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  • from: クマドンさん

    2018年12月20日 05時58分07秒

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    「道程」(原形)

    「道程」 (原形)  高村光太郎

    どこかに通じている大道を僕は歩いてみるのじゃない
    僕の前に道はない
    僕の後ろに道は出来る
    道は僕のあみしだいて来た足あとだ
    だから
    道の最端にいつでも僕は立っている
    何といふ曲がりくねり
    迷ひまよった道だろう
    自堕落に消え滅びかけたあの道
    絶望に閉じこめられたあの道
    ふり返ってみると
    自分の道は戦慄に値ひする
    支離滅裂な
    又むざんな此の光景を見て
    誰がこれを
    生命の道と信ずるだろう
    それだのに
    やっぱり此れが生命に導く道だった
    そして僕は此処まで来てしまった
    此のさんたんたる自分の道を見て
    僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すんだ
    あのやくざに見えた道の中から
    生命の意味をはっきり見せてくれたのは自然だ
    僕をひき回しては眼をはぢき
    もうここと思ふところで
    さめよ、さめよと叫んだ自然だ
    これこそ厳格な父の愛だ
    子供になり切ったありがたさを僕はしみじみと思った
    どんな時にも自然の手を離さなかった僕は
    とうとう自分をつかまえたのだ
    その時事態は一変した
    俄かに眼前にあるものは光を放射し
    空も地面も沸くように動き出した
    そのまに
    自然は微笑をのこして僕の手から
    永遠の地平へ姿をかくした
    そしてその気かいが 宇宙にみちた
    驚いている僕の魂は
    いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
    僕は武者ぶるいをした
    僕は子供の使命を全身に感じた
    子供の使命!
    僕の肩は重くなった
    そして僕はもうたよる手が無くなった
    無意識にたよっていた手が無くなった
    ただこの宇宙に充ちみちている父を信じて
    自分の全身をなげうつのだ
    僕ははじめ一歩も歩けないことを経験した
    かなり長い間
    冷たい油の汗を流しながら
    一つところに立ちつくして居た
    僕は心を集めて父の胸にふれた
    すると
    僕の足はひとりでに動き出した
    不思議に僕は自〇の境を得た
    僕はどう行こうかとも思わない
    どの道をとうろうとも思はない
    僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがっている
    その間に花が咲き水が流れている
    石があり絶壁がある
    それがみないきいきとしている
    僕はただあのし不思議な自〇の督促のまま歩いてゆく
    しかし四方は気味の悪い程静かだ
    恐ろしい世界の果てに行ってしまふのかと思う時もある
    寂しさはつんぼのように苦しいものだ
    僕は其の時又父にいのる
    父は其の風景の間を〇ながら勇ましく同じ方向へ歩いてゆく人間を見せてくれる
    同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
    声をあげて祝福を伝える
    そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
    僕の眼が開けるに従って
    四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
    生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや〇ひまわって居るのも見える
    彼等も僕も
    大きな人類といあむものの一部だ
    しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
    人間は鮭の卵だ
    千万人の中で百人残れば
    人類は永遠に絶えやしない
    棄て腐らすのを見越して
    自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
    腐るものは腐れ
    自然に背いたものはみな腐る
    僕は今のところ彼等にかまっていられない
    もっとこの風景に育まれて
    自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
    子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしているのだ
    ああ
    人類の道程は遠い
    そして其の大道はない
    自然は子供達が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
    歩け、歩け
    どんなものが出て来ても乗り越して歩け
    この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
    僕の前に道はない
    僕の後ろに道はできる
    ああ父よ
    僕を一人立ちさせた父よ
    僕から目を離さないで守ることをせよ
    常に父の気魄を僕に充たせよ
    この遠い道程の為め

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