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親父たちよ

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  • from: クマドンさん

    2017/07/16 09:18:51

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    気持ちよく語り合いたいなぁ

    いろいろな出会いがぁった。
    いろいろと語り合えた。
    それが何よりの二日間だった。

    金曜日の夜、隣の町内会の井戸端会議だった。
    このオープンマインドな会のおかげで、
    我が町内会の人も、お茶の間に呼ばれ、
    長年音信不通だったバーベキュー大会にも参加できた。
    それはそれは在り難いことだった。

    1人トランプのような我がまま勝手な人がいるだけで、
    何もできない、何もしない町内会であった。
    要望があっても踏みにじる。
    不満があっても馬耳東風。
    助成金を申請しましょうと言っても、面倒だからやりません。

    そんな中での隣の町内からの助け舟だった。
    ありがたいなぁと、ただただ感謝、感謝。
    みんなのために何をできるか。
    自分のためでなく、いつもそこにはみんながいるはずだ。
    「自分はいらない」とは、「無心」ということ。
    そのためには、妄想や我執は捨てていただきたい。
    賢治か書いている世界に、彼は必ず登場している。
    私は、彼のおかげで、賢治の世界が分かったような気がしてきた。

    どうにもならないこの娑婆世界。
    俺が、俺がと威張りたい人たち。
    自分だけよければ、人なんぞどうなろうとかまわないという人たち。
    弱いものをいじめ、強い者には忖度して、ぺこぺこする人たち。
    自分に反対する人には、容赦なく攻撃をくらわす。
    そして、こいつはおかしなやつだとみんなが想っているのに、
    そいつがその国の王様だったりする。

    あるよねぇ。この娑婆には、そんな人たちがあちらこちらだ。
    でも、私には、そんな人たちとかかわっている時間は遺されてはいない。
    とにかく、身体の気持ちよいことだけを、やりたいものだ。
    だんだん分かって来たことは、
    「こうでなければならない」
    「これは、こういうものだ」
    「どうして、私の想う通りにしないのだ」と言う人たち。
    その人たちの傍に居るだけで、
    何だか、とってもとっても疲れてしまうのだ。

    その人たちに、いくら言葉を尽くして説明しても無駄なんだ。
    何故なら、その人たちは、人の話を「そうだなぁ」と聞かないからだ。
    自分がそうだとは思わない話は、
    敏感に察知して、耳に蓋がぱっとしまる。
    聴いているようで、全く聴いていない。
    どれだけ意を尽くして話しても、話し終わると、
    「それで」と、全く話し始める前に戻る。
    学ばない、変わらない。
    めいっぱい自分の中に詰まっているから、何も入らない。
    それが、我執。有心なんだ。

    ところが、無心の人が居る。
    その人は、違う。
    その人は、語る言葉がその人の身体に沁みることを、
    語っている私が感ずることのできる人だった。
    「うん、うん」と肯く。
    「そうですね」と、私の想いを共感的に認めてくれる。
    「それから」と、もっと語って欲しいと促してもくれる。
    ありがたいなぁと、そんな瞬間をいつも喜びに感ずる。

    オープンマインドな人は、「恒常性」の人だ。
    黙って、自然に、感性によって、
    「よさ」を維持しようとする働きに身体を任せている人と言っていい。
    その人は、柔和な笑顔の人であり、
    心に響く、心地よい声をもっている人でもある。
    その人の話を聴きたくなる人だし、
    その人にもっと話を語りたくなる人だった。
    本当に「無心」な人は、その人と語ることの気持ちよさを感じさせてくれる人だ。

    そんな人にも、この井戸端会議で出会うことができた。
    Mさんは、とてもとても深い人だった。
    だから、温厚で、時には寡黙で、いつも笑顔で他人の話を聴く人に徹する。
    そのことがすごいなぁと、私の深さが感動している。
    60代・70代の人たちに会う機会が多くなった。
    でも、どういうわけか、「俺が」「俺が」の人たちが多くなる。
    何でなのかなぁと、ふと想うことがある。

    どうして、年を取った分、「自分」を消していかないのだろうか。
    どうして、反対に「自分」がもっともっと濃くなっていくのだろうか。
    それが、私には不思議だった。
    きっと賢治さんも、そう感じたから、
    「よたかの星」を書いたのかもしれないなぁ。

    いくつになっても、自然体で、気持ちよく語り合える人で居たいなぁと、
    いつもいつも感じて日々を生活していきたいものだ。

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