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from: クマドンさん
2019/06/06 05:25:32
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衰えた身体で仕事することとは
昨日は、異常な疲れとだるさだった。
朝、目が覚めてから本を読んだが、
そのままうつ伏せになって眠っていた。
何よりも身体がだるくて、辛い、辛い。
「どうしたんだ・・・と、自分の身体に思わず訊いてしまった。
同僚の64歳の彼とよく話すことがある。
「歳をとってやっと分かったね」ということだ。
この暑さの中で、体温調整が芳しくないらしい。
急に気温が高くなると、蒸し暑くなると、
それだけで、身体がだるく、辛くなる。
耐性が無くなっているのか、
環境の変化に順応できないのか、
疲れがどっと夕方にやって来て、
何だか立っていることも、階段を昇ることも、歩くことも、
しんどくなっている自分と出会う。
横になりたい。
休みたい。
しかし、就業中の私には、それは許されないことである。
だから、退勤時刻までは、踏ん張っている。
何とかその時刻まで、耐えている。
そうした自分自身が、今、ここに居るという驚きだった。
他人からは絶対に分からない切なさだな。
ばりばりと仕事をこなし、動いている20代・30代。
意欲に燃えて、淡々と仕事を片付ける40代。
確かに衰えは感ずるが、まだまだ現役まっしぐらの50代。
その人たちの最中に生かされている60代。
やっぱり身体なんだなと、ふと想った。
身体が違っている。
そのことは、日常の生活・仕事、全てに微妙に影響している。
しかし、その衰えた身体で仕事をしている私たちに対しての配慮は、無い。
半分賃金・年休三日・同一労働。
研修も、日番も、分掌も、会議も、提出物も同一レベルだ。
これって、公平なことなのかと、時々、不満を感ずる。
一度、みんな降りてみるといい。
そんなこと当たり前だろうと、思っていることから、離れてみるといい。
離れてみて、改めて見直すと、
やっぱりどこかおかしくないかぃ、と、気付くことが多かった。
社会の常識は、退職した私たちには、非常識に見えるものもある。
その立場に立ってみないと、やっぱり人とは分からないものだとつくづく思う。
あの頃、私が60代の先輩たちのことを分からなかったように、
「何でいい歳をして・・・」と、思っていたように、
きっと、私もそう想われ、
そして、きっとその先輩たちは、今の私のように生きていたのだと、
そんな単純なことに、やっと気付いた。
そして、老いる・衰える・弱るの一歩一歩を実感として感じている。
ただ、私が違うのは、
みんな大人だから黙っているが、
私は、これはおかしい。改善すべきだ。と、思ったことは、
必ず言葉で、または文書で上司には伝えているということだ。
みんなは、そんなこと見過ごしにすればいいと思っているし、
そういうものなんだから仕方ないと思っている。
だから、私の提言なんか、全く余計なことで、随分煩いことだろう。
でも、煩く想われようが、面倒に想われようが、嫌われようが、
私は、「言う」ことにしている。
それは、次に来る人たちのために少しはなると思っているからだ。
待遇改善・勤務体制の改善要求。
それは、衰えた身体で、その仕事に就いた人しか言えないことだ。
そのことを体感し、自ら疲弊し、ぼろぼろになった人しか、
この場の改善の必要感を感じないと、私は想う。
そして、その必要感を感じたならば、
次の人たちが同じ苦労や不満をもって仕事することのないように、
決め事だから、そういうものだから、というドクサに負けずに、
改善のための提言をすべきなんだとも想っている。
それが、身を挺して仕事するということではないだろうか。
自分が感じたなら、黙っていない。
次の人たちのために改善する努力をする。
一度、離れた立場から俯瞰する。
そして、体感した事実を元に、改善への提言を行う。
今、そうやって八カ月経過した。
きっと煩いなぁとは想われていると想う。
でも、私は、期限が来たら辞める人だ。
次の職場も、出世や名誉も、関係は無い。
だから、言える。
歳をとると確かに身体は衰える。
しかし、人間的な力と知恵とは、旺盛になるものだと、感じてもいる。
この経験は、嘘をつかない、真実だからだ。-
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