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from: クマドンさん
2018/04/08 08:21:51
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身体からのサインを見逃すと
さてさて、何だか最近は、病気についての相談が多くなった。
私は、そのことなら自慢ではないが体験を通してお応えできる。
私なりのアドバイスは、病気に関してはできる気がしている。
生きる死ぬを経験すると、そのことだけでも、
その人の痛みや苦しみ、孤独とが、何だかすーっと理解できる。
だから、その時は・・・と、相手に伝えられるようだ。
あの時、私がしたことは、身体と向き合うことだった。
それは、身体という存在・実態の発見でもあった。
私は、私の身体で生きていながら、
その身体のことをすっかり忘れて生きていた。
前ばかり向いて突っ走っていたので、
きっと自分自身のことが見えなかったのかも知れない。
そんな時にも、この私の身体は生きようとして、心臓の鼓動を止めなかった。
生きるため。
死なないために、身体全体はフル回転している。
ここは、小さな宇宙だと言っても言いだろう。
大きな器官から眼には見えない微生物まで、
みんな何かで繋がり、交信し、互いに支え合って、命を維持している。
その働きは、見えないはたらきであっても、
ここで私が生きている事実から、明らかに存在するはたらきであることが分かる。
自律神経と言う。
交感神経とも言う。
私は、動け、運べ、生まれ変われ、とは、何一つ命じていない。
私の意識や意志にかかわらず、そうやって今、ここで、
私を生かそうと、身体自体が生き延びようと、働きをはたらいている。
そのことを私は、すっかりと忘れていた。
いや、実は、身体からの微細なサインは出ていたんだ。
今、ここでも、身体からのサインを感ずる。
昨日、焼き肉を食べ過ぎたせいで、胃が少し持もたれる。
マッコリが効いたのか、少し頭が重く、はっきりとしない。
やはり、こうしてキーボードを打っていると、
右手の薬指に違和感を感ずる。
遠近両用のメガネを新調したら、調整が合っていないのか、手元が見にくい。
ちょっと意識しただけでも、こうしたサインは読み取られる。
それは、あの花たちが時折見せる姿と同じだ。
萎れた花は、水が欲しいと私に話しかけて来る。
その言葉を聴く。いや、聴けるかどうかの感性だった。
私は、身体からのそうした微細なサインを見逃した。
いや、サインが出ていることすら理解しないで生きていた。
身体は、執拗に私に訴えていた。
「これ以上は、もう無理です」と。
その瞬間、激烈なる痛みだった。
みぞおちに息が止まるぐらいの激痛だった。
呻き、転がり、歯を食いしばって耐えていた。
脂汗が流れ、何だか痛みのために意識も朦朧としてきた。
さてさて、私は、知らなかったんだ。
ここまでに至る何カ月間、いや、何年間、
きっと小さな微細なるサインが、肝臓や胆嚢から出されていたことが。
いや、何か違和感を感じていても、ちよっとそのことに気付いていても、
私は、「たいしたことない」「大丈夫」と、
そのサインを無視した。
何でか。
それは、仕事が忙しいからだ。
行かねばならない予定があるからだ。
自分の好きなことをやりたいからだ。
飲みたいからだし、食べたいからだ。
医者に行くのが面倒だからだ。
医者に行くための時間がないからだ。
とにかく、医者に診てもらわないための理由が山ほどあるからだった。
私は、身体をそのままほったらかした。
しかし、懸命に生きようと日夜努力し、励んでいる身体さんにとって、
それは、実に由々しき事態でもあった。
その内、身体さん自体に疲れが見える。
まさに、ある器官は過労死寸前までに来ている。
「このままでは、私だけでなく、この身体全体が死滅してしまう」
そうした、危機感を感じた身体さんは、
私に警鐘を鳴らすために、激烈なる痛みを与える。
痛みとは、生きようとする身体さんからのメッセージなんだ。
その時、初めて分かった。
私は、身体そのもので生きているんだと。
身体があるから、私があるんだと。
そして、身体は、あの草花や鳥や魚と同じように、自然そのものなんだと。
つまり、私が生きるということは、身体が生かされているということで、
身体とは、自然そのものとしてここに生かされているいのちなんだ。
そんな当たり前のことを私が、分かるために、
あの生き死にの境があったのだと、今は、信じている。
人は、そのどん底に堕ちない限り、
自分の身体さんに感謝する気持ちは起きないと思う。
何か勘違いをしているのだが、
身体さんがあるから、私が居るのだ。
そのことを忘れたまま、私はずっと60年近く生かされて来た。
相談その1
難病の疑いが在り、その病は日々進行し、全身が麻痺して最後は車椅子か、
寝たきりの生活となることが予想される。
しかし、仕事が大事と激務の中に飛び込んで、休もうとはしない。
今は、長い時間立つことが難しく、いつも手足に痺れや違和感を感じている。
相談その2
じっとしていても心臓の心拍数が120を超える。
難儀で、仕事の量を減らしてもらい、途中で何度か休憩をもらう。
休みたいが、人手がなく、自分が休むと仕事が回らなくなる。
夜中を通しての仕事のために、生活は昼夜逆転している。
睡眠不足が続き、慢性的な疲労感。ここ数カ月、身体がおかしく、辛い。
突然死するかも知れないと分かっていながら、生活のために働かねばと思う。
他県・55歳・独身・独り暮らし。
さてさて、こうした身体からのサインを聴きながらも、
仕事を休まない、辞めない人たちが居る。
お金のため、生活のため、食べるため。
きっとそうだろう。
でも、倒れて、運よく命拾いしても植物人間になったり、
身体の不自由を感じながらの車椅子生活になったら、
それでも、自分は仕事を続けたと、満足するのだろうか。
実は、そうした人生の大事な選択の場に有無を言わさず立たせられていることを、
知っていながら、感じていながら、
まだ仕事を選ぶと言う彼等に、
私は、何と言ってあげたらいいのかと、思案している。
一億円あります。でも、あなたは末期癌です。余命数カ月です。
お金も仕事もありません。でも、よかったです。あなたの命は助かりますよ。
さて、その岐路に立ち、決断し、彼等は、どちらの道を歩きだすのだろうか。-
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