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親父たちよ

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  • from: クマさんさん

    2009年08月28日 20時44分29秒

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    52歳の誕生日

    大山町であるパスタの名店プテイで、
    私の誕生祝をしてもらった。
    「お父さんおめでとう」
    その一言が心に染みた。
    いろいろとあった長男が、一番大人になってくれた。
    男と男との会話とでもいうのだろうか。
    親父として気張らず、繕わずに、自然体で接せられるようになった。
    二男もこんな駄目親父をそれなりに認めてくれている。

    「ありがとう」
    それは私から、妻や子供たちへの感謝の言葉である。
    「いい加減な親父」になることで、
    子どもたちと近づけた気がする。
    真っ向勝負はとっくにやめた。
    「お前たちがやりたいように生きなさい」
    私はそうやって両親から見守られてきた。
    その恩を、子供たちに返せばいいのである。

    あの頃、小学生だった二人の子どもが、
    こうして立派になってプティの椅子に座っている。
    長男は少しのゆとりの中で、
    私と対等に話している。
    「ああ、大人になったんだなぁ」とつくづく思った。

    やはり親は、子どものサポーターでよいのではないだろうか。
    蒲水先生への絵手紙に、
    「何事も 為さずに五十二 これからも」と川柳を書いた。
    「我執を捨てて、ただなんとなく」蒲水
    この境地に到達するにはまだまだ万里も先であるが、
    そんな心境を読めたこと、本当は嬉しいのだ。

    子どもから、笑われ、呆れられ、それでも大好きな親父となりたい。
    そんなことを考えたら、そのまんまのモデルがいた。
    それが我が親父殿であった。
    「あっそうか。お父ちゃんを俺が見ていたように、
    子供たちも俺のことを見てくれたら幸せなのだ」
    そんな気づきを得ることができた。

    帰ってきたら、父が一人テレビもつけずに部屋に居た。
    「なぁ、あの墓早ようしねぇと、なくなってしまうんじゃねぇか」
    あの墓のことがよほど気に入ったのだろう。
    だから、心配で仕方ないのである。
    「そんなら、早よう石屋さんと相談して、建ててもらうけ」
    私が父の年代になった時、
    私の墓のことで長男や二男は心配してくれることだろうか。

    「何事も 為さずに五十二 これからも」クマさん

    追伸:帰りに妻に「いくつになったん」と聞かれた。
      「52歳だこて」と言うと、「55歳かと思った」と言われた。
      そんなものなのだ夫婦と言うものは・・・。

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