寒い寒い、気温がぐっと昨日から下がった。
ストーブが熱く感じられた日は、つい一昨日まで。
今は、ストーブの前で当たっているとちょうどよい塩梅だ。
指先が冷えて、さっきからミスタッチばかりだ。

４時に起きて、ラジオ深夜便「明日への言葉」をイヤホーンで聴く。
５時に「弾き語りフォーユー」を聴きながらストレッチする。
６時には起床して、食堂に向かい、そこで音楽を聴いてメールする。
７時には部屋に戻り、顔を洗い、ひげを剃る。
７時半には朝食が運ばれてくる。
８時にはＦＭでクラッシックを聴きながら、本を読んだ。

それが病院の朝だった。
その頃は、全く寒さも知らず、風の強さも知らなかった。
サナトリュームではないが、遮断され、隔離された生活。
私は、何時退院できるのか、分からない日々を送っていた。

退院してからもそうだった。
想うようにいかない身体だった。
二階から階段で下まで降りるのも覚束なく、
手摺をつけねばと思っていたりした。
私は家だった。自宅療養。
しかし、いつ回復するのかは、天のみぞ知るだった。

それでもそのローテーションは崩さなかった。
午後は、ＢＳかＤＶＤで映画を観た。
何よりも本を読み、その言葉にどれだけ助けられたことだろう。
私は、妻の帰りを待つのみだった。
寒い寒い雪の中だ。
どこへも外出できず、ただここに居て、時間を過ごした。

しかし、そんな病院や自宅療養の日々であったが、
何だかとも充実して、豊かだったなぁとも感じている。
病院で書いた「親父たちよ」を読み返しても、
私には、そこで感じた毎日の、ほんの細やかだが、
深い気づきがあった気がする。

確かに、憐れむべき何もできない病人であった。
自宅療養では、家から一歩も出られず、
映画にもコンサートにも行けない日々だった。
布団の中で寝ていることも多くなったが、
それでも、時間を作っては、音楽を聴き、本を読み、映画を観た。

そこでは全く動けない私であったが、
私の魂にとっては、日々、楽しく、充実していたのではないだろうか。
池田晶子さんや、フランクルさんの本を読み、
私は、私に変わって行く気がしたからだ。
「ここ」に居る私は、私なのだが、きっと途上の私なんだ。

私は、その人と出会い。
その人の人生を感じ、その人の言葉を味わう。
その言葉を忘れないように、私は小さなメモに記録した。
時々、その宝物を取り出して、観直している。
そこには、池田さんが居て、私も居た。
「だから、遠くに居ても怖くないよ」の、あの遠くだ。

それは人には想像する力が与えられているからできることだ。
しかし、言葉が無かったら、その世界の存在すら知ることができないだろう。
言葉が無かったら、私は今はこの世には居ない池田さんとは出会えなかった。
何も行動ができない私は、ただ魂の人として自由に語り、感じ、分かち合えた。
それは、やっぱり一年間に三回の手術のおかげだった。

さてさて、今、ここでできることは、昨年はできないことばかりだった。
すると、ただ、当たり前のこと、実に実にありがたく感ずる。
これから下に下りて、ゴミ捨てに行く。
きっと寒風吹きすさぶ雪の道だ。
それもしかし、楽しではないか。
それから、コーヒーを淹れて新聞を読む。
そして、朝食を食べて、車で出勤する。
道路が凍っているから、今朝はいつもより１５分は早目に出よう。

私は、そんな日常を奪われ、失った生活をしていた。
すると、分かるんだ。
この当たり前の平凡な日々が、どんなにかけがえのない日々であったかが。

「今、ここ、これがいい」