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  • from: クマドンさん

    2016年11月30日 06時18分45秒

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    この「自分」

    ふっと、今朝、目覚めてから本を読んでいたら感じた。
    夜中の3時半だった。
    この時刻でも本を読めるということを、私は、入院で学んだ。
    あの頃は、「ラジオ深夜便」だった。
    このラジオ番組のことは、知っていた。
    でも、まさか、私がこの年代で聴くことになろうとは想わなかった。

    4時から「明日への言葉」をイヤホーンで聴くことが楽しみだった。
    時には、語るその人の言葉に感動して、涙を流すこともあった。
    ベッドの中での私に、その人は語りかけてくれた。
    その一言一言が、心に沁みた。
    言葉とは、不思議な力をもっていた。
    ラジオは、音と言葉とで語りかける。
    私の心は、それを受け止め、心で感じて、心で表す。
    「リアル」という感覚を学んだのも、この入院生活だった。

    5時になるとベッドから降りて、床に立つ。
    丁度今頃の季節だった。
    白山駅周辺の街の灯りがきらきらと静かに輝いていた。
    人が生きているその営みの息遣いが、始まろうとする時刻だった。
    私は、ふらふらの身体を手摺で支えて、ストレッチを始めた。
    イヤホーンで「弾き語りフォー・ユー」を聴きながらだった。

    カーテンの向こうに眠る同室の人たちに迷惑にならないように、
    音も立てずにストレッチのローテーションを行う。
    身体が動く、腕を伸ばせる。膝を曲げられる。
    そんな何でもない動き一つ一つが在り難く感じた。
    その後は、ベッドの上で半跏を組んでの瞑想だった。
    あのカーテンの中で、病院の匂いの中での瞑想が懐かしい。
    私は、時間を惜しむことなく、急ぐことなく、
    ただゆったりとそこで生きられたあの入院生活が懐かしいことがある。

    あれからもう1年たってしまった。
    何とも何とも激動成る1年間だった。
    3回の手術、3度の入院。1回はご臨終間際まで行った。
    実は、そんな激動は、私の人生のここ5年間は続いていたのだ。
    いろいろとあった。本当にいろいろとあり過ぎた。
    こんなことがまさか私の人生に起ころうとは、夢にも思わぬことばかりだった。
    想定外が、人生そのものだと、よくよく感じた。

    しかし、そのことを誰も知らない。
    実は、私もすっかり忘れていこともあるから、
    そして、たまたま思い出した場面しかこの心には存在しないから、
    そんなものはどこにもないんだとも、言えるのだった。

    過去とは、どこにも存在しないものの呼び名だ。
    私はあれをした。これをやった。私はだから偉いんだ、と言う人を好きになれない。
    私もそうだったなぁと自戒を込めて、苦い思いでそう想う。

    どこにも無い。
    ふと、父と母のことを思い出した。
    その時は、確かに父と母は、私の記憶の中にだけは現れる。
    しかし、全てではなく、ほんの微かなる断片だ。
    それも、何とも定かではなく、おぼろげな幻だ。
    私が消えたら、その記憶も消える。
    いや、私が記憶しているだけで、父と母は本当に存在していたのかは、
    思い出してくれる人にだけ通用するリアルだと感ずる。

    私の過去と呼ばれるこの激動の出来事もそうだった。
    あれがあり、これがあり、その最中では苦悩と苦痛と猛省と後悔の日々。
    どうにもならない私を、しっかと見つめて、認識できた日々である。
    これがなかったら、確かに「今、ここ」に居る私は居ない。
    この私であるということは、その激動があったという証明でもある。
    でも、過去は、どうでもいいことだ。

    忘れる。
    こだわらない。
    どうでもいい。

    ただ、そこで学んだ魂は、ここにその魂として存在している。
    その激動の中で「問い」、「求め」、「探した」その答えは、
    決して失われることなく、
    私の魂の糧として、今を生きている私のことを育て、養ってくれている。
    その「リアル」は、絶対に消えないリアルで、
    それは、私がこの世から消えても、決して消えることのないリアルだった。

    過去は、どうでもいいこと。
    でも、この激動が私に教えてくれた言葉は、
    こうして「今、ここ」の私を生かしてくれている。
    実は、本当に確かに存在するのは、いつまでも消えてなくならないものとは、
    この自らの経験を通してだけ与えられる、言葉そのものだけなんだ。

    言葉だって、忘れるものだ。
    それはそうなんだが、どうもこの魂に刻まれている言葉は、
    忘れたように感じながらも、決して忘れようのない言葉であるのだった。
    何故なら、私の魂は、言葉だから。
    その言葉が、私で生まれて来たからだ。
    私が、私である限り、その言葉からは逃れられない。
    その言葉は、きっといつまでもいつまでも、「弾き語りフォー・ユー」だ。

    語るのは私ではない。
    語るのは、言葉だ。
    その言葉とは、過去を悔やみ、過去にこだわり、自分を否定する言葉ではない。
    その言葉は、「今、ここ」に生きる私を喜びをもって生かしてくれる言葉だった。
    その言葉を、信ずる。
    そんな生き方に目覚めるために、この5年間の激動はあったようだ。

    その言葉とは、「明日への言葉」だった。
    さて、この言葉が不思議なのは、ラジオがいらないことだった。
    ただし、やっぱり波長はちゃんと調整して、魂のダイアルを合わせる必要がある。
    周波数は自動で発見されず
    、それぞれがそれぞれの人生で試行錯誤しなければ発見できない周波数だ。

    この言葉は、統一された「ひとつ」であるが、
    人それぞれにその魂の周波数は、人生が違うのだから、違うことが当たり前だ。
    自分の周波数は、ちゃんと自分で発見すること。
    つまり、「問い」、「求め」、「探す」ことだ。
    そして、人生の震災や、激動や、不条理の中で呻吟する時、
    ふと、ある瞬間、その周波数が一致して、微かに言葉が聴こえてくるのだ。

    その言葉と、出会うために、人は、人生の旅をする。
    不思議なんだが、この言葉は、
    実は、ずっとずっとここに鳴っていた言葉なんだ。
    そのことが、分かると、「自ずから分かる」「自分」に還れるんだ。

    今、聴こえるのは外に吹く風の音ばかりだ。
    しかし、ここには、音で溢れているはずなんだ。
    私が、ラジオのスイッチを押し、FMの周波数を合わすだけで、
    バッハも、ヘンデルも、モーッアルトも、マーラーも鳴っているはずだ。
    渓声山色。
    まさに、露らして堂々。

    そうすると、「今、ここ」でいいんだなぁと、
    やっとやっと想える自分に還ることができる。
    まさに、無限の宇宙の円環運動の始点に還ることなんだ。

    言葉は、ここにある。
    ただ、見つけられることを待っている。
    今、ここに、これを書き終わることの不思議を一番感じているのは、
    この「自分」だ。

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