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  • from: クマドンさん

    2020年09月10日 07時45分19秒

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    朽ち果てないものとして生きる

    昨日の夕方の突然の雷と豪雨だった。
    街灯の周りが雨で煙っていた。
    電信柱の向こうの空では、間隔を置きながら、稲妻と雷の音だった。
    この豪雨は、全てこの地上や海や河川から蒸発したもの。
    つまり、溜まれば溜まればその見返りは大きくなるとのこと。
    暑過ぎた夏は、こうして雷と豪雨とで沈静化されていく。
    これが自然の不思議な循環作用だな。
    この雨が降らないと、気温が下がって秋にはならない。
    今も目の前でしとしとと降っている雨は、
    もともとこの地上・海・河川にあった水の変化したもの。
    それをこうしてまた元あった場所に戻しているだけのこた。

    一雨ごとに秋になる。
    そうした不思議な自然の季節の循環も、
    太古からこの地球では行われ続けている。
    その季節があるから、命が育つ。
    この暑さがなかったら、この雨がなかったら、この流れる雨水がなかったら。
    ここで生きている命は、きっとどこかの時に果てているはずだ。
    命がこうして太古から持続し、継承されているのは、
    やっぱりこの暑さであり、雨であり、お日様であり、風のおかげ。
    確かにひどく無残な災害をもたらすことも多いが、
    そんな自然環境の中で生かされている小さな存在が、私なんだの自覚だな。

    この雨に何もすることはできない。
    雨は、降れば振ったまま。
    あの熱波と猛暑にも何もすることはできない。
    気温はぐんぐん上昇し、熱帯夜は毎晩続いた。
    その自然のあるがままの中で生かされていると、
    本当に私自身の無力であることを悟らされる。
    いったい私は、何ができるのか。

    そのちっぽけな自分と言う存在を実感する。
    63歳になると分かった。
    「無力」でしかないんだと。
    元々人とは、「無力」で「危うく」「脆く」「か弱く」「ちっぽけな」者なんだ。
    そうした人である私は、
    その無常迅速の中で、どのように生きるべきか。
    きっと、それを考えるために私は、生まれた来たのだと思っている。

    私にできることは、だから「考える」ことだ。
    より善くこの人生を生きるためには、どのような生き方をすべきなのか。
    それは、日々の小さな気付きと、変化と、決断と、実行の連続だった。
    ほんのちっぽけな私にとっての、ほんのささやかな気付きと行動変容。
    そこに、最近は、生きることの喜びと、意味とを見出している。

    涼しくなった朝、二日続けて庭に立った。
    朝飯前の庭仕事だ。
    向こうから呼ばれる。
    「そうだなぁ。今朝は百日紅だなぁ」と、高枝鋏を出して、切り始める。
    ピンクの花が終わりかかっていた。
    伸びすぎた枝や、重なり合って繁茂する枝を、次々と切って行く。
    「あれだなぁ」「あっ、こっちもやっておくか」
    絶えず私の思考はフル回転だ。
    その内に夢中になる。我を忘れる。無心になる。
    草木との付き合いは、こうして私を無心にさせ、快感を味あわわせてくれる。

    季節が変わり、花は盛りを終わり、葉の端も少しずつ赤く色づいている。
    「終いにする時なんだな」と、百日紅を見て思った。
    それは、草木だけでない。
    生きとし生きるものは、すべて、時間の流れと共に、衰え、老い、病み、朽ちて行く。
    それは、あの突然の豪雨と雷と同じように、
    私が抗えるものではない。
    ただ、そのことを百日紅から学ぶ。
    「おい、クマさん、あんたもな」だった。
    終い支度は、私にも必要なことと感じた。

    Sさんと、話した。
    結婚してから30年近くたっている。
    いろいろとあり過ぎた二人の人生だった。
    彼女からは不満と責めと、謝罪をもとめられる。
    それほどどうしようもない夫であり、父親であったということだろう。
    三日前の夜、さんざん責められた。始まるとその責めはエスカレートする。
    「あの日、あの時」全ての私や両親の罪が、記憶され、蓄積されていた。
    「捨てて欲しい」「忘れて欲しい」しかし、それは絶対にしない。
    彼女は、それに耐えて生きて来たことが、自分の人生の証だからだ。

    私は、黙ってそれを聴いた。
    いつもいつもすまなかったと思っている。
    しかし、本当の懺悔と謝罪がないからと、
    私はきっと一生赦されずに終わるだろう。

    さて、そんなでありながら、私は、彼女のことが好きである。
    そのことは、歳をとることで、一層深まった気がする。
    その確認を、こうした叱責の場でも感ずる。
    だから、私は「すまない」と頭を下げて、黙って聴いている。
    耐えているというのではなく、心では受け止めているつもりだ。

