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  • from: クマさんさん

    2012年08月19日 10時11分11秒

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    信が必要

    やはり、何を信じて生きるかなのだ。
    お地蔵様には、一日二回のお参りだ。
    早朝、ジョギングに行く途中に祠が建っている。
    その中にお地蔵様は鎮座ましましている。
    お盆を迎え、赤いおべべもリニュウアルされている。
    そのお顔を観るだけでほっとする。
    瞳はいつも閉ざされ、平安に満ちた慈愛のようなものをその閉じた眼から感じられる。
    「それでいい」と、言って下さるようにも感ずる。

    私がお願いすることは、全て了解済みだった。
    そして、その計らいを通して、私には想像も出来ないプロセスで、
    私の人生の物語は描かれて行く。
    「何で私が・・・・。」ではなくて、「私なのですね・・・・。」と、
    その振りかかる艱難辛苦のただ中で、その意味を問い続けて来た。
    「その答えは、あなたが出しなさい」と、
    私には分からない確かな道を示しながら、
    その道の往く末に何が在るのかは教えてくれない。

    しかし、その道を歩き続けられるようにと、
    弱く愚かな私の為に、御同行の伴走者は必ず与えて下さった。
    人は、独りになって、独りでは生きられないことを悟り、
    人は、独りになって、友の有難味をしみじみと味わうものだ。
    お地蔵様には、私を救いたいという願はあっても、
    現生の手はお持ちではないのだ。

    溺れかかった私の手をしっかりとつかみ、
    引き上げてくれるそんな手が、現生では必要だ。
    その「見捨てない」手こそ、
    私にとっては愛と慈悲の手のことだった。
    そして、私がもう駄目ですという時に、
    必ず、絶対、どうしても、その手は現われ、
    沈む私の手をつかみ、すごい力で引き上げてくれるのだった。

    私は、その手の存在と、その手を私に与えて下さる愛と慈悲を信じているのだ。

    人は、信ずることで、安心して生きられる。
    人生一寸先が闇である。
    何が起こっても不思議ではないと悟るようになった。
    だから、そんな状況に直面しても、「お任せします」と言える信が必要なのだ。

    おかげさまでのお地蔵様である。
    お地蔵様を名前で呼びたいのだが、
    何と呼んだらいいだろうか。
    私がもし勝手に名前をつけたとしても、
    きっと「それでいい。」と、言ってくれる気がするお地蔵様なのだ。

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