最近は独り言が多くなっている。
まるで独居老人みたいな生活だ。
独りで自分と向き合っていると、いろいろな想いが勝手に湧いてくる。

夕食を食べながら、母に語り掛けていることがある。
それは現実の生活のように感じられる。
「異人たちの夏」という山田太一原作の映画があった。
あの主人公の男が、亡くなってしまったはずの父と母とに巡り合う。
そして、ごくごく自然に母に呼ばれ、
長屋の小さな部屋で、親子で食事を食べていた。

他の人たちには、それは見えない光景だった。
そんな話をしても、そんな馬鹿なことがあるか。夢でも見てるんだ。
と、ただそれだけだと思う。
私もそうだった。それは映画だけの話だと想っていた。

しかし、やっぱりここに、その人たちは居てくれるのではないかと、
ある時から思えるようになった。
宝町のお地蔵さまもそうだった。
母がもうすぐ亡くなってしまう。
父は心も体もボロボロになって介護が必要だ。
そんな自分ではどうにもならない状況に追い込まれた時、
私は、お地蔵さまという菩薩に出会った。
菩薩が、私を呼んでくださった。

人生の危機や、どん底だと思われる状況がある。
私のように愚かな人は、何度も何度もそんな局面を経験した。
しかし、こうして死なずに生きている。
いや、やっぱり生かされているのは、そこに何か大きな力が存在してくれたからだ。

現実の生活ばかりに追われて一日を走り抜けていると、
本当にその目の前の世界だけが、
自分が体験したことだけが、
自分と出会い、かかわった人たちだけが、この世界に存在するように感じられる。

目に見えない世界の存在なんか、知らなくても、考えなくても生きてはいける。
いや、現実生活の荒波の中で、揺られて、もまれて、生きている間は、
そのことだけで目いっぱいだ。
しかし、その荒波に疲れ、力尽き、溺れたらどうだろう。
私はきっと海の深い深い底に沈んでいくはずだ。

その瞬間、微かなる意識の中で私が発見することは、
そこにあったが、私には絶対に見えず、感じられなかった深海の世界だろう。
見えなくとも、知らなくとも、そのものは存在し、生きている。
そのことに気付き、はっとして出会えるのは、
苦悩の中、心の闇の中、絶対の孤独の中、絶望の中、死に向かう中、
なのかもしれない。

そうした哀しみや、痛みや、苦しみにあるからこそ、
力みを捨てて、自分の愚かさと弱さに気付き、
時には生きていることへの罪を感じ、
何かに向かって「ごめんなさい」と言い、
「もう一度やり直したい」と言い、
時には、思わず手を合わせて、祈ったり、
奥深くで何者かに語り掛けたり、
亡くなった母や友に話しかけたりするのだろう。

独りで自分と向き合う時、独りではないのだと感ずる。

不思議だけど、私自身が異人たちの仲間の一人になった気がするからだ。

今は、語りたい言葉だけを語ればよい。
語られるべき言葉だけを、伝えればよい。

そんな心境になれたのも、この深海に自ら沈んだからだった。
「グランブルー」という映画を、また観たくなってしまった。

人は、独りにはなれないものなんだ。