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親父たちよ

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  • from: クマドンさん

    2020年06月28日 07時32分56秒

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    昼飲みの奇跡だな

    何だろうなあ。
    居心地のよい場所に行き、気持ちよい人たちと話す。
    そこには、美味しいお蕎麦があり、チーズがある。
    濃厚な蕎麦焼酎を飲み、少々高めのワインを飲む。
    そこで、私の独り語りを笑顔で聴いてくれる人が居る。
    まだまだお日様は輝いている。
    明るい通りを通行人が次々に通り過ぎる。
    自転車の親父だ。あのJ山タクシーだ。

    学童保育の保父さんとなってから、
    金曜日の午後からの昼飲みに行っていなかった。
    行っていないというよりか、行けなかったことが実情だ。
    慣れない仕事だ。
    子どもたちの名前を憶え、日々の仕事を覚えるだけでいっぱい、いっぱい。
    映画にも行けていないことで分かるように、
    私は、疲れがどんどん蓄積されている身体となっていた。

    それに、寝不足だ。
    それは、3時半に目覚め、4時から真剣にラジオを聴いている。
    つまり、仕事が始まる午後1時は、目覚めてからの11時間半後のことだ。
    座って折り紙を鋏で切っていると、眠りにすとんと落ちてしまう。
    「まずい、まずい」と、頭をスッキリさせようと努力する。
    子どもとテレビを観ながら、眠っていることもあった。

    こうした身体の状況に、私は素直に応えた。
    たから、土曜日にも昼飲みには、行けなかった。

    そして、分かった。
    やっぱりこの昼飲みは、私にとっての至福なのだと。
    そして、そんな至福を午後の数時間味わえることの感謝だった。
    これも、そうした出会いができたからの天の恵みだ。

    「桜こまち」の花屋さん。
    実は、この美しい彼女とは、ユッカの時代から知り合いだった。
    これは、花束王子が、ステージの度に彼女に花を贈ったおかけだ。

    千屋さんは、お酒屋さんだ。
    それもなかなか厳選された新潟の地酒を適正価格で売っている。
    私はワゴンセールのワインを必ず一本購入する。
    80歳近くだろうか。
    おばちゃんが毎週行くことをとてもとても喜んでくれる。
    「保父さんになったっけ、金曜日に来れねなったんさ」と言うと、
    「そうらね、でも、仕事できる内は仕事しなせ」と笑顔だった。

    小千谷蕎麦「あき乃」
    先回の天ぷらのことを覚えていた息子さんと、店主から、
    「もうしわけありませんでした」と言われて、
    こちらの方が、恐縮、恐縮だった。
    蕎麦焼酎はそのおかげで、いつもよりもまた濃厚だった気がする。
    ここで2杯飲むと、充分に酔っぱらいに出来上がる。
    天ぷらは美味いし、蕎麦も絶妙な美味しさだ。
    私は、込んだ時刻に店に入り、客が1人も居なくなっても、飲んでいる。

    パーキンソン病の話だった。
    難病には、治療薬が無く、ただ病気の進行を遅くする努力だけだ。
    私の妻は、リュウマチだ。
    世の中にはこうして難病で苦しんでいる人が多い。
    しかし、みんなはそのことを知らずに生きている。
    知らないことは、健康であることの証だな。
    ただ、ただ、私が知っている4人の人の心配ばかりだ。

    3軒となりのJ&Yは、チーズの名店である。
    マスターのTさんは、まだ30代の若さで、この店を開いた。
    ここのチーズパスタは、絶品だ。
    私は、一口食べたら、言葉を失った。
    何も言えない・・・・。ただ只管、噛みしめた。味わった。
    ちょび髭のつぶらな瞳のこの人は、
    こうみえてもアートの人だった。
    彼の卒業作品の手が、店内の片隅に飾られてある。

    「あるものは、ある」の話だった。
    向かいのお店でイベントの出店だった。
    丁度店じまいの頃だった。
    親父の横に大きな筆字で「素」と書かれてある。
    この店では、「素」を販売しているらしい。
    「素」?と私には大いなる「問い」だった。
    「素」という商品を見たくなった。
    そして、ある意味で、「素」であることの大事な「意味」を感じた。
    そこで、「素」から、それをきっかけてして、また、私の馬鹿話だ。

    あるものは、ある。
    しかし、そのあるものに促されて、Tさんは彫刻する。
    私は、脚本を書く。
    しかし、そのあるものは、何かを分かったから彫塑し書くのではない。
    あるものが、あるものとして顕わになりたいから、
    Tさんは彫塑させられ、私は書かせられる。

    そして、苦悩する。苦闘する。
    しかし、あるものが、あることへの信念は変わらない。
    いや、始めた時はおぼろげであったそのあるものは、
    彫塑し続ければ、書き進め続ければ、
    次第次第に、明らかとなる。
    その内に、「ここだ」「そこだ」「こっちだ」と声が聴こえる。
    没入してしまったら、魂の自動機械だ。
    夢中になる。止まらなくなる。宿られる。自分がいない。

