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  • from: クマドンさん

    2018年03月21日 06時25分58秒

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    いろいろいろいろ

    さてさて、「あと、十日ですね」と、言われた。
    そうか、あと、十日なんだなと、我に気付いた。
    現役最後のお給料だった。
    来月から無職になる。
    少ない貯蓄を食べて行くだけ。
    そんな生活は、きっと長くは続かないだろうなぁ。

    振り返ればいろいろなことがあった。
    まさに、それは走馬灯のようにして駆け巡る。
    あれもあった。これもあった。
    その時は分からなかったが、
    全部のおかげさまで今、ここの私が居る。
    そのことだけは、よくよく分かった。

    あれもなければならなかったし、
    これも大事、大事。
    ちゃんと神様は、私のような我儘をぶっ潰してくれたし、
    それでいて、こうして生かしてもくれている。

    つまり、何があってもいいんだということ。
    「どうにかなる」ということ。
    「大丈夫」ということ。
    「くよくよするな」ということ。
    「いい加減に生きろ」ということ。
    何だか、自分なんかどうでもいい人になってみたら、
    まだまだ少々の我欲をもちつつも、
    何だか、そこに落ち着くと、ふと、「いかったな」と想える。

    誰かが言っていたっけ、
    「老人の苦しみとは、孤独であることだ」と。
    それは、老人に限ったことではない。
    孤独ではない人。
    孤独を感じない人って、果たして居るのだろうか。だ。
    生きているということは、孤独であるということだ。
    そこに収まる。
    そこに落ち着く。
    だから、それが当たり前なのだからと、じたばたしない。
    人を羨まない。自分を卑下しない。

    「なるようになる。ならないものはならないものだ」
    そうだったなぁと、私の身体を想うと合点する。
    治るものは治るのだし、
    治らないものは治らないものだ。
    それは、何と言うかな、宿命であり、定だな。

    しかし、身体には自然の治癒力は備わっているし、
    その力は、私が意識せず、たとえ眠ったままであろうとも、
    やっぱり休みなく、絶えまなく、継続して働いている。
    この身体という自然なるいのちの働きには、
    神秘的な驚きと感動をいつも感じる。
    だから、「きっと大丈夫、大丈夫」
    きっと何とかしてくれるし、
    何とかならないときは、「そうなんです」と知らせてくれる。
    そしたら、「そうですか。そうですね」と、委ねて待とう。

    何だろうね。
    やっぱり糞皮袋なんだろうね。
    この皮一枚で、私がここに在る。
    この皮が消えて無くなれば、私はみんなになる。
    われわれであり、みんなで天地一ぱいなんだな。
    ただ、そのみんなやわれわれから、
    「分かった」存在であるだけの私。

    「Sさん、頭、いらないね」だったな。
    余計なことは考えない。
    昨日のことは悔やまない。
    先のことを思い煩わない。
    今、ここの、寒暖を感じ、鳥の声を聴き、すっきりと気持ちよく生きる。
    身体に聴き、身体を労り、身体の気持ちよいことをする。

    感情を入れない。
    自分なんか居ないも同然、死んだも同然。
    死者が生者に腹を立ててどうするのか。
    そんなことで朝からイライラしてどうするのか。
    そう感じ、気持ちが揺れ動き、ぶれた瞬間、負けなんだな。
    「ああ、平穏無事に、在りたいものだ」

    例え、家族と言えども、人と人。
    お互いにお互いを尊重し、平等で対等な関係だ。
    やっと次男も春から社会人となる。
    もう、子どもではない。
    独りの社会人としての、大人としての人となる。
    それでいいし、それがいい。
    だから、静かに、時を観て、教える。伝える。
    いつかきっと、あの子が「分かった」と言えることを。

    さてさて、まだまだいろいろと私は、学んだ。
    今は、その学んだように、
    学んだままに生きようと願っている。
    そのためには、いかにして、自分なんかを捨てきるかだ。

    いや、忘れれればいい。
    自分のことを忘れる。
    では、ここにこの言葉を記しているのは、誰?
    その誰が、誰だけが、私を生きればそれでいい。

    「仏道は必ず行に依って証入するべきこと」

    「作仏を求めざる 行仏なり」

    「いまはそんなことではなしに、おのれというものが
     一体どんなものかを思うのだ」  沢木興道

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