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  • from: クマドンさん

    2017年03月23日 15時28分07秒

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    ただ諦めて、耐えて、生きる

    全く生活が一変してしまった。
    突然、事故にあい重傷を負った人のようだ。
    その人は、私ではなかったのに、今の私はその人の気持ちがよく分かる。
    病気についてもそうだった。
    昨日まで何ともなく生活していたのに、
    医師からの宣告で人生がすっかり変わってしまう。

    まだ椎間板ヘルニアだからいい。
    まだ9割は手術しなくても治癒するものだからいい。
    そうでない人たちは、私の想像を遥かに超えた人たちが、
    きっともっともっと大変な生活を日々しているのだと、私は想う。

    こうして25日目になっても、足を着いて少し歩けるようになっても、
    そのすぐ後で激烈なる痛みが足首を襲う。
    そうであっても、もっともっと悲惨なる生活の人は、どれだけ居ることか。
    普段の生活で、私はその人たちのことをすっかり忘れて生きていた。
    順風満帆。平穏無事。本当は誰もがそうありたいが、そうできない場合も多い。
    何で私は、そうした何事もなく過ごせた日々を、
    恵まれた日々だと感じて、感謝してこなかったのだろうか。

    こうなってみると、ただ私は身体の自然なる回復を待つだけの人となる。
    その回復については、見えるわけでもなく、数値で置き換えるわけでもないから、
    これからどうなって行くのかは、皆目見当もつかない状況だ。
    この痛みがどうなるか分からない。

    坐骨神経痛に効くというマッサージを昨夜、夜中にせっせと行った。
    膝をやっと曲げて、手が足首まで届くようになったからだ。
    また、触るだけでも響いたあの痛みがそれなりに軽減されて来たからだった。
    「ああ、少しよくなっているなぁ」と、ほっとして私は眠った。
    しかし、朝、起きてからトイレに歩いて行った後、
    激痛のために布団の中で痛みに耐えた。

    あの入院から解放された時、私は家に帰れること、
    それも自分の足で歩いて帰れること、
    それだけでも嬉しかったのに、そんなことは暫く生活すると当たり前になり、
    すっかりありがたいことだと、感謝することを忘れて生活していた。
    だから、また再びこうして私に痛みと不自由な生活が与えられたのだと、
    私は想っている。

    しかし、何だか。今は、怒りが湧いてくる。
    「何故、私なのか」と。
    それは、そうなってしまった運命を背負わされた人、
    みんながきっと感ずる想いなのではないだろうか。
    人が生きるとは、「何故、私なんですか」という、
    どうにもならない問いを持ちつつ生きるということのようだ。

    私は、考えた。
    そう想わないで生きている人は、居るのだろうかと。
    生きているということは、こうした予想外・想定外の試練の連続だということだ。
    何事もなく生きてこられたのは、たまたまその隙間を潜り抜けて来たからだ。
    きっとそうやって生きていたすぐ隣に、難儀な試練が待っていたはずだ。

    私を生きるとは、そうした危うさに出会わずに、生きられたらやっぱり感謝であり、
    そうした理不尽な運命につかまってしまったら、
    ただ諦めて、耐えて在るということなんだ。

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