    翌日の朝、車庫に降りる階段の上の私の運動靴が、
    出船の向きにきちんと揃えてあった。
    彼女が先に出勤する。
    私は、きちんと揃えられた運動靴を、黙って見つめた。

    昨日の朝は、彼女が通院のために、遅く家を出た。
    ここ数カ月、我が家では蚕が数十匹飼われていて、
    今は、その三代目が蚕の部屋で繭を造っている。
    とにかく、休日の彼女の時間の大半は、蚕の世話に使われる。
    我が家では「お蚕様」なんだな。
    「なぁ、蚕より、俺の腹のこと考えてくんねぇか」と言っても、
    「仕方ないでしょ。世話しないとしんじゃうんだから」と言われる。
    「俺だって・・・」と言いかけて、やめにした。

    昨日の朝もそうだった。
    9時まで、彼女は蚕の世話に余念がなかった。
    私は、「まぁ、いいか」と諦めて、庭に出た。
    そして、百日紅の選定に1時間夢中になって取り組んだ。
    確かに熱中症手前だった。
    やれやれと、エアコンのかかったダイニングに入った。
    すると、テーブルの上に、朝食のための用意がしてあった。
    私のためだった。

    何だか、だんだん分かって来たことがある。
    確かに彼女は、突然豪雨となり大きな雷となることもある。
    時には、この朝のように、しっとりと小雨に落ち着くこともある。
    時には、仕事に疲れ、帰って来てから、黙ったままの曇り空の夜もある。
    しかし、お日様のようにしてぱっと明るい笑顔であったり、
    爽やかな風のまま、キッチンで調理に夢中になっていることもある。
    そんな時に、声をかけても、その声は、聴こえない。
    無視をしているのではなく、何かをしている時は、他のことは入らないだけ。

    私は、やっとこの歳になって、何か夫婦での大事な機微が分かった気がした。
    そこに、意図や想いや願いや欲求や感情等等を入れないことなんだ。
    つまり、私は私。彼女は彼女。
    同じ空間に居ながらも、別々であり、離れて居てもそれでいい。
    そして、互いに話をしなくても、声をかけなくても、黙り合っていても、
    それでいい。
    ただ、心の想いだけしか、相手には伝わらない。
    その心の想いをあるがままに整えておけば、それでいい。

    好きだから、一緒に暮らせる。
    感謝しているから、笑顔でいられる。
    支えになっているから、今日を一日生きていける。

    時には、私は、大いなる罪のために責められる。
    それは、それで仕方ない。
    それを赦したら、彼女の怒りと悲しみに耐えた日々を無にしてしまうこととなる。
    だから、怒りによって、揺れ戻し、元の平安な感情に戻される。
    この豪雨と雷とが、季節を秋に帰るようにだ。

    つまり、豪雨と雷。百日紅の花と葉。その前にある私というちっぽけ。
    そこに落ち着く。そこを味わう。
    しかし、別々には離れては居ない。
    そこに気付きや発見をしない人たちには、
    そのことは災難であり、気にもかけずに見過ごされることだけである。
    そこに「意味」は感じない。

    しかし、この離れて、別々のようなのだが、1つだと言う境地では、
    そのこととは、心を新たにしてくれる大切な「意味」だと思った。

    「イエス伝」 若松英輔 著
    その一節をここに記す。

    「神を見る、このことに人間の生涯は収斂する、それをヴィヴエーカーナンダ、
     あるいはラーマクリシュナの霊性だった。「見る」とは比喩ではない。全身が
     「眼」になって神を「見る」ことだった。」

    「ここで「見る」は単なる視覚的行動ではない。むしろ、日本語の万葉時代の
     古語「見る(まみゆ)」に内包されていたように、その対象と霊的に交わること
     だった。」

    「その瞬間、私の心は完全に転回した。全宇宙のことごとくが神に見えた。こんな
     状態がいつまで続くのかと思いながら、私は、黙っていた。家に帰ったが、その
     状態は変わらない。見るもの全てが神であった。」

    「(神は)ある。今、あなたを見ているようにはっきりと。」

    「ここに宗教が生きていることをまざまざと見た。一度触れる(on touch)あるいは
     一瞥する(on giance)だけでも人生を変えるには十分である。」

    この言葉を、Sさんなら、きっと分かってくれると信じている。
    とにかく、そういうことなんだ。
    人は、確かに生命体として自然のなるがままに朽ち果てて行く定めがある。
    しかし、歳をとればとるだけ新鮮に、新たな気付きや発見を行い、
    どんどん旺盛になり、豊かになり、深くなるみのを人は与えられている。

    私もSさんもその真実に気付いた。
    「何だ、死なないではないか」だった。
    私の中の決して朽ち果てないもののままに、日々を生きる。
    そうした生き方は、歳をとってみなくては分からない生き方だったな。

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