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from: クマドンさん
2020/04/18 07:27:08
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「みんな」を考える
自粛で、いろいろなことを考えさせられた。
目には見えないコロナウイルスだ。
だから、どこにそのウイルスが潜んでいるか分からないことの恐怖だ。
そのために「三密」を私も避ける。
残念ながら、お休みなのに映画三昧をしていない。
この前シネウインドで映画を観てから、行っていない。
大丈夫だと知りながらも、
本気で観たい映画の他は、スルーをしている情けなさだ。
コンサートに行っていない。
チケットを買っていたコンサートは、3月に全て延期かキャンセルだった。
音楽を聴けない。
あの感動で打ち震える瞬間を感じられない。
コンサートが無いことを、私にとっては信じられない世界でもあった。
行きたいコンサートは数カ月前にチェックする。
そして、予約する。直ぐに電話する。
そうやって3月には、8公演のチケットをゲットした。
そして、全てが消えた。
イベントもそうだった。
トークイベントや、講演会も、みな延期・キャンセルとなっている。
私は、興味がある講演会やワークショップに参加する。
そこで知ることの喜びを味わう共に、
多くの人たちの違ったき方を学ぶことができるからだった。
だから、予定が入っていない限りは、出かけることにしていた。
スケジュールをしっかりと押さえて、楽しみにしていたねのだった。
しかし、その講演会やワークショップも全て延期・キャンセルである。
先週末にヨガのマスターからメールが入った。
一旦再開したヨガの教室だったが、
やはりこのご時世とウイルスに対する感染予防から、
また、教室が開催予定不明なままの延期となってしまった。
マスターとしては、まさに断腸の想い、慙愧に絶えない、
しかし、難しくも、仕方ない選択となってしまった。
もしも・・・のことを、いつも想定せざるを得ない。
今、世の中がどんどん生きずらくなっているのは、
不特定多数・匿名からの批判・誹謗・中傷・正義のおかげなような気がする。
選択するのは自分で在り、自分の責任で判断し、行動する自由はあるのだが、
そうした自分オンリーの基準で行動すると、
見ず知らずの不特定多数の人たちが、途端に声を発する。発信する。
ひの連鎖を、この触発的な反応を、みんなは恐れる。
きっと私も、恐れている。
このネットでの声もまた、目には見えない隠された声である。
こうしてイベントの主催者や、プロモーターが自粛するのは、
もしも・・・・があったら大変なことになるからの配慮だった。
「お互いの距離は2m以上とっている」
「換気は短時間の間合いで行う」
「エチケットとしてマスクはつける」
「話をせずに、黙ってそこに居るだけ」
「悪寒や発熱、倦怠感があったら、絶対参加しない」
「人との濃厚接触は絶対しない」
こうした条件をお互いに守りながらも、それでもやっぱり、もしか・・・。だった。
確かに、見えないコロナウイルスの恐怖だった。
そして、今は、感染源を特定できないケースが増えている。
つまり、市中感染のリスクが高まっているようなのだ。
だから、尚更、自分で自分自身を守る責任が重くなった。
「感染しない」「感染させない」だ。
そのウイルスは、ウイルスとして、
とにかく一日も早い収束を願ってやまない。
しかし、その結果、私たち人と人とは、
とてもとても生きずらい世の中になってしまったような気がする。
まず、このことで仕事を失ってしまった人がいるということだ。
収入の道を断たれ、今日からの生活がままならなくなってしまった人がいる。
生きる為に借金をして、その日その日を過ごさねばならない人。
予定していた仕事が全てキャンセルとなり、途方に暮れる人。
発表の機会や交流の機会を失い、お金だけでなく生き甲斐を失う人。
お店からお客の姿が消え、閉店や廃業に追い込まれた人。
解雇され、仕事を失い、生活の目途すら立たない人。
少ない貯金と年金とで、細々と生活する人。
つまり、この1月には予想すらつかなかった現実に、
今、向き合わざるを得ない私たち、1人1人だった。
今すぐは、元には戻らない。
いつ、この状況が収束するのかは、神のみぞ知るだ。
たとえ、収束して、安全宣言が出されたとしても、
ついこの間までの平温・平安な生活に戻れると言う保証は全くなかった。
そうした何も確かなものは無く、不安定で、予測不可能な状況に、
私たちは、いつの間にか追い立てられ、立たされているのだ。
つまり、ついこの間まで「当たり前」だった基準は、
このウイルスによって激変され、揺れ動かされた。
そして、この状況が長期化することで、この世の中に起きることを、
誰かは予測しているのだろうか。
もし、この状況が1年・2年と続いたとしたら、
この国はどうなって行ってしまうのか。
そのシュミレーションをしている人は居るのかの問いだった。
オランの街は、確か1年間で、閉ざされた門が開かれたと思う。
さてさて、だから、私たちも危機的な状況下でどう生きるかを考え、
希望をもって耐え続けるためには、どのように「連帯」すべきかを、
もっと真剣に考え、そのことを声に出して行かねばならないのだと想っている。
決して、「分断」されたり、「対立」されたりしてはいけない。
「平等」であるべきであり、「差別」は絶対に見過ごしてはならない。
人間の「尊厳」を守り、「人として」生きる。生き抜く。
この時こそ、お互いに労わり合い、助け合うことだ。
危機的な不条理におかれてしまった私たちは、
ここで、何を考えて、どう生きて行くか。
問われているのは、そのことのような気がする。
「私」だけでなく、「みんな」を考えることなんだ。-
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