    そして、この手が姿を現す。
    「王瀬の長者」の特別編の物語が顕れる。
    不思議なんだが、私は、私の書いたはずの人物の生き方に泣く。感動する。
    Tさんにとってのあの手の彫刻もそうだと思う。
    あるものは、ある。
    ただ、まだ、それを見ていない。
    でも、あるものは、創り手を見つけて、そこに宿る。
    すると、宿られた創り手は、まるで胎児を宿したかのように、
    常に「問い」をもって、そのあるものをあらわにするまで、生き続けさせられる。

    そのあるものこそ、「素」ではないかの気付きと、発見だ。
    親父はあの店で、その「素」を売っている。
    何と言う偉大な哲学の店なんだろう。
    賢治さんの童話で出て来そうな店ではないか。
    「ええーーっいらっしゃい。素はいかかですか。とれたて新鮮の素ですよ。」
    いくらで売っているのだろう・・・・。うん?
    そしたら、親父が左に動いた。「水」という字が見えた。
    「水と素・・・・。水素・・・・。」
    つまりね親父が店頭で販売していたのは、あるものの根本の「素」ではなく、
    左から読んでも、右から読んでも同じ言葉「水素水」だった。
    大笑いだなぁ。

    時給900円の私が、千円札をTさんに渡した。
    「私の1時間の労働の対価だよ」
    Tさんは、それを両手で受け取ってくれた。
    嬉しかったな。

    次に、TETTOだ。
    酔っぱらいとしては佳境に入っていた。
    久しぶりのカウンターだ。
    いつも美女たちとダンディーな中年男。
    とうとう私のミューズが、このお店を辞めるとのこと。
    しかし、ファンクラブ第1号としては、
    美しすぎるこの白鳥が飛び立つことは嬉しいことだった。
    踊りをする人は、踊る人だ。
    ならば、その現場から離れては行けない。
    それは、あの瀕死の白鳥そのものとなってしまう。
    ぜひ、また、あの舞台と言う大空を羽ばたいて欲しい。
    願わくば・・・・。ここは、言えない。心に秘める。期待する。

    さてさて、連れの美女が「じゃ、またね」と去って行った。
    独り残された同じ歳くらいのダンディーな男性。
    話し方で関西から来た人で、
    新潟に8年前から居つき、住んでいる人だと分かった。

    このカウンターは、信じられないほど奇跡のカウンターだ。
    「クマさんだからだよ」と、Mさんは、笑って言うが、
    断言できる。
    このカウンターは、人と人とが出会える奇跡の場所であるのだと。
    私のミューズとの出会いもそうだ。
    そう言えば、ここでは、数々の奇跡の出会いがあったなあ。

    私は、「jazzpiano」という言葉に、ピンと来た。
    直ぐにその人に話しかけた。
    大企業から傾きかけた子会社を個人で買い取った人でもあった。
    凄いたことだと驚いて、お互いに意気投合して話を進めている内に、
    「うん」とヒットする事実と出会ったる
    「先週の土曜日、スワンでセッションがあってさ」
    「えっ、あのう、そこにギターの若い男居ませんでした」
    「いた。いた。これがまた、うまいのなんのって。とてもいいギターでしたよ」
    「その男、私の長男。子グマです。」
    「えっ、そうなの・・・」二人とも絶句だね。

    会わねばならない人とは、会うようになっている。
    奇跡とは、神様からの必然なんだな。
    まさか、ここで、この人と、
    そう思って探し回っていたとしても、絶対にこのタイミングで会うわけはない。
    それも先週の今日で、それも隣り合わせで、お互いにワインを飲んで、
    昼から酔っぱらっている親父二人は、
    その予想外の出来事に、驚き、感動し、感謝した。

    私は、彼に、この私の昼飲みのコースを全部レクチャーした。
    彼は、全てそれを携帯にメモをした。
    私の感想までも記録したようだった。

    やっぱり現場だな。
    行ってみなければ、何が起こるか、予想もつかないことなんだ。
    そこに行ったら、そこを楽しむ。
    そのために大事なことは、「素」であることだ。
    何も飾らず、気取らず、仮面を被らず、嘘をつかず。
    私は、いつもこうした愛する人たちのお店でも、
    「素」のまま生きている。語っている。飲んでいる。

    「俺って、社長のようにイタリアの話できねっけなぁ」と言うと、
    カウンターの向こうのMさんが、
    「クマさんは、クマさんでいいんですよ」と、言ってくれた。
    嬉しかったな。

    二人の帰る時の合言葉だ。
    「信濃川に落ちないでよ」
    「大丈夫だ。河が曲がる」
    「モーセか」
    「俺が帰るのは、こっち、あっち」
    「左ですよ」
    「また、来るよ」

    大収穫の午後だった。
    それから、帰って、アルビの甲府戦の観戦だ。
    午前はヨガのレッスンだった。
    午後は昼飲み3軒だった。
    そして、6時からはアルビの観戦。
    その夜の焚火は、自粛することにした。

    さてさて、長々と書いてしまった。
    その結論とは何か。
    「健康第一」に決まっているでしょう。だな。

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