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from: クマさんさん
2012/11/22 06:05:43
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寺小屋を作ろう
さてさて、昨夜、爆笑問題がいじめについての番組をやっていた。
かっていじめられ、今もいじめられている(笑い)私である。
その言葉一つ一つがよく分かり、身に沁みた。
いじめられていた子どもたちの心の辛さに共感できる。
その寂しさと孤独感がよく分かる。
理不尽なことを毎日のようにされて、それでも逃げられない苦しさ辛さ。
相手は独りではなく、どういうわけか何人もいるのだ。
自分の何が悪かったのか分からないが、いつの間にかいじめのターゲットになっいる。
無力感を感ずるし、ついつい自分を否定してしまったりする。
やっぱりこの世界から消えてしまいたくなるだろう。
心の傷が大きくなり、いつの間にか教室に入れなくなってしまう。
いろいろな妄想により、苦しくて、切なくて、その場には居られないのだ。
しかし、いじめている人たちは、そのことへの罪悪感は微塵もなかった。
それは、その人たちを見ているとよく分かる。
時には、いじめている側に正義があるような錯覚をしている。
人間として最も愚かで愚劣な行為をしているのに、本人たちは気づかない。
自分たちのイライラやストレスを発散するために、
組織や集団の中で、ストーレィシープを見つけ、そこに標準を合わす。
いじめる人は、そうせざるを得ない哀れな業の中に居る。
その酷さは、決して変わるものではないのだ。
いじめる側に、いじめているという自覚はない。
悲しいけれど、それが現実のようだ。
「逃げなさい。」「休みなさい。」「学校は行かなくてもいいんです。」
やっぱりそれを教えてやらなければならないと、番組を観ていてそう思った。
そして、その子たちが自由に楽しく生きられる、
フリーな集団を社会は用意すべきなのだ。
私は、それは「寺小屋」の復活ではないかと考えている。サークルで活動するには参加が必要です。
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