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  • from: クマさんさん

    2009年10月24日 05時53分52秒

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    千の風に励まされ


    今朝、73万人を達成していた。
    ありがたいことだ。
    続ける意欲は、ここから生まれる。

    昨日は中越地震から5年目だった。
    復興記念の式典が山古志であった。
    ニュースでその様子を伝えていた。
    故郷に戻り、また錦鯉の養殖に挑戦している人も居た。
    しかし、故郷に戻れずに、他の土地で新たな生活を始めた人も居る。

    人口は減り、商店も商売がなかなか成り立たない状況らしい。
    地震前までに山古志に当たり前にあったことが、
    今では懐かしく、とても尊いものに思われる。
    全てをこの震災が一変させた。

    故郷に生きる。
    家族とともに生きる。
    地域の仲間とともに生きる。
    地域で働いて暮らせる。
    そんな当たり前が尊いのだと、
    私たちも感じて日々の生活をすべきなのだ。

    全ては、流れて、失われていくものである。
    川の流れは止められないのだ。
    それは昔の日本人が感じ、心の指針とした無常観である。
    この世の全てのものは、移り行くものである。
    そして、全てのものは、人の意志にかかわらず、不確かなのである。
    その「無常観」を心にもつことで、
    人は、その当たり前を尊いと感ずる生活ができるのだと思っている。

    無常観の次に人の心に来るものは何であろうか。
    無から生まれる空しさであろうか。
    それもある。
    空虚な心は、時には人の心を支配してしまうこともあるだろう。
    悲しいことに、現代の日本人が忘れてしまったことがあるのだ。
    自力解決ができない状況に追い込まれた時、
    人は、無心に祈ればよいのだ。

    大悲風のごとし。
    千の風になって、私たちの命を見守り、励まし、支えてくれる力を信じて、
    一心に祈ればよいのだ。
    別に宗教に入れと言うことではないのだ。
    千の風の力を信じて、いつでも、どこでも祈ればよいのである。

    私は、ランニングの途中、
    みなとランドの隣の空き地に立つ3本のアカシアの木に祈っている。
    走りながら、両手を合わせ、心で語る。
    「どうか父と母とを守ってください。どうか家族を一日見守ってください」と。
    その地には、かって私を可愛がって育ててくれた叔母の家があったのだ。
    そのアカシアは、私が幼かった頃よりそこに立っていた。
    ただのアカシア。しかし、私にとっては祈りの対象なのだ。

    走りすぎる私の背を、千の風が微笑んで押してくれることを感ずる。

    人は、祈りを忘れてはいけないのである。
    人は、祈ることで人の世の無常を知り、謙虚になれるのだ。

    私は、「千の風になって」という歌を、絶対に聴かなかった。
    嫌いでもあった。
    しかし、ある日yuccaさんの歌を聴いて、涙が止まらなくなったのだ。

    山古志にも、千の風は吹いている。
    私にもアカシアを通して、千の風は吹いている。
    その風の声は、祈りでしか聴こえない声なのである。

    祈るとは、千の風に励まされて今日を生きることなのだ。

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