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from: クマさんさん
2012/06/20 09:24:47
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11(火) 魂の対話を
次の日の朝、父は「行く」と、言ってくれた。
妹が自宅に居る私に電話を寄こした。
気が変わらない内に連れて行くように言って、
私は、すぐに病院に駆けつけた。
父は、現実を受け入れるまでにとてもとても時間がかかった。
「どうしてこんなことになってしまったのか。」
動かなくなってしまった身体の障がいを認めたくはなかったのだ。
私が行くと、とにかく私を睨んで、怒鳴ったものだった。
「何でこんげなとこに入れたんだ。」と。
看護師さんにも怒鳴ることがあった。
私は、父が興奮し、拒絶する気持ちも分からんではない。
しかし、この状態では母に会わすことは、
父の精神状態の危険を増すような気がして躊躇していたのだ。
母の病室に、車椅子で父が入った。
変わり果ててベッドに横たわっている母を見てね
父は少なからぬショックを受けたはずだ。
「どうしてこんなことになってしまったんだ。」と、
この厳しい現実に直面して、言葉を喪っている。
どうこれわ理解したらよいのか、分からないのだろう。
しかし、母の手をとり、父は語りかけていた。
「ばあちゃん、どうしてしもたんだ。」
すると動かなかった母の手の指が動き、
母が父を見て何かを語ろうと唇を小刻みに動かすのだった。
ぱっと見開かれた瞳には、聖性とした輝きとともに、はっきりと母の意志がかんじられた。
やはり、母は、父のことばかりを待っていたのだ。
ここから、私たちには聴こえない、魂の対話が二人で交わされた。
「お父ちゃん、大丈夫らけ。」
「お父ちゃん、ちゃんと先生の言うこときくんだよ。」
「お父ちゃん、歩かねと、歩かんねなってしまうんだよ。」
母は、死に逝く自分のことより、父のことばかり心配していた。
父は、母にそれこそ甘えっぱなしの人生だったる
母は、父を甘やかしてきた人生でもあった。
「お父ちゃんを置いて、私は死なない。」
「俺を絶対に置いて行くなや。」
それが夫婦なのだろう。
父は、何も言えなくなった母の掌を撫でながら何を想っていただろうか。
言葉では伝わらない。
想いだけが相手に伝わる。
父は、母に謝っていたかもしれないし、母は笑って赦していたかもしれない。
二人はどんな光景を想像し、
どんな想いを交わしているのかは二人しか分からないことだった。
しかし、あの日に帰りたいねぇと、きっと想っているはずだった。
父の朝食を作り、一緒に食べて、お茶を飲む。
炬燵に入って父と会話し、父の薬の世話をする。
動かない父を連れて、二人で医者に行く。
そんな本当に何気ない日常が、どれだけ貴重な時間であったか、
そのことに、人は喪ってから気づく。
出来るならば、戻してあげたい。
想いと想いとがつながる出会いだった。
語る言葉は父にはなく、母は言葉を語ることができない状態だった。
それなのに、二人には深く深く語り合うことができるのだ。
その語り合えるつながりこそ、本当に意味での「言葉」のつながりなのだと教えてもらった。
人と人とは、言葉が無くともつながれるのだ。
いや、言葉が無いからこそ、人と人とは、魂の「言葉」でつながることができるのではないだろうか。
沈黙の二人の温かな対話を見て、
私は、きっと母が安心して、父をいっそう愛おしく想っている声が聴こえるような気がした。
「おとうちゃん・・・・。」
ここに万感の想いがこもっているのだ。
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