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  • from: クマさんさん

    2015年01月27日 09時17分18秒

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    食べることが生きること

    父が腎臓の機能が著しく低下したので、12月に緊急入院となった。
    救急車で搬送され、即入院だった。
    しかし、その間に認知症が進み、突然立ち上がったり、夜中に徘徊したりして、
    ベッドから何度も落ちてしまった。
    その度に、病院の看護師さんから、お詫びの電話が来た。

    私は、かえって申し訳なく思い、いつもこちらこそありがたいと、想いを伝えた。
    本当に看護師さんたちは、親身になって看護してくれていた。
    父が突然怒鳴り出しても、「水」と大声で叫んでも、笑顔での対応だった。
    父からはそんなわけで目が離せないので、
    ナースセンターの向かいの大部屋に父は独りで入っていた。
    それでも不安があるので、車椅子に乗せられ、
    シートベルトで身体を固定されて、ナースセンターに父は居た。

    看護師さんたちが忙しく働く中で、父は車椅子に乗ってうとうととしていた。
    昼夜逆転の生活をしているために、昼はやっぱり爆睡だった。
    夜中に徘徊されると困るので、看護師さんたちは声をかけるが、
    父は全く起きる気配はなかった。

    とにかく食事には手がかかるので、夕食にはで来る限り私は行った。
    父は、私の顔を見ても、うっすらと意志のない眼差しを向けるだけで、
    じっとしてただ黙っていた。
    入院してまだ間もない頃は、父の昔話を聴いて、笑っていたものだった。
    医師が言ったように、入院することで父の認知症は日々進行中となってしまった。
    それを誰も止めることは出来ないのだった。

    毎日会いに来ても、その変化は息子である私には感じられた。
    私は食堂で父の横に座り、スプーンで一つ一つ口に運んだ。
    父は、きざみという食事になっていた。
    飲み下す力がだんだん衰えて来ているからだった。
    だから、口の中に入れても、なかなか飲み込まずにそのままだった。
    せっかく口に入れたのに、それがぽたぽたとエプロンに落ちて行く。
    父は、口の端に食べ残しをつけながら、それでも食べようとスプーンですくった。

    生きることは、食べる事だった。
    ただし、父にはその味も、そのおかずの名前も関係はなかったようだ。
    ただぼんやりと手を動かし、食べていた。
    ただ食べていた。
    そして、ほんの僅かばかりを口にした後で、時間が来たからとやっぱり片付ける。

    それで、その日は、そうやって生きていた。

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