書きたい。
    親父さん、「親父たちよ」にたどり着いてくれたかな。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月19日 06時23分52秒

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    深いものの顕れとなる

    昨日は、東区ボーイズの合唱の稽古だった。
    合唱はいい。
    歳をとればとるほど、その味がよくわかってくる。
    声を出すことは、自分自身と出会うことだ。
    その声を響かせるということは、
    ここに自分が居るのだと言う確認でもある。

    自分の声だけを主張すれば、
    それは単なる我がままの歌となる。
    お互いの声の中に、自分の声を融け込ませる。
    その調和の中に、自分を響かす。
    その時は、やはり至福の時でもあった。

    それぞれの声の質も音も響きもみんな違う。
    ボーイズとは言っても、年季の入ったオールドボーイズの集まりだ。
    まさに、人生経験の豊富な人たち。
    船乗りならば、七つの海を制覇して、
    今は港に着き、悠々自適で気楽な暮らしの老船長だ。

    だから、歌う姿だけでも、存在感を感ずる。
    このオールドボーイズたちが、
    本気でロシア民謡や童謡を歌っている。
    それはあんまし上手いとは言えない出来栄え映えかもしれないが、
    やっぱりその歌声には、その人が経て来たいぶし銀の人生が顕れる。

    その自然として、深いものが顕れるか、どうかなんだな。

    太威の店長と話した。
    というよりか、私が一方的に語りかけた。
    いつものように「担々麺」を深く味わい、語り合った後だった。
    一口一口が深い深い味わいだった。
    私は、ここの担々麺と出会ってから、
    「深い」とは、どんなことなのかと、考えるようになった。

    まず、「深いものとは、もっともっと深くなるもの」だと言うことだ。
    「浅いものは、どんなににんにくや辛子味噌、胡椒を足しても深くはならない」のだ。

    次に、「深い味は、身体が喜ぶ味である」ということ。
    「味は舌で感じるのではなく、五臓六腑が味わっている」ということ。

    ところが、「身体がこれだと喜ぶ、そんな深い味とはめったに出会わない」こと。
    「新しい店を開拓しても、外れることが多く、だからここに還って来る」こと。
    「つまり、身体がこの深い味を自然に求めている」ということ。

    ということは、「身体そのものが、自然にこの味の原型を知っている」ということ。
    つまり「ここにあるから、あっ、この味だと気付く」こと。
    すると、「身体の中で眠っていたその味が、覚醒する」こと。
    そうなると、「やっぱりその味を味わいたくなる」こと。

    ただし、「その深さとは、職人の魂を込めた味である」ということ。
    「この味を創った、その職人の身体に沁みこんだ、その味であった」こと。
    つまり、「その職人も、その味が身体にあったことに覚醒した」こと。
    すると、「その味は、この世に誕生する」ということ。

    ただ、「その味を出すためには、限りない時間と、試練と、試行錯誤の連続」である。
    この店は、定休日が無く、彼は、自分のいのちを削ってこの味を出していること。
    この味を世に出せるのは、彼独りだと言うこと。
    この味は、彼が自らの職人としての経験でたどり着いたということ。

    つまり、「深いとは、あるべき味わいが、ここに姿を顕した」ということ。
    何故なら、「深くで眠っていたものには、人は気付かない」から。
    その、「深くで眠っている味わいを、この世にあらしめたのは」
    「その深さに覚醒し、その深さを追究した彼がいた」からだ。
    彼が、居なかったならば、この担々麺は味わえなかったということ。

    深い味には、これだけの物語が存在すること。
    だから、私が深い味と出会うと、そのスープが麺が語りかけて来ること。
    この担々麺には、深い味と共に、深い深い物語が隠されていること。
    その深くに隠れ、眠っていた財宝のような味わいを、
    彼が発掘し、発見し、ここに担々麺として光を当てたこと。

    深さとは、そこにあるものだけが、感じさせるものだ。

    東区ボーイズの歌は、上手くはなくても、深い歌だ。
    深いとは、きっとその奥に在るものと棚がっていると感じられるものなんだな。
    上手くは表現できないが。
    深いものに出会う時、ある意味では、信ずべきものそのものと、
    私は、出会っているのだと、今、ここで感じた。

    深いところに存在し、日常を生きる私が気付かず、通り過ぎるこの時間に中に、
    本当は、深いものからの呼びかけや、問いかけがある。
    きっとその顕れを味わわせてくれるものだけが、
    「深い」と、言われるものなんだ。

    「顕れを生きる」「顕れで在る」

    東区オールドボーイズの歌声も、
    太威の担々麺も、
    その顕れであるから、深いと感じられるのだ。

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  • from: クマドンさん

    2018年01月18日 06時24分50秒

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    深く味わう

    さてさて、連日の雪道のために、出勤時刻を早くした。
    そのために、この「親父たちよ」を書けなかった。
    こうして、書かなくなっていても、
    それは、それで、いいかなぁとも、想えるようになった。
    書きたい時に、書けばいいんだ。

    昨日、高森のお年寄りたちが30名も集まってくれた。
    「高森の丘検定」の発表会だった。
    その時感じたことは、お年寄りたちの「人生の深さ」だった。
    「深いなぁ」と、80年70年人を生きて来た人たちは、
    やっぱりそれなりに「深い」と感じた。

