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from: クマドンさん
2019/10/12 07:26:52
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善く生きるとは、どんな生き方なのか
巨大な台風が接近している。
今夜にも東海・関東に上陸する予想だ。
被害が少ないことをただ祈るだけだ。
私の怒濤のような三日間が終了した。
葬儀の後の昼食会は、割烹「吉原」で行った。
私は、骨拾いの為に遅れての参加だった。
喪主である私に、全ての段取り・準備が委ねられた。
それであるが、90歳・80歳の叔父や叔母からは、
様々の意見を言われた。
それは、それで想定内だっので、
「黙っていて」「話の途中で意見を言わない」
「決まったことに対してそれぞれの考えは聴く」
「ただし、最終決定は私がする」ど、押し通した。
90歳近くの叔父に対しては、
その妻である叔母を通して話を決めた。
みんな本当に、老いて来た。
頑固で、融通が利かず、我儘になった。
身体が思うようでなく、歩くのにも、立ったり座ったりにも時間がかかった。
車での移動では、車に乗り降りすることに苦労していた。
いよいよなんだな。
私は、T叔母からも喪主を頼まれた。
それは娘二人では、可哀想だと思うからだ。
この葬儀に関する仕事は、並大抵の気持ちでは乗り切れないハードな仕事だ。
具体的な段取りを瞬時に決める。
いろいろな見方・考え方・やり方の中で、
ベターな一つだけを選んで決定する。
その事に対して、とやかく言われることは覚悟の上だ。
粛々と何事も無く葬儀を終えるまでが、喪主の勤めだ。
私には、送らねばならない叔母や叔父が5人居る。
みんな「クマさん、頼んだよ」だった。
それは、これまで私を可愛がり、何かと支援してくれた人たちへの、
ある意味では最期の御奉公だと私は思っている。
私が先に逝くこともあるよと、叔母たちには言っている。
「何言ってん。頼んだからね」との返事だった。
その期待、その願いには、私はどうしても応えてあげたいとも思っている。
順番なんだな。
せっちやんの死を通して、私は、また死を学んだ。
それは、とても単純で当たり前のことだった。
死ぬのはせっちゃんだけでない。
こうして生きている叔父も叔母も、私も従兄たちも、
みんな最期を迎えるというただそのことだけだった。
浄土真宗なので親鸞の「白骨の御文」が、読経の後に読まれる。
朝、こうして元気に生きていた私も、
夕方死んで、白骨になることもある。
その無常が、私たちの日々の人生なんだ。
そのことを忘れずに、日々の命を在り難く生きることだ。
本当にそうだと思う。
人は、死を思わない限り、本当には生きられないものだといつも感ずる。
ずっと生きていると勝手に想うから、我儘になる。文句を言う。俺が、俺がだ。
与えられたこの命を、あなたはどう生きているのか。
その深い深い「問い」を持ちつつ、日々を生きている人は少ないと思う。
人の心配事は、お金であったり、家であったり、家族であったり、仕事であったり。
自分自身が、「いかに生きるか」の問いには、なかなか繋がらないものだった。
しかし、死を迎えた時、私はきっと、自分の生きて来た人生を振り返るはずだ。
もう後僅かだ。残されて時間には限りがある。
その時、私は、「善く生きた」と、満足できる生き方をしているだろうか。
その時、誰かか「ありがとう」と、言ってくれるだろうか。
その時、臨終のベッドに家族は居てくれるだろうか。
それが、いかに生きて来たかの結果であり、答えであるはずだ。
まさに、せっちゃんではないが棺桶の蓋だった。
私は、通夜の喪主あいさつで、不覚にも泣いてしまった。
それは、せっちゃんへの感謝の気持ちが内から迸り出たからだった。
堪えきれずに、感極まって、涙が溢れた。
私は、そんな人が居てくれるかの「問い」でもあった。
次に、死に逝くときだ。
せっちゃんには、「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」と、仏様からの救いを伝えた。
念仏一つで、即、凡夫は仏に生まれ変われる。
その信心が大事、大事だ。
ところが、その信心を持たずに、何も頼るものも無く、救いに来てくれる仏も感ぜず、
その瞬間を迎えたとしたら、どんなにか恐ろしいことかと私は思う。
幸いにもせっちゃんは、「南無阿弥陀仏」で、阿弥陀様がお迎えに来てくれた。
だから、私は、安心している。よかったと思っている。
今、ここでは、せっちゃんは、父と母と、ハル婆ちゃんと一緒のはずだ。
だから、生きるの苦労・悩み・辛さ・孤独・寂しさ・痛み・苦しさ。
その一切から解放され、自由になったことを、せっちゃんは喜び、私も喜んでいる。
私には、イエス様だった。「アーメン」それだけで、安心立命だ。
信仰をもつ。信心をもつ。そのことは、天からの恵みであり、希望でもある。
しかし、その信心を持たずに、その臨終を迎える人は、
いったいどこへこれから自分の魂が逝くのだと思えるのだろうか。
信心とは、魂の救いの確信である。
ただ、信じて委ねる。信じて任す。
その覚悟があれば、死ぬことは怖くはないし、そのことは喜びでもある。
私は、せっちゃんの顔を見て、安心した。
せっちゃんの顔には、喜びが輝いていたからだ。
しかし、その往生の瞬間、喜びをもって、感謝をもって、その人生を終えられる。
そのことのために、この世における与えられた人生なのではないのか。
62歳。
歳をとるにつれて、生きることそのものを、
「日々道場」とも考えるようになってきた。
結局、「善く生きる」ことなんだ。
ソクラテスの言う通り「魂の世話」をすることが生きることなんだな。
そして、「人として成長する」ことは、幾つになっても大切なことなんだ。
この道の先には、きっと「誰かのために生きる」が在るのだと思う。
せっちゃんは、そうした生き方のプロセスを経て、確かに仏様になった。なった。
せっちゃんは、無名なただの市井の貧しい独り身の人だ。
しかし、こう考えると、実に、実に、尊い生き方を貫いた人だと感じる。
仏様は、せっちゃんを深く深く愛してくれた。
その愛こそ、「慈悲」そのものだ。
そして、こうしてお迎えに来てくれた。
せっちゃんを抱きしめ、抱き上げ、天に昇った。
きっと「よく我慢した。よく耐えた。よく生きた。偉かったな」と、
せっちゃんは、褒めてもらえたと、私は信ずる。
「善く生きる」
それでは、私は、どう生きるのか。
それをまたせっちゃんの生涯と死とを通して学ぶことができた。
せっちゃん、ありがとうございました。-
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