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  • from: クマさんさん

    2013年11月29日 17時32分06秒

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    自然界における期待される人としての役割とは

    「途切れない自分の人生を精一杯に生きる人間のあり方」

    途切れない自分の人生なんて当たり前ではないかと考える。
    だって生まれてからこの命が途切れていないからこうして生きているんだか、
    しかし、途切れないとは、そういう意味でのことではないのだ。
    「いのちのバトンパス」という言葉を知っているだろうか。
    私という一人の人間が生まれるためには、両親が必要なのである。
    つまり、私は父と母との命を受け継いで今ここに存在しているんだ。
    あるお坊さんが言っていた。
    「それでは、あなたのご先祖はどれだけいるかご存知ですか。」
    10代遡るためには、1024人の男女のご先祖が必要なのだ。
    20代遡るためには、1048576人の男女のご先祖が必要なのだ。
    30代遡るためには、1073741824人の男女のご先祖が必要なのだ。
    たった30代遡るだけで、約10億7千万人の人生があったということだった。
    もし、この10億人のどこかで命のバトンパスが誤って行われなかったとしたら、
    今、ここに、私は存在していないのだ。
    そして、私の父も母も、長男も次男もここには居ない事となる。
    「あり方」を見つめているのは、何と10億7千万人のご先祖様たちなのである。
    やっぱりせめて身体だけでも大切にしなければと、そう改めて思って減量を始めた。

    「大いなる自然界の中に生きるいのちとしての自分
     その自分と他者とのつながりを大切にする教育」

    この問が実は、このずっと庭でたそがれていた私にとっての根本的な問だった。
    自然の中において人とはいったいどんな存在なのかということだった。
    例えば、自然の純粋な形での循環を輪っかのように考えると、
    確かに自然にある全てのものはお互いにつながり支え、助け合っている。
    つまり、姿や形こそ変えながらも、それぞれがかかわりあって存在しているのだ。
    鳥、花、草木、けものに虫に・・・と、「かぐや姫」の映画でも唄われているように、
    これが生きているからそれがあり、それがあるからこれが生きるのだ。
    大いなる自然とは、大いなるいのちの循環そのものなのだ。
    しかし、どうも人間は、その輪っかの外に置かれているらしいのだ。
    自然にとっては、迷惑な存在が人間なのだ。
    しかし、しかし、だ。
    本当にそうなのだろうか。
    人はこの自然界で果たさねばならない役割は必ずあるはずだ。
    ただ、消費し搾取し、荒らし、環境を汚染し、破壊するだけの存在ならば、
    この循環から消えたほうが良さそうだ。
    ところが、ずっとずっと考えていたら、やっぱり人しての大きな役割が存在していたのである。
    その答えは、鳥、花、草木、けものに虫にはなく、
    人だけが持っているものなのだ。
    それは・・・・。この問に対する答えはあまりにも大きすぎるので次の機会にすることにする。
    子供たちには、自然のいのちとかかわらせ、人としてのよき教育を願うだけである。

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