    だから、その人たちの、想いを知りたいとも想った。
    どんな苦労があったのだろうか。
    どんな哀しみがあったのだろうか。
    子育てにどれだけ奮闘してきたのだうか。
    みんな一人一人がきっと語るべき「深い物語」をもっている。

    それが、私には、とても興味が在り、
    ぜひとも聴きたい物語となっている。
    だから、歳をとっている。長く生きている。
    そのことだけでも、充分に敬意を感ずるものなんだ。

    その敬意を、今の子どもたちも若者たちも失っている気がする。
    「歳をとらないと、わからないんだな」という、
    何とも「深い自覚」と「深い喜び」は、
    この年代まで生き延びて来た人たちだけに与えられるご褒美だ。

    「生きてみないとわからなかったね」と、
    しみじみ語ったあの90歳の老料理家の女性。
    「そうですね。生きてみないとね」とは、
    一緒に海を眺めていた90歳のハンセン氏病の女性。
    その光景と言葉とは、
    今、ここにも、私の深くから蘇って来る。

    ある時、私も、生きることを止めようと想ったことがある。
    それは、確かに、どん底だったと想う。
    どうにもならない私は、どうにもならないことに気付き、
    この人生そのものから、逃げ出そうと想った。
    逃げれば、ここから居なくなれば、消えてしまったら、
    きっとどんなに楽なんだろうなぁと、
    その逃げ道ばかりを考えていた。

    でも、逃げなくてよかった。
    その場だけで決断しなくてよかった。
    今、こうして、生きているのは、
    時間と自然とに私自身をお願いしますと委ねられたからだ。

    「何とかなる」そんな気楽になるまでは、
    確かに長い年月がかかった。
    でも、こうしてどん底を味わい尽くした私でも、
    振り返って見たら、何とかなった。

    70歳・80歳・90歳の人たちは、そのことを知っている。
    自らの経験を通して感じていることは、
    そういう何というか、「何とかなるさ」なのではないだろうか。
    だから、「くよくよするな」「大丈夫。大丈夫」なんであり、
    「いいてば。いいてば」「心配するな」であるのだと想った。

    苦しみや、悩みや、痛みや、絶望に立たされている若者を、
    本当の意味で慰め、労り、親身になって傍らに立てる人とは、
    この人たちではないかと、
    私は、改めて、昨日は感じた。

    「味わう」が、今、ここでの私の生き方だ。
    だから、今、ここを「味わう」ようにしている。
    考えるのは、ずっとずっと後でいい。
    「味わう」ことで、感じたことをそのままにする。
    すると、その感じが何だか沁み込み味わい深くなっていく。
    その時なんだな。
    やっと「ことば」が顕れるのは。

    ことばは、きっと私の身体に在るものだった。
    そして、じっと私の熟するのを待っているものでもあったはず。
    だから、私がやっとその「味」に気付いた時、
    その「味わい」に感動した時、
    その感じを顕わにしようとする時、その「ことば」と出会う。

    池田さんの言葉を読みながら、今朝、はっと想ったことがある。
    私たちの日々の体験とは、日々の生きるとは、
    全く新たな、今までどこでも体験したことのない、
    「未知」なるものなんだということだった。

    自然とは、同じものは一つもないということだ。
    自然とは、いつも常に変化し続けるということ。
    だから、本来は、よくよく考えたら、
    人は、絶対に同じではなく、同じことを繰り返していないということだ。
    つまり、こうして今日を生きるということは、
    全く未知な今日、今を、刻々と生きているということなんだな。

    そして、はっと気付いた。
    「未知」という漢字を分解して、組み立て直すと、
    何と「味」という漢字になるではないか、ということに。

    そうなんだ。
    日々、私は、未知なるものを体験し続けているんだ。
    その変化を、その一期一会を、その今、瞬間を、
    味わうことで、「深く、腑に落ちる」と、池田さんが教えてくれた。
    そして、その未知なる体験を深く味わうからこそ、
    そのことが経験として、私の人生を生きるということだった。

    そうやって、深く人生を味わって生きて来た人が、
    あの高森のお年寄りたちだった。
    だから、そこにいらっしゃるだけで、
    あれだけの存在感と在り難さとを私が感じたんだな。

    だから、言いたい。
    「私は、駄目だ」「もう生きることが苦しいよ」と言う若者。
    本当の人生の妙味は、美味い味わいは、
    そんなところにはないよ、ということだ。
    とにかくどうでもいいから、生き延びること。
    きっとその内にわかる日が来るはずだ。

    そしたら、きっと腑に落ちるはず。
    「ああ、生きてみないと、わからなかった」と。
    その「わかる」「悟る」よろこびこそ、
    人生を生きることの醍醐味であり、意味ではないだろうか。

    確かに今は、苦しみという味しかないかも知れない。
    それは、私も、あの人たちもきっとそうだった。
    でも、今となって見たら、それがあったから、この味が在る。
    きっとそう想える日が必ずやって来る。

    そのことを「そうなんだ」と、はっきり言えるのが、
    歳を賢く、味わい深くとった人たちだけが、言えることだ。
    そうしたお年寄りに、私も、あなたも、なりたいものだね。

    健闘を祈る。

    大丈夫。大丈夫。

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