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親父たちよ

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  • from: クマドンさん

    2016/06/29 06:17:50

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    生きてみないと分からない意味

    意味だなぁ。
    そんなことをしみじみと想った。
    そして、人は生きてみなくては、その意味が分からないんだなぁとも想った。

    昨夜はS叔母が帰宅の日だった。
    私は、その日にはT叔母の家でビールをご馳走になっている。
    それも、キリンの瓶ビールとプレミアビールだ。
    そこには、K叔母も居てくれた。
    その叔母としみじみと話したことが、この意味だった。

    K叔母は、旦那さんが一途でまじめで融通が利かず、
    いつも叔母を自由にさせずに束縛して来たことに不満をもっていた。
    叔母は85歳だった。
    その年を誰にも感じさせない美しさをもった叔母だった。
    その叔母は、60年以上連れ添った旦那をそうやって不満にも想っていた。

    しかし、私からすれば、旦那さんはとてもとてもいい人で、
    純粋に生きた人でもあった。
    確かに、世間知らずで、お坊ちゃんで、
    自分から外の世界とかかわれない人でもあった。
    だからこそ、叔母のことだけを頼りに、
    叔母に依存しながら生きて来たのだと想っている。

    だから、どれだけ叔母のことが好きで、好きでたまらないに、
    その想いを伝える言葉を言えないばかりか、
    口から出る言葉は、自分の想いと裏腹な言葉ばかりだった。
    だから、叔母にとってはそんなに自分を低く見ている旦那さんのことが耐えられない。
    この年になるまで、よく耐えて来たとも言っていた。

    しかし、しかしだ。
    叔母はそんな旦那さんに嫁ぎ、厳しい姑仕えをしてきた。
    彼は、ちゃんと叔母のそうした苦労と哀しみとを理解して、
    時には姑に毅然として叔母を庇って抗議もしてくれた人だった。
    叔母は、自分が置かれた状況を、不憫で哀れなものだと嘆いていたが、
    実は、そんな叔母のことを一番愛し、頼りにして生きていたのが旦那さんだったのだ。
    そのことを、この年になるまで、叔母は理解していなかった。

    昨日、そんな話が出た。
    同じように溺愛する母親に育てられ、どうにも勘違い男となってしまった私は、
    叔父さんの今の心境がとてもよく分かるようになったので、
    僭越ながらと、叔父さんの気持ちを代弁して、叔母に語った。

    叔母を自由にできないのは、叔母が叔父さんから離れて行くことが不安だからだ。
    叔母は、社交的で、友達も多く、友達からの誘いも頻繁にあった。
    それを叔父が許したら、叔母がどこかに行ってしまうようで不安だった。
    だから、大好きなお母さんに傍に居てもらいたいように、
    叔母のことを束縛し、外に出られないようにした。
    それは、嫌いだからそうするのではなく、それだけ好きだからそうしたのだ。
    叔父は、自分では自立できず、叔母だけが心のよりどころだった。
    ある意味、叔母は、そんな叔父の母親でもあっただろう。

    私もそうだったが、依存的に生きた人は、なかなか自立できないものだ。
    そして、大好きな母親から認められようと、
    そのことだけで頑張ってしまう傾向がある。
    私は、母が亡くなってから、やっとそこに目が覚めた。
    いかに自分が人ばかりを頼り、どんなことがあっても何とかしてくれるとばかり、
    勝手に人に依存して生きて来たのだと、やっと今、この年になって理解した。

    しかし、叔父は、そんしたどん底をまだまだ味わっていないので、
    自分を卑下し、否定するまでに至っていない。
    だから、まだ家族の中での主人として生きている。
    だが、それも全部叔母の幸せのためを思ってのことだった。
    純粋で一途な叔父には、そうした形でしか叔母に対して愛を伝えられなかった。
    実は、全ては叔父の叔母に対する深い愛情が為してきたことなんだ。

    そうではないですかと、私は叔母に語った。
    叔母は、はっとしたように私のことを見つめた。
    「そうだったんだろうかねぇ」と、
    それまでは否定的にとらえていた叔父との関係を、
    全く逆転した視点で見つめ直した。
    「そうだったんだね・・・・・。」
    叔母は、やっと何かに気付き、何かを分かり、穏やかな気持ちに変化した。

    「そうだったんだと、俺は想うよ。」
    「クマさん、ありがとね。そうだね。きっとそうだったんだね。」
    叔母は、結婚してからずっとずっと変わらず一途だった叔父の叔母に対する愛情を、
    その叔父が叔母と共に生きて来たこの長い長い人生の意味を、
    その瞬間に悟ったようだった。

    意味のないものは、存在しない。
    ただし、その意味は自分にとっての意味ではなく、
    神様がよかれてして与えられた試練としての意味であった。

    自分だけのとらえで人生を想うと不満と後悔の多い人生と想うかもしれない。
    しかし、神様の視点から見つめ直すと、
    その人生に起こった些細な一つ一つのことが、今の自分の幸せにとって、
    かけがえのない意味あることだったことに気付く日が必ず来る。

    S叔母が突然倒れ、自立した生活ができなくなり、施設に入所した。
    しかし、そのおかげで、K叔母は旦那さんからの深い深い愛を感ずることができた。
    不思議なことだが、実は、人生とは不思議の連続なのだと、私は想えるようになった。
    生きてみないと分からない。
    本当にそうだなぁと、昨夜も感じた。

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