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from: クマさんさん
2013/02/09 11:21:18
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525600分間
昨夜は飲み会から帰ってきてから、夜中の2時まで映画を観ていた。
「レント」というミュージカルだ。
これで3回目になる。
どうしてこの映画が、心の深く響いて来たのか。
それは、「レ・ミゼラブル」と同じ感動を与えてくれるからだと、昨日は想った。
一年間525600分間だ。
人は、その時間を何に使うのだろうか。
明日の命も知れるHIVの感染した若者たち。
過去を後悔しても何も変わらず、
未来を夢見たとしてもそれは定かではない。
出来ることは、今なのだ。
今をどう生きるかしか、人生はないのである。
それならば、「愛」で生きよう。
精一杯この与えられた今日という時間を愛し合うことで生きていこう。
「愛だけなのだ」「愛しかないのだ」とは、ゾマイの歌であるが、
本当にそうではないのかと、
レントでの若者たちの熱烈な歌声と叫びを聴きながらそう想った。
55歳の中年男が、こんなことを言っているのがおかしいと思われる世の中かもしれないが、
何もないなぁと己を振り返って思ったとき、この愛だけは存在しているのだった。
実は、この世界は愛に満ちているのだと、ある日ある時に私は気づいた。
人は、こんなに限りない愛に包まれながら、それに気づかないで生きているのだ。
そんな驚きをその時に感じた。
お日様がこうして私を照らしてくれる。
大空はいつも私を見守り、励ましてくれる。
雲は悠然と流れながら、私と共に歩いてくれる。
海は、いつもいつもおおらかに私を許し、受け入れてくれる。
月は、母のような慈愛の眼差しで、私を見つめ、微笑んでくれる。
自然そのものとは、まさに愛に満ちたものなのだ。
人とは、太古の昔からあらゆることを自然から学んできた。
人の感情とは、自然の姿なのだとある哲学者は言っていた。
人は生まれ、生き、老いて、死んでいく。
それだけなのだが、人には音と踊りと言葉とが与えられ、
その自然から学んだことを、言葉に直し、物語として次の世代に語り継いできた。
そして、語り継がれ、今も語り継がれている物語とは、
やっぱり「愛の物語」なのではないだろうか。
そう生きることで、人は本当の幸せに至るのだ。
そのことこそ、こんな時代だからこそ、伝える意味があるのだと私は思う。
自然は、実に慈愛に満ちたものである。
また日が差してきた。明るい日差しは暖かい。
その温もりの中でなら人はきっと生きられるのだと思う。
明日は死ぬかもしれないよ。
そんな危うい時間の中で生きているのは、本当は私たちなのだ。
ならば、525600分間を、やっぱり何に使うかを考えなければならないのだ。
だから、「今」を大切に生きようと思うだろうし、
誰かの何かのためになる生き方をしようと思うし、
自分にこだわらず、相手の想いや願いを先に考えるようになるかもしれないし、
やっぱり、でくのぼうと呼ばれ、褒められず、苦にもされない、
そういう人になるのではないだろうか。
そして、そんな生き方を生涯全うした先人たちがこの世に生きてくれ、
その生涯を物語として残してくれたから、
私たち人は、救われるのである。
もし、愛の物語が存在しなかったら、この世界は闇なのだ。
まさに、太陽と月とが存在しない世界であるように。
実は、レントのこの「525600分間」という歌は、最近ある保険会社のCMに使われている。
今、こうしていてもその1分1分が消えている。
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